1920 平野文書4

沖縄慰霊の日。
中学生の女の子の詩「生きる」が心を打つ。
それに比べて亜米は。
中学生の言葉は文字通り生きている言葉。
言葉がみずみずしく生きている。
亜米のは腐った言葉の羅列である。
まさに言わば言うなれば「語るに落ちる」。

平野文書続き。
(平野)そうしますと憲法は先生の独自の御判断で出来たものですか?一般には、マッカーサー元帥の命令の結果ということになっています。
(幣原)実はあの年(昭和二十年)の暮から正月にかけ僕は風邪をひいて寝込んだ。僕が決心したのはその時である。僕には天皇制を維持するという重大な使命があった。元来、第九条のようなことを日本側から言いだすようなことは出来るものではない。まして天皇の問題に至っては尚更である。この情勢の中で、天皇の人間化と戦争放棄を同時に提案することを僕は考えた。
 天皇制存続と言ってもシンボルだが、僕はもともと天皇はそうあるべきものと思っていた。元来天皇は権力の座になかったのであり、又なかったからこそ続いてきたのだ。この考えは国体に触れることだから、仮にも日本側からこんなことを口にすることは出来なかった。憲法は押しつけられたという形をとった訳であるが、当時の実情としてそういう形でなかったら実際に出来ることではなかった。
 そこで僕はマッカーサーに進言し、命令として出して貰うようにした。これは実に重大なことで、一歩誤れば首相自らが国体と祖国の命運を売り渡す国賊行為の汚名を覚悟しなければならぬ。したがって誰にも気づかれないようにマッカーサーに会わねばならぬ。幸い僕の風邪は肺炎で元帥からペニシリンというアメリカの新薬を貰い全快した。そのお礼ということで元帥を訪問した。それは昭和二一年の一月二四日である。僕は元帥と二人切りで長い時間話し込んだ。すべてはそこで決まった。(続く)
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1919 平野文書3

Eテレで夜、スティーブ・ライヒをやったので見た。
現代音楽家でありミニマム音楽として有名。
CDをいくつか持っている。
生で見られるライヒである。
トレードマークの野球帽。
80歳を超えていると言われるがまだ見る限り若々しい。
「ディファレント・トレインズ」が少し流れる。
繰り返しのメロディが不思議な感覚を催させる。

さて平野文書。
幣原のこだわりが非常に強いことがわかる。
(平野)それは遠い将来のことでしょう。その日まではどうするのですか。敵が侵略してきたら?
(幣原)この精神を貫くべきだ。そうでなければ今までの戦争の歴史を繰り返すだけである。
僕は第九条を堅持することが日本の安全のためにも必要だと思う。強大な武力と対抗する陸海空軍は有害無益だ。我が国の自衛は徹頭徹尾、正義の力でなければならない。その正義とは日本だけの主観的な独断ではなく、世界の公平な与論によって裏付けされたものでなければならない。ある国が日本を侵略しようとする。それが世界の秩序を破壊する恐れがあるなら、脅威を受ける第三国は日本の安全のために必要な努力をするだろう。これからは世界的視野に立った外交の力によって我が国の安全を護るべきで、だからこそ死中に活があるという訳だ。(続く)

「自衛とは 正義の力 武力放棄」
「安全は 外交努力 これからは」
「幣原の 強いこだわり 受け継いで」0622

1918 平野文書2

整体に行ってきた。
捻挫したところを治療してもらったら治った感じがする。
サポーターを外しても楽である。
2月から4ヶ月、長かった。

「平野文書」の続き。
このへんの発言を読むと涙が出てくる。
長いけどカットすることなく書き写す。
(平野) しかし、日本だけがやめても仕様がないのではありませんか?
(幣原) そうだ。世界中がやめなければ、ほんとうの平和は実現できない。ぼくは世界は結局一つにならなければならないと思う。つまり世界政府だ。世界平和を可能にする姿は、何らかの国際的機関がやがて世界同盟に発展し、国際的に統一された武力を所有して世界警察としての行為を行う外はない。
(平野) それは誠に結構な理想ですが、日本のような敗戦国が偉そうなことを言ってみたところで、どうにもならぬのではないですか?
(幣原) そこだよ、君。負けた日本だからこそ出来ることなのだ。問題はどのような方法と時間を通じて世界が理想に到達するかにある。その成否は軍縮にかかっている。軍拡競争は際限のない悪循環を繰り返す。常に相手より少しでも優越した状態に位置しない限り安心できない。この心理は果てしなく拡がって行き何時かは破綻が起る。
 軍縮を可能にする方法は一つ。世界がいっせいに一切の軍備を廃止することである。
 ここまで考えを進めてきたときに、第九条というものが思い浮かんだ。そうだ。もし誰かが自発的に武器を捨てるとしたら。最初それは脳裏をかすめたひらめきのようなものだった。次の瞬間、直ぐ僕は思い直した。相手はピストルを持っている。その前に裸のからだをさらそうと言う。自分はどうかしたのではないか。こんなことを人前で言ったら、幣原は気が狂ったと言われるだろう。まさに狂気の沙汰である。
 しかし、そのひらめきは僕の頭の中でとまらなかった。これは誰かがやらなければならないことである。今だ。今こそ平和のために起つときではないか。そのために生きてきたのではなかったか。僕は平和の鍵を握っていた。天命をさずかったような気がしていた。
 非武装宣言ということは、従来の観念からすれば全く狂気の沙汰である。だが正気の沙汰とは何か。武装宣言が正気の沙汰か。それこそ狂気の沙汰だ。世界は今、一人の狂人を必要としている。何人かが自らかって出て狂人とならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことが出来ない。これは素晴らしい狂人である。世界史の扉を開く狂人である。その歴史的使命を日本が果たすのだ。(以下続く)

「九条は たった一人の 思いから」
「今となりゃ 天才といえり その発想」
「軍拡は 狂気の沙汰だ 今も直」
「素晴らしい 狂人となって 九条生む」
「幣原の 思いよ今に 我ら次ぐ」0621

1917 忸怩たる

コロンビア戦に勝ったといって騒いでいる。
が、よく考えれば勝って当たり前じゃないか。
開始3分後に相手の反則で相手方が一人減ってそのまま戦ったんだから相手が弱くなるのは当たり前で、一人少ない相手に負かされたらそれこそ弱小チームだってことになる。
という素人の考えだがどうだ。
相手の不利に乗じての勝利なのだから手放しで喜こぶのは気が引けるのではないか。
忸怩たる勝利だ。
11人対11人で戦っていたらどうなっていたか。
相手方のハンドをした選手の帰国後のバッシングがもう危惧されている。
手に当たるというのは選手だったら気をつけているはず、たまたま伸ばした手にボールが当たってしまったのじゃないかと思えるのだが、・・・。
どちらかというと気の毒だ。

伊藤千尋「9条を活かす日本」を読んでいる。
そもそも九条を作ったのは誰かということで言われるのが幣原喜重郎。
そのことが立証できる文書として「平野文書」。
その幣原と平野のやりとりを生々しく記録してある。
これを伊藤さんが引用しているので「再引用」する。

平野 私には第九条の意味がよく分かりません。独立のあかつきには当然拳法を再改正するのですか?
幣原 いや、そうではない。一時的なものではなく、最終的な結論だ。
平野 軍隊のない丸裸のところへ敵が攻めてきたら、どうするのですか?
幣原 それは死中に活だよ。今までの常識ではこれはおかしいことだ。しかし原子爆弾が出来た以上、事情は根本的に変わってしまった。世界は真剣に戦争をやめることを考えなければならない。戦争をやめるには武器を持たないことが一番の保証になる。
(以下続く)

「武器持たぬ 国へ攻めれば 死中に活」
「幣原に マックも絶賛 戦争放棄」0620

1916 悪友

今日も草刈り三昧。
午前中目一杯やったので午後はくたくたで何もする気が起きない。
見回りをしたら鹿が一頭侵入した形跡を発見。
ので、鹿よけのライトを3個設置した。
夜になると赤い光を発する。

今頃加計が記者会見するとは。
魂胆は見え透いている。
それでもやるといういじましさ。
亜米と同じ穴のムジナ。
悪友ぶりを示した。
まさに悪友。
この場合、悪友=悪巧み仲間。
いつまでものさばらせておくわけにはいかない人たちである。
書くのが嫌になってきた。

「悪友と 言って悪友 かばってる」
「悪友が 今頃出てきて 嘘をつく」
「悪友は 嘘つき仲間と 言ってもいい」0619
プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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