1554 IWGP

石田衣良IWGP「東池袋スピリッチュアル」上下を読む。
オカルトを題材にした話で余り面白くなかった。
音楽はスクリァービンのピアノ・ソナタ九番。
「黒ミサ」と言うらしい。
聴いたことがないので、ユーチューブで聴いてみた。
とっても前衛的。
黒ミサというだけあって黒い、暗い。
結構超絶的。
2回聴いて止めた。
575が思い浮かばない。
スポンサーサイト

1514 ブルックナー団

高原英理「不機嫌な姫とブルックナー団」を読む。
ブルックナーの伝記的な小説中小説を入れながら書いてある。
いわゆるオタクの物語であるがブルックナーの小説が面白い。
生涯独身、多くの若い女性に婚約を申し込むが全部断られる、性格は小心者でおどおどしている、ワグナーに認められたいために曲を献上するなど小説風にその情景が語られる。
交響曲第3番はワグナーに献上したものだが、初演を自分が指揮することになる。
だが、楽団員達にはぼろくそにいわれ曲は勝手に直されたりさんざんな目に遭う。
事実そういう風であったらしいがその練習風景などの描写はかわいそうなくらいだ。
オルガンは抜群にうまかった。
生活は大学の講師とか教授とかで最後は恵まれていたりする。
交響曲7番は大成功。
皇帝に誉められたりもする。
もてない男の切ない物語に現実のもてない男達(ブルックナーオタク3人=ブルックナー団)、と図書館員の女がブルックナーをはさんで展開するという物語であった。
ブルックナーを少しでも聴いたものなら面白い小説かも知れないが、知らない人にとっては面白くないだろうと思う。
ということで今日は3番を聴いて寝よう。
「壊憲は 人気俳優 気取りかよ」
「壊憲で 歴史に残る 悪名が」
「答弁を せずに新聞 読めだとは」
「答弁で ご用新聞 読めだとは」
「答弁は 新聞任せ そりゃ楽だ」0510

1485 福島泰樹

目の前にある「福島泰樹全歌集」全3巻。
横幅にして10センチ。
これが数年前からタンスの上に鎮座しているのだ。
絶叫の歌人と言われるが聞いたことはない。
でその中の1冊、第1巻を取り出してぱらぱらと見る。
現代歌人の中でも寺山修司とか岸上大作みたいな代表作がいくつかある人と違って、というか代表作があるのかも知れないがそれは知らない。
佐々木幸綱とか塚本邦雄のような難しい言葉が並んでいるような歌人よりもしかし分かりやすいような気もする。
でぱらぱらとめくってみるが、キンと響くような歌は見当たらなかった。
一首のみを読むのではなく全体を読んでキンとするものがあるのかも知れない。
とにかく短歌については、いや福島泰樹については初心者だから仕方がない。
でも、こんなのは少しキンとする。
・われわれはついには<われ>に帰すべきと焦らず立ちていし歩道橋
・怒りつつふるえているを呵責なき真青(まさお)の群れを人間という
・かわいそうなかわいそうな人さむざむと三機方面隊長佇つ
・ヘルメット手拭軍手火炎瓶わが中核に措きてうつむく
・血痕の浸みていたるをしみじみと見下すわれの卑称は知れど
・ヘルメットささげもつ手のテノールのかなしかれどもこころ決めつつ
・振り翳す斧!反逆の砦とやなにをいまさらうろたえておる
・北総の空につらなるなにあるや破れかぶれの朝の水飲む
・ふかぶかと頭を垂れて坐したるは乗り越え難く目を瞑るため
・・・・ここまで連作である。
書いていると結構ひとつひとつがキンとする。
キンとするとは自分的に言えば心に響くということだ。
70年代の学生運動の匂いがする。
ちょっと出っ張っていてちょっとひねくれているというか斜めに見るような感じ。
「出してみる 現代歌人の 70年代」
「過ぎし日の 雑に紛れている 青き心象」
「血と汗の そここににじむ 世代歌」
「テノールの 声沈み行く 大学構内」0411

1484 抛物線

ちょっと最近折れそうになっているので詩を読んでみた。
ぱっと開いたそのページ。
「近代の寓話」から「キャサリン」と言う詩
女から
生垣へ
投げられた抛物線は
美しい人間の孤独へ憧れる人間の
生命線である
ギリシャの女神達もこの線
を避けようとするのだ。
十二月の末から一月にかけて
この辺は非常に淋しいのだ。
コンクリートの道路が
シャンゼリゼのように広く
メグロの方へ捨てられた競馬場を
越えて柿の木坂へ走っているが
あの背景は素晴らしい夕陽
さがみの山々が黒くうねって。
この夕焼けを見たら
あなたも私と同じように
恋愛の無限人間の孤独人間の種子の起源
のために涙が出そうに淋しく思うだろう。
杏子色の夕焼け
・・・・以下略
まだこの3倍ほどの長さの詩であった。
どこを切り取ってもはやり西脇順三郎の詩である。
「女」「生垣」「女神」「坂」「種子の起源」「杏子」「夕焼け」
これらの語彙がらしさを出している。
涙が出そうに淋しいって当たり前の心象だがこの中にあると「詩的」になってしまう。
そして何となくほんとに涙が出そうになる。
のは自分だけか。
淋しいから淋しいという言葉を使うのは詩的でないが、なぜかそのままの言葉がしっくり来る。
のは不思議。
「淋しいの で淋しいと言 うのじゃよ」
「恋愛を してみたいぞ 孤独人間」
「夕焼けを 見たら涙が 出そうにな」 るを入れない
「生け垣に 女がいれば それで詩」0410

1437 西脇の雨

西脇順三郎の詩「雨」
やはり第一詩集「Ambarvalia」から「天気」「カプリの牧人」に次ぐ3番目の詩。


南風は柔かい女神をもたらした。
青銅をぬらした、噴水をぬらした、
ツバメの羽と黄金の毛をぬらした、
潮をぬらし、砂をぬらし、魚をぬらした。
静かに寺院と風呂場と劇場をぬらした、
この静かな柔かい女神の行列が
私の舌をぬらした。

雨を「女神」にたとえている優雅さ。
ふくよかさが感じられる「柔かい」という形容詞。
雨の粒が「行列」と表現される新鮮さ。
そして、ぬらす相手の「青銅」「噴水」「ツバメの羽」「黄金の毛」「潮」「砂」「魚」「寺院」「風呂場」「劇場」。
この並びの計算された順番。
そして何より「ぬらし」「ぬらした」「した」という音のリズム。
「した」で韻を踏んでいる。
最後は「私=わたし=したわ」+「舌=した」+「ぬらした」という「した」の連続。
全体を通してギリシアとか外国の地名は出てこないにもかかわらず如何にも地中海的イメージを受けるところがすごい。
・・・今日は雨が降ったので思い出して書いてみた。
プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
welcome
検索フォーム
リンク