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1959 水

田んぼの用水の一本に水が流れなくなり、この間から奔走している。
穂が出て水がいるときに、一部の田んぼに水が入らないのだ。
からからに乾いてひびが入っている。
足を踏み入れてもかんかんで沈まない。
今日は水を引き込む大川に台を設置しその上にポンプを置いてホースをその用水に続く土管の中に突っ込む。
この土管部分が25mくらいあってその中に土砂が入り込んで流れを悪くしているのだ。
ポンプのホースは消防のホースと同じくらいの5センチの直径の大きなもの。
結構水流が強く一気に水を押し流す。
一日かけっぱなし。
昼に見たら止まっていたので見たらガソリンがなくなっていた。
夕方も見たらガス欠で止まっていた。
水を入れたい田んぼは一枚は十分ついたが、からからの田んぼは十分とは言えない。
やっと湿った程度。
明日又一日ポンプ稼働だ。
人んちの田んぼなんだが無償の仕事であった。
工事業者に頼んで水の流れを良くする工事をしてもらいたいのだが、この前の大雨の水害で、他地区の工事に手一杯で来てもらえない。
ポンプを買ったおかげでとりあえずの応急措置みたいなものだが、急を要する事だから仕方がない。
人力でやることも考えたがすごい力仕事になるので諦めた。
しばらくポンプは手放せない。

「逆走は 認知の老人 ばかりじゃない」0801
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1949 水と肥料

暑くて脳が煮えたぎる感じ。
今日は家の中でも30度だった。
ネットニュースだとこの暑さで稲の生育が危ぶまれるとか。
心配だ。
暑いので水を掛け流しにしているがどうなのだろう。
下葉が黄色になっている。
今年は一発処理という肥料を使ったので、途中の追加肥料は厳禁であるが、異常な生育をした場合、追加肥料をやるといいと言う。
迷うところだ。
やるとしてもどんな肥料なのかが分からない。
結局追加肥料はやらないと思うが。
田んぼの水に触ってみると湯である。
水路の水は冷たくて気持ちがいいのだが田んぼに入ると温かくなって行く。
これで気温の調節もしているのだが、もし、田んぼが荒れ果てて水が入っていなかったら気温はずっと高くなるだろう。
今以上の異常気象となるだろう。

1880 鹿乱入

捻挫したところが痛いのを我慢して田んぼに入る。
田植え機で植えた後、植え残した場所がどうしてもできるのでそこに手植えで苗を植えるのだ。
どうにか昼前に終わっってほっとした。
夕べ雨が降って少し油断して電ぼくの電気を入れていなかったら鹿が田んぼに乱入していた。
足跡を見ると3,4匹入っている。
植えたばかりの苗を踏み荒らすのでこの時期注意をしているのだが、してやられた。
夕方見回りをして補強できるところは補強しておいた。
他にも直したいところはあったのでまたやることにした。
林道を作ったらその近くに設置していた鹿の防護網が外されているところが所々にあって鹿はいくらでも入ってこられるのが現状だ。
林道を使って間伐が完了次第その防護網を設置し直す予定だがいつになるか分からない状況である。
当分鹿との対戦が続く。
音や光を出す機械も買ったのだがまだ設置していないのであちこちに設置の予定。
あまり有効な策ではないと思うが設置だけはしてみよう。

「鹿乱入 踏み荒らされて 仕方がない」0514

1877 自然に帰れ

今日は頼まれた家の田植えをしてやる。
田んぼ4枚。
半日かかる。
いつものように田植え機の上は単調で眠くなる。
足を伸ばしたり立ち上がったり首を振ったり。
眠気を覚ますのにいろいろやってみる。
でもやっぱり眠たい。
にしても昔の機械のない時代。
眠りながらの田植えなんて夢のような話だろうな。
冷たい泥の中に裸足で入って、時折ヒルに食われながらの作業だ。
苦労が忍ばれる。
田起こしや代掻きもせずもみを直まきして育てる稲作もあるらしいが楽ちんだな。
農薬や化学肥料の害が言われるが、もっともだ。
そういうものを使えば結局悪循環で使用から抜けられなくなる。
この前書いたが種子法の廃止によって種が外国から入ってくるようなことになれば農業が農業でなくなるような気がする。
自然を人工的に作り替えて行くとそのうち自然からしっぺ返しが来るだろう。
もうそのしっぺが少しは来ているのかも知れない。
というか確実に来ていると言っていいだろう。
「自然に帰れ」は大事だがもうその自然が消滅しつつあるのかも知れない。
いったん失った自然は取り戻すのに数倍の努力と時間がいるのだろう。
原発事故はその最たるものである。
ということで思い出した。
ナオミ・クライン「これがすべてを変える」を読まなくちゃ。

「田植え中 自然はどこに 考える」0511

1870 田植え

午後3時過ぎから田植えをした一枚だけ。
今年はだれも手伝うものがいないのでまさに一人でやるしかない。
約80aの田んぼを1時間半ぐらいで終えた。
一人でこんなに早くやれるなんて昔なら考えられないことだ。
昔のことを書こう。
まず家族がいれば家族じゅうの仕事だった。
苗田というところに作ってある苗を30センチくらいの高さの椅子に座ってむしるようにして苗を右手左手に一杯になるまで取る。
一杯になったら藁を二筋か三筋取ってそれで縛る。
何十個もたまるとひごなどに入れて植える田んぼまで持って行く。
田んぼではすでに田んぼの中に引いてある線に沿って植えていく。
一人4列か5列くらい。
家族4人だったら20列ぐらいが植えれると言うことだ。
でも大人は速く植えていくが子どもは慣れていないから矢張り遅い。
ので速さを合わせるために子どもは2列ぐらいをやることもあった。
ひごに入れた苗を3筋ぐらい取って次々と植えていく。
田植え長靴というものがない頃は裸足であった。
時々川ビルが膝下の足裏にくっついて血を吸っていることがあった。
田んぼ一枚植えたら次の田へ行く。
芭蕉「田一枚 植えて立ち去る 柳かな」
そういう風景が村中あちこちで見られ大勢の人が田んぼにいたものだった。
田植えは何日も続いた。
子どもでも腰が痛くなってまっすぐに伸ばすのがやっとこのくらい。
家族労働の重労働だった。
赤ん坊がいたりすると泉と言われる桶みたいなものに入れられて田んぼの脇に置かれていた。
プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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