130731 良識は健在だが

世界8月号からまた。
河野洋平氏のインタビュー記事。
「日本の政治は何をしてはいけないか」という題で「クマケツ夜郎党」や政府、おぼっちゃんなどへの要望、苦言を述べている。
経済外交への違和感ということで経済的な損得をからめて外交を進めようとするやり方は外交の王道でない。ちゃんとした理念、理想を持つことがまずはだいじなことである。原発輸出などは論外である。
日中問題では、ちゃんとした対話を進めよ。身内で相手を刺激したり行動したりする姿勢はやめよ。今は何をすべきかでなく、何をすべきでないかを考えよ。
靖国問題では、参拝するかしないかを言わないのは外交的にも国民に対しても極めて不誠実である。靖国問題の当面の解決としては、戦没者を追悼するための施設を政府として作るべきである。範をとるべきは沖縄の「平和の礎」、敵味方を問わず追悼するあの姿勢を、国として学ぶべきである。
改憲案については、あれは権力者目線で作ったもの、現行憲法で国民生活に不都合があるとは思えない。96条先行改憲は論外としか言いようがない。
「クマケツ」党に対しては、党の中の良心的な人たちに頑張ってもらいたい。右偏重の現在の党を中庸を行く政党に戻してほしい。ある意味今一番政党としてしっかりしているのはkyousan党である。現在の選挙制度は非常に問題がある制度である。
最後には、「クマケツ」党として、反省もなく戦前を美化するような主張とは一線を画す良識を持ってほしい、と述べている。
以上、短くまとめて見たが、良識的な見解であると思う。こういうご意見番がかなり少なくなった党はやはり危険としか言いようがない。
ところでフクイチで核燃料が燃えている!!!という情報があるが、ホントだとしたら世界中の大問題だがどうなんだ。
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130730 談話

昨日に続いてまた高橋哲哉氏の論文から。
くまけつのアホバカぶりちゃらんぽらんぶりを述べているのだが、靖国についてのこと。
春には麻生や稲田朋美等が参拝。
麻生は韓国の朴の大統領就任式に出かけ、南北戦争を例にとり上から目線で説教するようなことを言った。
のが強い反発を招く。
中韓から反発を受けると、くまけつは我が閣僚はどんな脅かしにも屈しないと述べる。
侵略と植民地支配の被害者からの憤りと抗議の声を脅かしと受け取る発想はどこからくるのか、と。
また、村山談話や河野談話を見直すと言ってきたがアメリカなどから批判追求されると引っ込めるという情けない姿勢、を示すと。
他にも侵略の定義のこと、橋下発言に同調のことなどアホバカぶり、を述べている。
その詳細ははぶくが、参考までに村山談話の一部後半部分をコピペしておく。 
・・・・・わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。・・・・・・

追記:この高橋論文は学習会の資料にするといいと思う。

130729 夜郎自大

250px-China_Qin_Dynasty[1]
一日雨。
今日も腰痛で一日伏せっていた。
臥せりながら「世界」を読む。
高橋哲哉「自壊する歴史認識」の中で熊のおバカさんぶりが書いてあったのでなる程と思う。
盛んに日本を取り戻すと言っていたがそのことについて。
長くなるが引用。カッコ内はクマの書いた「新しい国へ」から。
「これは単に民主党政権から日本を取り戻すという意味ではありません。敢えて言うなら、これは戦後の歴史から、日本という国を日本国民の手に取り戻す戦いであります。」
・・・・・戦後の歴史といえば熊らの先輩が作ってきた歴史じゃないか。
それを否定しているって、どういうことだ。
「日本の国は、戦後半世紀以上にわたって、自由と民主主義、そして基本的人権を守り、国際平和に貢献してきた。当たり前のようだが、世界は、日本人のそうした行動をしっかりみているのである。日本人自身がつくりあげたこの国のかたちにわたしたちは堂々と胸を張るべきであろう。わたしたちは、こういう国のありかたを、今後も決して変えるつもりはないのだから。」
・・・・・決して変えるつもりはない!と言っている。
それなのにそれを否定して取り戻す、、、ってどういうことよ。
高橋氏はこういう自己矛盾がクマには多いといっている。
高橋氏は、日本が自由と民主主義、基本的人権の国だと言えるような戦後の歩みを持ったのは、彼が否定する日本国憲法、すなわち「戦後レジーム」を採ったからこそ、と言う。
そこにも自己矛盾があると。
主権回復の日にしても、戦後レジームはサンフランシスコ講和条約によって日本が国際社会に復帰したところから始まったのであり、戦後レジームを否定しようとしている人が、なぜそれを祝おうとするのか。
全く支離滅裂である。
熊=支離滅裂、ということでまたニックネームができた。
クマケツ夜郎
夜郎自大は、自分の力量を知らないでいばること。

130728 new orleans

Dr John
ドクター・ジョン

今日も腰痛で伏せっている。
boringなので久しぶりに昔のビデオ。
DVD化しているがめんどくさくなってきた。
今日は1990年のニュー・オーリンズのジャズ・フェス。
全部をハードに入れるのは無駄なので好きなやつだけにした。
そしたら、ドクター・ジョンが出てきた。
曲は「アイコ アイコ IKO IKO」と「ジャンバラヤ」
なつかしのアイコアイコだった。
そしたら次のは、ネヴィル・ブラザーズの同じくアイコアイコとジャンバラヤのメドレー。
ネヴィルは兄弟ばっかじゃなくて親戚の姪なども参加。
レゲエののりでアイコはなかなかのもの。
ニュー・オーリンズといえば泥臭くてブルースにゴスペルにジャズにと黒いミュージックがいっぱい。
しかも明るい。

90年のニュー・オーリンズはまだハリケーンの来る前で町が健在でにぎわっている。
ハリケーン後のニュー・オーリンズはどうなっているのだろう。
ナオミ・クラインの「ショック・ドクトリン」を読むと、復興に名を借りた、というか復興ではない復興をしていると。
すなわち、元の街にするのでなく、邪魔なものはどかして巨大産業(リゾート関係)の街にしようとしているとかだった。
惨事便乗型資本主義である。
おかげで伝統のこのジャズ・フェスはつぶれただろうと思う。
日本の311以後も政権運営がへたくそで返り咲きの政権が同じようなことをしようとしているのではないかと思われる。
新自由主義を再加速、TPPも憲法も九条も一挙に片づけてしまおうという。
そうさせてはならない。
がどうするか。
だ。

130717 恥部

image[2]

腰痛で伏せっていた。
昨日の仕事のせい。

伏せっていて思った。
政治家って目立つやつほど恥知らず。
熊にしてもほっぽり出したということを恥とも思わずに再登板なんて最たるもの。
ファッシモトにしても何度も恥さらしなことして辞意を表明しながら引き留められたらはいそうですかって。
威新もツートップはただ猛々しくて威圧的で恥知らず。
熊も含めて日本の恥部といえよう。

ボーリング・フォー・コロムバインのマイケル・ムーア監督は執拗にチャールトン・ヘストンを追いまくって取材していた。
あんな風に日本の恥知らずな政治家をメディアがインタビューし続けたら少しは政治も変わるかも知れないし、恥知らずな政治家も出てこないかも知れない。
メディアよしっかりせよと。
池上彰氏もこのごろ結構なつっこみをしていると言われているが、どんどんやってもらいたい。
商業メディアは金もらっているから、そういうのが難しいのだろうが、そこを何とかしろといいたい。
メディアにも結構良心的な記者や編集子もいると見るから希望はある。
商業映画でなくインディズのドキュメンタリー作家などはムーア監督みたいにやってほしい。
すでにそういう方も出てきているが、広くみなさんに知ってもらえるよう作品を上映したりして応援したい。
ものだ。

130726 象徴


ひまわりひまわりひまわり・・・。
たくさんあるとさすが壮観。
この2,3日で一斉に開花。
見頃は来月まで。
来年は我が田んぼにも作ってみようか。

ひまわりといえば映画「ひまわり」
ソフィア・ローレンとマストロヤンニ。
あれも戦争の悲劇だった。
えんえんと続くひまわりだった。
あのひまわりは何を象徴していたのか。
恋人同士の歴史の中に介在するひまわり。
そしてただ一本の花でなく大集団でのひまわり。
引き裂かれた愛の中のひまわり。
悲劇の象徴?
戦争告発の象徴?
平和の象徴?
音楽と共にあの大ひまわりの場面は胸を打った。

沖縄を舞台にした「ひまわり」もある。
それはまた今度。

130725 hopeful


あーあ、やんなっちゃったぜ。
と寝そべる猫。
はんぱじゃねーな、この寝そべり方。
おまえも絶望したのかい。
おまえはいいよな、ただ寝そべりゃいから。
絶望を希望に持っていくいき方でも考えてくれ。
99%絶望してても1%は希望を持っていないと、世の中終わりだ。
hopelessからhopefulにするにはどうしたらいい。
いや full でなくても a little でもいい。
今はとにかく忍耐の時、一縷の望みってやつで行くしかない。
と思うのだが、猫の思考世界にはそういのはないのかい?
そういえばCSNY(クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング)の曲に似たようなのがあったな。
Helplessly Hoping = 救いようもなく臨むこと= 救いようのない希望 
今はちょっとそんな気分、か。
そういえば、CSNYの「デジャブ」というレコードをよく聴いた。
冒頭の Carry On がよかったし、Teach your Children も Our House も Woodstock も。
ニール・ヤングのふにゃふにゃの鼻声や絶妙のコーラスが抜群によかった。
それはさておき何度も言うが、絶望したら終わりである。
思うつぼである。奴らの。
だから正義は勝つ。
必ず勝つときが来る。
と、言うのを信じて行くしかないのだよ。
と、考えて一緒に寝そべりたくなった。

130724 リスク


ピザ・ソース用トマト。
葡萄の房みたいに固まって生る。
生で食べてもおいしくない。
煮込んで味付けしてソースにする。

新聞によると、早くも熊は集団的自衛権に手をつけたと。
クマノミクスでなくてクマノリスクとした知恵者もいるようであるが、全くリスクそのもの。
化けの皮を自ら剥いで、見える形で改憲に突っ走ろうとしている。
99条違反の言葉を漏らしたとか言うニュースもあるがメディアは取り上げない流さないと言う不思議。
かたや全国的に、一票の格差問題で提訴。
これは是非勝利したい。

130723 緊張感


山は傾いている。
頂上は見えているのだが。
道はやや曲がりくねって。
その向こうには青空が。
やや暗い感じの画面。
って何か想像できるかな。
わしらの現実じゃよ。

脱力感と憂鬱とが入り交じってやる気が起きない。
それもこれも・・・・
ちょっとがむしゃらに働いてみようと思って、田んぼに行ってこの前刈った草寄せをしてみた。
熱中症注意だがなんのその1時間やって汗だく。
昼食時になったので中止。
帰って体重計に乗ってみたら1キロぐらい減っていた。
そのときは無心でやっていたが、またやる気が失せていく感じ。

で、考えた。
今こそ緊張感を最大に持って。
めげては自滅だ。
で、どうするか。
わし的には、article 9 の活動を最大限強めていくしかない。
と思っている。
若者世代の無関心、政治離れうんぬんが言われるが、彼らへの働きかけも勿論最大必要であるが、逆に人口構成上パーセンテージの多い老年層の最大活用もありかなと思うのである。
老年層の逆襲である。
隅に行きがち、遠慮して生きるなどの消極的生き方は止めて前に出てもらうのである。
どっちみち自由な人が多いし何を言おうが、あんまり文句を言う人もいない。

また、世界に打って出ることも必要かなと。
それには英語が必要、とりあえずはだが。
で、article 9 を英語で発信する。
ネットを見たらすでにそういう活動をしている団体があった。
Global Article 9 Campaign というの。
ピースボートや弁護士さんたちのグループ。
以下英文九条。コピペ。
ARTICLE 9. Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes. (2) To accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.

130722 根


室内に新桃の香りが
    甘く
   やさしく
  ふくよかに
   優雅に
    漂う。

心の中は
   陰鬱
    ダーク
     

でもかろうじて3分の2は免れたか。
打ちひしがれてばかりもできないだろう。
縦横に根を張り太くすることが大事だ。
根を太らせ、幹を太らせるのだ。 

130721 古楽

s-010929-133[1]
バッハ・コレギウム・ジャパンのコンサートに行って来た。
世俗カンタータ2曲。
BCJは2回目だが、カンタータは初めて聴く。
教授をたたえるカンタータとひどい風(大風)を来ないようにさせるカンタータと内容は???の感じだが、音楽劇にしたカンタータだそうだ。
どちらも男性のソプラノというかカウンターテナーの声を取り入れたものできれいなほんとに女性のような声が出ていてCDなどで聴いたら女性と間違えてしまう声だった。
バスの声の人も独唱したがよく響くいい声だった。
合唱もよく鍛えられておりよく響いた。
管弦楽は古楽器を用いたものでトランペットは長くて押さえるところがなく口先だけで音を出す物だった。
音が現代の物よりキンキンしている感じでいかにも古い音楽の感じが出ていた。
好きなオーボエの音もふんだんに鳴っており楽しめた。
鈴木雅明コンダクターの解説があり2曲目はそれを頭に入れて聴いたので何故そういう構成になって歌が続いているのか分かりやすかった。
バッハらしいメロディや口ずさみやすいメロディも出てきて、初めて聴く曲だったが、バッハのカンタータなど滅多に聞けるものではないので一つの体験として心に残った。
鈴木氏によると199のカンタータがあるそうで、BCJはそのすべてをCDに残しているそうだ。
わがクラシック友人はその全曲を買ったそうで、それを全部聴くとすると何時間かかるか知れないがすごいものである。
聴いているのが昼間なのでやはり少々眠たくなった。
しかし、ああこの辺もバッハが書いたところだとバッハの作曲している姿を想像しながら聴くと曲の一音一音がにわかに迫ってくるようでぐっと深く聴けるような気がした。(なかなかいい表現じゃん)
今日は以上!

130720 ジブリ

s-np[1]
上、冊子表紙、使わせていただきました。

東京中日新聞に「宮崎駿監督冊子に寄稿文」という見出し。
それと「改憲もってのほか」という大見出し。
でその抜粋の文と記事がかなりのスペースで掲載され、おっと思う。
かなりインパクトがある記事である。
FACEBOOKでもその記事が載った「熱風」という冊子のことや監督の記事のことなどがシェアされて回ってくる。
日頃見ているHPでもそのことを紹介する文と全28ページのpdfファイルが添付されてきたので全文を読んでみた。
宮崎監督のほかにいつかも紹介したプロデューサーの鈴木敏夫さん、児童文学者の中川李枝子さん、映画監督の高畑勲さんの文が載っている。
そのどれも改憲反対、九条護れの主張である。
一部激烈?な文や名指しして批判する文など我らにとっては力強い文ばかりである。
ここにいたってこのような記事が流れるのは心強いばかりであるが、どれだけの投票行動につながるか。
また憲法&九条改悪反対の立場に自分の考えを変える人がどれだけいるか。
どちらかというとマジョリティは反対が多いが、それがさらにふくらむことを期待する。
この記事を載せた東京中日はさすが。
鈴木さんや高畑さんは九条を外交の中心にすえてやるべきだとか、もっと世界に九条をアピールしていかないかんと言っている。
いずれにしてもジブリのこの冊子は日本のみならず世界にもインパクトを与えるものであろう。
世界に広がってほしいと思う。

130719 不条理


三方岩岳にあったダケカンバの大木。

今朝呼び出しがあって行ってみると鹿が一頭網に引っかかっていた。
雄の2才ぐらいのやつ。
角が網に引っかかり逃げられなかったのである。
自分たちで始末することはできないので、林務課に電話してそこから猟師に連絡して誰かに来てもらう。
目の前でずどんと一発。
心臓あたりを撃たれる。
猟師は慣れているから平気かも知れないが、目の前でやられるのを見ていると何となく嫌な気分になる。
たった今まで生きていたものがずどんの一発で死に至る。
何時何分何秒の後先で生と死を分けるということ。
見ると心臓近くの皮膚に2センチぐらいの穴があいて血が皮膚に飛び散っている。
これが人だったら、これが自分だったら、と思うと気が遠くなる感じ。
戦争だとこれが当然人間である。
やはり戦争はだめだと強く思う。
一瞬で消えていく命。
その一瞬の不条理さよ。
そこにはヒューマンな存在としての人間でなく、単なる物と化した物体としての人間があるのみである。
戦前では鴻毛の命とか言われて、全く命には重さなどはなかった。
ああまたその季節が来るのか。
不条理の世界が。
だうにかせねば。
だうにか。

130718 正義


ゴゼンタチバナという植物。
これも三方岩岳。
4枚の花弁が特徴。

今日は「経済の話」に行ってきた話。
今日は、南北戦争と恐慌とサブプライムローンの3つのことを中心にして語られた。
相変わらず縦横無尽の語り口で映画や小説の話なども入れながらの解説は興味深かった。
途中、ケインズ経済学とはどんなものかということを会場にいるその昔それを中心に学んできた?詳しい人に解説してもらったりしてやった。
南北戦争はシヴィル・ウォーというが、詳しい話はさておき、当時優勢だった南軍を北軍が巻き返して勝ったのは、リンカーンのある戦略が功を奏したのだという。
それは全世界に向けて、これは奴隷解放のための戦争だと発信したためという。
それによって世界からの応援によって巻き返しに成功、北軍の勝利となったのだと。
世界の応援と言っても、実際に兵士の派遣があったとかではなく、ただの声としての応援だったという。
それだけで勝利を導いたというのは嘘かもしれないが、例えば南部の綿花(綿製品?)を買っていた国が不買運動をして、いわゆる経済封鎖みたいなことをして南部の力を弱めたのだろう。と思う。
が、これは勝手な憶測。
正義のある戦争なんて近代にはない?と思うが、奴隷解放というのが正義というならばそれ自体は正義である。と思う。
・・・ということを踏まえて、
九条「改正」NO、憲法「改正」NO、原発反対、TPP反対を正義としてドメスティックに戦っているのであるが、なんせ悪魔の選挙区制によって劣勢になっている。と思う。
721以後のことを考える時、リンカーンに習って、ワールドワイドにこの正義を発信して味方につけるというのはどうだろう。
九条のみでもいい。
これはおそらくmass majorityに共感を得るだろう。と、思う。

130717 憂鬱


ウォーキング途中で見た泰山木の花。
結構大きな木だがさらに大きくなってどっしりしてくると見応えがあるだろうなーと思って見てしまう。
亡くなった友人の家の木である。

それはともかく、近づくに連れて憂鬱になってくる。
新聞などは世論調査とかいって優勢を伝えるし。
それがバンドワゴン効果とかいって勝ち馬に乗りたい心理をまた助長する。

君はもし戦争ができる国になったらそれでもいいですか。
徴兵されるのは若い君たちだ。
若者を持つ親さんも自分の子どもが徴兵されてもいいのですか。
君の友人や兄弟や恋人や愛する人が戦争にかり出されてもいいですか。
この頃は戦争と言っても戦場はないに等しいです。
イラクやアフガニスタンをみてもわかるようにどこもが戦場となります。
子どもも年寄りも女性も障がいを持っている人も病人も、、、戦争に関係ないような人まで巻き込まれるのです。
徴兵された人は、いわば人殺しをさせられるわけです。
自分に向かって銃弾や爆弾が飛んでくるのです。
この頃の兵器は恐ろしく高性能です。
ましてや核を使われたらひとたまりもありません。
もちろん、一般国民も戦時体制になれば自由は保証されません。
言論の自由も集会の自由も通信の自由もあらゆる自由が制限されるでしょう。
戦争に協力しない人は牢屋です。
お互いに監視・密告の世界となります。
そんな世界が来る可能性が非常に高くなる、かならないか、おそらくなるでしょう、今度のあれで。
ほんとにどうします。

130716 夏の朝


ねむの木きに花が咲いた。
ぽやんとして軽やかでかわいい。
ピンク色の雪が乗っかったみたい。

ウォーキングの話。
花粉症の季節をのぞいてだいたい毎日歩いている。
夏のウォーキングは早朝がいい
朝5時ぐらいに起きてする。
昼間の暑さに比べて涼しくて気持ちがいい。
少し寒いくらいの時もある。
朝早いので人通りもなく、車もほとんど通らず静かなところもいい。
一部森の中の道を通るので森林浴もできる。
鳥の声もウグイス、ホトトギスそのほかいろいろ聞ける。
ついでに田んぼを見回ったり鹿よけの電牧柵を見回る。
相変わらず時々鹿が田んぼに入る。
足跡が付いていたり稲が踏み荒らされていたりする。
1周およそ40分前後のコースを歩く。
終わってから倉庫の簡易ステレオで音楽を聴くこともある。
夏の一番の好きな曲はバッハのオーボエ協奏曲。
その中でも1053aという番号の付いたのがいい。
昔からヘルムート・ヴィンシャーマンというオーボエ奏者のやったのを聴いてきたが、マルセル・ポンセールというオーボエ奏者のやってるのを聴いたらこちらが断然よくなってポンセール盤ばかり聴く。
1楽章の出だしのヴァイオリンがまた気持ちよくてその音の涼しいこと。
これは寺神戸亮(てらかど・りょう)という日本人演奏家が弾いている。
寺神戸さんはこのごろでは古楽界では非常に有名になってしまった。
1053aの出だしがあまりいいので寺神戸亮のCDをいくつか買ってしまった。
そしてマルセル・ポンセールも気に入ったのでこちらもいくつか買ってしまった。
オーボエもぽやんとした音色でやさしく夏の朝の寝覚めにはとてもいい。
と思う。
それにきりりとしたヴァイオリンの音やごつごつしたチェンバロの音もオーボエと共に聞くと涼しさが増す。
ような気がする。

130715 苦節


ウォーキングをしていたらセミが脱皮中だった。
見ると近くにも幾つか。
これから脱皮しようと登ってきたもの、三分の一ぐらい脱皮したもの、すでに脱皮し終わったものなどがいるのだった。
これから脱皮しようとしているものを写真に撮ろうと思ってカメラを取りに戻る。
戻ったらすでに半分くらい出ていた。
三脚を据えて数十秒おきに撮る。
しかし夕方とてだんだん暗くなる。
完全に全身が出たところまでは撮れたが、それから羽が伸びて完全なセミの形になるまでは残念ながら撮れなかった。
表示の写真は、別のセミで完全に脱皮し終わって羽も完璧。
羽はもう少し色が変化するかもしれないが、今のところ透明で若干緑がかったところが美しい。
セミの一生はご存知の通り、土の中に数年、土から出て数週間らしい。
だから一生としては長いものの日の目を見てからが極端に短い。
だから輝くばかりに鳴き暮らす。
それはすべて生殖のための活動だろう。
愛しくももの悲しい一生だ。
岩にも染み入るが心にも染み入る。
そんなことを思わずに聞くとただうるさいだけのこともあるが。
ボブ・ディランはセミの鳴く日という曲を作っている。
詞自体は大したことはない。
英語ではセミはcicadaだからそう思って聞いているとcicadaという単語は出てこない。
調べるとlocustだった。
それはイナゴである。
イナゴは鳴かないから、向こうの人はイナゴもセミも同じ扱いか?

それはともかく地下生活の長い苦節十年とも言うべきセミの生活に俺らの生活がオーバーラップする。
今後の情勢を考えると十年どころかさらに長くなる?
冗談じゃない、そうなってたまるか。
と思うがセミ・・・じゃなくてクマにこそ地下生活ならぬ長い冬眠生活に入ってもらいたいものだ。
とまたまた。

130714 どうせでは終わらない


三方岩岳にも少しのキスゲの群落があった。
大日岳にはもっとたくさんの群落があった。
夏が来れば思い出す
尾瀬にもかなりのキスゲの群落があるみたい。
やはり7月が見頃だから行ってみたいが今年は無理。
5月の水芭蕉。
それに9月以降の草紅葉か。

それはともかくあと1週間となった。
「世界」8月号を読んでいたら、{「どうせ」を越えて}斎藤美奈子という若干おもしろい文章があった。
どうせJ党が勝つに決まってるという「どうせ」。
それを越えるにはどうするのかと期待して読み進めたが、答えは暗いものばかり。
どうせ勝つだろう奴らなんか見捨てる。
どうせ勝つだろうがそれでも希望を捨てない。
どうせ勝つだろうと負けを覚悟する。
で、3つ目を推しているのであるが、なんてつまらんのだろうと作者本人もいっている。
次の選挙まで何が何でも与党の暴走をくい止め野党の力をつけるというようなことを言っている。

もうひとつ別の記事から。
国会の「憲法九六条改正を目指す議員連盟」に超党派で350人!が名を連ねていること。
・・・なんて馬鹿げたことを、なんて馬鹿な議員たちよ、
と思ってしまう。
しかしこれは笑ってはいられない。
対して「立憲フォーラム」・「13条を考える会」も立ち上がったらしいが350には及ばない。
そもそも立憲主義の憲法の上で議員になった奴らがそのルールを忘れてルール破りをしようとするのが間違い。
姑息で卑怯。
というより犯罪的。
というより犯罪である。
いずれにしても4増5減か何か知らないが違憲状態で選ばれた奴らがのうのうと違憲の上にのさばっている。
話は原点に戻るが諸悪の根元は小選挙区制。
選挙制度の問題は議員にやらせず、第3者機関でやるべきである。
というのがおいらの持論。
選挙が近いせいかブログ記事が政治色濃い。

130713 education


写真は三方岩岳でみたもの。
名前は分からない。
やはりドウダンに似て可憐な形。
今日は梅雨に戻ったようなしとしと雨は一日降る。

パキスタンの16歳の少女マララさんの国連スピーチを見た。
YouTubeで17分あまりの演説。
銃弾を受けたにもかかわらず凛々しくも堂々とした演説だった。
女性や子どもの権利を何度も訴える。
特に教育の権利を保障せよと言っている。
educationという言葉が何度も何度も出てきた。
最後はone child ,one teacher,one book, one pen can change the world.
と言っていた。
a word can change the world.
とも言っていた。
キング牧師、マンデラ、ガンジー、マザー・テレサなどの名前を挙げて平和の大切さや貧困をなくしてほしいと。
呼びかけが大人ばかりでなく、dear sisters & brothers と言っているので同世代の人たちにも,共にどうにかしていこうと言っているように聞こえた。
大人だけではだめで自分たち世代で自ら世界を変えていこうということだ。
developping countriesの教育渇望。
developped countriesの教育のひずみと一部崩壊
の差。
いずれにしてもどちらも大人の責任。
熊の教育論はアナクロ。
時代錯誤。
偏狭な事大主義に過ぎない。
話にならない。
と思う。

130712 言語道断


三方岩岳で見た花。
名前は分からない。
ドウダンに似た花をつけている。
ドウダンだろうか。

それはともかく、選挙が近くなって新聞などメディアもその動向をニュースすることが多くなってきた。
奴らの側は熊ノミクスばかりを大宣伝するが、新聞は結構冷めている。
日銀も上方修正の言辞を出したが、つるんでいるからただの応援メッセージに過ぎない。
と思わなければならない。
とにかく奴らもこの閉塞状況を打破しようと躍起になっていることは認める。
かといってだまくらかしのカモフラージュ作戦で経済のみをプロパガンダしているのは言語ドウダンである。
冷めた新聞が言ってるように奴らの本当の目的は確実に憲法打破であり、九条打破であり、脱原発打破であり、TPP反対打破である。
そして熊のこの前の大失態挽回のための打破なのである。
熊の面の皮は馬鹿が付くほど厚い。
馬鹿に付ける薬はないから、こうなったら馬鹿自体を打破するしかない。
打破しようとするものを打破するなんて訳が分からなくなってきたが、打破するのである。
憲法打破を打破。
九条打破を打破。
脱原発打破を打破。
反TPP打破を打破。
憲法打破は言語ドウダン。
九条打破は言語ドウダン。
脱変発打破は言語ドウダン。
反TPP打破は言語ドウダン。

130711 三方岩岳


三方岩岳1736m。
スーパー林道から見た白山。
いつものメンバーで久しぶりの山。
今日も相当の暑さだったが、山は空気が乾燥して風もあり涼しさを感じて快適だった。
三方岩岳は白山スーパー林道の三方岩隧道というトンネルのところから登る。
駐車場は広いが今日は2,3台しか止まっていない。
紅葉シーズンなどは何十台も止められるほどのところが満杯になるそうである。
バスの止められるところもありかなりの名所みたいである。
そして、そこから頂上までわずか40分ほどのコース。
だからベテランには物足りないほどの山であった。
頂上からの眺めはなんと言っても白山を望むことであるが、あいにく雲で頂上は見えなかった。
日光キスゲが咲いているところがありパチリ。
頂上に着いたものの昼食には早かったので下山後林道を下って滝を見に行った。
途中白山を望めるところがあり眺めたがやはり雲がかかっていた。
ふくべの滝は86mの高さがあり見応えがある。
首が痛くなるほどの断崖絶壁を水が落ちる。
水量が多いと道路までぬれるそうであるが今日はそれほどなし。
かんかん照りで日陰がないので昼食をとるのをあきらめて再度戻って白山を望めるところで昼食。
昼食をとりながら見ていると雲が少しはれて頂上付近も見えるようになったのでまた写真。
帰りは平瀬の温泉によって帰ってきた。
写真はクリックして拡大できる。

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130710 滅びようぜ

今日も暑くてばてばて。
冷たい水が欠かせない。
あまり飲んでも体に触るし、少し飲んで、冷たい水で顔を洗い腕や肩に水をかけ冷やしながら作業する。
とにかく暑いときは、外に出ず、水分補給して休むが一番。

「軟弱者」という歌がある。
歌詞もなかなか、曲もなかなかで好きな歌である。
1番しかここには書かないがぐっと来る。

この国を守るために
軍隊がなくては ならないとしたら
軍隊がなくては 滅びていくとしたら
滅びて いこうではないか
私たちは どんなことが あっても 戦力は持たない
私たちは なんと 言われようと 戦争はしない

日本版ピート・シーガーかボブ・ディランのような歌詞である。
ボブ・ディランには「戦争の親玉」という曲があった。
「軟弱者」は九条そのものを歌ったようなもので九条愛好者にはぴったり。
県の九条の集会でも歌われたのでご存じの方は多いと思う。
街頭署名の時などバックに流す音楽に最適だろう。

しかしほんとの軟弱者って、みんながそう思うならそうだろうとか、不確かな「みんなに」つられて雰囲気で多い方に付くというのがそうじゃないか。
不確かなマジョリティ信仰というかポピュリズムに乗っかるやつである。
そこをやつらにねらわれているとも知らずに上辺だけで判断するやつである。
だからほんとの軟弱者こそ軟弱者にしたらいけないのである。

歌に歌われている軟弱者は、ほんとは硬派なのである。
と思う。
おいらは暑い夏が来るとばてばてで早く冬が来ないかと思い、寒い冬が来ると早く夏が来ないかと思う馬鹿な軟弱者である。
何だこんな暑さ、ぶっ飛ばすぞと言ってみたい。
あっと、この歌を作ったのは、笠木透、増田康記のコンビである。

130709 劣化

あついなつをあついこーひーをのみながらあついゆにはいりあついほんをよむ。
暑い夏を熱いコーヒーを飲みながら熱い湯に入り厚い本を読む。
あまり暑いのでお遊びで、ひらがなが一斉に正しく変換できるか試してみた。
一発で変換できた。
こういうのもあった。
きしゃのきしゃがきしゃできしゃした。
これも一発変換できる。
昔に比べれば、パソコンもそうだが、ソフトの性能もグンとアップしている。
こういう時代に生まれた子どもは、それが当たり前だと思うだろうが、我らにとってその進歩は目を見張るばかりである。
パソコンが現れてからは、世界は革命的に変わったのではないかと思う。
人類の知恵は恐ろしいほどである。
進歩も相乗的に加速していく。
それは人類にとって好ましいものであるはずだが、いや待てよというものもある。
これだけ人類の叡智が深まり技術革新も進んだのに、その叡智の甲斐もなく人類を危険にさらし歴史を逆行させようとする輩がいる。
貧困の解決は進んだか。
否である。
安心・安全で戦争のない社会は作られようとしているか。
否である。
食料の配布はできているか。
病気で死ぬ子はないか。
これら命を守る政策は進んでいるか。
否・否・否である。
否の先頭に立つものは政治家だ。
政治家の劣化が進むこの国はunhappy。
れっかするせいじかにれっかのごとくいかりを。
一発変換できるかな。
 

130708 no more nukes

梅雨が明けたみたいで暑い暑い。
熱中症対策で水をたくさん飲む。
午前中、うっかりして若干遅くなった肥料まきをする。
背中に20キロぐらいのものを背負ってまく。
重くて倒れそう。
暑くて倒れそう。
汗が目に入る。
午前中だけでシャツがぐっしょり。
かなり汗を掻いた。

原発の再稼働申請が始まったみたいで、いくつかの電力会社が出した。
「命より金か」と言った新潟知事。
その調子で許可は出さないでもらいたい。
地元がOKを出さなければ再稼働できないとすれば、知事にがんばってもらうしかない。
政府からのごり押しや国が許可したからOKなんて図にはならないことを願う。
福井はどうだろうなー。
静岡はどうだろうなー。
国策で進めてきた(といってもJ党の策だが)原発だから国(J党)と電力会社は癒着構造、なれ合い、汚いことはお互い隠す、今更だめだったと言えず、前へ進むしかない、すなわちあれこれ規制をかけるふりして再稼働ありきの実体である。
プルトニウムも十分あって核兵器転用は技術的には可能なぐらいの力は国としてはあるだろう。
口に出しては言うはずもないがである。
十分あるのにまだ作るのか。
それよかゴミとしての核の始末の技術も持たずにやってるところが、問題。
その辺はメディアも結構流してくれたが、全然解決していない。
のに、再稼働OKとは。
やはり電力会社より政府の態度があかん。
きっぱりNOが出せない。
ので、命より金であり、命より戦争OKの方向となるのだ。

Election前でありこんなことばかり書いているが、あべこべ熊のしたり顔は見たくない。

被団協の山口仙二さんの国連演説
No more Hiroshima,
No more Nagasaki,
No more War,
No more Hibakusha
それに今は、
No more Fukushima.
を熊はどんな気持ちで聞いたんだろう。

130707 命


ネジバナ。
別名モジズリ。
あるところに群がって咲いていたので写した。
ラン科の花。
巻き方は左まきと右まきと両方ある。
調べた中学生によるとどちらかというと左まきが多いそうである。
その訳はまだ解明されていない。
写真を見るとやはり両方あるみたいだ。
こんなところに視点を当てるのは大事なことだ。
普通は、あ、ネジバナ咲いてるな、で終わり。
ただ見ただけではどちらに巻いているかなんて気がつかない。
物事を見るときはただ見るだけでなくしっかり見ることが大事である。
と、言ったのは、かの CHAIRMAN MAO だったか。
選挙もしかり。
ただ候補者見ただけでは、ただどこの政党か見ただけではだめ。
ひいきの引き倒しみたいなことや、世の雰囲気だけで判断はだめ。

消防署の署長の話を聞いた。
このごろは避難訓練といわずに「命を守る訓練」と言うそうだ。
しかりである。
消防署や警察、自衛隊も、311があってから、人を救助に行って、自分が生きて帰ってこられないと判断したら自分の命を守るために引き返す方針に変わったそうである。
そういう原則になったと言うことである。
なので幼稚園、小学校、中学校に行ったときなど、自分の命は自分で守れということを言うようになったそうである。
選挙も同じかな。
この候補者で自分の命は守れるか。
この政党で自分の命は守れるか。
だとしたら誰だ(どこだ)ということにしてほしい。
おこがましいことを書いたが原発、九条はまさに命にかかわってくるんだよなー。

追記:ネジバナにちなんで:
   衆参のねじれ解消なんて言ってるが、ねじれはあった方がいい。
   議論もなしにすいすいでは議院の価値なしとみた。

130706 捨てる

アキレス腱というのは切れるときにバキッとか音がするらしい。
そして後ろから誰かに蹴られたような感覚と。
全治二ヶ月はかかるらしい。
それはさておき、退職後、ものの整理をしているがなかなか進んでいない。
なかなかというよりもほとんど進んでいない。
相方はやめた途端に整理をし始め、こちらのものまで手を出して片づける。
おかげで、思い切って捨てられる。
が、反対にものによっては身を切られるような心持ちもする。
思い出深いものはとっておきたいが、よく考えれば必要でないものもある。
身を切られるようであってもやはり捨てた方がすっきりもすると思って捨てることにした。
本は買わない方針だが、図書館にないとつい買ってしまう。
CDも買わない方針だが、どうしても聞いてみたいものは買ってしまう。
この間、農機具のいらないものを業者に引き取ってもらった。
テイラー運搬機に、精米機、古い餅つき機、肥料まきなど。
おかげで倉庫の中があいて広くなった。
まだまだ捨ててもいいものはたくさんある。
カバン一つで旅に出るように、人生そのくらいの持ち物で過ごしていきたいものだ。

130705 地道

久しぶりの大雨で川が増水した。
午後から少し晴れてきたので、見回る。
ため池を見に行ったら、満水状態であった。
あるところでは道路に山から巨大な岩が転げ落ちてきていた。
直径1mはあった。
幸い夜中だったらしく車や人に当たらなかった。

九条の会の再署名運動の手紙を配ってきた。
早速、夜届けてくださる人もいてありがたかった。
なんとか倍増か3倍増ぐらいまでに持っていきたい。
選挙も始まり急務である。

原発・改憲をはぐらかして経済効果だけをアピールしているが、選挙が終われば正体を現すに決まっている。
突然大きな岩を落としてくるだろう。
当たってしまったらおしまいである。

中日新聞のコラムにバタフライ効果と言うことが書いてあった。
以下若干引用・・・
E・ローレンツの論考「予測可能性ーブラジルで蝶が羽ばたくとテキサスで竜巻が起きるか?」が由来。
難しく言えば「初期条件の小さな差異が後々巨大で予測不能な変化につながる」ということで、分かりやすく言えば、だから長期の天気予報は大変難しい、という話らしい。・・・一票は一票にすぎない。・・・それ自体は「小さな差異」だとしても、積み重なって「巨大で予測不能な変化」につながるかも知れない。・・・引用おわり。
と、いうことで、俺等にできることは小さな積み重ねである。
地道な積み重ねである。
地道なことは見えづらい。
だから折れそうになる。
でもやらないと巨大にはならない。
だからやれと新聞氏はけしかけていると見た。
いい新聞氏だ。

130704 人権

小学生が人権七夕集会をするというので呼ばれていった。
人権に関する標語を短冊に書いて掲げるというもの。
大人の側は、近くの老人クラブのメンバー。
みんななかよく。
あいさつをしてつながろう。
自分が嫌なことは人にもしない。
やさしいこころで。
などなど。
子どもも大人も一人ずつ書いた言葉への思いを発表した。
私の書いたのは、「どの人もどの子もみんなだいじだよ」
その裏に、スペースがあったので
「人権の大敵、戦争反対 九条を護れ」と書いた。
小学生には難しいので説明は省いたが、一応読み上げるだけはしておいた。
老人クラブのメンバーには「おっ」と思われたかも知れないが拍手をしてもらえた。

130703 対話

早朝雨中ウォーキング。
結局終日雨。
鹿が電牧線を飛び越えて引っかかり切れていた。
今日は検診日。
まあまあの結果。
よし。
夜福祉委員の研修会。
高齢独居が増えている。
見回り声かけの強化継続をする。
気になったのは、田舎でも増えている青年?の引きこもりについての支援。
支援策があるのかないのかあればどんな支援か。
かなり難しい課題であるが、地域として行政としてどんなことができるのか、あるいはしなければならないのか。
やはり家族だけに任せておくことはできない。
関わる人はどんな人がいいのか。
たまたまテレビを見ていたら、オリエンタル・ラジオの中田なにがしがスタジオ・ジブリの宣伝広報を任されてポスターに入れるキャッチ・コピーを作り出す過程を追っていた。
その中でプロデューサーである鈴木なにがし氏がそういうコピーは一人の想像力から生まれるのではなくて対話の中から出てくると言っていたこと。
プロでない素人でも何か一つきらりと光るものを持っている。
から、そういうものを見つけだす。
あるいは引き出していくのがプロデューサーの仕事だ。
というようなことを言っていた。
対話ということになにかぴんと来るものを感じた。
引きこもり青年に対してもその対話に何かヒントになることが隠されている気がする。
上から目線でなく平行目線で見られる人。
きらりと光るものを引き出せるような人。
対話を通してその人の個性を見いだし才能を引き出せる人。
その才能を社会につなげて行ける人。
・・・そういう専門性を持った人も一つの才能であり能力であるが、それはもともとある能力でなく仕事としていくつかの経験をする中でついてくるものなのかも知れない。
いずれにしても社会的弱者としての引きこもりの人に対しての支援は同じ弱者としての障碍を持った人や介護の必要な老齢者と同じように目を向けていくことが大切であろう。
具体性のない抽象的な表現になってしまったが、引きこもりになっている本人がかなりのヘルプを求めているのでないか。
はれ物にさわるような感じでなくて早急にヘルプに応えて行くことが求められていると思う。
具体的にこうしたらいいのではないかということを考えて行きたい。

130702 スパイラル

久しぶりの早朝ウォーキング。
ついでにいつも田んぼを見て回るのだが、あらら、今朝は田んぼに鹿の足跡だらけ。
やられた。
これまで入っていなかった領域の田んぼがやられている。
夕べ連絡をくれた女性によると、3匹の鹿が楽しそうに田んぼの中で走り回っていたと。
走っていただけかと思ったら、一部稲の葉先をかじっている。
10センチ四方の升目の高さ1mのメッシュの金網と電牧線の間をくぐって脱出している。
そのときかすった鹿の毛がついていた。
付近も田んぼの泥が点々と落ちている。
で、午後から電牧線の増強を行った。
明日はどんな結果になっているか。
効果があったかどうかである。
一昔前なら無駄な労力と金の浪費である。
しかしIt's A Man.である。

猫を追うより皿を引けである。
奥山に鹿、猿、その他動物の天国を作ることが大事である。
でも、その仕事をする人間がいないし、金もない。
この問題も悪のスパイラルにおちいっている。

今朝の新聞だったかで休耕田に水を張るといいことが書いてあった。
その水が地下にしみこみ地下水位を増やす。
その水が周囲の気温上昇を抑えたとえば夏は涼しい。
水を張ることによって、水生昆虫などが増えいわゆる食物連鎖が豊かになる。
乾いた土に生える雑草が生えにくく、次回の田んぼ作りに有利となる。
これは稲が植わっている田んぼも水を必要としているから同じことが言える。
稲の植わっている田は見た目にも美しく癒しの風景となる。
こちらは良のスパイラルである。

TPP、原発推進、改憲、消費税は熊にとっては良のスパイラルに見えるのだろう。
しかし、それは幻想。
果てしなき悪のスパイラルに落ち込むこと必定。
断ち切らねば。
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