131231 安寧と平和

早1年、大つごもり。
私的なことを言えば、配偶者の定年退職、老母の衰退介護に、次男の結婚、長男の子ども誕生(初孫つまり発爺)とちょっとした家庭内事件が多発した年だった。
自分的にはあまり変わりがないが夏に腰痛を患い山登りもそうだがいろいろなことに影響を及ぼした。
毎年恒例の首都探訪も出来なかった。
お寺の役、神社の役、田んぼの役と役づくしの身であったが、公民館の役まで回ってきてしまった。
読書量も激減し、ライブも回数が減り、先にも書いたように登山も減った。
増えたのは今年の米の収量ぐらいか。
昨年に比べて相当増えた。
ということで来年は減ったものを取り戻すことが目標である。

それはともかく、ブログを始めたことは大きな出来事だった。
振り返ってみるとあまり大したことは書いてないが、今年は政治の季節だった。
某JM党の復活で最もなってほしくなったやつが返り咲いてしまった。
一度投げ捨てたものが返り咲くなんて常識では考えられない。
なるやつもなるやつだがならせるやつもならせるやつで最低の党が最低の人物を選んでしまったという最低の年だった。
政治家の常識は一般国民の非常識だ。
といっても某ベア一族とその郎党ども、そして、これを持ち上げたり寄り添ったりするおちゃらか集団のことであるが。
この秋の国会では秘密法のことで暴虐の限りを尽くしてくれたが、このことについての記事が結構多かった。
というようなことは再三書いてきたが、ほんとに奴らといったら単なる政治屋で政治家ではない。

 雪          三好達治
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降り積む
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降り積む

現在雪は積もっていない。
しかし、しんしんと降る雪がこの夜には似合う。
薄汚れた有象無象どもが雪の下になって白銀の美しい世界が静かに表れてくる。
そして真の安寧で平和な世の中が開けてくることを願って2013の締めとする。
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131230 ちょっと一休み

五木寛之青年は荒野をめざすという小説があった。
対談で老人は荒野をめざすと言った。
「こうや」って好々爺の「好爺」とかけたのかと思った。
鹿島祥造の生き方、ETVでやっていた。
求めない自分
受け入れる自分
60ぐらいで家族を離れ職をやめ伊那谷へ引っ込む。
90歳
自由な生き方
今日はちょっと休みだ。

131229 記憶と忘却

このごろ物忘れがひどい。
人の名前はもちろん、一般名詞まで思い出せない。
それと配偶者が以前に言ったことが全く記憶になくて、それは聞いていないというと忘れただけだという。
まったく記憶の底にも残っていないことである。
忘れると言うことは記憶にあったことが無くなることであるが、記憶もしてないことは忘れるわけがない。
というのは理屈に過ぎないかも知れないが、それほど忘れるということが我が身に起こっているみたいである。
アルツハイマーという病気があるが、自分の物忘れはそれかも知れないと思ったりもする。
人前で話をするのが何故か怖くなる。
突然言いたい言葉が浮かんでこなくなるのだ。
あれよあれあれ、あれってなんて言うのだっけかなーと思って話が突然止まってしまうのが怖いのだ。
日記やブログを書いていても、言いたいその言葉が浮かんでこずにしばし思い出すのに時間がかかる。
似たような言葉や周辺の言葉をネットで検索したりしてやっとそれが見つかることもある。
歳だからみんなそうなるらしいが自分だけは特にそれが顕著でひどいみたいなのである。
忘却に忘却を重ねていけば何も残らなくなってそれはそれでおめでたいというかある種幸せかも知れない。
しかし、やはりいやだな。
ということでとにかく書くことにより少しでも言葉をつないでいこうかなと思っている。
忘れるばかりだから新しいことはほとんど入ってこないが、読書も続けたいし映画なども見たいと思う。
ネットでは人のブログを読むことも刺激になる。

131228 oblivion忘却

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昨日買った古澤巌「ロクサーヌ」
アイポッドに入れた。
古澤巌というヴァイオリニストは知らなかったが、昨日初めて知った。
葉加瀬太郎は知っているがあのような人だ。
なかなかのテクニシャンでありうまい。
チャルダッシュのような超速い曲でも難なく弾いてしまう。
このアルバムには「オブリビヨン」という曲が入っていたので買ったのだった。
ピアソラの曲である。
これまでにオーボイストのラオス・レンチェスのアルバムやアコーディオンのリシャール・ガリアーノがミシェル・ポルタルと競演したアルバムで聞いていた。
ミシェル・ポルタルはクラリネット、サックス、バンドネオンなどのマルチ奏者だがここではクラリネットを吹いている。
ラオス・レンチェスのオーボエもいいし、ガリアーノ、ポルタルの競演もいい。
ピアソラがやったのは聞いたことがないが、いろいろな楽器で演奏しうるところがいいし面白い。
古澤巌のヴァイオリンも甘い音色ながら哀愁が漂ってそこはとなさが出ている。
オブリビヨンは忘却という意味であるが意識のそこに沈んでいく様がよく曲想に出ている。
この哀愁感がまことに心地よいのである。
なおこのアルバムには、ヘンデルの「涙の流れるままに」も入っている。
美しいメロディの曲である。
「ロクサーヌ」はスティングの曲であるみたいだが、かつて映像でスティングがこのロクサーヌを歌うのを見たことがあった。

131227 東儀古澤COBA

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東儀秀樹+古澤巌+COBAのコンサートに行って来た。
ひちりき、笙、ヴァイオリン、アコーディオンの3人とバックにピアノ、キーボード、ギター、ベース、ドラムスの合計7人バンドであった。
最初に「アメイジング・グレイス」。
次がエリック・クラプトンのTears In Heaven
あと、yesterdayとか「黒い瞳」とか「リベルタンゴ」とか・・・
最後はHey Judeで乗らせて終わり。
音色というかジャンルの異なる3人であったが、なかなかどうしてこれが合うところがありおもしろかった。
曲はバラード系の曲が多く、クラシック的なものやポピュラーな曲、ビートルズなどなど多彩。
あのひちりきの音色が何とも情緒的。
ある種懐古的。
ヴァイオリンも甘くてエネルギッシュでなかなかの味わいだった。
アコはやや音が大きすぎて破れた感じもあったがさすがプロ技巧もかなりのもの。
三種三様の楽しみ方が出来た。
まあしかし最後の方はバックの盛り上げもありのりのりで大騒ぎの感じだった。
ということでまたCDを買ってきた。
買った人には握手会で握手という趣向だったがせずに帰ってきた。

131226 とんでも官邸団Ⅱ

配役:とんでも総理(ベア=クマ)、ガス官房長(ガス)、やぶにらみ幹事長(ヤブ
クマ:秘密法は通ったしあとは集団的自衛権と改憲だな。よろしく頼むよ、ガス君にヤブ君。
ガス:まずは沖縄ですな。予算のアメは成功でしたな。
ヤブ:議員らは脅したらいちころでしたわ。
クマ:君の藪にらみは怖いからねえ。
ヤブ:絶叫するよりはましですよ。
クマ:反対する奴らはバシバシバッシングしてくれ。ガス君は形ばかりの公聴会でガス抜きやってくれ。
ガス:首都はどうします。
クマ:せっかく嘘ついて五輪を持ってきたのに、泥を塗りやがって!こんどは金もらっても隠し通せるやつを選ばんとな。
ガス:私らみたいにですか。
クマ:そうだ。俺らの事は俺らを防衛する特定秘密だから60年は安泰だよ。ひひひ。
ヤブ:でも家庭内野党には気を付けてくださいよ。
クマ:FBや携帯、時々見られてるからなあ。
コマサ乱入:私の携帯メール見られてないでしょうね!
クマ:ああ、あの晩の事ね。大丈夫、涙を見せた君のことを慰めただけだと言っといたから。
コマサ:それ以上は言わなかったでしょうね!
クマ:ははは、それも特定秘密にしとくよ。
ガス:あとは北に韓に中、それに原発ですか。
クマ:奴らのことはメディアにたたかせておこう。
ヤブ:しかしバラクさんがこのごろ冷たいっすねえ。くにやす行ったら失望したと言ってますぜ。
クマ:どぎまぎ。あれ、失望って悪いことなの?
ガス:あれ、昔、家庭教師が二人ついていましたが、習いませんでした?
クマ:ああ、知らない。だってぼく、とーだいにも行けなかったモン。
ヤブ:こうなったらバラクさんが喜ぶように北をたたきますか。F35も買うことですし。
ガス:コノヘも多分こっちのもんになりますし。
クマ:そうだな。まあしかし、KHNもすげ替えたし原発も嘘つきまくっていればほんとになるって言うから、嘘つきまくろう。そしてナワオキみたいに口から出任せで札束ちらつかせてやりたいほうだいだー。
・・・60年後の公文書館から見つかったテープより

131225 金かね



某中日新聞見てたら来年度予算のことが出ていた。
で写真のような人物が出ていた。財務相。
で、思った。
よくぞこのポーズを出したと。
きっとわざと出したに違いない。
なかなかセンスあるじゃないか。
似ているでしょう、この顔、ポーズ。
それで少しいたずら書きをしたのだ。
「ナチスの手口に学んだらどうだ!」

どうもその手口が現実化しているみたいで怖い。

それはともかく、予算のことだが。
ステルス戦闘機F35を4機買うのだって。
一機159.5億円。4機で638億円。
それにまだ何かオスプレイの調査費とか何かで数億円。
道徳の教科書で14億円か。
やはり回すところが違う。

131224 恩

銃弾を提供するについて韓がそんなもん国連に頼んだらくれただけであってとかいっている
日は韓がいったとかいってもめているが、恩着せがましいことをしたからいやがっただけ。
恩着せと既成事実作りで一石二鳥をねらったところだが肩すかしといったところか。
しかし、既成事実作りはこのまま見過ごすことは出来ない。

NHKの八重の桜の女優がインタビュー中、せりふの中に「国を愛するということは国民一人一人を愛するということだ。」という言葉を紹介していたが、いいせりふだと思うがインタビュワーはさらりと流していた。

今日は駆け足で映画2本を見てきた。
いずれも時代劇もの。
しかし、どれもそれほどの感動はなかったから書かない。
映画のことはあまり得意ではないが、シネックスとかいって混合映画館?がいくつもあって映画がたくさんあるが、そのなかでいいものはいくつあるのであろうか。
あまりどうも無いような気がする。
いくつも作っている割にはない。
のではないか。
こんど2月には我が県でも「ハンナ・アーレント」、
という題だったかどうかは忘れたが、
そういう映画が掛けられるそうなので、それは是非行ってみたい。

131223 解釈

ネットで見ると、
「武器輸出三原則は、共産圏と国連決議による武器禁輸措置をとられた国、及び紛争地域への武器輸出を禁止したものであり、他の地域への武器輸出は「慎む」とされているため、武器輸出そのものを禁止しているわけではない。しかし、日本は原則として武器および武器製造技術、武器への転用可能な物品の輸出をしていない。」
のだが、例外規定を作ったり、見直し論が出たり、誰それの談話が出たりしてだんだんとその原則が変わってきたところがある。
いわゆる拡大解釈だったりするわけだ。
今回は例外を認めるということで、「人道上とか緊急性」を鑑みということにしているが、ずるずると例外を作って既成事実化してなし崩しにしていくつもりだろう。
はやばやと集団的自衛権のみならず改憲の下ごしらえをしたように見える。
落ち着いて考えれば九条違反である。
某党にはもう自らの暴走を止めるものもいないらしい。

今日はかの人の誕生日であるが、NHKのニュースとNステのニュースを見ていてやはりそうかと思ったこと。
新聞にも話したことがそのまま掲載されているが、憲法という言葉が2回使われている。
戦後が憲法により平和と民主主義の国になった云々ということばだが、NHKは1回もその部分を出さなかった。
Nステは1回そのところを出し解説者もそのことに言及していた。
皮肉にも?その方の憲法観は正しい。
がそれを放送画面に出さないNHKはどーなのか。
すでに会長の息がかかっているのか。

某党がメディア(新聞)に対して反論集を配ったと出ていた。
秘密法が誤解されてニュース化されているのでその誤解に対して反論するというのである。
東京新聞によると相変わらずの的はずれで反論になっていないという。
よくもそんなものを恥ずかしくもなく出したものだ。
仮にも政治家ともあろうものがである。
懲りない面々、恥じない面々、傲慢無知な面々。
だな。

131222 他人の気持ち

雪も落ち着き道路は溶けた。
一昨日朋有り遠方より来るが普通タイヤだったのでこの雪で心配だったがいつの間にかいなくなっていた。
溶けた頃に帰ったかしら。
しかし光陰矢のごとし、あと数日で1年が終わろうとしている。
としをとればとるほど過ぎ去るのは速くなっていく。
朝起きたらあっという間にお昼ご飯。
さっき食べたばかりなのにと思っていたらまた夕方。
月曜日だと思ったらはや日曜日。
11月が終わったと思ったら12月も終わりがけ。

ウサギを飼っている。
この冬を越すと3回目の冬。
鳴きもせず暴れもせず食べて寝てじっとしている。
ウサギの気持ちになってみようと思うがなれない。
一体どんな気持ちで一日を過ごしているのか。
長いのか短いのか。

その人の気持ちになってみる。
というのは、なかなか口で言うほど簡単じゃない。
うさぎの気持ちもさることながら、年老いた母の気持ち、介護する妻の気持ち、デイの介護者の気持ち。
気持ちを知るにはその人の言葉を聞き、一挙手一投足を見ることが欠かせない。
そこに入り込むことが出来るかどうかだ。
特に介護する人される人の気持ち。
どちらかというと介護する人の気持ちを優先的に考えがちだが介護される方も大事だ。
いずれ自分もその身になることを思うと今からよくよく他の人の気持ちを思うことを訓練?しておかなくてはならないと思う。
上から目線でなく水平の目線で。あるいは下から目線で。

131221 OKINAWA

今日は起きたら20センチくらいの雪。
手でかくのはまた腰を痛めるかと思い除雪機でかいた。
まずは今年一番の雪であった。
除雪機でかいても汗が出た。

防衛秘密とか軍事秘密といえば最も近いのが沖縄。
基地のある周辺の人々はいつもオスプレイが飛ぶのをみたり、戦闘機が飛ぶのを見たりしている。
それを監視するだけですでに軍事秘密といわれればしようがない。
普天間と辺野古の人たちはなおさら濃い。
で、かつて辺野古移設案があったとき、もちろん沖縄は反対したのだが、アメリカの高官は辺野古がだめだったら移設計画地のプランB案というものを持っていたらしい。(「世界」1の記事)
県外か米国領土にあると言ったという。
アーミテージ等もそう言う案を持っていたと。
なのにけなげにもまた自滅的にもまた馬鹿丸出し的にも、また思いこみにもほどがある的にもやっぱり辺野古だと言っている。
筆者は思考停止だと言っている。
でもプランBがあるということがあまり表に出てこなかったのは何故か。
おぼっちゃ魔のあほみたいなおもてなしのせいであろう。
ご丁寧にも沖縄選出の議員を藪にらみデモテロ幹事長が脅しをかけて辺野古を飲ませたりしてやることがやーさん的。
今度の首都決戦と名護市長選は日本の未来がかかっていると言っても過言ではないだろう。

131220 音楽はいい

久しぶりに音とも会。
いい音楽をいい装置で聴く。
クラシックあり、ジャズありその他ありの何でも音楽である。
本日はチベットの声明みたいなものやちあきなおみまで。
もちろんクラシックもジャズもありで。
それぞれこれはおもしろいという曲(CD)を持ってきて聴くのだ。
明田川荘之(あけたがわしょうじ)の「砂山」を聴いた。
ピアノソロであの「うーみはあらーうーみ・・・」をジャズ風にやったの。
あのメロディはやっと中間辺から出てくるのだがさすがにメロディが出てくるとじんと来る。
誰かさんみたいにうなりながらの演奏であった。
自分はキース・ジャレットの「chant of the soil」をかけてもらった。
これは自分が今年聴いた中ではベスト1。
ピアノ、サックス、ベース、ドラムスのカルテットでメロディがやはりいい。
リズムも始めから終わりまで心地よくてベースの音がまたよく、ソロ部分ではつい口ずさみたくなるほど。
キースのピアノもはじめの出だしの部分など気持ちよすぎる出だしで涙もの。
このフレーズをよく作ったと。
1976年の東京ライブだが、今年だったかに日の目を見た。
今年の収穫NO1である。
そして、ローラン・コルシアというやや気障な色男的バイオリンの曲を聴く。
彼はもちろんクラシックの弾き手だが、映画音楽や近年のジャズ的な曲も演奏する。
今日はジャンゴ・ラインハルトとステファン・グラッペリが作った「マイナー・スイング」をかけてもらった。
あとは、ガブリエル・リプキンのチェロの曲を聴いた。
彼は独特の癖のあるオンリー・ワン的な弾き手である。
ちあきなおみの「黄昏のビギン」というのも聴いた。
しみじみしているいい曲だった。
ほかにもいろいろ聴いていたらすぐに時間が経ってしまった。

131219 仏革命

社会科学の講座に行ってきた。
今日はメインがフランス革命。
実に細かくでも余談も交えながら語ってもらった。
第3身分と言われる農民が圧政に耐えかねて自然と集まりいわゆる王制を倒していった。
はじめはリーダー的存在もなかったと言われる。
そして国民会議を作り農地を解放していった。
官邸前金曜日デモみたいなものである。

新聞によるとNYタイムスは社説において秘密法を批判していると。
曰く「日本の危うい時代錯誤」
そして「政府の国民に対する権力を拡大して、個人の権利を弱めることをめざしている」と。
また「政治的に不都合だと判断された情報を政府が秘密扱いにすることが可能だ」とも。
どちらかというとリベラル派の人たちが読む新聞らしいがアメリカでも見ているところはちゃんと見ている。

131218 zero零

零戦ばやりというかこのところ零戦に関することを眼にする。
宮崎駿夫アニメ「風立ちぬ」の零戦。
百田尚樹の小説「永遠の0」の零戦。
今日はNHKでドキュメント風のドラマ仕立ての零戦。
NHKがやるとなんかくさい感じがする。
宮崎氏は百田氏の小説というか映画をぼろくそみたいに言ってるらしいし。
百田氏は自らを右翼エンタメとかいって、南京事件も嘘だと言ってるらしい。
映画はどちらも見ていないが、そのうちどんなモンか見てみよう。
NHKは明日もまた後編をやるので見てみよう。
このところの軍事お宅たちの戦争への邁進ぶりや民の声を無視した脅しや逆上ぶり、人事面でのあからさまな動き、再稼働・新設・輸出などなど目に余ると言うことはこのことだと思うが、ひどい、あまりにもひどい状況である。
これってやっぱりショック・ドクトリンじゃないか。
声を上げ続けねばならない。

131217 岳山たけやま



近くにある山、岳山(たけやま)774mにのぼった。
今回は2人で。
のぼりに50分、下りに40分休憩も合わせて往復ちょうど2時間かかった。
樹間には雪があったがずぼずぼとはまるほどあるわけではない。
それでもやはり急なところでは滑って危ない。
頂上の尾根に出ると、さすがに積もっていて雪を蹴散らし蹴散らし登っていった。
晴れた天気ではなかったが東の眺望は良くて幸い雲が少なく御嶽山がしっかり見えた。
展望台は小屋がしつらえてあり、御岳が見えるように周りの藪や木も切ってあった。
しばし絶景を眺める。
乗鞍や恵那山もよく見えた。
晴れていたらさぞかしもっときれいだろう。
展望台から200mくらいで頂上の三角点に着いた。
ここからの眺めは全然だった。
登るとき急坂もありすぐに汗が出てきた。
夏以来の久しぶりの山歩きで気持ちが良かったが、やはり足腰に来て痛い。
写真は岳山展望台から望む御嶽山

131216 出来レース

自分が無知であることを知らない無知は怖い。
プロンプターを使い始めたおぼっちゃ魔。
自分のお気に入りばかりを集めて諮問させ答申はさもありなん、はじめから決まっている。
NHK委員も同じだった。
オバマにすり寄るようなことばかりしているが、オバマはどちらかというと辟易しているのに分かっていないんだなー。
そのうちに孤立してしまうだろう。
読めてないんだなー。

とそれはさておき今日はリニア新幹線についての論考を読んだ。
橋山禮治郎「再考されるべきリニア新幹線計画」世界12
JR東海の勝手な計画だが、政治の責任もあると。
世はリニア期待やオリンピック期待があるが実はとんでもないものだというのが論。
社長自らが経営的に絶対にペイしないと言っている。
はじめから赤字になるといっているのだ。
今ある東海道新幹線とリニアと二つ作ったら乗客は2倍になるかというとそうではない。
やはり今新幹線の乗客が100としてリニアにも100のお客がつくかというと、100が分散するだけである。
リニアは線路がないからほかへの乗り換え(車体)がきかない。
ドイツは同じ計画があったそうだが、中止したそうである。
これほどの計画が発表されても政治的には何の議論もされず、担当大臣の一存だけで進んでいくのは問題だといっている。
民間の計画だからといってまた破綻したら国民の税金をつぎ込むようなことはごめんである。

131215 フルトヴェングラーの第九

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第九のレコードを買ったのはフルトヴェングラー盤が最初だった。
といってもそれからほかのは買っていないが。
買ってはいないけどほかの指揮者のもいくつか聴いた。
なぜだか世評というか宣伝に負けて、フルトヴェングラーの良さを吹き込まれて、5番とか3番とかモーツアルトの40番とかいくつか買ったのだった。
そしたらおまけでくれたのが写真の胸像。
で9番のことだが、1楽章2楽章のメロディは4楽章の合唱に劣らず素晴らしい。
そして3楽章もスローなテンポだが何回も聴いていると味わい深い。
真ん中あたりで急に盛り上がるところなどはこちらも昂揚する。
そしてやはりなんと言っても最終楽章の合唱。
フルトヴェングラーは少しテンポ速めの感じで盛り上がるに連れてより速くなっていく。
そして最後のコーダの速いこと、あっという間に終わってしまう。
聴く方も汗びっしょりって感じになるのだ。
楽譜を買ってきて見ながら聞いているとずいぶんいくつも音符が並んでいるのにそれだけ全部弾いているのかと思うくらいあっという間に何十という音符が終わってしまうのだ。
ドイツ語の発音は習ったことがないが、楽譜を見ながら聞いているとどんな風に発音するのか分かってきて、一緒に歌えるようになった。
しかし意味は分からない。
この頃はネットを見れば意味も分かるので便利だ。
友人に教えてもらったのだが、アイパッドのアプリにpiaScore(無料)というのがあって、古い作曲家(だと思う)の楽譜をダウンロードすると楽譜が見えるようになる。
バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツアルト、ベートーヴェン、などの楽譜が簡単に手にはいるのだ。
設定を少しかまうと手でめくらなくても手をかざしたり頭を動かしたりするだけで自動的にめくれる。
演奏家たちは、紙の楽譜を見なくてもアイパッド画面で演奏が続けられるというわけだ。
でも、ちょっと画面が小さいのが不満かも知れない。
で、素人の自分でも第九の合唱部分などダウンロードして一緒に見ながらCDが聴ける。
楽譜を見ていると、非常に複雑で演奏家はいくらプロといえよくこれが弾けると感心してしまう。

131214 歓喜の歌

40年以上前、学生の頃友人が、「晴れたる青空ただよう雲よー」と歌っていてその歌詞に違和感を感じた。
自分が習った歌詞と違ったような感じがしたからだ。
自分が習ったのは、はじめが思い出せないが、最後のところで「・・・・はらからとなるー」と歌っていたような気がするのだ。
それで調べてみた。
第九のよく歌われるこの歌詞は長谷川由美子という人(国立音大)が調べたものを見ると1924年の皇太子の結婚奉祝歌として初めて日本語歌詞がつけられたのをはじめに、以後14の違った歌詞が作られている。堀内敬三という人は2度も書いている。変わったところでは(といっては失礼だが)なかにし礼さんも作詞している。
その中で「はらからとなる」という歌詞が見つかるのは矢田部渓吉という人のと、尾崎喜八の作詞にあった。
しかしどちらもはじめの部分が自分の習った部分と似ていない。
「晴れたる青空・・・」は、1947年に岩佐東一郎によって作詞されてその後ずっと教科書に載り続けたと書かれていて、自分もそれで習ったことになるのだが、はて。
何故「・・・はらからとなるー」が出てきたのだろう。不思議。

数年前にあるオーディオ愛好家の家にお邪魔したとき聴かせてもらった曲の中にまさに第九のこの部分を英語で歌ったものがあった。
あー第九やんと思ったのだが、はじめ聴いたときは、なんか聴いたことあるな、なんだたっけと思いながら聴いていたのだが途中にやっと思い出したのだった。
ジャズ系の歌手だし英語ときたから油断?していたのだった。
その歌手の名はジーナ・ロドウィックJheena Lodwick。
曲名はエメラルド・シティ Emerald City.
とても澄んだ声でジャズという感じもしないがさすが第九の曲。
心に響く仕上がりで上々。

131213 集団的か個別的か

国会が済んでも「愛国心」「共謀罪」「武器輸出」など改憲にむけた企みが次々出る。
支持率が急降下せぬうちに早めにすませてしまえといわんばかり。
支持率は落ちるに決まっているが、支持率云々よりも元々選挙での得票率は半分にも行かなかったのだ。
それで信を得たと思うのは大間違い。
とにかくまた投げ出さないうちに改憲まで突っ走ろうという魂胆。
憲法無視の秘密法もさることながら、あれほど大事にしてきた安保という戦後の憲法と並ぶダブルスタンダードの安保まで無視しているのじゃないか。
というのは、改憲の前哨戦?ともいうべき集団的自衛権の容認にむけて動いているが、東京新聞半田滋氏は「日米安保条約との矛盾」と言う意味で、次のように述べている。
・・・日米安保条約第5条は「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」への対処を定めている。すなわち「日本の領域が攻撃された場合」のみを前提にしているのが日米安保条約なのだ。この条約を無視して「海外に展開する米軍」や「米国の施政の下にある領域」(たとえば米本土)への武力攻撃対処に日本が踏み出すべきだというのは、筋が通らない。・・・
長くなるので引用はさけるが、「日米同盟を強化」を訴える割に安保を無視して進めようとしているというのだ。
公海での米艦艇の防護でも集団的自衛権の行使の必要性は生じない、し、米国をねらった弾道ミサイルの迎撃についても技術的も無理だし集団的自衛権などということは生じない、と述べている。
つまり何が何でも集団的自衛権を容認したいだけで実質は無理である、つまりトリックにしてしまっているというのだ。
で、解禁は無理だと気づいた安保法制懇は部分的解禁は意味がないので全面的に認めるしかないと言い始めているという。
いずれにしても安保という憲法とは相容れないものを無視しながら改憲のためにだけ集団的自衛権を容認しようと言うことだ。

131212 愛

昨日書いた中でマイルスの"He loved him madly"という曲を紹介した。
この曲はマイルスがデューク・エリントンが亡くなったときに追悼して書いた曲でエリントンへのレクイエムみたいなものであった。
非常に深い悲しみの感じられる曲である。
30分ほどの長い曲である。
名曲というより大傑作の素晴らしい曲である。
もともとエリントンが作った曲の"I love you madly"をもじった題名であるのだが、この"He loved him madly"もよく考えてみると深ーい意味というか味わいがある。・・・と思う。
彼は無茶苦茶自分のことを愛した。
ってことだが自分をだめだと思ったり卑下したり否定したりせずあくまでも自分を大切にしたってことだ。
ネルソン・マンデラ氏も全く同じだ。と思う。
彼は自分のことを深ーく愛していたに違いない。
想像を絶するくらい長い間獄中にあってひるむことなく落ち込むことなくおられたと言うことは精神力もさることながら自分を信じ続けてきたということであろう。
ほんとに偉大な人であった。
自分を深く愛しているからこそ他に対しても憎むのではなくて寛容の心でいられたのではないか。
いやそれよりも寛容を通り越して人類全体に対する慈愛のようなものだった、のではないか。
なかなかできないことだ。

131211 mandela


Rest in peace,Mandela.Power to the people. Amandla!
In fact he gave us a lot of power.
So thanks to him from the bottom of my heart.
Rest in peace, great man.
マンデラ氏がなくなった。
誰もが言うように偉大だった。
不屈の人だった。
多くの芸術家が彼のことを称えている。
JAZZYとしてはジャズ界におけるマンデラ氏を取り上げたものを言わずにはおれないだろう。
何人ものジャズ・アーチストが彼のことを曲にしているようであるが、その中でなんと言っても取り上げないわけには行かないのは、マイルス・デイヴィスである。
マイルスの「TUTU」というアルバム。
ツツ大司教という南アのこれも有名なアパルトヘイトに抵抗した人の名前をとったアルバムである。
彼もマンデラ氏と同様ノーベル平和賞をもらった。
その「ツツ」というアルバムの中の「フル・ネルソン」という曲。
これは「ツツ」を作曲したマーカス・ミラーが同じく作曲したもの。
マンデラ氏の名前からとっている。
プロレス技にフルネルソンというのがあるがそれではない。
「ハーフ・ネルソン」という曲を前にマイルスは吹き込んでいるが、これはベース奏者のネルソン・ボイドの名前からとったらしい。
ハーフとフルだからネーミングがおもしろい。

もう一つマイルスのアルバムで「アマンドラ」というのがあるが、これは南アの黒人たちの言葉で「力を!」というような意味らしい。
ジョン・レノンの曲に「Power to the People」というのがあるがまさにそれと同じであろう。

それはともかくまたぞろうごめく魑魅魍魎。
・「愛国心」を持たせるべきだと、国家安全保障戦略に。
・共謀罪をまた復活させようと。
あー懲りない面々。
マンデラ氏の葬儀に昔の福田やプリンスをやってお茶を濁したような奴らのやることだ。
こちらは不屈で行くしかない。

ということでマンデラ氏を偲んでマイルスの「フル・ネルソン」を聴き、合わせて同じくマイルスの「He loved him madly」を聴きながら夜のしじまを眺めることにしよう。

131210 人権

1948年12月10日世界人権宣言が国連で出された。
・すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。 第1条
前文と全30条からなる。
まだまだこの宣言に盛られた権利に背くような状態になっている国はいくつもあるようだし、自分の身の回りにも隠れた人権違反も見られるのではないか。
という意味でほかごとでなく不断に人権に対して注意を払って行かねばならない。
この頃特に気になるのはやはり子どもの人権である。
育児放棄、虐待、いじめ、子どもの貧困など保護者の責任もあるが社会の問題として考えなければならないであろう。
1990年発効の「子どもの権利条約」により子どもの権利は守られるべきであるが、日本はまだまだ後進国?か、日頃あまりその声を聞かない。
社会的に弱者とみなされている第一に子どもそして高齢者などに光を当てるのが権利を守る第一歩だと思う。
知る権利も人権の一つだとすると国家にばかり光を当てようとする秘密保護法は人権を保護しない。
だから国連からもやめろと言われたのだ。
政権中枢は多分人権感覚の無い輩ばかりなのだろう。

131209 絶望はいっとき

いつまでも絶望感にひたってはおれない。
絶望はいっとき。
暗き中よりいずるもの最大の光を見る、だったか。
明けない夜はない、とも。
国会の周りの人々の多さもさることながら、各地のデモンストレーションも増え続けた。
という事を考えれば今後の展開も希望が持てるではないか。

「世界」12月号を半分も読み切らぬうちに1月号が来てしまった。
そのうちの目に付いた一つの記事を読んだ。
<ペスト>の時代にどう向き合うか、という題の連載第一回。
ご存じカミュの小説「ペスト」から導かれる論考である。
ペストの意味するところは伝染病の一つというとらえ方のほかに、戦争と占領と言うものも意味しているといっている。
さらにいえば、今回の日本の状況、あるいは世界的な状況もメタファーとして意味しうるのではないか。
1月号では大まかな小説の全体像を解説しているが、上に述べた世界を含んだ日本の状況にも次回から筆が進むのではないかと思う。
いってみれば、閉塞、暗黒、絶望、不条理の世界をどう生きるかということであろう。
小説ではペストの発生から終息までを描いているのであるが、オランという町に閉じこめられた民衆の生き様が異様な感じで描かれている。(らしい)
民衆の意識は過去や未来から遠ざけられ、現在にのみ意識が集中する。
過去には恨みを抱き、未来は奪い取られたという意識。
閉塞した切迫感のなかでの意識は、人間の本姓が現れてくるという。
あのアウシュビッツにとらわれたユダヤの人々の意識と似ているのかもしれない。
日常性が無くなり非日常の中にいるということ。
戦争の中にいる時も同じだろう。
戦後憲法を否定し人の上に国家を作るような政治体制も同じである。
ということで、あらためて「ペスト」を読んでみたいと思い注文した。
また本が増える。

131208 notorious day

1st
今日は2013年12月8日(日)
写真の新聞の現地真珠湾は1941年12月7日(日)。
これはそのときのホノルルの号外新聞。
WAR!とある。
これは1975年、戦後30年の時にホノルルで買った新聞。
だいぶん古くなった。
それからでも38年も経っている。
今でも売っているのであろうか。
もちろんコピー版。
彼らはその日のことを忘れないためにコピーして売っているのだ。
DNAに組み込むべくRemember Pearl Harborなのである。
DSCF8425.jpg
これは号外2。
ということで完璧に仕上げられなかった秘密法案を後から追加保全していくなどといういい加減なことをして、国民があまりまだ知らないうちに通してしまえというずるいことをした奴らがねらっているのは、戦争の出来る国であることは間違いない。
戦時における指導者たちの誤った判断において未曾有のこととなったのだ。
日本の数十倍の国力を持った国に戦争を仕掛けるなんて無知であり無茶であり結局無能な奴らだったから出来たことである。
無知無茶無能は今のおぼっちゃ魔政権も同じである。
だから怖い。
以後の3年がどうなるか。
廃棄にむけてまたほかの戦時回帰策動についても何とかして行かねばならない。
7日の東京中日の論説は群を抜いていた。
これからがメディアのしっかりするとき。
萎縮自粛警戒をしないように頼みたい。

131207 嵐の夜に

おぼっちゃ魔くんは今朝になって目覚めたら官邸の周りが静かだったので、嵐が過ぎ去ったようだったといったそうだが、夕べはまさに嵐の夜だった。
官邸の周りのデモ隊の反対の声を嵐と比喩したのだろうが、実はとんでもない、国会の周辺のみならず内部が嵐だったとこちらは見る。
こんな大嵐は滅多になかった。
ジエータイのイラク派遣やらPKOやアフガンの時もだったが嵐は国会のうちそとに吹いた。
今回の嵐は収まるどころかさらに大きく吹きすさぶこととなろう。
嵐の元を作ったのはおぼっちゃ魔君なのに分かっていない。

「嵐の夜に」というお話の本があった。
嵐の夜にオオカミと山羊が真っ暗な小屋の中で遭遇するが暗くて見えないので話し合いをしながら、仲良くなっていき助け合っていくというような話だった。
(記憶が薄れているため上の説明に自信がないが)
弱肉強食に反して仲良くなるという展開が意外であり新鮮であり感動的でもあったのだが、人間の現実を揶揄しているようでもあった。
強いオオカミが弱い小山羊に対して優しさを見せたり、助けたり、涙を流したりするのは新鮮である。
だからこその感動を与えてくれたのだろうが、現実はなおも酷な状況が続いている。
国会や政府の現状もまさしく弱肉強食的である。
数をひけらかして少数を蹴散らかしていく様はやさしさのかけらもない。
弱者を大切にすると言う強者としての矜持・プライドもない。
血が通っていない冷血漢である。
オオカミはオオカミでもそういう目覚めたオオカミになるのが、正統な政治家だろう。
とにかくおぼっちゃ魔君は外の声をうるさい騒音としか感じることができない三流の政治家である。
しんすけじいじは声なき声は味方の声であるようなことを言ったそうだが、三流の政治家の悔し紛れの言いぐさである。
三流の政治家の伝統をまさに引き継いだ世襲論外おぼっちゃ魔君である。
おぼっちゃ魔君のニックネーム、また一つ加えよう。
三流嵐君にしよう。

131206 戦前回帰の夜

とうとうダーク・フライデーになった。
タイトルをどうしようかと思ったのだが以下に書いてみた。
この夜のことを忘れないために。

・背筋の凍る夜
・民の声凍てつく夜
・未来封鎖の夜
・自由圧殺の夜
・暴虐とほくそ笑みの夜
・無茶苦茶な夜
・国家主義暴走の夜
・戦争ごっこからリアル戦争への夜
・むかつく夜
・おじいもやれば孫もやるあほな夜
・無視だらけの夜
・やってることがわかってんのか・な夜
・憲法蹂躙の夜
・いくら何でもひどすぎる夜
・人の上に国を作った夜
・何でも秘密な夜
・将来今夜のことは秘密な夜
・世界があきれる夜
・見ざる言わざる聞かざるな夜
・良いことが悪くなる夜
・知らぬ間に後ろに手が回る夜
・悪魔と鬼まさこな夜
・二転三転のええかげんな夜
・戦争お宅の夜
・問答無用の夜
・かといって負けない夜
・反撃の力たぎる夜
・これからがほんとの日本を取り戻す夜

131205 デモ看板

ネットでデモ写真を見るとイケル文句がいくつかあったので掲載。
・「戦前の」日本を取り戻す。某悪魔総理のヒットラーひげの顔
・強行採決こそテロだ
・戦争はいつも秘密から始まる
・秘密と監視だらけはいやだ。
・特定秘密保護法で独裁完了
・権利のない国絶対反対
・おしゃべり女の舌ぬく秘密法
・何が秘密、それは秘密
ほかにもユニークなのがあったら参考にしたい。

131204 ひるまない

あと二日か。
今日は委員会に党首討論に公聴会。
6日までには採決方針を固めたようである。
ってはじめからそのつもりだろうが。
ここに来て学者の会や映画の会や表現人の会など反対声明や署名など急速な勢いで盛り上がる。
JAZZYも署名をいくつかした。
各地のデモンストレーションも増えている。
我が町でも明日明後日、市民の会が立ち上がってデモ。
学者の会の記者会見を読むと、地方でのデモなどのやり方をサジェッションしている。
議員は有権者を気にしている。
だから議員に話しかけよと。
議員はどう思うんだと、そしてどう行動するのだと問いかけよと。
デモをしたら市民に大音量は迷惑ですかとかデモは恐怖ですかと問いかけてみよと。
強行採決をやってくる可能性は99%だが、とにかくひるまずに最後まで声を上げなくてはならない。

131203 世論は世界の論

世論という漢字は昔から自分は「せろん」と読んできた。
世界の世論だからせろんである。
間違いではない。
このところの世界の世論(せろん)は秘密保護法危惧である。
危惧どころか間違いだとも。
アフリカのツワネと言うところで行われた「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」というのに照らしてもおかしいと言われている。
で、悪魔等は無視。
明日急に埼玉でヒヤリングをすると言いだした。
付け焼き刃のアリバイ作りである。
たった一カ所のヒアリングなんかしたってそれで国民の声を聞いたことにはならない。
衆院の二の舞になること間違いない。
断固阻止である。
ひょっとしたら官憲(官犬)を繰り出してくるかも知れない。
デモに行けないのが残念だが、力を込めて見守るしかない。
ひょっとしたら今度は賛成派ばかりを寄せ集めているかも知れない。
だとすると、ヒアリングそのものをやはり阻止である。
6日には野音やおんで大集会の予定だそうだが、これから4,5,6と毎日大集会とデモをやるしかない。
首都と首都近郊の人たちの大集結を望む。

131202 とんでも官邸団

配役:とんでも総理(ベア=クマ)、やぶにらみ幹事長(ヤブ
クマ:おいおいヤブ君、困るじゃないか、あんなことブログに書いて。
ヤブ:はい、申し訳ありません。でも、謝った振りしてごまかしておきましたよ。
クマ:頼むよ。大事なときなんだから。あと、4日しかないよ。
ヤブ:そんときは、会期を延ばしたらいいでしょう。
クマ:だめだめ、通すのは今でしょ、今、今。
ヤブ:仕方がないっすね。じゃあ、また強行採決ってことで行きますか。
クマ:でも、かなり手ぐすね引いて待ってるようだよ。つっこまれたらどうするんだね。
ヤブ:ばっかもん、と絶叫しますよ。
クマ:キミが絶叫したら、絶叫するのはテロだと言うことになりますよ。
ヤブ:あ、そうか。やばいですね。
クマ:テロも民主主義もこの際封じ込めようと言うのが今回の秘密法案でしょう。なのにテロとか民主主義がどうとか言うと余計まずいことになりますよ。
ヤブ:じぇじぇじぇ。まずいことになっちゃったな。
クマ:奴ら倍返しなんて言っていますよ。
ヤブ:ひぇー、どうやってごまかそう。
クマ:お・も・て・な・しの心でいったらどう?
ヤブ:???。ところで総理さっきから流行語ばっかですよ。
クマ:キミの「絶叫」も今や流行語だよ。
ヤブ:惜しかったな、大賞に間に合わなかったか。
クマ:しかし、ここだけの話、秘密法案が通ったら、裏の流行語大賞をキミに送るよ。
ヤブ:うれしいな。第二位は誰ですか。
クマ:そりゃ、決まっとるだろ。「5000万」だよ。
ヤブ:なるほど、そうすると赤ら顔コンビですね我ら。
クマ:ははは、でも知事の方はだいぶ青くなってるようだよ。
ヤブ:まあいいや人のことだから。ところで、次の総理回してくださいよ。
クマ:そうだなあ、また投げ出したときは頼むよ。と言うかキミも腹だけは黒いね。
・・・・
おばかな二人が官邸でひそひそ話をしていました。
でも秘密の話なのにどこからか漏れてしまいました。
プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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