130930 it's easy to get people into WAR

今日は米人グスタフ・ギルバートのヘルマン・ゲーリンクに対してのインタビューの「ニュルンベルク日記」からゲーリンクの語った言葉。
「もちろん、普通の人々は戦争を望まない。・・・しかし政策を決定するのは最終的にはその国の指導者であるのだから、民主政治であろうが、ファシスト独裁であろうが、議会制であろうが、共産主義独裁であろうが、国民を戦争に引きずり込むのは常にきわめて単純だ・・・・そして簡単なことだ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し、国家を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国家についても等しく有効だ。」世界10山室信一論文から
歴史は繰り返されるのか何も反省がないのか総括が足りないのか。
迷彩服を着て戦車に乗って嬉々としている馬鹿の一つ覚えみたいなレジーム好きの大人の成熟が足りないおぼっちゃんみたいな、でなくておぼっちゃんそのままのえーこんな人が指導者?えー誰が選んだのそんな人というような人なら奇しくもこの言葉を鵜呑みしてヤッテルのじゃないかと思われるのであるのであるような言葉である。

と、冗談はさておき、9月も末日。
明日から10月ということで、このブログもひとまずおしまい。
というのは冗談で、「JAZZYのブログ」は「JAZZYのみかた」と改題してリニューアル・オープンする。
といっても中身は変わらない。
スポンサーサイト

130929 I love blues

初めて演歌のCDを買った。
藤圭子5枚組。
PCに取り込んで聴きながらこれを書く。
今時のちゃらちゃらした曲はなんとも聴く気になれない。
藤圭子、演歌といいながらどこかジャズに通ずるというかブルースに近い。
彼女は声の質がブルースそのもの。
生き方もブルースであったか。
低音がみずみずしい。
しかもじゃりじゃりしたところがいいのだ。
演歌でほかにもブルースっぽいのはあーあーの青江三奈。
「ジュピター」を歌った平原綾香の声も少し低音にじゃりじゃり感があって好きだが、ブルースを歌ったらうまいだろうと思う。
そういえば外国物ではあのロックかポップスかブルースかというジャニス・ジョプリン。
「パールPearl」というレコードよく聴いた。
ちょっと激しかったけどブルースだった。
つぶした声で激しくじゃりじゃりと歌っていた。
男の激しいブルース歌手、しかもじゃりじゃりはジョー・コッカー。
それにロック系でいえばレオン・ラッセル。
レオン・ラッセルの「マスカレード」は傑作だと思う。
と、昔のことを思い出して書いてしまった。
151617とあたしの人生くらかったー。
女いのちのうらみぶしー。
か。

130928 反骨に生きる

斎藤貴男というジャーナリストはなかなか反骨精神のある気骨のある人だと思うが、「世界」10でこんなことを書いている。
政界や経済界の改憲に前向きな人に取材の申し込みをするとことごとくといっていいほど断られたと。
ほとんど無視をされると。
30年の仕事をする中でこういうことは初めてだと。
それで最後にこんな文章を書いている。以下引用。
・・・表舞台で憲法論議を左右する地位や立場にある人々の程度が低すぎる。無責任と不誠実に服を着せたような人々に、日本で暮らす人間の未来や国家社会の行く末を委ねておくわけにはいかない。end

これは取材を断られたための腹いせみたいな書きぶりに見えるが、やはり真実のことを言っているのだろうと思う。
経済界でも先頃亡くなった元経済同友会の品川正治さんなどは憲法改悪反対、九条大事の立派な人だったし、政界でも保守派の中にも改憲反対の人もいる。
それは実際に戦争体験者だったりして身をもって辛酸をなめているからたとえ保守でも戦争だけはだめというのだ。
が総じて代替わりになって見ると「程度の低い」人が増えて来たと言えるのではないか。
ほんとに困ったモンである。

130927 軍国主義者を嗤う。

いろいろあちこっち車で移動。
乗ってる時間の総計は4時間半近かった。

FBにこの頃若い女性から友だち申請が来る。
ニュースによると気をつけよとある。
受理することにより何らかの個人情報が漏れるらしい。
のでこれまで来たのはすべて申請を受理しなかった。
正解だった。

またまた傲慢不遜の発言。
右翼で軍国主義者。
呼びたかったら呼べばいいだと。
自己弁護でなくて自認か自画自賛かしらんが全くおぼっちゃんだ。
傲慢=おごり高ぶって人を見下すこと
不遜=へりくだる気持ちがないこと。思い上がっていること、またそのさま。

実るほど頭を垂れる稲穂かな
かすかすの頭は上を向くばかり

130926 しゃがんでみる

プロフィールをちょっと書き足してみた。
邪爺と斜眼がにくいでしょう。
言葉遊びが好きなのですね。
あべの反対はべあ。
べあはbearで熊。
あべこべなことをやるからあべこべに読んで熊となったのです。
これは途中から読み始めた読者のために。
って今のところ閲覧者数を見ると一日に3,4人だからご存じだったかもしれないな。
それはともかく、その熊の傲慢ぶりは日に日に増大していく。
NYの壁町で演説だって。
にぽんはbuyだって。
クマノミクスのおかげだって。
傲慢。
不遜。
って熊のためにあるような言葉だ。
どうもやはり経済しか頭にないようだ。
経済=金
金のことしか頭にないようだ。
ともいえる。
お金ですか安全ですか。
お金と命とどちらが大事ですか。
お金です。
と言いそうだ。
口で言わなくても心では言っている。

新潟は結局申請を受理した。
後は原子力規制委員会の判断に任せるという責任転嫁みたいな。
ちょっとかっこよかったけどなんだかなー、である。

130925 セルジュ・ラトゥーシュ3

家内が家の中のあっちこちをかき回してこれはいらないといった物を集めて処理場へもっていった。
古い機械、布きれ、食器、道具、ビデオテープ、プラスティック製品などなど、オイちょっと待て、それは捨てないでくれといった物まで強引に軽トラに積み込んで持ち去った。
断捨離ダンシャリにはまったようである。
それも一種の自主限定か。
倉庫の2階はいらない物の捨て場になっていたようで、だいぶんすっきりしてきた。
録りためてきたジャズのビデオテープも半分くらいはDVD化したのでこれも減った。
包装紙とか箱とか、いつか何かの役に立つと思って保存しがちであったが、今後は容赦なく捨てることにした。
スーパーに買い物に行くと、ついついほかの物まで目がいって買ってしまうことがあるが、決めた物しか買わないようにしよう。
という決心が続くかどうか分からないがまあその気持ちを忘れないようにしよう。

それはともかく、相変わらずのあべこべ政策には参る。
まず、復興増税の法人税を前倒しでやめるだと。
そして、法人税を安くして企業にもうけさせて賃金も上げるだと。
そして、生活保護法案・・保護費の実質切り下げだと。
などなど金持ち優遇、貧者に冷たい政策ばかり。
その次は五輪のための箱に金をかけるのだろう。

8%になったらますますダンシャリするだろう。
ラトゥーシュがいうように経済優先社会をやめるべき。
脱成長なのである。
今日も新潟の知事がいっていた。
お金と安全とどちらを優先しますか。
安全だとしゃあしゃあと答えていたが、嘘でしょう。

130924 セルジュ・ラトゥーシュ2

250px-Serge_Latouche_-_Festival_Economia_2012[1]
これが、ラトゥーシュ。70歳。2度来日。

近所の人の乾燥機の具合が悪くなったというので見に行く。
40年ほど使った物なので直そうと思うが部品がなくあきらめていると。
しかし、見たところはまだまだ使えそう。
40年という年月はやはり古さを感じさせるが、それだけ長く使ったということは優秀な機械であると感心する。
40年といっても年に1度使うだけだからそれだけ長く保つのであるが、部品がないといってもこれだけ進んだ機械文明だから代替品ぐらいは訳なく作れるだろうし、廃物からもってくることもできるであろうに、と思うのである。
自分のことで恐縮であるが、自分は新車で買った車を15年間乗り回して、2年前に今度は中古車を買った。
同じ車種の車であるが、年式は私の車よりも2年くらい新しかったが、走行距離があまりなかったので気に入ったのだった。
だから年式的には相当古い。
新車で買ったときの値段より7分の1で手に入った。
ちょっと見た目には古さは感じられなくて、その車を見た人に値段をいうとびっくりされる。

これらのことを売る側から見るとどうなのか。
車などは2,3年でモデル・チェンジして、売るのが常識、あるいは買ってもらうのが常識で、15年も乗ったり、古い中古車で満足したりするなどもってのほかということになるのだろう。
企業側からすれば思惑はずれである。
セルジュ・ラトゥーシュ的にいえば2,3年で買い換えていくということは「豊かさ」の欺瞞であり、消費依存症なのである。
この消費依存、浪費依存は企業の戦略であり、企業の繁栄のためには、常に消費者を現在の状態に不満足にさせておく必要がある。
そのためにヴァンス・パッカードという人がいうには、浪費をさせる手法、手だてとして三つのことを述べている。
1広告、2クレジット、3計画的オールドモデル化である。
なるほど3番目のオールドモデル化というのは頷ける。
まさに車がそうである。
そして今やパソコンもそうであるし、携帯電話もそうである。
モデルチェンジは年周期でなく月周期で来ることもある。
消費者はそれに踊らされるというわけだ。
それをラトゥーシュは戒めているのだ。
「自主限定」に目覚めよ、と。

130923 注目 セルジュ・ラトゥーシュ

ちょっと蒸し暑い秋分の日
収穫した米が若干売れたのでうれしかった。

「世界」9を読んで、セルジュ・ラトゥーシュという人に遭遇。
Serge Latouche 1940生の仏人 経済哲学者とある
その哲学とは「脱成長」という言葉が鍵である。
論文名「「豊かな社会」の欺瞞から「簡素な豊かさ」という逆説へ」
訳者は西谷修(東外大)、この人の言論も注目に値する、と思う。
さてその「脱成長」(デクロワサンス)であるが、ここにその全貌を記すことは困難であるが、注目すべき論点を思い出しだし書いてみたい。
新自由主義の行き詰まったところにさらに成長神話を繰り返そうとする(熊みたいに)ことは無謀、無為、無益、幻想であり成長が永遠に続くことはあり得ない。
と、まず述べた上で、ならば我々は経済や哲学に対していかなるスタンスを取るのか。
それは「簡素な豊かさ」なのである。と。
それが「脱成長」である。
簡素な豊かさとは消費社会から抜け出し、その麻薬的な欲望の再生産から自己改革し「自主限定」という行動に行き着くことである。
消費社会における豊かさとは欺瞞であり、心理的に消費依存に駆られてそれが成長神話に拍車をかけている。
だからその欺瞞性に早く目覚め「自主限定」に変えて行けといっている。
中国の老子の思想にも通じるところがある。
今日はここまで。

130922 nanakamado


高山へ行って来た。
せせらぎでみた木の実。
これはななかまど・・・なのか?
七度かまどに入れても燃えないからが語源?。

写真をカメラで撮ってアイパッドにWi-Fiで送る。
Eye-Fi(アイ・ファイ)というのだけれど、なかなか慣れるのに難しい。
パソコンにも送ることができたが、このブログに載せてみたら画像が小さくなってしまった。
パソコン画面で見るときは大きいのだが、ブログに転載すると小さくなる。

せせらぎの紅葉はまだまだだったが、ずっと山を見る限り紅葉シーズンにはさぞきれいになるだろうと思った。
車で見る分には最適なコースの一つだろう。
帰りは明宝畑佐ー和良間を2年ほど前に完成したトンネルを通ってみました。
そのまま八幡経由で来るのとあまり差はない?かなと思った。
それにしても16キロのコース、通る車はほとんどなし。
人里でないところで出会った車はゼロだった。
あのトンネルは結構長かったけれど、あれだけ少ないんじゃ何故作ったのかと。
そういうところが結構あちこちあるのじゃないかと。
それよりもっと有効に使うところがあるのじゃないかと。
思ったトンネルでした。

130921 sponge cucumber is loofah


ヘチマの花
昨日長年使ってきた草刈り機の刃が石に当たったため欠けてしまって新品に交換した。
今日また草刈りをしたのだが、その新品の刃がまた欠けてしまって切れ味が極端に落ちるのが分かった。
たった一日使っただけなのにだめになって悔しい。
昨日までのは多分、2年くらいは使い込んだのだが、それと比べるとぴんときり。

静岡の学テの優秀?校校長名発表のなんだかなー。
大阪の公募校長の不祥事?のなんだかなー。
どちらも知事と市長の采配・・・なんだかなー。
静岡の知事は優秀校はほかっておいても問題ないが、反対の悪い方の学校が問題で、そちらの教師は困っているだろうから、いつでも相談に乗るからいらっしゃいなどと述べておられる。
そもそも学テの点数だけにこだわっているのが問題だ。
テストをすれば100点ばかりではないことは分かっているはず。
多分その知事さんは昔テストで100点ばかり取っていた人かもしれない。
そして0点の人がいれば俺の方がよかったと点で比べて満足していた人かもしれない。
教師の困っていることはテストの点を取らせることだけではない。
一人一人の生活、環境、歴史、生い立ちなど、また社会との関わりのなかで生きている子どもの生き様、生きづらさみたいなものにどれだけ寄り添えるか、そこに教師の苦悩があるのだよ。
その困っている教師の苦悩を知事が担えるはずもない。
ましてやテストの点だけで判断するようなことではまったく現場知らずだ。
し、教育知らずだ。
と思う。

130920 don't count your chickens before they are hatched


野の道に咲いていた可憐な花。
アサガオの形に似ている。名前は?。
名前はまるばるこうそう。
丸葉縷紅草

今日はコンバインに油を差して片づけようと思ったが、エンジンをかけるとしゅるしゅると変な音がするし、この前から気になっていたが走行するときにレバーを入れても少しも進まない。
これでは片づけられないので業者に見てもらうことにした。
また金がかかる?
まあ作業がすべて終了後のことなので気楽だが。
昨日も書いたように収穫量はいい方だったので誰かに買ってもらわなくてはならない。
ブログやFaceBookやメールを使ってインターネット上で宣伝するのは気が引けるが、まあ誰かの目にとまって、買ってくれたら幸いなので載せることにした。
玄米30キログラム9000円で。
玄米30キログラムを精米した物は9300円で。
近くの人は配達するが遠くの人は、郵送料30キロで1100円。
20キロだと850円。
10キロだと650円。
ただし昨年の送料。
この頃は米を食べるのは非常に少なくなってきたので、いっぺんにたくさんは買ってもらえない。
なので10キロ単位でも買ってもらえるようにした。
10キロ3000円、精米賃100円。
銘柄はコシヒカリ。
味は手前味噌だがなかなかいいことを保証する。
スーパーなどで見ると、コシヒカリやあきたこまちは10キロで4000円前後するものが多い。
注文したい方はできたら年間を通した必要量を注文してほしい。

130919 finished rice harvest

台風一過の晴れ続きで稲刈り作業も順調にいき今日すべての作業が終わった。
めでたい。
今日は午後に昨日刈った分のもみすり。
午前はコンバインの清掃。
ブロワーでゴミを吹き飛ばし、ポンプで足回りを水洗い。
昨年は最悪の収穫高だったが、今年はやや持ち直して、昨年比6.5俵増しだった。
一昨年の最高記録に並ぶほどで上々のできだったといえるだろう。
めでたい。
子どもや親戚に分けた後、希望者に売ることにする。
それでも余った場合は業者に売ることにする。
希望者が大勢いるといい。
すでに予約者は2名。
って少ないが昨年の継続で言うと10人はほしいところ。
これから宣伝することにする。

それはさておき、またまた熊のやりたい放題が。
「特定秘密保護法案」が普通よりも短いパブリックコメントを得て上程されようとしている。
パブリックコメントを19日までに出してほしいというメールをいただいたが、送り先をうまく得ることができず送れずじまいだったので悔しい思いがする。
藤原紀香嬢も痛く反対の辞を述べたという。
2年前の同じような法案の2番煎じだがそれは世論の反対を受けて廃案になったので、再度少しだけ変えて出てきたというわけである。
いずれにしても奴らの好きな拡大解釈(するまでもないか)すれば、すべて秘密にされて国民の知る権利ばかりか自由までも犯されてしまうという物。
断固粉砕である。

130918 was very exhausted at all and so sleepy

今日はもみすりやって稲刈りやって買い物行って夜は会議に行って非常に疲れた。
ゆっくりとご飯も食べられなかった。
買い物に行ったらスーパーで昔の同僚に会ってひとしきりぺちゃくちゃ。
その人と別れたと思ったら今度は今夏教え子の同窓会で会った教え子とばったり。
またひとしきりぺちゃくちゃ。
だった。

それはともかく、今日の新聞(中日)で池内了さんが「東京五輪」への異論という題で書いていた。
すこぶる同感・納得。
「反対の意志を表明しておこう」とした上で、いくつかの理由を挙げていらっしゃる。
1,熊がやった演説で福島のことを間違えて伝えた。
  つまり、事実と異なった説明(汚染水は0.3平方キロでブロック)
2,空約束
  つまり健康問題については全く問題ないと約束する
3,根拠なき願望
  つまり、原発の状況はコントロールされている
それから
4,消費増税をして公共事業拡大し、国の借金をますます増大させる
  経済の活性化のためとしょうし原発推進をする
5,オリンピックを口実として、警備強化を図り集団的自衛権や国防軍の設置を目指している。
6,地震のことを考えれば、オリンピックに金を使うより天災に強い町作りをすべきである。
などなど分かりやすい論理である。

130917 we must take resposibility for this situation of SYRIA

昨日は一人でもみすり。
30キロの米を持ち上げるのは相当腰に来る。
ので慎重に慎重にゆっくりゆっくり無理をしないようにして20回ばかり持ち上げて運んだ。
それでもやはり腰が痛くなった。
今日は2回目の稲刈り。
今日も助っ人が来てくれて重いもみの袋は彼が運んでくれたので助かった。
harvestはneil youngの曲でアルバムタイトル。
その曲はあまりぱっとしなくて面白くないがそのアルバムの中の曲=heart of goldはヒット曲でよく聴いた。
それはともかくまたまたシリアのことであるが。
難民が200万人を越えたらしい。
そのうち100万ほどは18歳以下の子どもだという。
でそのうち74万は11歳以下の子どもだと。
そして児童労働や性的搾取、人身売買などの危機に瀕していると。
まさに恥ずべき状況である。
サリン被害の子どもたちも悲惨であるが、行き場のない難民になった子どもたちも悲惨。
who take responsibility for this shameful and cruel situation?
absolutely adults
absolutely it's war
恥ずべき状況をもたらしたのは大人であり戦争である。

130916 typhoon has gone away,it has left the great disaster

台風18号通過
幸いここら辺はたいしたことなし。
滋賀京都福井は雨の被害大。
局地的豪雨災害。
同じような目に30年くらい前にあったことがある。
豪雨のため国道が通行止めになりそうだったので早めに帰宅の途に付いた。
山道のぐねぐね国道はそこら中から水が噴き出してくる感じ。
我が家に近づいたら国道は川のようになっていて進む方角から木の切れっ端が流れてくるしもはや国道ではなくて10センチ以上ある川となっていた。
それでもうちは近いからと強引に進む。
家に着いたら裏が山だったのでやはり水が流れ落ちてくる。
高台に立っているので床上浸水どころか床下さえも水はつかないところだったが、水が流れる流れる。
山と家に挟まれた家の裏側は水の流れ落ちていく方向が狭くなっているのでずんずん水が滞りだしまさに床下に入り込んでいた。
何とかくい止めようと狭くなっているところを掘り返したり広げたり、水が床下に流れ入るところは土を盛ってせき止めたりと汗だくびしょぬれで死ぬほどえらかった。
雨は幾分か立ったら止んできたのでそれ以上の災害は免れたが、あれほどの雨は後にも先にもあれが最初で最後(になるかどうか)だった。
まさにバケツの雨をひっくり返したような雨だった。

近年そういった豪雨災害が頻発しているように思う。
異常気象であるがもはや異常どころか通常のことになってきたのじゃないか。

異常なことが通常化すると言うことは恐ろしいことである。
異常を異常と感じなくなることが怖い。
反対に普通のことが異常に写るようになるのであろう。
倒錯した世界?
世界の経済の行方も同じ?
多分破滅に向かっているのじゃないか。
それでも成長戦略?
成長が永遠に続く・・・はずがない。
そこに気づくか気づかないか。
「成長戦略」、3つの矢なるまやかしには乗らない。
のが、賢い選択じゃないか。
と思う。


130915 exercise is necessary for us not only for our body ,but also for our spiritual health

今日は運動会。
雨だったので外ではできなくて中でやる。
中って、体育館のことである。
種目も減らして午前中で終了する。
村中の祭りであるが、やはり年々出る人も見る人も減っていくのがつらい現状である。
ふるさと祭りと同じで、よそへ出ていった人たちが、戻ってきて参加してくれるがそれでも減るばかり。
明日は全国的に敬老の日であるが、いわゆる高齢者は増えるばかり。
高齢者の増加と農業者の減少はもうすでに我が村の最大の問題である。
高齢者の増加と言うより若者の減少の方が問題としては大きいのだけれど。

それはさておき、シリア情勢。
米ロが話し合ってsolutionしようとしているが、アサドが素直?にもchemical weaponsの査察を受け入れようとしていることは米ロどちらにとってもgoodなこと。
しかし、それだけ素直ということは米が言っているように本当にあるのかという疑問さえ浮かぶし、
イラクで大量破壊兵器が発見されなかったように二の舞を踏むのではないかとも思われる。
いずれにしてもそれはアサドにとっても好都合なことなのだろう。
でも先ほど行った国連の査察結果はどうなったのだろう。
化学兵器が使われたのは事実だと思うが、それだけでは不十分。
国連も更なる強権?を発揮すべきであろう。
ユニセフからシリアの子どもたちへの支援の呼びかけが来た。
支援呼びかけは毎度のことであるが、今回はシリアの子どもたちへという特別呼びかけである。
少々であるが振り込んだ。

130914 「積極的平和主義」を嗤ふ

今年初めての稲刈り。
昨日の写真のところを刈る。
雨を心配しながらの稲刈りだったが、幸いにも降らなかった。
収穫高はまあまあといったところか。
一番外回りの稲は一番目につくがそこがわりと太くがっしりして豊作気味に見えたが、見えない中の方はそれほど良くはできていなかったようである。
しかし、昨年よりはたくさん穫れた。
乾燥機に入れて10時間セットした。
明日は台風接近でもみすりはできない。
しかも運動会があるのであさって以降となる。
その運動会は雨なので残念ながら外ではできない。
ので体育館の中での運動会になるだろう。

新聞を見ていたら、熊が「積極的平和主義」というのを言い出したんだそうな。
「平和」をつければみんなにさも受け入れやすいとでも考えたんだろうか。
見え見えのうそっぱちである。
全くおぼっちゃん根性。
幼稚なだまくらかし術である。
また非難されるとどんな言い訳をするのか。
戦争に向かってまっしぐらなのに言葉だけが反対の方向にいっている。
なんだかヒットラーのやった「手口」を本当に真似し始めているように思える。
いずれにしてもなんとか憲法に基づくほんとうの平和を守っていかなければならない。


130913 we see few bees in these days. what happens to them?


昨日、NHK「クローズアップ現代」でミツバチの大量死とか謎の失踪が続いている、としてその原因は何かという特集をやっていた。。
いつかも書いたようにネオニコチノイド系の農薬が原因なのではないかという。
ヨーロッパでは「予防原則」というのがあって疑わしかったら使わないと言うことで規制がかけられた。
農薬メーカーは反対である。
日本はまだ原因が明確でないとして規制はかけていない。
ここでも「命より金」か「金より命」かが問われてくると思う。
「沈黙の春」のレイチェル・カーソンが警鐘を鳴らしたように一地方の問題、一国家の問題でなくて全世界的な人類に関わる重大な問題である。
農薬は遠からず人間にも作用するのであろう。
ということをふまえて今後は薬剤名をよく見て自粛するようにしたい。
一個人が少ない農地で自粛したところでどうにもなるものではないが。
やはり何事も「金より命」を基本として何より大事にしていきたい。

エドワード・スノーデンについてある情報を入手。
今年のノーベル賞の平和賞にスエーデンが推薦したらしい。
またドイツの「内部告発賞」にも選ばれ受賞したらしい。
しかし本人は出席できず代理。
本人は依然ロシア国内のどこかか。
オバマの平和賞に対してもし彼が受賞すれば皮肉な結果となる。

130912 cinema day

久しぶりに映画を見に行った。
「少年H」
水谷豊、伊藤蘭ほかでした。
多分15年ほど前に新刊で本が出たときに読んでいたが、内容はほとんど忘れていた。
映画ではそのさわりぐらいを脚本化したのだろうが、戦時下の庶民のくらしや学校、空襲、特高警察、キリスト教差別などが描かれていた。
本では上下2巻本で長編だったが読みやすくて夢中で読んだ気がする。

130911 remember 911

911といえば2001年の911同時多発テロ。
今から12年前のこと。
これもその瞬間のことを覚えている。
TVで「ニュース・ステーション」を見ていたとき、突然起こった。
ビルに突入する飛行機を写していた。
そして崩れていくビル。
まるで映画のワンシーンを見ているよう。
現実のこととは思われなかった。
アナウンサーがこれは現実の映像ですと繰り返していた。
時間が経つにつれて、そのニュース一色になっていった。
その後、1機が別の場所で落ち、別の1機がペンタゴンに落ちた。
何故かペンタゴンの映像は機体が分からなかった。
ので陰謀説が出てきた。

その後のブッシュのやったこと。
ビン・ラディンを首謀者にして、追跡。
イラクに大量破壊兵器があるとして侵攻。
アフガニスタンでのタリバンとの戦争。
イラクの時は日本人が拉致され小泉が自己責任とかいって見殺しにした。
テロは許されることではないが、米の対応がお粗末。
従う日の対応も自衛隊派遣など危険な道へ。

でまた、シリア問題が噴出した。
内戦に対して米が干渉しかけたが、今は足踏み状態。
イスラエル対パレスチナ、イラン対イラクなどなど「中東は火薬庫」。
変に干渉したらどないなことになるかわからしまへんで。
という今日この頃。

そう言えばあのスノーデンはどうしてしまったんだろう。
世界最大の内部告発だったのだが、今はどこに?
後で調べてみよう。

そろそろ稲刈りの時期なのでぼちぼち準備を進めている。

130910 when it grows up,its head gets down


「コントロールできている」とか「アスリートには責任を持つ」とか「ブロックしている」とかうそっぱちの発言を並べて得意然とした顔には相変わらず参るが、そのうちぼろが出るだろう。
米は露のプーが提案したことに乗ろうとしているが、見通しはくらい。
しかし上院にしても下院にしてもどうやら反対が強いみたいだし、99%は賛成より反対が上回るそうだし、オバマとしては四面楚歌みたいだが、ここで国連がどーんと前に出ることを望む。
露のプーがアサドになにか働きかけて仲介するという手もあるが、やはり出番は国連だろう。
また覇権争いになってはまずい。
more it grows up, its head gets down more heavily

130909 逆手に取る

今日は少しく馬鹿な話を。
家内が老人たちに読み聞かせをするという。
本文は絵本から写真でとってアイパッドに入れて、それを見て読み、本自体は誰かほかのものがもって見せるのだという。
でアイパッドにその絵本を取り込みたいという。
で初めに考えたことが、その絵本をスキャナーでとって、それをパソコンからアイパッドに送ればいい。
と考えたのだったが、絵本が大きくてスキャナーに入らない。
アイパッド用のスキャナーはA4まででぺれぺれの1枚の紙にしないと読みとれないのでこの考えはだめだと思い次策を考える。
でまず考えたのが、カメラで1ページずつ写真を撮って、それをパソコンに取り込み、それをメールに添付して自分のパソコンに送る。
するとそのメールはアイパッドでも読めるからアイパッドでそのメールを開いて写真の部分を保存するとアイパッド内の写真のところに保存されるのでそれを読めばいいということで始めた。
初め17枚の写真全部を添付して送ったところ、写真が本文のところに添付されてしまいアイパッド内に写真としてうまく保存できない。
それで分割して1枚か2枚か3枚ずつで送ったらうまく送れて、写真のところに保存で取り込むことができた。17枚だからこの作業を6回ぐらいやった。
すべてがうまく取り込めたので、1枚1枚アイパッドでページを繰るようにして読むことができたのでうまくいったと喜んだのだが、あーそうだ、そんなこと(メールに添付、後うんぬん)しなくてもカメラから直接アイパッドに送る方法があったんだと思い出す。
それはカメラからUSB(USBと直接繋ぐための特殊ケーブルがいる)を通して直接アイパッドに送る方法である。
もうアイパッドに入っているのでまた取り込む必要はないのだが、試しにやってみようということで、ほかの写真を取り込んでみたらうまく取り込めたのでなーんだ初めからそれでやれば早く済んだのにと思ったのである。
そして今日、もっと早くやる方法があることに突然気が付く。
それはアイパッドに付いているカメラで直にアイパッドに取り込むことである。

なんと遠回りのことをやったものよのう。

どうしてこんな遠回しにやることを思いついたんだろう。
合計4つのやり方を思いついたわけであるが、最後の4つ目の方法を何故すぐに思いつかなかったのか。
それはメールの仕組みやらカメラのケーブルがあることやら余分なものが知識にあったためそれを使用しようという考えが浮かんだためと思われる。
simple is the best.であるが、シンプルさに思いが行かなかったのである。
以上馬鹿話。

五輪(いつわまゆみではない)より福島だろうと思っている人は、ネットを見たり、実際に人と話したり、来たメールなど見たりすると少なからずいるようだが、こうなってしまった以上、やはり次策を考えなければならない。
アベ熊はプレゼンで、東京は安全、福島はコントロールしてみせると言ったようだが、はったりに過ぎないとしても、それを逆手に取ると言うことがこれからすべきことであろう。
具体的にどのようにするのか問いつめ、やらせ、問いつめ、やらせの繰り返しで実質的に福島の復興がまずなされていくようにしていくのである。
しっかり見張らなければならない。
しかししかし、熊のやることだ途中でまた投げ出すかもしれない。
そこを気をつけなければならない。
しかししかしそんなこと言ったらいつまで首相をしなくちゃならないことになる。
一刻も早くやめさせたいのにおかしなことでもある。
五輪自体は少しく問題はあるにしても福島が解決しない限り心から楽しむ気にはなれない。

130908 no hope for olympic 2020

下のような記事をネットで見た。
はだしのゲンで核軍縮訴え 外務省、NPT会議で配布」(2007年4月29日)
ウィーンで30日から始まる核拡散防止条約(NPT)再検討会議の準備委員会で、日本政府代表団が広島の被爆体験を描いた漫画「はだしのゲン」の英語版を会場内で展示、配布することになった。大の漫画ファンで知られる麻生太郎外相の肝いりで実現、原爆の悲惨さを生々しく描写した漫画で核軍縮を訴える。「はだしのゲン」は広島に投下された原爆で父、姉、弟を失い、自らも被爆した少年ゲンが母親、妹とともに懸命に生きていく姿を描いた物語で、米国はじめ各国で出版されている。外務省が英語版30冊を出版社から譲り受けた。同省は「各国政府、非政府組織(NGO)関係者にぜひ手に取って読んでほしい」とPR。今後も国際会議などの場で漫画やアニメを使った情報発信を検討しており、「漫画外交」が活発に展開されそうだ。【共同通信】

今年ジュネーブで開かれた同じく「核拡散防止条約(NPT)再検討会議」の準備委員会では、「いかなる状況下でも核兵器が再び使用されないことが人類生存の利益になる」という「核兵器の人道的影響に関する共同声明」に、岸田文雄外相は署名しなかった。世界74カ国が賛同したのに、世界唯一の被爆国の日本が、署名を拒否したのだ。

麻生が配布したことは今日の朝日にも載っていたそうだが、今年の態度についてはやることがちぐはぐというか迷走というか逆走というか支離滅裂というかおかしなことをやる。
というか全く被爆国のやることではない今年の体たらく。

TVじゃあ五輪のことばかり流していたが、冷めて見る気にもなれなかった。
五輪で経済浮揚とか言っているが、まずは復興だろう。
どさくさに紛れて復興の金を五輪に回しかねない。
喜びの日よりも怒りの日であった。以上



130907 カリブの海賊と21世紀の現実

「古い情報を再生」する実践、すなわち人間の生み出してきた総体を堰き止め、作り替えて引き渡していく営みが、未来に先回りして悪夢から覚まさせる方法である。
と言っているがそれはどういうことなのか。
「古い情報」とは何なのか。
この「グロウブ号の冒険」でいうと、それはたとえば海賊のこと。
「カリブの海賊」という映画があったようにカリブ海は15世紀末以来の奴隷貿易から顕著になった海賊の出没地帯。
このカリブの海賊に基づく古い情報が現代に再生、実践されている、というのである。
というのも、アラビア半島沖あるいはマレーシア沖における現代の海賊行為が国際的問題となりアメリカでは「海賊法」、日本では「海賊対処法」という法律まで作られている。
著者井上はこの海賊という古い情報を現代のカリブにおいて物語として作り上げたのである。
そこでは勿論想像力を駆使した古い情報の再生が実践されているのである、というわけである。
ちょっとはしょったかもしれないが、こんな解説より実際に原本に当たって読むことの方がずっと理解しやすいだろうと思う。
というわけで、まだほかにも3をキーワードとして物語が構成されていることなども書きたかったが、上にも書いたように自分で読めば分かるのである。
この項the end

それはさておきシリア情勢は米がもたついていて先延ばしされた感があるが、その間に冷静になり話し合いの道をつけてくれることを望む。
熊はそれどころじゃないみたいに五輪に夢中になっているが明日の朝には判明とか。
それどころじゃないのそれどころじゃないだろとそれどころじゃないの倍返し?のそれどころじゃない情勢が日本にあるのに浮かれるな。

「この世は生きるに値するんだ」を子どもたちに伝えたい。
宮崎駿の名言だった。
それに反し、この世から消えるに値する愚行の数々を行っている熊一派。
つける薬はもうないが、あるとすれば99%のソコヂカラであろう。
またちょっとアジってみた。

130906 想像力混沌悪夢物語力

井上ひさしにとってユートピアは何だったのか。
一つには「ひょっこりひょうたん島」
一つには「吉里吉里人」(きりきりじんでなくてちりちりじん)
また一つにはこの「グロウブ号の冒険」なのか。
♪だけどぼくらはくじけない 泣くのはいやだ笑っちゃおう すすめー
ちりちりじんは現実の東北の場所を舞台に老人の独立国家を目指す。
グロウブ号のグロウブはなんと「地球」を表すがその地球を舞台にしている。
舞台は日本からカリブ海の島に飛ぶ。
現実の島も名前としては出てきて筆者もそこを訪れている。
主人公たちがたどり着いたその島はまさにひょうたん島が世界に躍り出たようなもので、その島には名前がなく、政治も政治家もなく、お金(貨幣)がないので経済のけの時もなく、戦争を仕掛けても相手にもならず、宝が埋まっているといってもどうぞ勝手に探して持っていけみたいな欲もなく、魚は一日に1,2匹取って豊漁だったり、昼前だけ働いて午後は踊り狂ってみたり、そのくせ男が女に触れるのは禁欲的で厳しい掟があったり、海がきれいで星がきれいで・・・みたいなまさに楽園的な島なのである。
この項to be continued

それはさておきシリア問題もいよいよ風雲急を告げるみたいになってきた。
オバマはせっぱ詰まってそれぞれ脅しまくっているし。
プーや習ははっきりNoだし、メルは出さないと言うし。
で、熊はしっぽを振りには振ったが五輪に逃げるし。
米は焦りまくりだろう。
でも思い切って、よしやめたと言ったら、逆に喝采されるのじゃないか。
結局米のメジャー軍産複合体が後押ししてるだけで99%はNoなのだよ。
ということに思いをはせれるかどうかということだけだ。

130905 ユートピア探しと物語探し

小森陽一氏の解説からまた引用。
井上は「自分の過去、現在、未来について一つの柱にユートピア探しがあり、もう一つの軸に物語り探しというのがある」と述べています。
また「人間には自分のおかれている現実世界とまったく違うことを想像する力がある。」
また「これが現実だ」と人々を納得させるために「物語」が生産されている。
「自分たちの現し身は60年代あたり」にあって80年代の「現実」は「悪夢じゃないか」と思うと述べています。
「石油文明や原子力文明に寄りかかったままでいると地球は「熱死」するほかない」としている科学者たちの見方を紹介しながら、「新しい情報」を「つぎつぎにつくって」「儲かったり」する、「新しいことが正しいという時代」に抗して、「古い情報を再生」し「見直す」ことの重要性を著者は指摘します。
「このまま行ったらどうなるか」を、「未来に先回りして」、想像力によって未来から「現在の混沌を考え」ることが、「悪夢から醒め」る方法だと著者は強調しています。
それこそが「物語の力」なのです。

・・・切れ切れに引用したのでなんのこっちゃと分かりにくいかもしれない。
まとめて言うと、こういうことだろうか。
自分の生き方には理想を求めるところと、それを補完するために物語りを作ろうとするところがある。
今の新しいことを求めることが人生を左右する大きなことだとは言えない。
古い情報や考え方をもとに想像力を働かせ現実を変えていくことが人が生き残る道ではなかろうかと。
この想像力が物語を作りだしていくのであって、それが物語の力であり、まっとうな未来を作り出していく元となる。

って自分でもよく分からなくなってきたが、物語がなかったらユートピアもないってことか。
「物語」って何よ。
「想像力」のことか。
ジョン・レノンの「イマジン」が思い出される。
ああいうことなのか。
「古い情報」でしかこの世界は読みとることはできない。
今もっている情報は今までの学習の中で獲得してきたものだから。
・・・まとまらなくなったので今日は終わり
to be continued

130904 ユートピア・ディストピア

井上ひさし「グロウブ号の冒険」360p読了。
1987年~1989年に16回にわたって「世界」に連載された未完の物語。
ちょうど新自由主義が台頭し始めた頃の話。
その時代の状況をパロディ化して現実と空想を織り交ぜたえぐい話になっている。
主人公の東大出の元力士「山田山」がカリブ海に浮かぶ島に「人買い=スカウト」に出かけたところ、ひょんなことから宝を探すことになるという話で、未完であるところが惜しいが、その先の展開を想像してみるのも面白い。
最後に小森陽一さんが解説を書いているが、さすがの解説。
少し引用などしてみたい。
1987年といえば中曽根内閣のとき。
このとき規制緩和、民営化、民活という小さな政府を目指す政治路線を進めていったとある。
「リゾート法」を作って、大手ゼネコンに民活と称して自然破壊も可能にして金儲けさせた。
電電、たばこ、国鉄が次々民営化。
その時代背景をもとに逆ユートピア状況の中あえてユートピアをテーマにしたと言っている。
「the座」(1984年第2号)という同人雑誌で井上ひさしは、
「本来、現実が悲惨であればあるほど、それを頭の中で理想に近づけようという反作用が働くんですね。その反作用の部分が、「ユートピア」という発想になってくるわけです。いわば現実に対する鏡の役割をするわけです。ですから、今度は逆に、ユートピアが現実化すると、必ず逆ユートピアになるという法則があるような気がするんです。たとえば、科学の進み方があんまり急速すぎて、地球そのものが追いつかなくなり、二十一世紀にはロクな未来はないよということを皆本能的に感じて、未来に夢を描かなくなってきたというのが、現代が、「逆ユートピア時代」といわれる理由ですね。」
29年前の発言ながら今ではかなり現実的になっていると小森氏は言う。
to be continued

130903 どっちにころんでも

今日は久しぶりにまとまった雨が降る。
晴れ間もあったのだが、降るときは土砂降りだった。
川は茶色く濁ってかさが増した。
どっと降る雨で川が濁るのはそれだけ山に保水力がないということ。
ふわふわのベッド状態でなく表土がむきだしですぐ流れるということである。
針葉樹ばかりが植わっている山の欠点である。
洪水になりやすい。
花粉症を人間に及ぼす。
山の動物の食料が無くなり里へ下りて田畑を荒らす。
生態系を壊す。
などなど欠点ばかりが多い。
雨がやんだら水も元のように濁りが無くなりきれいになった。

シリア問題は、オバマが議会同意を得ようとしたため先送りとなったが、どうも賛成反対どっちに転んでもオバマ自身は窮地みたいな状況になると見られている。
シリア政府をたたくのは反政府勢力の肩を持つということだが、反政府勢力はアルカイダが絡んでいるとも。
シリアをたたけば周辺国とイスラエルの関係がおかしくなり、またイスラエルを絡んだ中東戦争になるかとも。
そうすれば米もイスラエル荷担でさらに泥沼化する。
G20は5日になるが、米は一人浮いてしまうだろう。
仏もオランドが議会が承認するまでやらないと言ったらしい。
やはり99%のpowerは無視できない。

130902 give a warm gun,not fear and threat

夜は真にしく話
でなくて、杖るは信に如くは莫し
さすがに変換が一発でいかない。
よるはしんにしくはなしと読む、そうだ。
頼りにするものとしては、真義に勝るものはない、という意味、だそうだ。
村山富市氏が談話で使った言葉。

今日は終日雨。
雨読にしようと思って、手にした本は井上ひさしの「グローブ号の冒険」
うかつにも午睡をしたらページ数を更新することができなくて途中までしか読めなかった。
それに読んでいると自ずから眠気が襲ってくるので数ページ進んでは一休みを繰り返すのでますますページが稼げない。
今回積んであった本は3冊続けて読み切ったが、横に並べてある本を見ていたらまだまだこれもあれもと幾冊もある。
もう少し腰を入れて読むことにしようと思う。
昨日は意識の流れについて書いたが、日本でいうと「ユリシーズ」の訳者の一人丸谷才一氏もエッセイはその書き方でやっている。
ネットで調べたらまたそのエッセイの新刊が出るそうな。
昨年だかに亡くなられているが、まだ単行本化されなかった文章がでるのであろう。
それも読みたいし、ほかにもまだ読んでいない丸谷氏のエッセイがあるのでそれも読みたいし。

で、またシリアの話。
米は足踏みをした。
議会の同意を得たいみたいである。
やはり99%が気になるのであろう。
happiness is a warm gun.(john lennon)
fear や threat を与えるのでなく、お互いにhappyになることを考えろよと。
人として、まずは真義を重んぜよと。
これはシリア側にも言えるのだけれど。

130901 from what to write to how to write

毎日が日曜日で毎日が単調に流れていく。
ようだが、そうでもない。
健康ならばそうではない、のだ。
と、思う。
毎日、今日は書くことがない、と思うが、書き出すと筆が進んでいく、のだ。
その書くことがnewであり、fresh であり、脳髄の進行形なのだ。
と、訳の分からないことを書いたが、物事のfactとactionとそれに対するreactionとmovementは必ずあってそれをよく見つめると常に脳髄のrefreshが起こるのだ。
とまたますます???かもしれないが、だから書こうと思えば書くことが出てくるのだ。
単調そうで単調でない日常の中にいるからだ。
でもそう意識するから単調でないのであって、意識しなければ単調になるのかもしれない。
今日はこんなことを書こうとは思ってもみなかったが、瞬間的な脳の動きでこうなった。
要するに書こうと思えば書けますよということだ。
(と、同じことを繰り返したな。)
いわゆる「意識の流れ」stream of consciousness で書いたのだけれど、この文章がどこへ行くのか分からない的な書き方である。
James Joyceの「ユリシーズ」はその書き方のお手本なのだけれどむかし読み始めたがてんで歯が立たなかったので数ページで挫折した。
あっちへ飛んだりこっちへ飛んだり、そのうち???になって力つきたのである。

それはさておき、シリア問題。
米仏はやる気みたいだが、日の高官たちの待ってました的な追随ぶりがやはり露わになった。
のじゃないか。
ぎょろめで赤く血走ったような目をした人が早くものろけているし、熊もしたり顔である。
なんで9条をもった国が戦争に荷担するような態度を取るのか、まあそれは9条を9条と思っていないからであるが、それだったら自分らで戦地へ行って弾の飛び交うところでこらーやめろと言ってみろ。
と、冗談はさておき、米仏ばかりでなく日も99%の脳髄のpowerとactionを示すべきである。
だが、・・・

検索フォーム
リンク