131130 大いなるもの

この一週間お寺さんへ3回行った。
いずれもただお参りだけじゃなくて、座談をしたり講話(法話)を聞いたり、いわゆる研修みたいなもの。
法話者の話を聞いていると、なかなか理解しづらいところもあるが理解し得たとしてもすぐにぼやんとしてしまって忘れてしまう。
現実の世間話に絡めて話をされることはやはりそうかと思わされるが、宗教としての核心に入っていくと理解が飛ぶ。
難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことをおもしろく・・・と井上ひさしさんは言ったのだったが、難しいことをやさしくのところがうまく表現することが難しい。
というかやさしそうに説かれても理解しづらいと言うこともある。
なにはともあれ法話者に理解しがたいことをいわれると、ああ、ありがたい話だった。となるのだが。
文字通り、あり・がたいのだ。
宗教は救いを求めるものか。
と問われたときそもそも「救い」とは何かが分からない。
今日の自分なりの核心問題は、宗教は自己否定である。ということ。
自己は自我であるとも言われたが、・・・
・・・自我を救おうとしてもがき苦しむ自分
もがき苦しむと言うことがそうじゃないそうじゃないと否定することなのか。
そこにはまだ宗教は入っていないのではないか、。
その否定している自分をそれでいいのだと肯定してくれるのが宗教じゃないか、・・・
などと思ってしまうのだ。
まあ日頃こんな自分ではいけないと思いつつもまあ仕方がないこんな自分にしかならないからいいだろうと否定と肯定が入り交じる自分がいる。
そういう自分をそれでいいのだと肯定するのが宗教じゃないかと、・・
なんか堂々巡りみたいだが、・・・
だからいつまで経っても救われない自分がいる・・・悲しい現実。
何を書いているのか分からなくなってきたが、多分よく分からないのが宗教。
そのよく分からないものが「大いなるもの」で、
大いなるものがなんだかんだ言っても最終的に救ってくださるのではないか。
それが宗教。
ますます???
分からないが怒りは続く・・・

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131129 誠実

今日は最後の数学教室に行って来た。
自身のライフワーク的「はまぐりの数学」で終わられた。
蛤のあの曲線がどのように作られていくかを数学的に解明されていくところが非常にわくわくするところであった。
その曲線の出来方に着目するというところが常人とは違ういわゆる天才的なひらめきといえよう。
そして、その螺旋の出来方からひまわり、松ぼっくり、台風の目・・・などなど自然界のいろいろな螺旋状のものに応用していくところもさすが。
最後はフィボナッチの数列、黄金比の出し方、黄金角のことまで自然界と数学の関係について話が及んだ。
あまり人が気づき得ないところに数学の妙が潜んでいることに驚かされたというか一種の感動を得た話であった。

ブログを書いていると他のブログが気にならないことはない。
この数日、秘密法案のことが気になっているがブログの世界でもそのことが大きな話題となっている。
いろいろ素晴らしいと思えるブログがあるが、「世に倦む日々」さんのブログがとてもいい。
最新のでは、辺見庸のテレビ特集「しのびよる破局」から「ペストと戦う唯一の方法は誠実さです」という医師リウーの言葉を紹介している。
人間の誠実さだけがペストにうち勝つことが出来ると言ったのだ。
秘密法案という破局にむけて我らも「誠実さ」で勝つのだ。
すなわちこの法案が我らを破滅に導くと言うことが認識できる以上、それを克服するべく単に諦めるのでなくそれは間違っていると言うことを訴えながら、どこまでも抵抗し続けていくことが誠実さなのであるのではないかと言っている。
たとえ法案が通ったとしても、最後まで抵抗を貫いたことを自らの歴史に刻むことが大事なのであると。
怒りは続くよ。

131128 抵抗するなら最初に

影響を受けた言葉というものがあるが、その中の一つ。
「抵抗するなら最初にせよ」むのたけじ
これも40年ぐらい前か、むのたけじさんの「たいまつ詞集」からだった。
今日の新聞にむのたけじさんのインタビュー記事がでた。
おん年98歳だったか、かくしゃくたるモンである。
やはり上の言葉が最後の方に書かれていた。
これはまずいと思ったことは先延ばしにしないですぐ反対、というか慎重に考えて実行はのばすようにしてきた。
4月の職員会では、特によく考えてそうしたものだった。
個人でもそう思ったらそうするし、組織のことだったらなおさらだ。
秘密法案は抵抗し続けなければならない。
NSCもそうだし、これからくるだろう集団的自衛権も。
TPPも。
改憲も。
日本版ショック・ドクトリンは止めなければならない。
後、10日もない。

今日、友人のシェアで26日の暴挙のことが詳しく書かれていたブログ記事があった。
26日の特別委員会がNHKで中継されていたが、審議が終わり悪魔が退席すると同時に野党議員が委員長席に駆け寄ったところで突然ニュース番組に切り替わり、暴挙の様子は放映されなかった。
明らかにNHK側の意図的切り替えで暴挙のところを写さなかったのだ。
自分もその場面はしっかり見ていたが、NHKの体たらくに憤慨したのだった。
このところ新聞の論調は政府批判、法案批判が多くなってきたが、「はじめ」から批判をしてきたのは多分、東京中日ぐらいだろう。
「抵抗するなら最初に抵抗せよ」のことばは重い。
新聞メディアはもしも参院が通過したらその責任は重い。
重いのみならず自爆みたいなものだ。
もう一つ月並みな言葉だが、「最後まであきらめるな」
それに「正義は必ず勝つ」「負けてもただで起きるな」
ネットでは抵抗の姿勢を示すブログやFBや署名活動などがかなりある。
呼応しよう。
怒りは続く。

131127 逆風にこそ強くなる

一夜明けて怒り収まらず。
所詮数の横暴。
されど数。
されど我らが日々である。
いや、されど「されど我らが日々」か。
東京は5000万円で揺れているが、5000万円知事を選んでしまった選挙民はそれで「しまった!」と恥じるだろうか。
俺等のような団塊の世代がそれを推していたとしたらシェイムである。
いつ飼い慣らされたのか。
俺は田舎にいてシェイム・オン・ユーといってやる。
我らが日々を忘れたのか。
熱かった心はどこへ行ったのか。
5000万知事のその上はおぼっちゃ魔悪魔集団である。
シェイムどころではない。
クライムである。
まだしかし12月6日まではあきらめはしないし、希望は捨てない。
クライムは暗い夢。
暗いゆめであってもいい、ただのゆめであってほしいが、希望は1%。
1%の奴らに99%が見返してやる日は必ず来ると信じてひるまずこつこつやって行くしかない。
怒りは続くよ。

131126 悪魔的最悪

「下町ロケット」読了。
つぶれかける下町の工場が一躍逆転勝利みたいな成功を納め社長は昔の夢を追いかける。
社員は社長の夢より現実的な安定した生活を望むが、徐々に社長の夢にひきづられていく。
そして会社としての夢が現実のものとなるというめでたしめでたしで終わった。

一方秘密法案は予想されたとおり最悪の結果になりつつある。
ブラック・チューズデーである。
数の横暴。暴挙。専横。民の声無視。
たった一カ所でやった福島のヒヤリングはほとんど反対の声だったのに無視。
いつものことだが、聞いたという体裁だけ。
アリバイ作りみたいなモンである。
やってることが恥ずかしくないのかしらん。
鉄面皮。
やはり倫理感無し。
自粛と萎縮と恐怖と警戒の暗黒の時代がやってくるだろう。
し・か・し、それではじり貧。
反自粛、反萎縮、反恐怖、半警戒ではねのけていきたい。

131125 倫理とは

池井戸潤の「下町ロケット」を読んでいる。
65ページにこんなことが書かれている。
「いいかよく聞け。この世の中には二つの規律がある。それは、倫理と法律だ。俺たち人間が滅多なことで人を殺さないのは、法律で禁止されているからじゃない。そんなことをしたらいけない、という倫理に支配されているからだ。だが、会社は違う。会社に倫理など必要ない。会社は法律さえ守っていれば、どんなことをしたって罰せられることはない。相手企業の息の根を止めることも可能だ。・・・」
どちらかというと大企業に近い会社のやり手のマネージャーが言った言葉だが、小説内では主人公側に対する悪役的なポジションである。
会社を政府に、相手企業を国民に置き換えるとぞっとしますね。
でも今や確かに政府にはまともな倫理観を持ったやつはいないし、まともな法律感を持ったやつもいないのでは無いかと思える。
ドイツの原発に関する倫理委員会というのがあったが、さすがである。
大戦後にナチスの戦争犯罪についてしっかりとした反省をした国民である。
それに比べてにぽんはうじうじといまだに反省し切れていないものが政権についている。
戦争犯罪者のじいちゃんを持つものが幅を利かせているのでは倫理もヘチマもない。
戦後体制で間違った道を歩んできたのは(と言うことが言えるならば)きちんとした反省が出来ていなかったことが大きいと思う。
それは国民性ではなく、為政者の倫理観の欠如のせいである。
倫理観の無いものに道徳の教科化や政府発行の教科書なんてチャンチャラおかしい。
秘密法案は山場を迎えたがいらいらが続く。

131124 茶色の朝



九条の会にいった。
参加者が少ない。
名古屋で秘密法案のデモとビラ配りにいった人の発言に少し驚く。
というかそうだろうなーと。
ビラを受け取ってくれる人が100人中2,3人から3,4人程度だと。
関心があるのかないのか、その法案を知っているのか知らないのか・・・分からないがいかにも少ない。
声をからして叫んでも届かないみたい。
この大衆はなんなんだ。
飼い慣らされた猫か犬みたいに単なる無知蒙昧のやからなのか。
180度世の中が変わるということの意味と重大性を知らないのか。
もっとほかのことに関心があるのか知らないが、いかにも政治から遠ざかっているように思える。
テレビの中身のほとんど、スマホの中身のほとんどが政治から遠いものじゃないか。
げらげら笑いと一人静か一人興奮の気持ち悪いゲーム。
あの短い寓話「茶色の朝」を思い出す。
茶色でないとだめといわれて世の中が茶色になっていく。
全体主義の始まりだ。
げらげら笑いと一人ゲームに興じているうちに茶色の朝がやってくるのだ。

131123 人皆有能

s-DSCF8344.jpg

特別支援学校の学校祭に行って来た。
教え子が今年高等部3年で最後の年。
どの子もどの子もみんなその一生懸命さにまず驚く。
と同時にあれだけ一途な高校生に胸が詰まりこみ上げてくるものがあった。
なぜだかその一動作一動作を見るたびに涙が出てくる。
自閉症気味の生徒や車椅子の生徒に付き添って当たり前のごとく世話をする生徒。
言葉の発音の不自由だった子が大声で歌っていたこと。
同じく言葉の発音の後れた子が「あ・り・が・と・う」といえたこと。
一人で車椅子をこげなかった子がどうにか目的のところまでこいでいけたこと。
などなど、当たり前 の中に暮らしている身にはそのなんでもないほんの些細なことが心にぐっと来る。
「あ・り・が・と・う」の言えた生徒はやっと言えたという遅い一歩だが大きな一歩でもある。
人生はこつこつがいい。
車椅子をやっと自分の力でこげたということも遅い一歩だが大きな一歩だ。
こつこつやってきてつかんだ大きな一歩だろう。
「あ・り・が・と・う」は最高のおもてなしだった。
ということで会場では思わぬ出会いもあり懐かしい話が出来た。
一緒に仕事をした同僚。
たった1ヶ月だが一緒に仕事をした支援員の人。
なんとほとんどまだ駆け出しの頃の教え子(親になっていた)。
そして退職時まで受け持った子たちの親さんたち。
バザーでは思わずいっぱいものを買ってしまった。

131122 ブラックボックス

今日の夜は数学教室。
テーマは関数。
関数は函数はfunctionはブラックボックス。
入力するとボックスの中で何かがはたらいて何か違ったものが出てくる。
そのはたらきが分からないのでブラック。
表とグラフにしていくとはたらきが分かりやすい。
振り子の実験がおもしろかった。
振り子の長さを変えていくと時間はどうなるか。
長さが2倍3倍・・・となるに連れて、時間は長さのルートに比例していくことが分かった。
つまり時間=ルート長さ、言い換えると、時間の2乗=長さとなる。
実験で求めることはなかなか興味深い。interestingなのである。

それはさておき、いよいよ秘密法案。
各地で反対集会。
そのせいかどうか分からないが25日の委員会採決は少しのばした。
でもやはりそれは振りをしただけだろう。
秘密はブラック化されてブラックボックスから出てこない。
いわばもうブラックボックスじゃなくてブラックホールの中に入っていくようなものだ。
民主主義の死である。
国家国家といいながら自らもホールの中に落ち込んでいくというこれはブラックジョークか。

今日は怒りを込めてバックをブラックにした。

131121 縦横無尽

社会科学の講座に行ってきた。
83歳の老碩学が語られる。
まさに縦横無尽、すごい碩学の師である。
中国の話。
中国は、資本主義を経ずしていきなり社会主義になった。
それでいまだに中国の財閥?聯想(れんそう)がアメリカのIBMを買ってもそれを資本主義の会社とみなさず、「公的経済部門」に対して「私的経済部門」と呼んでるとのこと。
しかし実体は資本主義であることに変わりはないと思うのだが。
経済関係から見ないで法律的な関係からしかそれを見ないと言うことらしい。
この頃の中国のGDPの延びはついに世界第2位までになった。
経済的に見るとそうなのだが、政治的にはどうなのか。
幸せ度から見るとどうなのか。
悪い面ばかりが見えてしまうが、1945年、あるいは1949年以後からするとたとえば農村の生活などは格段に良くなってはいるらしい。
社会主義市場経済という考え方。

それはさておき、昨日は中日東京新聞で公?党のことが書かれてあった。
批判的な記事だがよく書いたと思う。
政権与党にあってブレーキ役をするのだといっているが、この頃の改憲案、秘密法案、集団的自衛権などにしてもブレーキ役じゃなくて単なるショック・アブソーバー役じゃないかと言っているところがなるほどと関心。
全くその通り。
平和の党はうそっぱちである。
母体である○○学会、それでいいのか。
完全に取り込まれて行っている。
翼賛化傾向が収まらない。

選挙に対しての判決、最高裁も腰が引けている。

それもさておき、今日の中日東京新聞は例の「原発ホワイトアウト」の著者のインタビュー記事だった。
官僚による霞ヶ関の暴露本で原発のことが書かれているらしい。
読書意欲をそそる、

131120 ハレルヤ

ベートーベンの第九とヘンデルのメサイアのハレルヤコーラスのどちらを先に聴いたかというと、第九の本物の合唱はハレルヤよりも遅かった気がする。
第九のあの有名なメロディは学校の音楽で知っていたが、全体は後から聴いたと言うことだ。
ヘンデルのハレルヤコーラスは中学3年ぐらいの時に、ふとテレビをかけたらやっていてその迫力に圧倒されたのだった。
クラシックの中でも合唱の入った曲が嫌いではなくむしろ好きなのはこのときのハレルヤの印象が強いからだと思う。
50年も前のことだが、その当時中学生だから家にステレオやレコードなどもあるはずもなく、なぜかクラシックが好きになったのは当時NHKで確かカラヤンが続けて出ていた番組などを見たせいである。
毎週その時間になるとよく見ていた。
カラヤンはその当時の日本の国民に多分絶大な力を与えただろうと思う。
クラシック好きを増やしたということではカラヤンの力が大きいのだ。
ヘンデルのメサイアは大曲でその中の一部にハレルヤコーラスがあるのだが、この部分だけを取り出してもよく演奏される。
この頃、ゴスペルばやりだが、このハレルヤをゴスペルで歌ったものがある。
実はずっと前にジャズ・フェスの録画をしてその中にあったものだが、ずっと探していて今日ようやくそれに突き当たった。
素晴らしくソウルっぽいハレルヤになっている。
1993年のニュー・オーリンズ・ジャズ・フェスでの一こま。
「ゴスペル・ソウル・チルドレン」というニュー・オーリンズの少年少女合唱団が歌っている。
ゴスペル調でありソウル調であり非常にのりのりの感じ。
日本の中学生に歌わせてみたいと思うが誰かやらないだろうか。

131119 秘密暴露

TPP交渉は秘密裏に行われていて憂慮だが、一部内容が漏れたというニュース。
ウィキリークスが知的財産に関わる交渉文書(途中の過程にあるものらしいが)95ページを手に入れて公開した。
どうやって手に入れたか分からないが、あれほど秘密秘密といっていたのに暴露されるとはちょろい秘密だった。
秘密保護法案ももしかしてウィキリークスにかかればチョロいものかも知れない。
だけどやはりあくまでこれを許すわけには行かない。
情報は国民のものであって国家のものではない。
悪魔集団はちょっと世論が危ないと見るとちょろちょろと妥協案みたいなものをのぞかせるが引っかかってはならない。
官僚が書いた内幕暴露本が出ているが、どうなのか。
「原発ホワイトアウト」
官僚も著者も疑ってかかる必要はあるが、一見に如かず。
外交にしても軍事面(防衛)にても、どんどん官僚に暴露してほしいものだ。
今なら間に合う?か?。

131118 拙速

いよいよ燃料棒の取り出しが始まった。
落下実験を32mじゃなくて17mからやった。
それは23年前のこと。
それも東電自身の実験でない。
まったく「念には念を」がなされていない。
拙速だとしかいいようがない。
絶対ということはありえないことだが、この作業については絶対失敗しないことが求められる。
ドクターXではないが米倉涼子ちゃんの出番である。
なんて冗談は言っておられない。

秘密法案に野党の一部が歩み寄りみたいな。
本質は変わらずに周りだけの修正なんてくそのふたにもならない。
どうしてもやり通すつもりか無茶拙速。
戦争の出来ない国、しない国から戦争の出来る国、する国への180度転換につながる法律だ。
猫に小判、じゃなくて豚に真珠、じゃなくてきちがいに刃物だ(一部ことばに不適切な表現が混じっております)。
熊に鉄砲、悪魔に銃、おぼっちゃ魔に戦車と言ったところか。

拙速な判断はリスキーだ。
拙速な行動はよりリスキーだ。
絶対はないが絶対廃案だ。

131117 未知の世界

「新明解国語辞典」第5版によると、「読書」の項は、
[研究調査や受験勉強の時などと違って]一時(イットキ)現実の世界を離れ、精神を未知の世界に遊ばせたり、人生観を確固不動のものたらしめたりするために(時間の束縛を受けること無く)本を読むこと。[寝転がって漫画本を見たり、電車の中で週刊誌を読んだりすることは勝義の読書には含まれない]
とあるらしい。
単なる[本を読むこと」という当たり前の字義でなく、長々と書き連ねてあるところがおもしろい。
図書館へ行ったり本屋さんへ行ったりするとなかなか出てこれない性分のものとしては、なんだかうれしくなるような解説がしてある。
<なお、この前の高校生のゴンクール賞のことと、この国語辞書のことは、[オール読物」9月号から参考にした>
現実の世界を離れ、精神を未知の世界に遊ばせたり、人生観を確固不動のものにしたりするために・・・することは本を読むことのほかにもあると思う。
たとえば映画鑑賞、演劇鑑賞、絵画の鑑賞などである。
それは少しほかにおいといて、漫画本や週刊誌は読書に入らない。
し、新聞もそうだし、研究論文や受験参考書なども読書ではない。
それは分かるが、もう一つ条件があって、時間の束縛が無いときにするということがある。
自分の場合を考えると、前にも書いたかも知れないが、時間の束縛のない今よりも時間の束縛の大きかった現職時代の方が読書量は多かった。
すぐ眠たくなったり眼が悪くなって文字が読みづらくなったということも考えられるし、理解力の低下?があるのかと思ったりもする。
だから何をいいたいのかというと・・・何をいいたいのか分からなくなった。

ただこの辞書の定義がおもしろそうなのでほかの言葉はどうなっているのか知りたくなってきたのと、前に話題になった三浦しをんの「舟を編む」という本が読みたくなってきたということだ。
ので図書館に予約を入れた。

131116  肩すかし

通尾秀介「カラスの親指」読了。
夕べというか今朝の午前3時45分までかかった。
ので眠たい。
最後はちょっと肩すかしをくらった。
だんだんハードボイルド的に盛り上がるが、一転へなへなとなってしまった。
緊張のあとの弛緩である。
好みとしてはへなへなよりもハードボイルドで終わってほしかった。

今度の直木賞の桜木紫乃の「ホテルローヤル」のなかの短編3編も読んだ。
さびれたラブホテルを舞台にいくつかの人間模様を描いたの。
乾いていてしかもさくさくとした文体で読みやすかった。
ラブホテルだから当然そういう場面もあるにはあるが、嫌らしさがないしさくさくっと書かれている。
むしろそういう場面よりも、普通の生活者の日常的な風景の方に作者の視点はむけられているのでそういう場面を期待して読むと肩すかしみたいなことになる。
でもおもしろかった。

それはそうと一昨日まで見えていたシャンカールの写真はパソコンでも見えなくなった。
見えるようにするやり方が分からない。

131115 読めば分かる



散る紅葉残る紅葉も散る紅葉
桜のぱくり。
良寛さんの句だったか?
特攻隊の心情に合うとか言ってもてはやされたとか。

それはさておき、俳句をこの頃作っていない。
といっても素人の趣味だっただけで大したことはない。
作ろうという気分がないとやはり作れないものだ。
芭蕉は生涯1000句ほど。
一茶は生涯20000句。
2万句だなんて無茶苦茶作ったものだ。

昨日シャンカールとメニューインの写真を載せたが、今日それを別のに差し替えた。
なかなかうまくいかなくてやっと差し替えられたと思ったら、アイパッドで見るとそれが見えない。
パソコンで見ると差し替えた写真が見えるのだが。
どうしてかまたいろいろいじくってみたがうまくいかなかった。
そのままにしてある。

読書の秋だが秋も深まってもう冬みたいなものだ。
「世界」は読んでも読んでも追いつかなくて、先々月号をやっとというときぐらいに今月号が来てしまう。
それに図書館で借りたのもあるし買ったのもあるしでますます未読が増えていく。
多読のこつは一度に数冊を読むことだそうである。
あっちに手を出しこっちに手を出しとするには雑誌はそれがうまくいくが、やはり小説は一冊を読み通すのが分かりやすい。
速読というのをやってみたことがあるが、自分はその能力がないらしくうまくいかなかった。

読書離れが言われて久しいが、スマホが出来てなおさららしい。
スマホでもダウンロードで本は読めるらしいが、どうなのか。
ライトノベルというのがあるそうだがそれでも読書ならそれでもいいと思うのだがどうだろう。
新聞も雑誌もスマホで読めるらしいし。

フランスの高校生のある取り組みのことを読んだ。
フランスでは日本の直木賞や芥川賞みたいな賞であるゴンクール賞というのがある。
やはり何冊かの候補作があってそれを審査員が選んで賞を決するそうである。
そのゴンクール賞を高校生版として高校生が候補作を全部読んで賞を決める部門?があるのである。
ある高校の教員が思いついて高校生に読書を勧めるために始めたことだそうであるが、今では全国に広がって高校ごとにまず賞の候補作を決めて地区で持ち寄ってまた協議して決めて、地区の代表が全国で集めて最終的に賞を決めるという、いわゆる日本で言ったら読書甲子園みたいなものである。
ので本選のゴンクール賞もさることながら高校生版のゴンクール賞も馬鹿に出来ないものとなっている。
日本でもそれを真似して日本版高校生直木賞みたいな取り組みを始めたところもこの頃出てきたとあった。
地方の学校で卒業したら読書から遠のくだろうみたいな学校で取り組まれていると。
やはり卒業しても読書に関心を持ち続けることが出来るという。

131114 シャンカール

シャンカール



今日はトマトハウスの片づけにほとんど一日かかってしまった。
それに白菜を少し収穫した。
だいぶん虫に食われている。
特によとうむし。
収穫したのを運んでいるときに一匹こぼれ落ちたので拾って川に捨てた。
魚に食べられるように。
よとうむし、変換すると与党無視になった。

しかし秘密法案、ひどい。
ニュースによると、国会では与党は何が何でも早く通して採決してからでも改善すべきところは改善すると担当大臣(森という人)が述べている。
自分で言っていることの意味が分かっているのか。
こんな与党政治家なんてお粗末すぎる。

話は変わって、相変わらずビデオ編集しているが、昨日はラビ・シャンカールのをやった。
ジョージ・ハリスンが傾倒した音楽家だが、70年代当時そのシタールという楽器の音色はすごく新鮮に響いた。
ヴァイオリニストのユーディ・メニューインもその音色に魅せられたのだろう。
シャンカールとのコラボのレコードを出した。
「ウェスト・ミーツ・イースト」というタイトルのレコード。
その中の曲が大変気に入ってよく聴いたものだったが、その曲をビデオでやっていたのだ。
動画で見られるとは驚きと共に興味津々、曲も懐かしく聴いたのだった。
録画をしたときに見ているはずであったが、こんな映像があるとはすっかり忘れてしまっていた。
メニューインもシャンカールもすでになくなっているが貴重な映像だろうと思う。
シャンカールの娘のノラ・ジョーンズはジャズ歌手になったし、もう一人の妹のアヌーシュカは父親譲りのシタール奏者となっている。

131113 親指

今日は芋の皮むき。
昨日洗った芋を少し蒸して熱いのを手でむく。
実は昨日洗いすぎで表面の皮を取りすぎだった。
取りすぎると皮をむくときむきにくい。
厚い皮を取りすぎてしまったのだ。
アサイチでやっていた土を落としたくらい厚皮の残っているのを蒸してむくとするりとむけるらしいのだ。
で失敗した芋を何十個とむく羽目になったのだ。
自分は右利きだが、むいているとき気がついた。
むくときは左手の親指の爪でむくとむきやすい。
左利きの人はその反対だろう。
右利きだから右手の親指でむくのかと思うがそうではない。
左手の方が断然むきやすい。
その左手の親指の爪を堅い芋に引っかけてむいたら深く食い込んでしまって、むくときに痛くて左手の親指でむけなくなった。
仕方がないので左手の人差し指や右手の人差し指などを使ってむいてみたが、やはり調子がよくない。
左手の親指をどうしても使いそうになってしまう。
これまで全然気がつかなかったが、左手の親指の効用というか便利さというか、隠れたところで活躍してくれるものだ。
葡萄の皮をむくときもやはり左手の親指と人差し指を使う。
しかし人差し指と親指を使うのなら右手を使ってもそんなに苦もなく出来る。
後は考えてみるに細いもの持ったりするのは右手が多い。

昨日は所属しているあるMLで話題になった道尾秀介「カラスの親指」という本を借りてきた。

131112 ノマドnomad



今日は芋掘り。
里芋である。
葉の高さは大人の身長くらいの高さになった。
芋名は円空芋(エンクウイモ)。
近年その名が知られるようになったというか、今日初めて知った。

それはともかく表題のノマド。
英語ではノウマッドと発音。
ネットの知恵蔵によると
・・・ノマド(nomad)は、英語で「遊牧民」の意味。近年、IT機器を駆使してオフィスだけでなく様々な場所で仕事をする新しいワークスタイルを指す言葉として定着した。このような働き方をノマドワーキング、こうした働き方をする人をノマドワーカーなどと呼ぶ。・・・とある。
新しい働き方として注目されているみたいであるが、派遣や非正規が増える中で出てきた一種の働き方。
決してそれで人生が変わるほど有意な働き方ではなく、実際は非常に一部を除いて年収も少ないし、みんながみんなそれで成功しているわけでもない。
何せIT機器を使っての仕事である。
にわかには具体的にどんなことをしているのかも見当がつかない。
いずれにしても雇用環境の変化による産物である。
まあまた言うが新自由主義の落とし子みたいなもの。
でも永遠に続くとは思えない。

この言葉を知ったのは、久しぶりに石田衣良のIWGPの最新作のノマドを取り扱った話を読んだからだ。
「オール読物」9の「西池袋ノマドトラップ」前編。
やはりパソコンを使ってネットカフェみたいなところで仕事をするということが出てくる。
今回、作者石田衣良が作中に出した音楽は、ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」だった。
これは多分聴いたことがある。
主人公は今はやりのCDでなくネットからのダウンロードで聴いている。
我が友人も最近はネットからのダウンロードでよく聴いているし、音もCDよりもいい場合があるという。
相変わらず現代のトレンドを取り入れた小説である。
後編は10月号だが、貸し出し中だった。

131111 教育強育凶育競育驚育恐育狂育狭育怯育・・・

今日は教育の問題
いじめ、不登校、暴力、子どもの貧困、教科書問題、歴史教科書、道徳の教科化、英語の導入、雑事多忙化、心を病む教員、免許更新制度、学力テスト、大学入試変更、30人学級なかなか、教育委員会制度の見直し、学校の民営化などなど。
数えだしたらあれもこれもの問題だらけ。
教員定数改善は少子化でチャンスなのに財務省は金のことばかりで文科省の言うこと聞かない。
財務省の官僚と文科省の官僚とあるいは省庁間での人事交流をして、金より命の政策に切り替わるようさせたいものだ。
現場の実体が分かる官僚でなければならないが、そういう官僚はいるのだろうか。

学校の民営化を考えているらしいが、いよいよ新自由主義の大波到来である。
国鉄の民営化、郵政の民営化の次は教育だと言っていたのが目の前に来たのだ。
教育基本法の改悪はしたし、学校も民営化すればできあがりというわけである。
そして次は憲法改悪。
もはや同時並行的に進められていると言ってもいいだろう。
子どものことより国家。
国民のことより国家。
国家が先なのである。
国家があっての子ども、国民。
行き着くところはやはり憲法改悪みたいである。

131110 えん罪

映画「約束」を見てきた。
仲代達也きききりん山本議員など出演。
毒ぶどう酒事件奥西被告の話。
王冠の嘘、毒とされたニッカリンTの嘘などからえん罪であることは否定できるものでなさそうであるが裁判所は認めない。
映画の後で話された稲生さん(特別面会人)の話がよかった。
裁判所の非情さがわかった。
裁判官のいい加減さ?とも言える。
彼らにも出世という世俗的な世界があって前の判決を覆すと言うことが出世に響くというか、そのためになかなか覆さないという。
ことは死刑という一人の死がかかっているのに目をふさぎ利己に走っているのだ。
今の秘密保護法案が通るとますますえん罪が増えるのじゃないかと稲生さんは言った。

もうひとつ。
昨日もその前にも書いたがフクイチ4号機の燃料取り出しの件。
あるHPを見ていたら、広島型原爆の14000発分の放射能を持っていると。
水中作業だが、中は曲がっているところもあるかも知れないのでまっすぐ取り出すことは難しいかも知れないし、まとめた分をクレーンでつり上げて落としでもしたら日本はおろか北半球は滅びるみたいなことが書かれている。
だから東電まかせは危ない。
国の力でも危ない。
だから世界の叡智と技術を集めるべきだと。
前から言われていたことだが、また大地震が来てプールが壊れたり水が抜けたりしたら大惨事どころか世界の終わりになるかも知れない。
完全にコントロールなんてことは夢の話だ。
国を守るなどと言うが、これでは守れない。
これはえん罪ではなく、正真正銘の犯罪である。

131109 悪魔の水

トラクターで全田んぼの田起こし。
10時から始めて5時まで、6時間ほどトラクターの上。
来年は9時から始めよう。
田んぼの至る所に青山あり、
じゃなくて至る所に鹿の糞あり。
夜は鹿の運動場になっていた。

NHKの委員のことでまたまた好き放題している。
昔の家庭教師まで入れているよ。
おぼっちゃ魔にもほどがある。
ので今回また改名ニックネームを作った。
熊は熊でもあ熊、つまり悪魔ということにしよう。
おぼっちゃ魔悪魔である。

それはともかくフクイチ4号機の燃料取り出しのことが新聞に出ていたが、うまくいけばいいのだが一つでも失敗したら最悪のケースになるだろう。
前にも書いたが、非常に心配。
青々とした水をたたえたプールの写真が出ていた。
見るからにきれいで美しく見えたが、猛毒劇毒の水なのだ。
国会の中も猛毒劇毒の水であふれている。
悪魔の水である。

131108 一点突破



岩屋ダム湖は正式?には、東仙峡金山湖という。

今日は田んぼに肥料まき。
秋の収穫後に田んぼを起こすがその前に行う。
10㎏から15㎏ぐらいを背負ってまくので結構疲れる。
腰を痛めないように気をつけてやったが、それでもやはり痛くなった。

夜は数学教室。
確率の話の続き。
今日は戦争と確率。
いかにして勝つかを確率で考える。
数が多い方が勝つ確率はやはり高いのだが、人数が少なくても勝つにはどうするか。
相手を分断して少ない人数のところをこちらが多数でやっつけるという方法。
それが一点突破の方法。
そしてバラバラにならずに集中する。
ナポレオンがやった方法である。
昔からこういうのは分かっていた定石らしい。
こういうやり方を戦争でなく平和につなげて行くことも出来るのだろう。

数の多いおぼっちゃま軍団に立ち向かうにはどうするか。
分断してこちらが多数でやる・・・のか。
2,3人呼び出して10人ぐらいで集中して説得する。
・・・って、夢みたいな話だ。
時間がかかるし。
やはり大衆を組織することか。
10人が10人に当たって20人。
20人が20人に当たって40人。
40人が40人に当たって80人。
これを20回繰り返すと1000万人を越える。
なんとかの皮算用になってしまうが、やはり物事は地道が大事。
九条の会の署名集めも地道にやっていこう。
しかし今の事態は風雲急を告げているといってもいい。
なにかいい方法はないものか。

131107 ストレス


OB会@美輝の里in馬瀬in下呂

うちから約1時間。岩屋ダムの紅葉を期待していったがそれほどでもなくそれくらいでもありそんなもんだろうぐらいな感じだった。写真は今日の帰りの時の写真。曇り空で雨もぱらついた後で、もやにけぶる摩周湖、でなく岩屋ダム湖である。

昨日のOB会は出席10人、温泉に入って宴会やって近況しゃべって寝るという段取り。
みなさんの近況を聞いていると、退職してそれぞれ地域でまたもっと大きな場で頑張っている(頑張るという表現は使いたくないが)みたいだなと。
FM放送のパーソナリティだったり、私立の学校の講師だったり、古文書の講師だったり、支援員だったり、社会福祉関係だったり、けん玉講師だったり、九条の会の重鎮だったり、合唱団に入っていたり・・・人生もいろいろ、楽あれば苦あり、順風満帆というわけにも行かないところもあるが、みなさんそれなりにそれなりの人生を歩んでいらっしゃる。
身体の衰えはやはり逆らうべくもないが、心のゆとりは現役に比べればあるし、その分ストレスも少ない。

ストレスがあるとすれば共通して言えることは今のなりふり構わぬやりたい放題のおぼっちゃま熊が作り出した状況である。
NSCをわずかの時間で通し、秘密保護法案に行こうとしている。
国会は全体主義的、大政翼賛会的雰囲気になってきたのじゃないか。
ストレスどころか命まで危なくなってきているのじゃないかと思わざるを得ない。
のだが。

131106 選択肢

今日はOB会@美輝の里in馬瀬

堤未果さんの「貧困大国アメリカ」は読んだが、続編はまだ。
「世界」11でも書いている。
公教育の市場化。
公立の学校は学力テストが低いと廃校になることがある。
バウチャーによって選ばれなければ子どもの数も減り学校設備や人件費も削られ悪循環に陥るのだ。いかにも選択肢が増えたみたいで良さそうな制度だが結局強いものがちになる。
で、学力テストが低いと公立校がバッシングされ教育の民営化に向けて政策が作られ、結果を出せない教師は解雇か非正規に回され、組合も解体されていく。
公立校の給食はひどいそうである。
手軽で安価、栄養はない。
という子どものためでなく利益のため、経営のためという、新自由主義政策が持ち込まれている。

そのほか刑務所の民営化という記事も驚き。
囚人を安上がりな労働力として使うという手法。
そのために囚人を確保する刑務所の建設ラッシュ。
囚人を増やすための法律を作って捕まえまくる・・・という主客転倒みたいなことまで。
まさしくなりふり構わずのやり方。
で、堤さんは、国家の株式会社化だと言っている。
その上で「国家の株式会社化は、1%の側から仕掛けられた、多様性に対する攻撃だ。それは日常のあらゆる場所で問いかけてくる。私たちが人間らしく生きるために、決して失ってはならない選択肢のことを。」
と結んでいる。

131105 少子高齢化

デイブ・ブルーベックのビデオを見ていたら、最後に「テイク・ファイブ」をやっていた。
ジャズを聴くものにとって基本中の基本の曲?だが、何となくこの頃はバカにしてという訳じゃないが聴かないでいた。
久しぶりに聴いたがライブだけあって編曲もしてあって懐かしくもおもしろく聴けたのだった。

紅葉の写真を撮ろうと思って少し地区を回った。
今年の紅葉はどうもあまりぱっとしない。
色がくすんでいる感じで鮮やかさがイマイチだと思った。
でもひとまず撮ったので一番いいのをフェイス・ブックのカバー写真にしようかと思う。

我が村の人口調査の紙がおいてあった。
大まかな年代別の数とパーセンテージが書いてある。
少子高齢化がはっきりと出ている。
特に、60歳以上でいくと全人口の60%。
中学生以下が6%。
驚くべき数字である。
都市部と比べてもダントツの高齢化率だろう。
生活のあらゆる分野に影響が出てくる。
我が村においてこれからどんな影響が出てくるか具体的に考えてみたい。
またそれに対しての対策を立てるとしたらどんなことがあるのかも。

131104 吹っ飛ぶ懸念窒息

今日もジャズビデオのハードディスク化に取り組む。
ゴンサロ・ルカルバカという舌をかみそうなキューバ生まれのピアニストの1991年の演奏あり。レノンの「イマジン」をソロでやる。ほかにもチック・コリアとのデュオもあったが、よくあんなに指が複雑に速く動くと感心する。スタンリー・ジョーダンのギターは特殊奏法を初めて見たときは驚愕したが見慣れると当たり前にも思えるがしかしやっぱりすごい。お得意の「枯れ葉」をやっていた。などなど懐かしの映像集だった。
今日の東京中日新聞全開
1澤地久枝女史 憲法全部吹っ飛ぶ 秘密保護法案に懸念 この国の言論は窒息
2米国と中東ぎくしゃくケリー長官修復へ歴訪 エジプト 支援凍結に反発 サウジ 対イランに不満
3パキスタン米との関係「見直す」 無人機攻撃タリバン和平を妨害
4教諭の残業増加 1ヶ月あたり95時間32分 全教調べ
秘密法案を秘密裏に通したい奴らにとって1のような記事は一番目障りだろう。出来ればシリーズ化して書き続けてほしい。アメリカの影響力に陰がさす中東とアジアのことを2と3で読める。アメリカ離れが進んでいるのにどこやらの国はまだまだ追随。これってこのごろわざとじゃないかと思える節も。すなわちアメリカ追随と見せかけてあるいはアメリカからの要請と見せかけて実は自らの意志で憲法改悪にまで進もうとしているのじゃないか。アメリカーがあまり言うモンだから仕方なしにやっているんだよー、と見せかけて、ほんとはね昔からやりたかったんだよー。(ぺろりと舌を出す)てなこと。全教の調査を載せたことは良心的。それにしても教師の残業、いつまで経っても改善しない。改善させようとしないからだが。それに心を病む教師の増加のことも。おかしな方向へおかしな方向へと行きつつある教育。必死でそれでも現場に向かっている教師を思うと心が痛む。

131103 偽装擬装

午後に雨も降ったし一人だったのでジャズビデオのハードディスク入力をした。
だいぶんDVD化は進んだがまだ30本ぐらいある。
そのうち見応えのあるものや歴史的価値のあるものをDVD化することにした。
この間は、ピアソラ本人が演奏しているものを見つけた。
増尾好秋がロリンズのバンドでやっているもの、ディジー・ガレスピーが歌も歌いながらサービスしているもの、マッコイ・タイナーのバンドでヴァイオリンを弾いているやつ、バディ・リッチの楽団、ステファン・グラッペリやジャコ・パスのビデオなど今となっては珍しいものがあった。

食品擬装ばやり?である。
このところの最大は米の擬装。
こんなことをされては米農家としては大憤慨だ。
ホテルのメニューの擬装もしかり。
もはや2つや3つでなく全国に数限りなく存在することだろう。
牛肉に脂を注入したとか。
エビとか。
スーパーの食品も、いくら産地が書いてあったりしても信用できるか分からない。
すべての食品の信用度はがた落ちだろう。
町の豆腐屋さんが廃業に追い込まれていて激減しているそうである。
豆腐の材料の大豆も国産はほんの少ししかないらしい。
ということは外国産、特にアメリカが多い。
遺伝子組み換えも相当混じっているということだ。
TPPに絡んですでにそれに備えるべく収量の多い米を作るとかをしている農家のことをこの間テレビでやっていた。
メディアももうTPP容認にシフトし始めているのじゃないかと思われるニュースだった。
考えすぎだろうか。
減反政策やめるとかのニュースもそうである。
農家に競争力を付けるためとか言っているが、今でも儲からない農家なのに競争で儲かるようになるなんてことは夢の話だ。
すべてTPPに向けての地ならし話だ。
食品擬装も新自由主義の弊害。
豆腐屋さんの廃業も新自由主義の弊害。
農家に競争力も新自由主義の弊害。
じゃないか。
と思う。

131102  真昼でも輝く


平和の集い2013に行ってきた。
今年は池田香代子さん。
「世界がもし100人の村だったら」という本はシリーズ本になっていて、食のことやエネルギーのことの本もあるみたい。
で、いまの改憲策動派の暴走ぶりをいろいろ語ってもらった。
暴改憲党が作った憲法草案は、憲法がどういうものであるべきなのかを知らない面々が作ったものだと断言。
歴史に無知、憲法に無知の面々が作ったものであると。
直訴の手紙にもふれて、やはりそれも無知から来るものだと。
直訴については、今日の東京新聞に出ていたように直訴人を攻撃する前におのれらがどれだけ「象徴」を利用してきたかを考えよと。
天に向かってつばするようなものだと。
要はダグラス・ラミスさんが書いた本のように「憲法は政府に対する命令である。」ということが分かってないということだ。
と。
最後に副代表が述べていたように、現在の3点セットは歴史を変える大問題。
すなわち、秘密保護法案、日本版SNC、それに集団的自衛権の見直し。
全部が戦争策動につながる。
すなわち九条改悪。
すなわち憲法改悪。
誰がいったのか「憲法は真昼でも輝いている。」は印象に残った。

131101 危惧

夕べは野球のことを書こうと思っていたが結局眠たくなって寝てしまった。
川上がいた頃の巨人。
広岡、藤尾、藤田、などもいた。
小学校5年生ぐらいのときに、おばさんにグローブを買ってもらって、ガキグループで田んぼ野球に興じていた。
昔の田んぼは今ほど大きくなくて畦でいくつもに仕切られていてちょうど畦で囲まれたところが正方形に近く1塁から2塁、3塁、ホームとなっていたのだった。
そこで野球といっていたが実はソフトボールをやっていた。
打ったボールは畦に当たったり元々でこぼこしているからイレギュラーが多くてどこへ行くか分からず、それなりに困ったがおもしろかった。
稲刈り後の秋にしかできなかったが、2,3年はやっていた。
田んぼが使えない夏とかは神社の境内が定番。
これも少し小高い拝殿のあるところにボールがいったらホームラン。
でも拝殿の壁にボールが当たって穴があき大人に叱られた。
野球の話おわり。

フクイチの4号機の燃料棒取り出しを近々始めそうな雰囲気だが、それはよい。
よいが非常に心配。
ほんとに事故らずにすべてを安全なところに移せるのか。
その技術は完璧でなければならないが、その力はあるのかということである。
地元のみならず日本のみならず世界の安全がかかっているのだ。
地震が起こるたび4号機を心配していた。
完璧な作業の出来ることが整ったらやってほしいが、政治家は毎日交代で視察に行ってほしい。
と思う。
プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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