130630 光陰

200px-Chomsky[1]
チョムスキー教授のこと
光陰矢のごとし。
すでに半年を過ぎる。
電話がかかってきてお盆に同窓会をするという。
この間やったばかりなのに、実は5年前だという。
ええっと思う。
その5年てつい昨日のことのよう。
半年が速いぐらいでない。
まさにあっという間の5年だった。
うかうかしておれない。
何かをしていても5年。
何にもしていなくても5年。

チョムスキー教授を知ったのは45年ぐらい前。
当時はいくら読んでも分からない生成文法。
あるいは変形文法の創始者としての氏であった。
光陰矢のごとし。
それからおよそ30年後にまたチョムスキーに会う。
といってもメディア、書籍などであるが。
MIT教授としてなおも活躍中。
肩書きは言語学者であるが今度は政治的発言で注目を集めていた。
アメリカ政治の裏側や世界政治の裏側を語っている。
舌鋒は鋭いし、情報収集能力が高く、アメリカの政治姿勢を厳しく断罪している。
ので、体制側からは目をつけられている。
FACEBOOKを検索したら出てきたのでニュースフィードに出るようにいいねをしておいた。
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130629 マイルス

s-miles davis
アイパッドでFACEBOOKの「ページを発見」というところにジャズ系の人のページがいっぱい出てくるので適当に好きなプレイヤーたちのをいいねしていたらいっぱいそれらから最新のニュースが届くようになった。
記事は英語で書いてあるがだいたい読めるので、勉強のつもりで読んでいる。
ジャズとは関係ないがDEMOCRACY NOWというサイトもいいねしておいたらそこのニュースも読める。
ここは題の通りDEMOCRACYに基本の立場を取っているのでスノーデンなんかもどちらかというと擁護的な記事を書く。
それはさておきジャズ系のニュースは彼らが今どこでライブをやったとか誰がどうしたとか書いてあるので好きなものとしてはなかなかおもしろい。
写真もアップするのでそれも楽しみの一つ。
動画もアップするときもあるので最新の演奏が映像で楽しめる。
今日の写真はそこからコピペ。後で消す。
ご存じマイルス・デイビス。
カラーでないのも味がある。
1980年代のマイルスである。
トランペットにコードがついているからいわゆる電化時代と呼ばれる時のもので、多分電化時代に入って6年間の長い休止を経て再び舞台に出た時のもの。
このとき来日公演をしたが、名古屋公演を聴きに行った。
またマイルスが服装にも凝っていた頃のものであり、よく見るとアフリカ系のお面の刺繍がしてある。
目がぎらりとして貫禄十分。
強面(こわもて)である
実は頭の毛はかつらである。
彼が死ぬ直前ぐらいにパリでやったコンサートのビデオを持っているが、これは彼がむかし一緒に組んだプレイヤーたちが次々と出てきて懐かしの曲をやるというやつで、無茶素晴らしい。
中でもHUMAN NATURE という曲はサックスのケニー・ギャレットが無茶素晴らしい演奏をする。
作曲者のマイケル・ジャクソンもびっくりのジャズ・ヒューマン・ネイチャーになっている。
YouTubeでも見られるだろうと思って調べたらやはりある。
Miles Davis Human Nature (solo Kenny Garrett)
ケニー・ギャレットが真ん中あたりから出てきて吹き始める。
だんだんと盛り上がっていく様は興奮する。
彼にとってこの演奏アドリブはまさに天から神が降りてきた状態、後にも先にもこの演奏は彼にとって最高のものとなった。
それにしてもマイルスがいたからこそ。

13028 ヘルプ3題

アイパッドにコードを使わないで写真を撮ったら直接送れるようにしようと思っていろいろ設定を試みたがうまくいかない。
つまり撮ったら瞬時にアイパッドで写真が見られる設定。
アイファイ・カードというのを使うとできるのだが、うまくいかない。
パスワードとか入力したがどこかが間違っているのか。
パソコンにも送れるのだがこちらもうまくいかない。
誰かヘルプ。

アイポッドもいろいろ何でもできる。
一番は音楽再生用に使っているのだが、このごろ嫌に電池の減りが早い。
使い切ってしまわないうちに充電すると長持ちしないと言うことを聞いていたが、そのためか。
少しでも少なくなると充電していたから。
で、このごろは残り少なくなるまで使って充電するようにしている。
でも、もう遅いかも、とにかくすぐ減っていってしまう。
この充電電池はとりかえることができるのか。
裏側は簡単に開けられそうにない。
誰かヘルプ。

アイポッドは現在2950曲ほど入っている。
ウォーキングの時に使うくらいだが、時々は寝るときに聞きながら寝ることもある。
ABC順のアイウエオ順で聞いていくと思わぬ曲に出会うことがある。
あるいは同じ曲が演奏者違いで出てくることもある。
Aireginを久しぶりに聞いた。
マイルスとマル・ウォルドロン。
マイルスはCookin' と Bag's Grooveで。
Cookin'の方が割と荒々しくて新鮮な感じがした。
ときどきおっと思う曲は古い録音のものが多い。

もう一つアイポッド関連。
アイポッドに曲を入れるときは、パソコンのアイ・チューンズに入れた曲をアイポッドに同期して入れるのだが、パソコンをうっかりリカバリーしたらパソコンに入れていた曲はみんな消えてしまった。
アイポッドには影響はないのでそのまま曲は残っていたが、新しく曲を入れようとすると、アイポッドに残っていた曲は消えて新しく入れた曲しか入らない?ような仕組みになっているみたいで、それなら困るので、アイポッドに残っている曲をそのままにして新しく曲を入れる方法はないのだろうか。
誰かヘルプ。

130627 血

夕方ウォーキング途中で鹿の防護網が倒されていることに気づく。
ウォーキングを止めて修理に戻る。
新しい支柱を持って現場へ行って直す。
直径5センチほどの支柱が根元で折れ曲がっていた。
倒れた方向は山側の方で、どこからかこちら側へ入ってきて山の方へ逃げるときにぶつかって倒したみたいだ。
どこからかこちら側へ入ってきたのも問題である。
それで夕方で雨もぽつりぽつりとこぼれかけて来ていたが、400mほどの網をたどってほかに倒されているところはないか見回りに行って来ることにした。
やはりところどころ支柱が傾いているところがあった。
9カ所。
幸い折れ曲がっていたり地面に届きそうなくらい倒されているところはなかった。
ここまではいいのだが終わりがけのところで、手が何となくかゆくなったので見ると手袋の上からヒルが食いついていた。
うわと思ってみると、手袋に4,5匹黒いのが見える。
急いで手袋を脱いで食いついているヒルを引きはがす。
ヒルって引きはがしてもすぐくっついてやっかい。
そして下を見ると長靴の上にも黒いのが数匹。
一応こんなこともあろうかと思って、雨合羽のズボンをはいて上もウインドブレイカーを着ていったのだが、やられた感じである。
念のため合羽のズボンを脱いで長靴の中を見ると2匹ばかり侵入。
そして合羽ズボンの内側にも何匹か。
とてもじゃないので上のウィンドブレイカーを脱いで上半身を確かめたが幸いにも上半身にはいなかった。
にっくきヒルめ。
俺の大事な血を吸いやがって。
油断も隙もあったモンだった。
鹿が麓に出だしてからヒルが増えたという話もある。
鹿が運んだというわけだ。
手の指の間に食われたヒルのあとがかゆい。
ヒルの食われたかゆさはいつまでも続き、跡が残る。
血がにじみ出てくる。

血税という言葉があるが、納税は国民の義務であるというもののあいつ等に取られて、あいつ等に好きなように使われると思うとまさしくヒルに血を吸われるごとく血税である。
そんなことに使ってほしくないものはいっぱいあり、こんなことに使ってほしいと思うのには回さない。
憲法をしっかり守ってくれさえすればこんなことにはならない。
憲法をよく理解していないやつを政治家にするのは間違っている。
政治家には憲法をどれだけ理解しているかテストして合格したら立候補OKにして、議員になったらときどき免許更新ごとく理解度をテストし実践力も調査するというのはどうだろう。
奴らに教員の免許更新を言う前に自分らの適性度をはからせる制度を作るのである。
また話が飛んできたが、熊野郎はヒル野郎というニックネームがまたひとつ増えた。

130626 明暗

会議から帰ってきたら加藤登紀子さんの番組をやっていた。
ポーランドに「今日は帰れない」の歌を作った人を訪ねてみたいな番組。
作者不詳だったが実はちゃんと作者がいたという。
ポーランドのユダヤ人でパルチザン活動家。
戦後ポーランドが解放されたとき、ゲットーやアウシュビッツを写真記録した人。
頼まれて撮影したのだという。
その写真も少し映像として映される。
ああまたアウシュビッツだと思ってみてしまう。
あの悲惨な写真が映し出される。
それなのに彼は投獄されてしまう。
出てきたのは3年後だという。
当時のソ連の仕業。
パルチザンだったという理由で投獄されたという。
スターリンの犠牲になったといえる。
その後は歌も写真もやらなかったらしい。
ポーランド人なら誰でも知っているというその「今日は帰れない」を聞いた。
パルチザンの歌
もの悲しさは当時の現実を知ると余計にもの悲しく感じさせる。
地下活動家にとって明るく歌うというよりもやはり多少のもの悲しさを感じさせる歌の方があっているだろう。
明るく勇ましくというのはどことなく軽々しくてそういう活動にあっていない。
我らの今の時代も明るく勇ましくというよりもどことなく暗く陰鬱な感じが似合う時代になってきたのじゃないか。
一方がやけに明るくはしゃいでいるからそれを押し返すためにも暗くて陰鬱な方がプラスマイナスしていいくらいになるのじゃないか。
訳の分からないことを書いたが、あっちが明るく来ればこっちはそれ以上に明るく楽しげに振る舞うことの方が逆に彼らを目立たなくさせる方法かも知れない。
ってさらに意味不明になってきたが、明るくても暗くても奴らに勝たなければならないことは確かだ。
分かるかなー。

130625 隙

茶畑にしていたところに梅の木があってそろそろ採り頃なので畑の草刈りに行く。
行って驚いた。
茶の木から茶は摘まないのでほったらかしにしてあったのだが、茶の木の間に笹が入り込んで一面笹畑と化していたのだ。
半面は茶の木がなくて雑草ばかりだったので刈りやすかったが、笹の生えているところは茶の木が混ざっているので刈りにくく、刈るのをあきらめてそのままにしておいた。
いずれ茶の木も切ってしまって笹も切ってしまおうと思うが、その作業は難航が予想される。
隙を見て根を伸ばす笹。
根を切らないと絶やすことはできない。
田んぼや畑も同じ。
ほかっておくとどんどん草が生えて元の通りに復活させるのは難しい。
田んぼは水持ちが悪くなるし草やヒエがいっぱい生える。
続けて作ってこそ田んぼは田んぼらしくなるのだ。
隙を与えてはだめなのである。
人間の世も隙を与えると雑草みたいなやつがはびこる。
今まさに雑草の中の毒草の時代。
これ以上隙を与えないようにしたい。

130624 逃亡

今注目しているのは二人。
アサンジとスノーデン。
どちらも国家から追われている。
アサンジはスノーデンに支援をし始めた。
スノーデンはCIAの職員としてCIAでどんなことをしたかばらしている。
どんな個人の秘密も全部分かるというのだ。
特にネットに表れた情報はどんなものでも分かるらしい。
ブログやFACEBOOKやツィッターなどなどすべて読まれていると。
この間の、某研修会でも一枚の写真からその写真がどこで撮られたものかは分かるという話を聞いた。
専門機関であるCIAなら朝飯前のことかも知れない。
このブログも某国によってすでにレッドマークされているかも知れない。
ということはこれを読んでいる人も同じくマークされていることになる。
あるいくつかの言葉を検索語に選んでそれに引っかかったものをマークするぐらいは訳ないことだろう。
そしてそれをどこに住む名前は誰々で歳はいくつ、職業、家族構成、貯金の額、思想傾向まで調べる技術を奴らは持っているのだ。
このごろの監視カメラの多さは驚くほど多くなっているのじゃないか。
ときどきメディアで発覚するある企業からの個人情報漏れはその数が膨大であったりする。
国民総背番号制度も目の前だ。
いったん漏れた情報はもう消せないと聞く。
国家によって個人が簡単に管理される社会となり、がんじがらめにされ秘密の置き所のない社会となる。
みんな丸裸で生活する社会となるのだ。
名付けて国家まるまるヌーディスト村。
アサンジもスノーデンもそれを告発しているといえよう。
彼らがどこにたどり着くか、そしてその後どんな情報を出すか、どんな活動を行おうとしているか見ていきたい。

130623  礎

草取り続き。
昨日は3分の2ぐらいまでやって昼。
今日はその残りをやって昼。
草がそんなにあったわけではないのにこの違いは。
やはり速度。
腰が痛くてなかなか進めなかったというわけ。
2日かかってやっと1枚の田をとったが、ほかの田はあまり生えていないのでやらないことにした。
ヒエもあんまり生えていないので薬もまかない。
ことにした。

今日は新聞などでも報じられているように沖縄戦終結の日。
沖縄タイムスによると、お年寄りの中にはトラウマを抱え今なおPTSDを発症あるいは今後発症する可能性もあるという。
戦後も米軍基地があり、騒音被害や事件・事故により戦争を想起させているためだ。
そして、今なお「平和の礎」には新たに刻銘される人もあるという。
その数24万あまり。
その数を一人一人の顔を思い浮かべて数えていったとするとすごい数だ。
今も身近に戦争の恐怖を抱えている沖縄。
払拭するには、条約破棄と基地撤去しかない。
しかし、国防軍を唱えるやつがいてはその道は遠い。

130622 碍

田の草取りをした。
腰が痛くなるつらい仕事なので今年は止めようかと思ったが、やはり草は目障りでついつい田んぼに入ってしまった。
夕方からお寺の研修会。
PAのやり方が悪く、聞きづらかった。
人間の本質は碍(げ)である。
と聞こえたのだがこれでいいのだろうか。
いわゆる障りである。
ほんとに聞きづらくてほんとにそんなことを言われたかどうかも分からないのだが、直感的にそう理解しそういう風に聞こえたことにしたのだ。
あちらにつっかえこちらに障りと人間て他に対していっぱいごめんなさいをしながら生きているのではないか。
そういうことをおっしゃったのではないか。

もうひとつこれも聞きづらくてよく分からなかったのだが、永山則夫の生い立ちを語られた。
彼の生い立ちについては昔読んだ記憶があるが、やはり非常に不幸な育ち方をした。
親の愛情や周りの愛情がほとんどなかったと。
親の責任も勿論あるだろうが、貧困な家庭にならざるを得ない状況は、社会のせいでもある。
永山の育った時代と今とはまた異なる時代状況もあるが、現代の貧困も作られた貧困として大いに問題がある。
昔は子どもの貧困という言葉はなかった。
今は親の貧困が子ども連鎖して貧困から脱することができないところがある。
のではないか。
先頃この子どもの貧困に対しての法律が作られた。
よく読んでいないので分からないが、貧困の連鎖を断ち切り子どもが貧困でない子どもと同じように将来を切り開いていけるような法律ならいい。
富めるものはなお富み、貧しいものはさらに貧しくなる現代の格差社会は、そのものを根本から変えていかない限り、そんな法律を作っても焼け石に水の感じもするのだが。
格差社会、まさしく碍である。
ここでまた熊之介の登場だが、(○○慎之介という野球選手に引っかけてあるよ)。
だいたいが熊之介らのような富める側の人間がなっている議員が格差社会を直せるはずもない。
し、直そうともしないだろう。
そんな目障りなものはほかって置いてTPPだ改憲だとほかのところに走っているのが現状だ。
しかし、中には熊さんは農業にがんばってくれるそうだからなんて言ってるほんわかおばさんも世の中にはいるからほんとに危ない。
アブ内閣という人もいるが、変換違いだと危ない核。
ああそれで原発推進かとなるような変換違いだ。
話が飛んでしまうが、もっと飛んで、げげげの熊は碍碍碍(げげげ)の熊之介となる。
碍の話でした。

130621 危機


ウォーキング

会議と講演
ネットに隠れた危険
写真を載せただけでも個人が特定されることがある
なりすまし
架空請求
一度載せたら消せない
機器の進歩は目を見張るばかり
思わぬ落とし穴がある
機器の進歩は危機である、なんて

130620 閑話

広辞苑によると、閑話は
1ゆったりとしてものしずかな話。
2むだばなし
とある。
閑話休題は
(話を本筋にもどすときに用いる語)むだばなしはさておいて。それはさておき。さて。
となっている。
これまで私は「閑話休題」を逆に使っていたような気がする。
すなわち閑話休題と書いて、その次にむだばなしを書いていたような気がするのだ。

閑話休題。
(本題に戻ると)・・・・
ということになる。

で、閑話休題。
今日は月一の学習の「やさしい経済の話」を聞きにいった。
歴史の話から映画の話からいろいろな話を経済につなげて話して行かれる。
さすがよく勉強をしていらっしゃると感心。
毎日、新聞を項目に分けてスクラップしていらっしゃる。
東大が9月入学をあきらめて(当分?)4学期制にした。
9月入学はやはり経済界の後押し、グローバル人材にするためとか。
英語の能力をやはり大学に求めるのも経済界の圧力だとか。
あとは恐慌の話とか聞いた。
休憩時間に鎌倉幕府は1192年と教科書で習ったが、今は1185年となっているとか、参加者の話であった。
そうなのかと思って帰ってからネットで見てみると、それは頼朝が征夷大将軍になった年で、幕府を開いたのは1185年であるとか、そもそも幕府を開いたとは書いてなくて単に平氏が滅んだ1185年から鎌倉時代は始まるみたいな書き方になっているそうだ。
歴史は時間が経つほど研究が進んで書き直されるのかと思った。

なんだか本題が閑話になったみたいだが、経済といってもやはり政治・生活・その他すべてが関係してくることなので日頃からいろいろなことに関心を向けておかなければならないと思ったのでした。

今の場合の閑話休題も使用法間違いか。
一番はじめの閑話の前に本題となるべき話を書いていなかったから。
ややこしい。

130619 反文明

久しぶりの雨。
注意報や警報が出たがそれほどでもなかった。

外での仕事ができないので、こういう日はやはり読書に限る。
と思って、いざ机に向かったがPCを開いたらネットやそればっかり。
いかんいかん。
そのうち昼が来るし、準備や片づけに、済んだら休憩、テレビなどしていたら3時頃。
やっと本(雑誌)に手が届き読み始める。
なんだか久しぶりの本なのでさくさく読める。

「世界」7月号、「田中正造没後100年に寄せて」で小出裕章さんが書いている。
「田中正造さん」と小出さんは呼んでいる。
尊敬する人だからだろう。
そういえば、30年ほど前の小学校6年生の国語の教科書には「田中正造」があった。
今でもあるのだろうか。
それはともかく、正造さんの反対・抵抗・奮闘した足尾鉱毒問題は日本の環境破壊に対する警鐘運動の走りだったが、その後も水俣・四日市などの公害問題や最大の環境破壊である原発事故の発生がある。
小出さんたちは現代の田中正造である。

その論文のなかで、引用したいところばかりだが、ほんの一部にする。
未来に繋ぐ希望・・・絶望したときが最後の敗北 の項で、
正造さんの言葉「対立、戦うべし。政府の存立する間は政府と戦うべし。敵国襲い来たらば戦うべし。人侵入さば戦うべし。その戦うに道あり。腕力殺戮をもってせると、天理によって広く教えて勝つものとの二の大別あり。予はこの天理によりて戦うものにて、たおれてもやまざるは我が道なり」
また、「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし。」

まさしく原発は、反文明であり、偽文明であり、虚文明であり、殺文明である。
熊は反文明の手先、G8で若干たしなめられたようだが、まだまだ偽であり虚であり殺である。
からには戦うべし。天理によって広く教えて勝つのだ。
と、少しアジるがどうだろう。

130618 稚児山


地元の山。
2時前に登り初めて4時前に下山。
道は聞いていたところまで車で行き、そこから登る。
途中に滝があると聞いていたが見あたらず、稚児山より北側の山の頂上を目指す。
尾根を登り続け稚児山の頂上の鉄塔が見えたあたりで降り始める。
このまま登って左へルートを取れば多分行けたであろうと思われる。
八幡側を見下ろすと木の陰でほとんど見えなかった。
幸い雨に降られずに済んだ。
谷まで降りてそのまま谷に沿って下ると滝の上流部に着いた。
車を止めたところからすぐのところであった。
高さ3から4m。
下に丸い滝壺。4平方メートルぐらいか。
上流部は水の流れがほとんどなく伏流水。
下流部も同じ。
ところどころで流れが浮上する。
空梅雨のせいもあってか水は少なかった。
普段はもっとあるのかも知れない。
滝は谷に沿って登っていたらすぐに見つけられたが、歩きやすい山の斜面の方にいったので見つけられなかったのだ。
写真を撮ったがぶれ気味である。
ヒルに食われないかと長靴でいったが藪がなかったので大丈夫だった。
稚児山の南側ルートは頂上近くまで車で行ける。
そこと裏側のルートを開拓し、つなぐと結構なハイキングルートになる。
滝は小振りだが名前でも付ければ名所?にもなるし、そのまま車の道を行けば鬼谷湖となる。
稚児山の周遊が楽しめるというコースである。
誰か作ってくれないかな。
盗掘を防ぐため名前は書かないが、美しい花が咲く群生地もあった。

130617 想像力


何となく想像してしまうニンニク。
乾燥中。
来年の種にするやつ。

このごろの若年層の幸せ感が変わっているという話。
未来に希望を持てないから今に幸せを感じる。と。
社会学者の分析らしい。

非正規にニートに就職難に少子化に嫌なことばかりなのになぜそれで幸せか。
人間て嫌なことがあると、知らず知らずそれから目を背けたくなる。
そして苦よりも楽の方に逃げる。
苦を乗り越えて楽を得るというよりも今はすぐにあきらめて逃げるようになっているのではないか。
ついつい苦をよける癖みたいな。

おいらが思うに、結局「想像力」がかなり欠如しているのではないか。
あるいは、「想像すること」から無意識的に逃げているのではないかと思うのである。
想像すれば創造するけど、想像がないから創造できないのだ。

全部が全部そうとは言えないが、学生(大学)たちの行儀?良さとも関係あるか。
はめをはずしたりとか無銭旅行とか無茶をするやつがいなくなってしまった。
学生運動もあまり聞いたことがない。
学生といえば学生運動だった時代はきっと想像力のあふれる時代だったのじゃないかと思う。

130616 マッチ擦る

雲が黒くなったので雨が降るかと思ったが結局降らなかった。
期待はずれ。
一滴も降らない。
川は干上がってしまった。
田んぼ用の水路は水は来ているが。
井戸の水が出なくなったという話も聞く。
季節は季節らしくが一番いい。
川には雑草が生えだした。

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
意志表示せまり声なきこえを背にただ掌の中にマッチ擦るのみ

寺山修司と岸上大作
どちらも、なーんだこんな国なんてと絶望感が漂う。
が反語的に深ーいところで抵抗の意志も感じられる。
寺山はWW2(World War 2)後の国を思って歌にした。。
岸上は60安保の挫折感を歌にした。
そういえば6月15日は昨日。
60安保で樺美智子さんが亡くなった日。
岸上はそれから半年後ぐらいに自死。

この歌の感じが今の今にも通じる感じ。
それもこれも熊のせい。

マッチをぱしっと擦る。
一瞬の輝き、そして炎の揺らめき。
どちらの歌もここまでを歌っている。
と思うのだが。
マッチはその後ゆらゆらと燃え続けてやがて消えていく。

俺等はいつまでもゆらゆらと燃え続けなければならない。
風が吹いても決して消えないように。
そう思う今日この頃であった。

130605 主人公

野球の主人公は誰だ。
それはボールだ。
と野村監督が言った。
そのボールが変更したということを公表しなかったのは全くイカン。
とやはり野村監督が言った。
本日午後8時50分頃に言った。
野球見てたから。
しかり名言なのだが。
このごろ、その主人公がどうもおろそかにされているのではないか。
学校の主人公は?
国の主人公は?
未来の主人公は?

未来の主人公は今の子どもに決まっているが、その子どもに明るい未来は今のところあるとはいえない。
今の子どもに自分で切り開いて言ってもらうしかない今の大人たち。
今の大人たちは今の国の主人公である。はず。
その大人たちが主人公であることを失う可能性のある現在。
国の主人公は国家だと言おう(しよう)としている熊野郎がいるから。
また東欧に原発を売りつけようって。
熊はやはり面の皮が厚いというか。
shame on you KUMA!だ
で、学校の主人公は、子・ど・も・・・・だ。
と、これは前から当たり前のように言われていることだが、KUMAがいるかぎりこれも危ない。

とても話は飛んでしまうが、野村流に考えてみた。
野球は打者・攻撃者がいて、ピッチャー・守備者がいて、ボールを仲介にして事が運ぶ。
学校は、教師(教える)がいて、子ども(学ぶ)がいて、教材を仲介にして事が運ぶ。
ボールが主人公なので=教材が主人公 という考え方もできるのか。
教材というのを学習材という考え方もこのごろあるそうであるが。
未来には主人公である子どもが主人公である学習材を使って学びをしていくようになるのではないかという予測がある。
そのとき教師の役割は、単なる学習の補助者となると言われている。
これは陰謀だろうか。

130614 快調


朝のウォーキング時に見たホタル袋。
ホタル袋を見たでかどうか知らないが、夜、外へ出てみると、ホタルが7,8匹ふわふわと飛んでいた。
今年、初見のホタルであった。
近所にホタルのたくさん出るところがあるのでそのうち行ってみようと思う。

朝のウォーキングは快調に続いていて、足も早足でさっさと歩いている。
早朝だととても静かだし車は通らないし空気もそれとなく澄んでいる感じだし気持ちがいい。
7,8月になると涼しさがさらに気持ちいい。
今日は夕方、することがなかったので、2度目のウォーキングをした。
道は朝とは逆方向へ行く。
そしたら、途中で、にんにくをたくさん作っている人がいて、青森にんにくだと言われるので、来年の種にしようと思って30玉買ってきた。
青森にんにくといっても、品種の名前でなくただ青森で作っているのと同じということだけ。
にんにくを食べてさらに元気になることにするか。
黒にんにくを食べていると朝の行事(あちらのこと)(あちらといってもあちらじゃないよ)も快調である。
多分それはにんにくのせいだと思うのである。

130613 擁護義務

蒸し暑くてあへあへの昨日今日。
夕方久しぶりの雨。
畑は潤った。
これだけ降らないと夏が心配だ。
夕立でいいのでどんどん降ってほしい。

96条問題はやや下火だが、前から疑問に思っていたことがある。
99条。
国会議員などは擁護義務があるというもの。
だとすると改憲を国会議員が言い出すというのは擁護義務違反ではないのか。
また国民が望んでいるから改憲しましょうというのも変。
望んでいない国民もいるのにだ。
一方の意見だけ採り上げてやりましょうというのは民主的でない。
なのにそれを逆に民主的でないというのは、民主的という意味を取り違えている。
民主的という言葉を使えば国民がそうかと思うと誘導しているみたいだ。
民主という名の付く党のくせして民主的でない。
看板を下ろせよといいたい。
君らは99条違反だと訴えたらどうなるのだろう。
議員である限り心で思っても口に出してはまずいというものだ。

いずれにしてもやめさせてもいい議員にやりたい放題させておくのは問題である。
96条を変えると言い出したのは姑息で卑怯な手口であることは明白。
インサイダー取引みたいなものである。
これは卑怯なやり方だと自分でも思わないのか。
思わないからいうのだろうが、それが傲慢不遜なことだとも思わないのだろうか。
思わないからいうのだろうが、だとすればもう救いようのない輩である。
少なくとも道徳心はない。
持ち上げる奴らも同じ。
ハイル・ヒットラーの時の催眠状態にかかっているようなもの。
自分でもそれが自覚できない奴らばかり。
なので無自覚催眠主党である。
て、また言葉遊びになっていくが、いずれにしてももういずれでもない。
きっぱりと目を覚まさせるべく、きっぱりとノーをやつらに。

130612 戦場


平和大行進参加。
蒸し暑くて汗がだらだら出た。
懐かしの旗もごらんの通り。
やってますよーという感じ。

この町には桜井某女が以前講演に来たことがあったが、今度は金某女が来る。
いずれもかなりのライトウィング。
それを呼び込むラポートがあるということだ。
それに対して平和を叫ぶ俺等。
この対抗軸を増やさなければならない。
JAに損熊野郎の講演案内ポスターも貼ってある。
JAはTPPに反対しているのになんたることだ。
対抗して九条の会のポスターを貼らなければならない。

130611 にんにく


にんにくを掘った。
思ったよりずいぶん大きくなっていた。
大きいのは握り拳くらいある。
何を想像してかあんたのよりずっと大きいという。
今年はこのにんにくからでたにんにくの芽という物を食べたし長生きできそうだ。
この後、根を切り2,3日乾かし、その後茎部分を切り取って保存する。
焼いて食べても美味だがくさいので、あまりそれはせず、すって餃子に使ったりする。
メインは去年から始めた黒にんにくづくりである。
ある製法でにんにくの中を黒くする。
これが甘くてあまり臭みもなくそのまま食べられるのである。
作ったばかりよりもさらに時間をおくとよく熟成してさらにおいしくなる。
店で買うとひと玉500円位する。
一粒100円という高級食品になるのだ。
種にしたのは中国産だが、大きくなれば国産になる。
と言っている。
近所に青森産の種を使った人がいるので来年はそれをもらって(買って)作ろうと思う。
にんにくの産地の1番は青森である。
にんにく入り餃子(当たり前であるが)を食べてそのくさい息を損熊野郎に吹きかけてみたいものだ。
と損熊野郎を使ってみた。ワカルカナー。

130610 損熊野郎


川に自生のクレソン。
芹かと思っていたが、クレソンらしい。
と5,6年前に知った。
大水がでると根こそぎ流れていってしまうが、またどこからか種が流れてきて根付く。
そして大群落となる。
この辺では食べる人なく、見向きもしない。
時たまあれはクレソンだというと採っていく人がいる。
今白い花が咲いたが、これがまた増える基を作るのだろう。

ちょっと思いついたのでニックネーム変更。
お遊びです。
げげげ(=下下下)=げげげのしんちゃん=おぼっちゃ魔=おぼっちゃんだったが今回次に変更。
自ら根こそぎ流れていき(自滅)また復活した人。
このへんじゃあ見向きもしないし食う人もいないが、一人寂しく花咲かせる。
そんなクレソンみたいな人にちなんで。
クレソンアベ。
アベではおもしろくないので逆にしてベア。
ベアは熊。
なのであわせてクレソン熊。
でもあんまりおもしろくないので野郎をつけてクレソン熊野郎。
クレソン自身がかわいそうなので暮れと損であべのみくすも暮れには損をするだろうと言うことで、暮れに損熊野郎。
となると長いので短くして暮損(ぼそん)熊野郎(ぼそんくまやろう)。
野郎を取って暮損熊(ぼそんくま)。
だいぶん遊んだがもう少し短くして損熊(そんくま)。
短すぎるので野郎の復活で損熊野郎(そんくまやろう)。
でひとまず決着と言うことで。
初めて読む人はなんのこっちゃと思うだろうなー。

130609 大喝采


小曽根真とゲーリー・バートン。
サイン中。
ゲーリー・バートンはバークリーの小曽根の師匠。
小曽根真を知ったのは、1980年代初め。
どこかのジャズフェスのビデオ映像。
ゲーリー・バートンとやはりDUOをやるのだが、ソロ曲を弾くところがあって、その曲が素晴らしくよかったのだ。
小曽根はまだ20歳前後で細身で少年の面影。
非情に若い。
そのまだ名前のついてないuntitled曲をやっているところだけのビデオがYouTubeにあったのでコピーしてみた。
http://www.youtube.com/watch?v=nTRvj2iwiOA&list=PL79C56D6C4B003D42
この曲の入ったレコードかCDはないかと当時から探したがどうもないみたいである。
幸いビデオで録ってあるので聴きたかったらそれを見ればいいだけ。
メロディや構成ともほんとに聴き応えのある素晴らしい曲である。
終わってから大喝采を受ける。
7分少々のビデオ。
以上

130608 Italpark


小曽根真+ゲーリー・バートンDUOライブに行く。
@白川ホール
30年前からの師弟DUOである。
ピアノ+ヴィブラフォン。
その30年ほど前の演奏をビデオで見ているので音の感じはよく知っていたが、実際に見るとまた違う。
1曲目の演奏を聴きながらああこの曲は聴いたことがあるなと思う。
しかしなかなか曲名が出てこない。
2曲目、3曲目となっても出てこないので少しいらつく。
マイ・フェイバリット・シングスに似ているがちょっと違うみたいだし。
で結局1部が終わるまで出てこない。
1部が終わって休憩にロビーに出てみると壁に1部の曲目が貼ってある。
アフロ・ブルーだ。
ああそうだったともやもや感が氷解した。
あのコルトレーンで有名なやつである。
もっとも自分はコルトレーンは遅まき派で、この曲を知ったのは、ダイアン・リーブスの歌からであった。
それはともかく、ロビーではCDも売っていたがそれほど買う気にもなれなかったので第2部の始まりを待つ。
第2部は、少し違った。
小曽根が自らも言っていたが、超高速ピアノの連発など聴きどころ満載であった。
超高速といえばほかにもいっぱいいるが、上原ひろみもそうだが、小曽根は若いときは俺こそ一番だと言うくらい速く弾くのが自慢だったらしい。
それはともかくゲーリー・バートンのヴァイブもすごくて片手に2本ずつ持ったマレットでやはり超高速にたたくところなどさすがプロ。
プロ以上の天才を感じる。
楽譜も見ながらであるがよくぞあんなに速くしかもたたくところをずれずにたたけるなと感心。
ミリ単位での正確さとでも言おうか、楽譜を見ると言ってもほとんど暗譜みたいなものだからやはりプロである。
で、2部の白眉だったのが2曲目のItalparkイタルパークである。
アルゼンチンにある公園の名前らしい。
これは聴きながらぞくぞくした。
超速でなくてしっとり系の曲であったが素晴らしくメロディがきれいだった。
それで終わってからCDを買うことにした。
この曲は新譜CDに入っている。
今度音とも会で聞いてもらおうと思う。
終わってから早速購入。
ついでにサインをくれるというので並んで待つ。
前に50人、後ろに200人くらいは並んでいた。
あんなにサインすると手が痛くなるのじゃないかと心配。
自分の番になったので、小曽根君にItalparkは無茶よかった。最高だったといってやった。
ゲーリーさんには、I was moved very much.
結局大満足のライブだった。

130607 山滴る


先日通ったせせらぎ街道。
緑美しくまさに滴る山だった。

それはさておき今日ウォーキングしているとき、昨日と同じ場所で同じ蛇を見た。
すーっと溝へ逃げていくところも同じ。
なんだかおいらを出迎えてくれたような。
蛇に迎えられるとは幸運それとも不運?

蛇といえば昨年毘沙門岳に登ったとき、それぞれ違った場所で3匹のまむしを見た。
ほとんど頂上近くで見た。
昼食をとったところでも見た。
知らずに行くと危険な山である。
別名まむし岳と名付けたのだった。
登山口にこの山まむし危険の札を立てておいてほしい。

登山といえばそろそろOB会で山登りを始めたい。
いろいろ忙しくメンバーのそろう時間がとれない。
こちらは田んぼも一段落ついたところだから少しは余裕ができた。
ウォーキングで体の方も少しずつならしている。
時間と天気と健康がそろえばOKというところである。
まずはそれぞれの日程調整から。
どこへ行こうか、山の選択も楽しみである。

130606 怒る

怒るでなくてイカルなんだけど。
初夏となりウグイスも絶好調の鳴き声。
でも練習中のやつもいてそういうのは笹なきというんだそうだ。
ウグイスやカッコウの鳴き声なら聞いてすぐ分かるが、イカルという鳥もすぐ分かる。
実はイカルという名前を今日まで知らなかったのだけれど、あれは何という鳥だと聞いたら、「お菊二十四」とだけいうので、悔しくて調べてみたら「イカル」だった。
確かに「おきくにじゅうし」といってるように聞こえる。
鳴き声を人間の言葉に直して分かりやすくしたものを「鳥の聞きなし」というのだそうだ。
ホトトギスは「とっきょきょかきょく」「てっぺんかけたか」
イカルはほかにも「月日星つきひほしー」「いいこときいたー」などいっぱいある。
イカルは声は聞いたが姿は見ない。

このごろそれこそ怒るイカルことばかりなので、「おきくにじゅうし」にちなんで自分も作ってみた。
「あべこべぶっぶ」
「あべはやべーし」
「あべさらばだ」
「くそあべぶっぶ」
「あべうそつき」
なぜかアベばかり

130605 africa

21SBCYGYDBL[1]
ダラー・ブランドのアフリカン・ピアノ。
キース・ジャレットの3枚組のレコードが出た頃と同じ頃に出たレコード。
裏表続きの演奏だが初めから終わりまで緊張した演奏だった。
出だしのメロディの左手の低音部の繰り返しが印象的で強烈だった。
今聴いても色あせない独特の雰囲気を持ったレコードである。
ジャズでアフリカ関係というと、ディジー・ガレスピーの「チュニジアの夜」とかソニー・ロリンズの「エアージン」などほかにもあるだろうが、このアフリカン・ピアノはやはり一番強烈に心に残っている。
ジャズといえば、もとはアフリカ系黒人が始めたものだったといわれるが、ダラー・ブランドは南アフリカ共和国の出身である。
ほかにもアフリカ出身の演奏家はいるが、1970年代にはダラー・ブランドは走りだった。
アフリカといえばリズム。
そしておもしろい独特な楽器。
ダンスが入るとまたおもしろい。

そのアフリカにげげげらは乗り込もうとしているが単なる市場荒らしみたいなもの。
奴隷狩りの昔から北に食い物にされてきたが、カカオやコーヒーのプランテーションにしてもしかり、ダイアモンドなどの資源にしてもしかり。
新聞で読んだが、今では携帯電話は奥地でも繋がるらしいが、現地人で買える人はない。
それより新鮮な水などインフラが遅れているんだと。
14歳か15歳以上の子どもは20キロの水を汲みに行くのが仕事。
頭に乗せて何キロか先までいって帰ってくるのだ。

ダラー・ブランドは名前を変えてアブドゥール・アブラヒムとした。
「ドルのブランド」とはいかにも北に犯されたような名前だ。
数年前にそのアブラヒムはアフリカの大地にピアノをおいて自身の曲を弾くというようなテレビ番組をやっていた。
アフリカの大地・自然の中でこそ響く音楽だった。
アフリカの物はアフリカの者に返せばいい。
札束でほっぺたをひっぱたき収奪を繰り返す北はそろそろ気づくべきだ。
そんなことをしていると、人類発祥の地の文化・カルチャーまでもなくしてしまう恐れがある。
・・・とテンションが上がってくるのでおわり。

130604 卒業


田植えから3週間。
田んぼの中にこんな足跡がある。
数日経った後の跡であるが鹿である。
植えたばかりの苗を踏み荒らす。
もう少し立つと苗が伸びるので、苗を食べることもある。
そのために電柵を張ったり、網を張ったりするが、隙を見つけて侵入してくる。
知恵比べ、根比べである。
根負けするとどんどんやられる。
しばらく気が抜けない。
猪も来るが今のところ鹿の被害が多い。

さて、早稲田の水島教授のHPの今週の直言で目から鱗の内容があったので紹介したい。
「新しい憲法の話」という冊子の内容から卒業すべしという言である。
中学生向けに分かりやすく書かれた内容であると思っていたが、思わぬ落とし穴があるのであると。
すなわち立憲主義の立場の記述が少なく、少ないというよりも逆に国民が憲法を守るべきものであるというような記述になっているという。
憲法は国民が守るものであって、権力者が守るものであるという記述がないというのだ。
国民が権力者に守らせるということが立憲主義であるが、その記述がないとすればやはり大問題である。
もう一つ、天皇に関する記述がいかにも戦前的。
「天皇陛下に申し上げ・・・・していただく」というような表現。
詳しくは水島朝穂で検索して読んでみてほしい。
自分も「新しい憲法の話」の復刻版を持っているが、九条に関する記述などは素晴らしいと思っていただけに、他の部分でそのようなことになっているのを知ってややショック。
しっかり読み込まず読み飛ばしていたのだ。(反省)
96条問題でややげげげ等はトーンダウンしたものの、まだ安全領域ではない。
この立憲主義の立場というのをおおいに自分自身の中において理解し、他にも知らしむべしである。
とくにおばかおぼっちゃ魔げげげやその仲間たちに。
俺等が奴らに踏みつけられるのではなく、踏みつけるのなら俺等が奴らを踏みつける権利を持っているのだ。

130603 忘却


昨日のことになるが、実はweddingであった。
場所は同志社。
朝、親戚一同とバスで出かけて、同志社へ。
式後ホテルへ。
G踊りで盛り上がって終わり、すぐバスで帰路。
結局11時過ぎ。
和やかで楽しくて満足して帰られたのでGOOD.
みなさん記憶に残る会であったのではなかろうか。

楽しい思い出は忘れない。
また苦しい思い出も忘れない
何でもないことはすぐ忘れる。
(でもこのごろは、楽も苦もすぐ忘れるようになって・・・)

今日はピアソラのoblivion(オブリビオン)を聴きながらウォーキング。
ピアソラといえば、リベルタンゴにブエノス・アイレス午前3時。
それに四季。
でもこのオブリビオンもなかなか絶品。
oblivion=忘却
初めにリシャール・ガリアーノwithミシェル・ポルタルのオブリビオン。
ジャズ・フレイバーの曲で特にポルタルのサックスがいい。
ポルタルはクラリネットの名手でもあるし、バンドネオンもうまい。
ガリアーノのアコーディオンもバンドネオン的でタンゴにふさわしい。
次の演奏形態はオーボエをフィーチャーしたオブリビオン。
オーボエはラオス・レンチェス。
オーボエ好きの拙者にはたまらない音色。
そこはかとない曲想がオーボエにぴったり。
夕方の日が沈む頃、薄暮に聴くオブリビオンだった。
我がとし(年齢)の頃も薄暮か。
曲はぽやーんとしたそれこそそこはかとなく脳に締まりがなくなって行くような感じで忘れるとはこういうような感じなんだと言ってるような感じ(ってやたら感じがついたな)
しかし、時間はなんだかんだいっても過ぎていく。
そんな感じで50年60年が過ぎていったのか。
すべてがやがて忘却の彼方へと消え去って行くのだろう。
・・・と話がそれていく。
時間と忘却の関係・忘却曲線というのがあったような。

130602 イベント


ごらんの本のあるところでイベント。
朝早くから出かけてやっと午後12時少し前に我が家に到着。
続きは明日また。
just very exhausted

130601 キース・ジャレット

s-319eUvINmHL[1]
キース・ジャレットのヨーロピアン・カルテットの1枚。SLEEPER。
この中の chant of the soil (土の歌?)がむちゃいい。
1979年の東京録音。
これが発売されずにずっと眠っていた。
それでsleeperとは愛嬌であるが、このころの録音でnude antsというアルバムがあるが、その中にこのアルバムの中の曲と同じものがある。
nude ants は new dance をもじったものらしいが、当時はこのアルバムをよく聴いていた。
chant・・・は、ライブ感がよく出ており録音もいいので、多分初めて聴くときでもよく乗れる曲である。
今日はこの曲でウォーキングを始めた。
思えばキースとのつきあいは1971年頃から始まっている。
3枚組の緑の箱に入ったピアノ・ソロが最初だった。
ジャズでピアノ・ソロで3枚組のレコードなんて売れるかという時代だったが、やはり演奏がいいのでよく売れたのだった。
3枚聴こうと思うとレコードだから、かけ直しと裏返しを3回しなければならない。
それは面倒だったが、終いには好きなところばかりを聴いていた。
演奏も途中で切れるので裏返して聴かなければならない。
今ではCDはロングなのでしっかり初めから終わりまで聴けるだろうが。
名古屋へやはりソロで来たとき、芸文の小ホールで一番前列の端っこで聴いたことがあった。
相変わらずうーとかあーとかうなりながらやったのだった。
アンコールを3回応えてくれたのでうれしかった。
札幌でやったソロで「サンベア・コンサート」というのをその後出しているが、こちらはなんと10枚組。
レコードだからかさばるし重たいこと。
買ったことは買ったが1回通して聴いたか聴かないかというやつ。
それからまた、どこでやったのか忘れたが、CDで6枚組というのも出している。
これも1回通して聴いたか聴かないかというやつ。
ジャズでピアノ・ソロを聴くというのは結構気力がいるのだ。
キースは、ソロ活動も多いが近年は、トリオの活動が多かった。
カルッテットもやったし、その昔はマイルスのバンドにいたこともあった。
今年も5月に来日して東京だけのライブをやったみたいだが、忙しくていけなかった。

キースのことについて書いてみたが、こんなことはジャズ好きなら誰でも知っていることで、これぞというエピソードを書きたかったが、機会を見ていつかということにする。
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