130331 真宗とフランクル

車を運転中にこんなことを考えた。フランクルは「人生に期待するのでなくて、人生が我々に期待している」と言ったが、それは真宗の思想と似ているのでないか。と思ったのである。真宗の思想を詳しく知るわけではないが、いつもお寺で仏法の話を聞いていると、そんな気がするのである。こちらから頼むのではなく、向こうが、我々にそれでいいのか、と問いかけていてくださるというのだ。私のお友達には、お寺の住職が3人もいる。ので、誰か答えてくだされ。と言っても問わなくては答えられないから今度問おう。
中日新聞社説で若者に対して読書のすすめを書いている。「新入生よ、本を読もう」
その中で、東大の新入生に対する読書のすすめ100冊というので、これまでのベスト10を挙げている。1位は3冊で、「カラマーゾフの兄弟」、「資本論」、高木貞治「定本解析概論」。2位はデカルト「方法序説」、マックス・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」、3位はベネディクト・アンダーソン「定本 想像の共同体」、その他小説では、5位「罪と罰」、6位高橋和巳「邪宗門」、トルストイ「戦争と平和」、セルバンテス「ドン・キホーテ」、7位 曹雪芹「紅楼夢」。ドストエフスキーが2冊も入っているのは驚き。「罪と罰」は高校の時に無理やり最後まで読んだ記憶がある。「カラマーゾフの兄弟」は、新訳も出たりして前々から読もうと思っていたが、未だである。あとの本も「ドン・キホーテ」は、抄訳のようなものを読んだだけであるし、他は全然読めてない。「邪宗門」はもうすでに古典になるものであろうか。しかし、いずれも長編ばかりでしかも歴史的な重みのあるものばかりである。今のところの食指は、この「邪宗門」と「カラマーゾフの兄弟」である
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130330 籾


いよいよ田んぼ仕事始め。コシヒカリの種もみをぬるま湯につけて芽だしをするのだ。だいたい一週間ぐらいつけて、もみから芽を出させる。4月の10日前後に、この芽の出たもみを土に入れてさらに大きくさせる。三つ袋がある。これで30アール分。または3反分。これだけのもみが何百キロかの米になる。とらぬ狸をやってみるとだいたい1反で8俵として3反で24俵。1俵が60キロとして24×60で1440キロである。籾は全部で12キロだからざっと120倍の計算になる。もみ1粒が120粒に増えるということだ。が、これを上回ることができるかが腕の見せ所というやつである。味を高め、昨年よりも増収を目指す。今日は初めて写真をアップして見た。
つれあいが昨日最終の勤務を終えて退職した。今日は、ゆっくり寝ているかと思ったら、早起きして仕事を始めた。畑の仕事が出来るのが嬉しいらしい。こちらは、花粉症で外へ出るのがつらいのに、張り切っている。花粉は杉が過ぎて、檜に入ったか、目のかゆみがひどくなってきた。出かける時もアイスノンが手放せない。床屋へ行った。いつもより少し短くカットしてもらった。名付けて山中伸弥カット。ノーベル賞カットもいう。以上。

130329 言語と沈黙

アウシュヴィッツ後の人間の有様、あるいは非人間的なるものについてスタイナーは検証して行くのであるが、前にも書いたように、言語という切り口を使ってそれを解こうとする。その時、ヴィットゲンシュタインの書いた哲学書のなかの確か10個の命題(と言ったらいいか)の最後の一つを重大な一つと捉え彼自身の論証に引用している。その一つとは、言葉で語り得ぬものが有るとすればすなわち沈黙である、ということである。昔のこととて記憶が定かではないが、確かそんな内容だったと思う。アウシュヴィッツをいくら言葉で表そうとしても、昼間に何十万という人間をガス室に送った人の、普段の生活における、親切心、誠実、人間愛・・・というものは、それこそ、語れるものであろうか。アウシュヴィッツを知った人類が、人間愛について語りうるものだろうか、いや語れるものではないだろう。というスタイナーの鋭いツッコミなのである。だから沈黙なのだと。語ろうとすればその言葉は浮いてしまって、吹けば飛ぶよなこととなるのである。言葉のその本来の意味がなくなりただ音声のみが残るというのである。言葉の重みの消失。重みのない言葉。ロゴスの真空化である。・・・・と書いて来たが、何せ40数年前の記憶であり、スタイナーの言っていることとずれているかもしれない。このごろの政治家の言葉も全くその體をなしている。「しっかりと」「全力で」やります、だの、「お約束します」だの、その言葉は全く反対の意味にとっていい。人間は騙されやすい。何回も何回もそう言われるとつい信じてもいいように思ってしまう。しかし、政治家の言葉ほど気を付けて聞いた方がいいものはない。・・・と話がそれたがスタイナーが、「言語と沈黙」の中で言わんとすることは、一旦死んだ言葉を取り返し、人間の人間たるものを取り返さなければならない、ということだったのであろう。それは、かなり、困難なことであるけれどもそうしなければ、アウシュヴィッツで殺された人々も永久に浮かばれないということであろう。

130328 ジョージ・スタイナー

学生のときに何故それを選んでしまったかは思い出せないのだが、卒論を書く時の題材として、ジョージ・スタイナーの「言語と沈黙」という本を選んでしまった。多分教授の勧めだったのではないかと思うが、今から思えば、大層な本を選んだものだと思う。その頃にちょうどスタイナーの全盛期で日本でも学者たちの間でもてはやされていたのだろう。訳本もちょうど出たばかりで分厚い上下二冊の本だった。訳者は由良君美。ジョージ・スタイナーはイギリスの批評家でユダヤ人。ユダヤ人ならではこその著作である。この本の書き出しは、We came after.というシンプルな文で始まる。我々はあとに来た。という。この本の中身を象徴する非常に意味の濃い文なのだ。前置詞afterの後には何も書かれていない。しかしそれが何であるか、じわりじわりとそれを解き明かして行く。端的に言ってしまえば、それはアウシュヴィッツである。スタイナーはこの本でアウシュヴィッツ後の人間のありようは如何にあるべきなのか、を文芸を題材に批評というものを通して明らかにしようとしている。また批評の元あるいは切り口となるものとして言語にも着目している。のではないかと自分なりに感じて読んだのである。「夜と霧」では、虐げられる側の人間としてその物理的および心理的状況を現しているのであるが、スタイナーは、ならば逆の側の虐げる側の人間としては、その人間性はどうなのか、というよりも時代の風潮に洗脳され、そうせざるを得なかった(弁解に過ぎないが)とは言え、その後を生きている我々を含めて人間はどうあるべきかを問い詰めている。朝、家族と食事をし、昼に何十万という人を死に追いやり、夕方は音楽を聴いて愉しみ、お祈りをして家族と夕餉をいただく、という一方の人間性!収容所で働く人間は犯罪者たちをそれに当てたと言われてもいるが、大部分の国民は収容所という事実をうすうすは知っていた。そういう国民の弁解はさておいて、実際にそれを知ってしまった現代の我々にこそどうなんだと問いかけてくるのだ。実に重い問いかけである。ドイツ国民はそれを十字架を背負うごとくにして戦後を生きてきた。同じ十字架は日本人にもあてはまる。その国民性の違いは、私としては忸怩たるものがあるが、それはさておくとして、今日はここまで

130327 生きる意味 3

またちょっと付けたし。
フランクルが収容所内で絶望の淵にある人々に、生きる意味そしてその具体的なよすがとしてそれは何かということを語るところがある。例えば、ある人には、外国に「並外れた愛情」をもった子どもが待っているということに目を向けさせたり、ある科学者には彼がまだ書きかけだった著作に対してそれを完成させたいという思いに目を向けさせたりして、現在の困難に希望の光を与えようとしたのである。フランクル自身もかなり絶望の淵に立っていたはずであるが、それにもかかわらず、仲間である収容者たちに、希望を持てと鼓舞するあたりはすごいことである。また収容所内で、ジャガイモを盗んだということが当局に知れ、盗んだ者を差し出さないと一日の絶食を全員に課すということが言い渡される。そして、2500人の収容者たちはそれが誰だか分かっていたが誰も何も言わずに、一日の絶食を選んだということがあった。たとえ一食でも食事を抜けば、必ず死の危険が待っているという状況にあって全員がそれを選んだというその精神力、連帯感というのもすごい。そしてその絶食の晩に停電が起こり、何もすることが出来ない中である者が、死ぬことや自殺のことについて語り出し、それから回避するにはどうしたらいいか、フランクルに振るのである。フランクルがどんなことを語ったか。まず彼は、ここにまだ生きているものは希望を持つ根拠を持っていると言う。そして未来に対しては、否定的見解、すなわち生き延びる可能性が少ない。しかし、だからといって希望を捨てる必要はない、誰も未来に起きることは知らないからであると。そして、生きるということよりも、日常的に死死死死死と死ばかりが眼前に広がる状況において、彼は死についても語るのである。人の命はいかなる状況下でも意味を持つこと、そして死さえも同じなのだと。すなわち、一人の人間の死に対して、その死を見る者が哀れに思わないで誇らしげに苦しんで死んだのだということ期待している、というのだ。その苦悩と死は無意味ではなくて犠牲として最も強い意味に満ちていると。・・・・と、こんな風である。若干私の読み違いもあるかもしれないが、この辺はフランクルのこの本のクライマックスである。映画の一場面のような感動的なところである。

今夜はEテレで「夜と霧」が放送される。最終回だそうだがぜひ見ようと思う。

130326 生きる意味2

昨日の「夜と霧」の引用について
フランクルの言わんとすることは、生きる上では、目的を持つことが大事だ、人生に期待するのでなくて、人生から期待されている自覚を持ち、それに正しく答えて行きなさい、ということではないか。
この引用文のその前のパラグラフで、こんなことを述べている。収容所の仲間で、ある著名な音楽家が、自分は5月30日にここが解放される夢を見た。だからきっとその日に自分たちは自由となれる。と言ったと。彼は、虐待と暴力と病気の極限状況を生きてきてかなり衰弱していたが、それでもその夢を信じて生きていた。しかし、5月30日になったとき奇跡は起こらず事態は厳しいままだった。夢が叶わなかった彼は、翌日亡くなった。またフランクルは別のところで、こんなことも述べている。クリスマスから正月にかけて、毎日の死亡者数がそれ以外の時よりもずっと増えたと。このこともやはり、クリスマスという特別な日に何か素晴らしいことが起こるのではないかという希望を持ったが、それが起こらなかったという絶望感が死をもたらしたというわけである。人生に対して何か目標、目的をもつことと生きるということがここでリンクする。人生の意味、生きることの意味、人の存在の意味あるいは存在理由は、誰もが考える哲学的命題かもしれないが、フランクルは、それは一般的なものでなくて、人それぞれであり、また、瞬間瞬間に変わるものであると言っている。またそれは抽象的なものでなく、常に具体性を伴ったものであると。・・・
人それぞれが自分に問い続け、その具体的なものを手に入れようと努力していくことが、この命題に答えていくことだろうか。(結論)?
さしあたり、自分にとってのその具体的な意味とは何だ?
家族、友だち、仕事、社会生活、趣味、・・・か?

130325 生きる意味

生きる意味というのは永遠のテーマであると思うが、極限状況を経験したフランクルの言葉で語られるならば、それはかなり真実性を帯びたものになる。
彼は『夜と霧』の中で次のように述べている。
長いけれど引用してみる。

p182から・・・反対に何の生活目標をももはや眼前に見ず、何の生活内容ももたず、その生活において何の目的も認めない人は哀れである。彼の存在の意味は彼から消えてしまうのである。そして同時に頑張り通す何らの意義もなくなってしまうのである。このようにして全く拠り所を失った人々はやがてたおれていくのである。あらゆる励ましの言葉に反対し、あらゆる慰めを拒絶する彼等の典型的な口のきき方は、普通次のようであった。「私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないのだ。」これに対して人は如何に答えるべきであろうか。
ここで必要なのは生命の意味についての問いの観点変更なのである。すなわち人生から何をわれわれはまだ期待できるかかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。そのことをわれわれは学ばねばならず、また絶望している人間に教えなければならないのである。哲学的に誇張して言えば、ここではコペルニクス的転回が問題なのであると云えよう。すなわちわれわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われた者として体験されるのである。人生はわれわれに毎日毎時間問いを提出し、われわれはその問いに、詮索や口先ではなくて、正しい行為によって応答しなければならないのである。人生というのは結局、人生の意味の問題に正しく答えること、人生が各人に課する使命を果たすこと、日々の務めを行うことに対する責任を担うことに他ならないのである。
この日々の要求と存在の意味とは人毎に変るし、また瞬間毎に変化するのである。従って人生の生活の意味は決して一般的に述べられないし、この意味のついての問いは一般的には答えられないのである。ここで意味される人生は決して漠然としたものでなく、常にある具体的なものである。各人にとって唯一つで一回的である人間の運命は、この具体性を伴っているのである。・・・・

やや分かりづらいかも知れない。
しかし、極限状況で生き抜いたからこそ出てくる言葉だとするとやはり重みがあって反論できない。
ほかにも引用したい箇所もあるのでそれはまた明日。

130324 夜と霧

昨日注文した本が午前に届く。早い。

フランクル「夜と霧」。
中学生の時にちらりと中を見て読まず、大学になって若干読んだか読まなかったか。
アウシュヴィッツの話は、よく聞くが、これは奇跡的に生還した心理学者の体験話。
実に重たい体験記。
想像を絶する苦悩と非情、絶望的な極限状況、非人間的虐待、拷問のなかで医師、心理学者として、虐げられし人間と虐げる人間の有り様を書いている。
旧版といわれるこれははじめの73ページを解説に当て、アウシュヴィッツでの体験の証言から書いているので本文に入るとその文章の裏に隠されていることが想像され胸に響く。
さらに、本文後には写真等の資料があるので本文が生々しく迫ってくる。

本が届いてから一気に読み通した。
予想していたがやはり感想は重い。
重い感想は明日書くことにする。

20130323 写真削除

図書館へ本返しに行った。
友人FYくんに出会う。
借りたい本はなかったのですぐ帰る。

この間、ウィンドウズが立ち上がりが悪いので、リカバリングした。
そしたら、これまでピクチャーに入れていた写真がすべて消えてしまった。
後の祭りである。
悔しい。
USBに入れていたような気がしたのですべてのUSBをチェックしたがだめだった。
もう10年以上になる写真をすべて失ったのである。
リカバ-してからすぐに業者に頼めば若干は復活できると聞いたことがあるが、それからまたかまったのでもうだめだろう。
不幸中の幸いで文書などのテキストはUSBで管理していたのでおおかたは大丈夫だった。
やれやれである。

もうひとつ。
今日は誕生日なので、覚えがいいと思ってfacebookに加入した。
ただ加入しただけで、まだなにも発信とかはしていない。
明日からまた研究してみる。

20130322 ビデオテープ処分

今日は血圧の薬をもらいに病院へ行く。
運転中、目がかゆくなり涙も出て運転しづらいが我慢していく。
着くまでにどうにか直った。
米を30キロ搗く。
このごろ息子たちも持っていくので減りが早い。

昨日はビデオのDVD化のことを書いたが、DVD化した後の、ビデオテープの始末について。
家内がいらないものを処分して家の中のスペースを確保したがるので、ゴミにして出さねばならない。
しかし、せっかくの貴重な映像があるのにもったいない気もする。
誰かテープをもらってくれる人があれば譲りたいところだ。
もちろん只でゆずる。
といっても、遠いところの人は郵送代ぐらいは要る。
VHSのテープが27本。
ベータのテープが70本ほど。
巻き取り器もVHS用とベータ用(2台)がある。
VHSのレコーダーも2台ある。
ベータもソニーのEDベータの一番高かったのが1台ある。
テープは別として、これらの機械類はオークションに出しても売れるだろうと思う。
誰か買ってくれる人はいないかな。
テープは中にはお宝映像も存在するから好きな人にとっては損はないかもしれない。
昨日書いたように、テープはほとんどジャズのライブ映像である。
モントルー・ジャズ・フェス
モントリオール・ジャズ・フェス
東京ジャズ
その他、様々なジャズ・クラブのやつ。
どこだか分からないやつ。
マイルス、コルトレーンからキース、チック、ハービー、小曽根真、上原ひろみ、大西順子・・・
などなど、これらについてはまたどこかで書くことにする。

20130321 フルトヴェングラー

今年に入って1月からこれまで録りためてきたビデオのDVD化をした。
実は退職後、少しずつやっていたのだがこの2,3年やってなかった。
200本ぐらいはあったのだが、一番古いので1987年の終わり頃に録ったやつ。
その頃のは、一部カビが生えていたりして画像が乱れたり音声が途絶えたりするものもあり、そういうのは惜しかったがDVD化はやめた。
ほとんどジャズのライブ・ビデオ。
今となっては、好きな人にとってはお宝的なものもあるだろうと思う。
クラッシックのビデオも少しあって、見てみたが1本しか気に入るのはなかった。
それがフルトヴェングラーが1954年にザルツブルグ音楽祭でふったモーツアルトの「ドン・ジョヴァンニ」
3時間テープで録っていたが、ぎりぎり3時間2分までの映像だった。
フルトヴェングラーの動く映像はおそらくこれぐらいしかないと思うので今となってはやはりお宝。
ネットを見るとDVD化されて市販されている。
残念ながら録画年月日を書き入れなかったので、本当のところは分からないが、ネットで調べると2010年の12月25日らしい。
もっと前ではなかったかと思うのだが、NHKのアーカイブスで調べてもそれしか記録にはない。
このビデオでは、フルトヴェングラーの顔はははじめの数分ぐらいしか見られない。
まだハードデスクに入ったままなのでDVD化はこれから。
ほかにクラシックでしようと思ったのはバーンスタインのマーラー。
1番、2番、4番、大地の歌とあったがいずれも古くなっていて画像が乱れたのでDVD化は断念した。
ホロヴィッツのピアノもあったはずだがこれは行方しれずで惜しいことをした。

20130320 原発電源

昼間もアイスノンが手放せなくなった。
やたらにかゆくなったらすぐに目に当てる。
難点は、一時的に前が見えなくなるということ。
外出するときはマスクして帽子をかぶっていく。
時々はめがねの代わりにスキー用のゴーグルをつける。
こんな格好で人に会うと怪しまれる。
この前仕方なしに外出してある家を訪問したら怪しまれた。
すぐに声を出して名乗ったのだが、いらん気遣いをすることになる。
車に乗るときはサングラスをかけるからよけいに怪しく見えるかもしれない。

福島第一原発の電源事故。
ネズミとかいっているが、29時間も繋がらなかったはひどいことだ。
事故慣れに陥っているとしか思えない。
なぜ一つの電源だけでまかなっていたのか。
2年前の電源喪失の経験が全く生かされていないのではないか。
一つが切れたら予備の電源が使えるようにしておくべきじゃないのか。
そのくらいのことは素人でもわかる。
4号機のプールが一番心配であるが、とにかく今後は同じ過ちは犯してはならない。
事故慣れやこんなことぐらいは大丈夫という過信は禁物であることを重々肝に銘じてもらいたい。

20130319 義務教育は無償

アイスノンして寝た目が、朝起きてはずしたらとたんにまたかゆくなった。
杉花粉ピークは今日も続く。
昨日雨で今日晴れだからよけいひどい。
少し外出したが決死の覚悟である。

今日来た新婦人新聞を見たら「義務教育を無償にした町」という記事が載っていた。
山梨県の早川町という町。
人口1225人、小学校2つ、中学校1つ。児童・生徒は合わせて68人。
という小さな町だが、教育長の呼びかけで議員やPTA代表11人で協議をし、反対の人もあったが、最終的に合意。とある。
教育長の呼びかけというところがすごい。

考えてみれば、憲法でもそのようにうたっているのだから当たり前になっただけ。
ということは今なお全国的に憲法違反状態がまかり通っていると言うこと。
教科書だけが無償であるがこれもある時期からそうなったので、憲法施行後すぐに始まったわけではない。
団塊世代の我らが子どもの頃は、教科書は買うものであった。
少しでも安く上げようと4月になると1年先輩から半額ぐらいで譲ってもらうこともあった。

国会議員の選挙で違憲とか違憲状態という判決がでているがそれ以前に違憲のものがあるということだ。
未だに見直そうとしない国会は何をしているのだ。
ほかにもあるのじゃないか。

2013/3/18 都市層と田舎層

今日は雨。
花粉は少ない。
目がかゆいときの処方として、自分はアイスノンを目に当てることにしている。
目を洗ったり、目薬をつけてもそのときは気持ちがいいが、すぐかゆくなる。
寝るときは小さめのアイスノンをかちかちに凍らせてハンカチでくるんで、はちまきのように頭に巻き、ずれないように目に当てて寝るのだ。

中日新聞によると、昨日名古屋でTPPに反対するデモがあったそうな。
50人ほどだと書いてある。
それだけの人でも声を上げてくれたのはうれしい。
特に都市部の人にどんどんやってほしい。
田舎でデモをやるにしても人が集まらないだろうから。
ほんとはそんなこと言っておれないほどせっぱ詰まってはいるのだが。

また、別の紙面では農産物の自由化によって、食料の安全が保証できないと書いている。
その通り。

一昨日ネットにてTPPを賛成か反対かの投票をしていた。
もちろん反対の票を入れておいたが、その時点では賛成票が47%、反対票が39%であった。
その後どうなったかは知らないが、たぶんそのまま推移したのではないかと思う。
たぶん、投票者は若年層や都市層が多いだろうから、そうなる可能性は高いが、ただ安くなるメリットだけを考えた行動ではないかと思う。
都市層や若年層を目のかたき?にするわけではないが、都市層や若年層がそこで生活している底には、田舎がもたらしている金では買えない(買えるのももちろんあるが)大事なものがあることを忘れないでほしいのだ。



2013/3/17 男声合唱

だんだん目のかゆみがひどくなってくる。

今日は名古屋へ。
まず愛知県美術館で丸山応挙展を見る。
さすが本物。
精密な描写力で動物、植物などが描かれている。
昆虫や蛙などをきめ細かにスケッチしたものがあった。
いわば練習帳みたいの。
全身の骨を描いた骸骨もあった。
腑分けが行われる時期の前に、すでに描いたものらしい。
松に雪がかかった作品が自分としては一番心にひびいた。

次に第3回男声合唱ジョイントコンサートというのに行く。
男声合唱を生で聴くのは初めて。
20人から60人くらいの団員が歌う。
ピアノ伴奏つきもあったが、アカペラもあった。
初めて聴く分には、少々難しいかな、というかおもしろく感じられない。
ほんわかしたハーモニーの気持ちよさは伝わってくるが、口ずさめる感じがなくて飽きてしまうのだ。
こういうのは、歌っている自分たちにはその良さはわかるかもしれないが、素人?にはわかりづらいと思うのだ。
しかし、最後に合同で230人くらいで歌ったのは初めての曲ながらその歌いぶり、迫力はぐっとくるものがあった。
やはり数が多いと違うなと思った。

聴いた中で、詩に懐かしいものがあった。
「見よ、今日も、かの蒼空に 飛行機の高く飛べるを」
という詩。
石川啄木の詩だ。
これをほかのメロディで聴いたことがあるのだが、別のメロディで歌っていた。
ほかのメロディとは、ジャズバンド「渋さ知らズ」がやっていたのだ。
もう一つ啄木の詩。
「やはらかに 柳あをめる 北上の 岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに」

もうひとつ初めて聴いたのだが、詩に気になったのがあった。
八木重吉の詩。
題は「雨」
雨のおとが きこえる
雨がふっていたのだ。
あのおとのように そっと世のために
はたらいていよう。
雨があがるように しずかに死んでゆこう。

・・・雨と死を結びつけたところがどっきり新鮮。
はたらいていよう、と言った後に、突然、「死」がくる。
なぜ「死」なのか。
作者のそのときの心模様はどんなのか。
雨から死への脈絡はあまりにも遠い。

・・・男声合唱から詩と死の方へ行ってしまったが、まあこれだけでも知ることができたのも幸いであった。

2013/3/16 やわらかな戦争

花粉に加えてPM2.5や黄砂なども飛び交う外。
東北はそれに加えて放射能。
ほんとにやっかいなものばかり。
外にでられない子どもたちの苦痛はよくわかる。

ついにやっちまったか。TPP。
今日の中日新聞のTPPをたとえるとするとどんなたとえ話になるかという記事ははグーだった。
その中で同感したたとえは、大手スーパーの殴り込みというものである。
我が町もいろいろな大手商店が入り込んできている。
そのため町内の小売店はあがったり。
店じまいのところが出ている。
電気店とか。
関税0になれば、どかーんと安い商品が入り込む。
そのため中小の自営や農家は立ちゆかなくなるというわけだ。
なんとしてもストップさせねば。
まあそれにしても、うそつきは政治家の始まりごとく、公約破りは目に余る。
日本版ショック・ドクトリンである。
震災復興には目もくれず、一気にやりたいことをやってしまおうという。

やわらかな戦争、という言葉があるかどうか知らないが、もし今後ニポンがそういう状態に入るようなことがあったら、ニポンを殺すのはわけはない。
鉄砲を使わずとも、食料をストップすれば1ヶ月で干上がるだろう。
一昨日書いたシミュレーションのごとくになるのだ。
実際、TPPはそのやわらかな戦争の前哨戦みたいなものである。

2013/3/15 地獄の季節

目がかゆい。
花粉症のせいだ。
夕べNHKでアレルギーを直す最新の研究を紹介していた。
「免疫寛容」といって自分の免疫を入ってくる免疫と仲良くさせてアレルギーを緩和するというもの。
まだ花粉のアレルギーの解消の段階まで行っていなくて残念だが、早く確立されることを願うばかりだ。
もしその療法が確立されたら真っ先に駆けつける。
ノーベル賞ものだ。
モチカネの花粉症さんは、その研究に大助成をしてやってほしい。
とにかくこの時期は我ら花粉症族にとって地獄の季節なのだ。

地獄の季節と言えば、昔読んだことのあるアルチュール・ランボーか。
もう忘れたな。
あの「見つかった。何が ・・・太陽 」(だったかな)というのは別の詩だったか。
またいつかランボーを開いてみるか。
昔読んだときの感じと、年取って読んだときの感じは違うものだろうか。
もう心の琴線はゆるんでしまって何の感動も受けないか。
いやいやまた何か別の感じが待っているかもしれない。
いくつになっても感動する心を失いたくないな。

今度の日曜日に愛知県美術館で丸山応挙展をやっているので見てこよう。
絵を見る心も持たなくちゃな。




2013/3/14 シミュレーション

杉花粉のピーク。
昨日は雨で今日は晴れ。
花粉症の身にはこういう日は一番つらい。

さて、あるシミュレーションをしてみた。
実は、これは一昨年に考えたことなのだが。・・・・

これまでは国産の米を買って食べていたが、安い外国産が入ってきたので、消費者はそれに飛びつきカリフォルニア産のコシヒカリを食べていた。
ある時突然、気候変動が起こり米を含む農産物の輸出国である国が大干ばつか大災害で、農産物がすべてぱあ。
自国だけでいっぱいいっぱいとなり輸出できなくなった。
日本への輸出ももちろんストップ。
日本は自給率が下がり米がない。
小麦の輸入もストップした。
主食が全然ないのである。
野菜なども非常に少なくなった。
それで日本は破滅に向かった。

さらにシミュレートすると。
都会の消費者は戦時中か戦後のように、一斉に買いだし列車ならぬ買いだし自家用車で田舎に押し寄せる。
何でもいいから食料を買うためだ。
しかし田舎に着いたところ、じいちゃんばあちゃんが出てきて、もう米は作っとらんし、小麦なんてとうの昔に止めた、と言う。
野菜は自家用に少し作っているだけ。
自分たちもこの頃じゃスーパーへ買いだしに行くのだという。
作っても猿や鹿やイノシシにやられる。
それで周りを見ると見渡す限りの荒れ放題の草野原。
いるのはひょろひょろのじいちゃんばあちゃんたちだけだった。
・・・という話し。

恐ろしいシミュレーションだが、かなり現実味を帯びてきたのじゃないか。
と、思う今日である。

2013/3/13 ブログ始める

タイトルにあるように今日からブログを始める。
13年の3月13日でどちらから読んでも同じ。
そして3が3個並ぶ。
3が好きだから。
ちなみに長嶋さんも好き。
誕生年(昭和)にも3がつき3月23日生まれ。
ほんとは3月3日だったが昔のこととて役場に届けるのが遅くなったらしい。
と、ここまで腹の足しにもならぬようなことを書いたが、まあ日頃、思ったこと、感じたことをつれづれなるままに書いていきたい。
指の運動と頭の運動をかねて。

おとといの3月11日は、震災から丸2年。
あの2年前のその日、私はたまたま岐阜県議会の実況?放送をテレビで見ていた。
すると2時46分に地震が発生。
直後ぐらいから映像はヘリコプターによる空撮映像に変わった。
見るとたんぼやはたけ、道路、川、家々などを津波が浸食していくところだった。
うわー大変だと直感。
体が震える。
そして何のハウスだかいくつかのハウスが水に飲まれ、黒い水が内陸に向かってアメーバのようにどんどん流れていくのだった。

・・・・そのころ、友だちと携帯メールでその日に作った俳句をやりとりしていたが、その日から全く感興が湧かず、句作はずっと止まったままである。
時々作ってみようかと思うが、言葉がでてこない。
短歌も少し作っていたが、こちらもなかなか出てこない。
しかし、日記だけは毎日つけてきたので、これならブログでも書けるだろうと思ってやり始めたのである。
今日はここまで。震災のことなどまた書くことにする。

プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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