1623 単純作業

今日もヒエ抜き。
稲が伸びているのでしゃがむと顔に当たってちくちくする。
腰も曲げるし、重たいヒエを腕で持ち続けるし、体のあちこちが痛くなる。
それに昼間で太陽が出ているとまだ暑いし、熱中症にもなる。
重労働だ。
ただヒエを抜くだけの単純作業でいつ終わるとも知れないと結構つらくなる。
やーっぱ、もう田んぼやめようかな。
という意識が一瞬芽生える。
農作業はある種単純作業でもある。
いい単純作業と悪い単純作業がある。
悪い方が多いかな。
ヒエ抜きは機械では出来ない。
人力である。
だから体に直に負担が来るのだ。

稲の高さに目線を合わせるとどの位ヒエがあるか分かるのだが、見えるだけよりも倍近くある。
この分だと全田んぼをやりきるのにまだ4日くらいはかかりそうである。
途中で投げ出すかも知れない、今年は。

「ちくちくと 稲にさされて ヒエを抜く」
「炎天下 ヒエ抜き進むよ 何処までも」
「居眠りの 夢の中にも ヒエが出る」
「夢の中 ヒエ抜きロボット 出現す」0827
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1306 秋終わる

s-れんげ

ひとつの田んぼにレンゲを蒔いた。
二つの田んぼにはすでに蒔いて芽も出てきたのだが、この田んぼは乾くのが遅くなかなか蒔けなかった。
今日も一部長靴がめり込むところがあったが無理矢理蒔いてきた。
この田んぼのレンゲは芽が出るかどうか分からない。
うちじゃあもうコタツも入れているしこの頃はめっきりで朝夕は寒いほどだ。
だから出ないかも知れないが種が残ってしまうので仕方なしに蒔いたのだ。
写真はすでに芽が出た田んぼ。
青々としている。
これで冬を越して春にはすくすくと伸びていくのだ。
秋の作業が終わりコンバインとトラクターの倉庫への入れ替えをした。
まだトラクターで田んぼを起こさなければならないが。
秋のうちに一回土をひっくり返して土に空気を混ぜたり藁が土に混じって腐るようにしておくのだ。
それでホントの1年の田んぼ作業の終わりである。
終わりであるが来年に続けて置くようにするのがミソ。
来年もこうすればやらざるを得ない。
穫れた新米はこれまでに、量はそれぞれだが10人の方に送ったり運んでいったりした。
美味しいと言ってくださるので有り難い。

「秋終わり いのち育てる 土に礼」
「田んぼまた 土色にかえり 山眠る」
「田仕事の 終わりは始め 土起こし」1012

1301 カルチャー

今日は頼まれて小学校の子どもたちの作ったモチ米を玄米にしてやった。
少し残っていた稲わらをコンバインで籾にして、それを乾燥機に入れて2時間後に籾すり機で玄米にしたというわけだ。
その作業は約5分で終わった。
それを知り合いが精米所に持っていって白米にして、いずれの時に餅つきをして食べるということらしい。
学校のこととて全てボランティア。
つまりもちろん無償である。
子どもたちは刈った稲をはさにかけていて、ある程度乾いたところでその8割ほどを割り箸でいちいちすごいて籾にしたらしい。
気の遠くなるような作業を体験したものだ。
機械化は確かに手作業に比べればその何十倍も早く作業が出きる。
それは人の手に寄れば何十倍も人の手がいるということだ。
50人で仕事をしたとして、やはりそこにはおしゃべりがあり、お茶があり、お酒があり、すると歌もあり踊りもあり・・・ということになる。
絆が生まれ、文化も生まれる。
カルチャーはカルチベイト、すなわち農耕ということが分かる。
機械化でそれは全て失われた、あるいは失われる。
得たものは便利と時間。
時間があればそこに何かがまた生まれるはずであるが何なのだろう。
「農耕に 流れる時間 地味で濃い」昔をイメージ
「失った 絆と文化 戻らない」
「カルチャーの 失われた里 人いない」
「デジタルと 機械に頼る 反文化」1007

1293 農業を考える3

雨続きで稲刈りができない。
やっと明日晴れ間が見られそうなので今日は準備。
旧式のコンバインなので田んぼは4隅をコンバインが回転しやすいように長方形に刈り取っておかなければならない。
明日するより今日した方が明日の取りかかりが早くなるのでやってきた。
したら下に水が3、4センチたまっているところがある。
それでは機械が泥にはまって動けなくなる可能性があるので水を抜かなければならない。
生憎、排水溝口の近くではなくて水口(みなくち)に近いところだったので抜けない。
それでエンジンポンプを持っていってポンプで水をくみ出した。
こんなことは初めて。
エンジンポンプがうちにあるのも珍しい。
機械好きの親父が買っておいたものだ。
で、30分くらいで抜けた。
後は今晩、風も吹いて乾燥をしてくれたら助かる。
やれやれやはり機械だ。
今の農業は機械と化学肥料、それに農薬によって成り立っている。
自然農法をする人は、化学肥料や農薬は使わないが機械は全部ではないが使う。
この機械と化学肥料と農薬会社が日本の農業の首根っこをつかんでいる。
といってもいい。
農業は稲作だけではなく当然野菜も含まれる。
すると、いろいろな種(種子)を販売する会社も必要である。
この頃見直されてきたのがこの種子の会社。
ハイブリッドといって一代限りのもの。
それに遺伝子操作された種子。
化学肥料も影響はないのか。
農薬はもちろん人間生活に影響はある。
ミツバチの減少の原因も農薬。
ということで、農業全般が人間生活に及ぼす影響は計り知れない。
自分も減農薬に努めているが、肥料は化学肥料に頼っているし、種子も店で売っているものを買ってくるのもある。
自然を壊したら元も子もない。
まずは、ミツバチに影響する農薬をやめることから始めよう。
「無農薬 減農薬が 農生かす」
「草も生え 虫もいるのが 自然だな」
「虫食いは 虫との共生 第一歩」
「薬漬け 虫は食わない 人が食う」 こわいね 0929

1292 農村を考える2

今日は籾すり。
昨日書いたようにこれも一人作業で済む。
乾燥機を排出モードにして籾すり機に排出口をつなげモーターの電気を入れ回して稼働する。
籾すり機の排出口にはこれも電動の米選機をおいて出てきた玄米を青米などと選別する。
そしてはかりもついていて自動的に30㎏を計って袋に入れる。
人がやることはその袋を降ろして口を縛るだけ。
そしてたまに籾すり機の様子を見たり、籾殻のたまったのを崩したりすることだけである。
もちろん調子が悪くなるときがあるから、その時は調整しなければならない。
昔は発動機を回して籾すり機(臼引き機)にベルトでつなぎ、玄米の排出口に米選機をおき仕事した。
袋に入れた籾を運んで機械に入れ、出てきた籾を一斗ますで計って袋に入れる。
吹き飛ばした籾殻を時々山になっているから壊して飛びやすいようにする。
など仕事は一人ではやはり足りなかった。
やはり人が多いほど仕事ははかどった。
途中には一休みして梅酢(梅のジュース)を飲んだものだった。
人が足らないときは手伝いに来てもらったり、手伝いに行ったり、お互いに助け合ったものだった。
田植えもそうだが、どんな作業も助け合いが必用だった。
その助け合いが農村の絆を深めていた。
人は助け合わなければ生きていけない、と言うことが自然と分かる仕組みだったのだ。
人が大勢いれば助け合わなくて良さそうだがそうではなかった。
大勢いたから助け合いができたのだ。
逆に人が少なければ助け合いが必用に思えるが、こと農業に限っては今はそうではない。
やはり機械化のせいだ。
機械化がこの助け合いの精神を奪ったのだ。
じゃないか。
「機械化が 邪魔をするのか 助け合い」
「助け合い 大勢いてこそ できたのだ」
「機械化が 奪ってしまう 人の仲(思いやり)」 0928
プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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