474 法の原則

分かっていても何かをしなくては収まらない今日という日。
昼からビラ配りをしてきた。
町中と違って家がまばらに点在する所なので1枚配って次の所に行くまでにまた車に乗らなくてはならない。
ので時間がかかる。
101枚印刷したが34枚残った。
午前中もつかえば何とか全部は配れただろうが、他用があって無理だった。
奴らがごり押ししてくるは分かっていても、少しは胸のつかえみたいなものは取れた。
今日の新聞では、米の学者が集団的自衛権を閣議決定で決めるのは、憲法の上に政府があるようなもので全く法の原則を無視していると言っている。
「解釈会見 法の無視」
「内閣の独断 違法」
「日本の法の支配を揺るがす」
「解釈改憲は憲法の改正規定を犯している」
と、確かにそうだ。
となると法を犯したのだから犯罪者である。
99条の憲法遵守規定にも反している。
今後はどうにかしてその犯罪を司法にて断罪すべきであろう。
官邸前行動は夜を徹して行うのか。
ネットで中継している。
iwj8のユーストリーム
「ABEは・やめろ!」コールが繰り返されている。
何百回何千回と。
そこでは何百回何千回でも、
全国では何万回何十万回何百万回何千万回だろう。

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473 戦後

何だか居ても立ってもいられない気持ちが高ぶっていく。
今日の新聞で「『戦後』のあとには」という論説文が光った。
もはや戦後ではないという言葉が1956年に出たそうだが、経済成長を取り戻しただけのことでそういっただけだが「戦後」は戦後のままでずっと行ってほしいというものだった。
戦後経済は取り戻したが平和になった。
平和といっても戦争のない平和という意味だが。
だからその「戦後」は大事にしなければならない。
戦後レジームからの脱却なんてほざくお馬鹿もいるが、つまりは平和からの脱却ということだ。
許すわけには行かない。
もはや戦後ではなくてもうすぐ戦前になるのはいやだ。
お友達が街宣をした。
もう3回目だが、手応えが違ってきているという。
署名はないですかといったり、自衛隊に息子がいっている人が無茶苦茶心配であると訴えられたりしているそうだ。
でも中には、流血も仕方がないという若い人もいたりしたそうだが、週刊誌ネタに踊らされているとしか思えない。
先の記事を書いた社会部長は以下の俳句で結んでいる。
「蝉しぐれ もはや戦前 かもしれぬ」摂津幸彦
言い得て妙だが、そんなことにはなってほしくないという意味が込められているのは当然だろう。
もときた道には行きたくない。

472 田んぼ

数日前から田んぼの畦や休耕田や川の土手など草刈りをしている。
やっと今日一通り済んだ。
しかし夏の草はあっという間にまた生えてくる。
終わった時分にまた始めからという感じ。
田の中の草取りもまだ一回もしていないのでしなければと思っている。
腰を曲げての作業なのでやる前からあぐんでいる。
できるだけ省力化したいので草も取らずに生やしっぱなしにしようかとも思うが、目に見えてひどい田んぼは取らざるを得ない。
取る前から皮算用だが稲が伸びてからやると葉の先が顔に当たってちくちくと痛いのであまり伸びないうちにやっつけなければならない。
稲の葉の色が少し落ちてきている(薄くなること)で肥料もそろそろ蒔かなければならない。
水の管理もなかなか思うようにならず、入れたいときに水が来ず、入れなくてもよいときに水がどっと来る。
今は干して入れて干して入れての繰り返しだが、天候もうまくいけばいいが、干したいときに雨が降ったり、水を入れたいときに水が来なかったりとこれもままならない。
昨日は水路に水がちょろちょろだったので夜の間にそのくらいだったら入れておけばいいと思って全開にしておいたら夜のうちに水がどっと来るようになって朝見たら田んぼが湖のようになっていた。
隣の田んぼに畦を越して流出していた。
なんてこともある。
この頃は水路がユー字溝で水の流れはスムーズであるが昔は土水路で地面に溝を掘っただけのものが多かったので途中で染みこんでしまって最後の方は水が来ないということもあった。
ので水をつけることは真剣だった。
上流と下流で喧嘩になることもあった。
この頃はそんなことはないが、喧嘩?をするといえば鹿との喧嘩である。
山に網を張ったらこの頃は田んぼにはいることはなくなった。
電牧もしてあるので2重の防護壁だが、時々鹿は網を飛び越えたり破ったりして里に出てくる。
猿、猪なども喧嘩の対象。
・・・おわり

471 戦争放棄

九条は戦争放棄である。
武力は持たない。
自衛隊は軍ではない。
がそれは表向きで裏では立派な軍。
今はそれはそれで横に置いといて。
武力で解決しないと誓った。
あくまで話し合いであり交渉である。
どこかが武力で襲ってきても話し合いで解決する。
どこかが武力で襲われていても武力で助けるのでなく話し合いの席に着かせる。
それが九条でありそれ以上でもそれ以下でもない。
そこに勝手な解釈の入り込む余地はない。
武力を使いたいから勝手な解釈を持ち込もうとする。
そもそもに戻れば始めから勝手な解釈は不可能なはず。
解釈は強引、力ずく、無理矢理、であり合理性はない。
TVで見るとジミントーにも一人だけまともなやつがいた。
NKHがそいつをインタビューしていた。
一瞬だったけど。
官邸前デモも一瞬だけ映した。
天王山目前となった。
コーメーの裏切りはやはりというべきか。
大臣の椅子が手放せないらしい。

470 エルニーニョ

エルニーニョが発生したので、気候も異常気味。
しかし夏は平年並みというのでそれならばまあまあ安心。
しかし、何だかこのあたりは梅雨といっても雨はそれほど降らないし朝晩はまだまだ寒い感じがするし平年とは違う感じがする。
おろおろ歩くこともなければ幸いだが寒い夏はいやだ。
しかし局地的な大雨などが起きているのはやはり異常かもしれない。
政治の世界にもエルニーニョの影響は及んでいる。
と思うがどうだろう。
異常気象により農作物の収穫への影響は、経済への影響をもたらすだろう。
経済が変動すれば当然政治も変動する。
この頃は経済と政治は密接な関係があるから、南米で農作物の被害が出れば世界の経済に影響を及ぼし、政治にも混乱が起きるという訳だ。
エルニーニョが我が国に及ぼす影響は普通冷夏であるが、精神的な影響としてやはり不安が大きいだろう。
すでに不安は大なるものが進行しつつあるがなんとか払拭したいものだ。
それには冷夏を吹き飛ばし暑い夏を作り出すこと。
政治的に冷え切ることなく暑い政治の夏を作り出すことであろう。
この夏が熱く燃えることなくしてどうなるのか。
奴らは熱く燃える前に決着をつけようとしている。
あるいは冷めた夏にしようとしているのじゃないか。
ということで政治のエルニーニョを吹き飛ばせという話。

469 冗談内閣

きみきみー冗談はよしなよ。
それじゃあまるで泥棒猫みたいじゃないか。
勝手にうちへ入り込んで勝手にうちの大事なものをいじくり回して。
「おそれ」と「明白な危険」と言葉を換えたって意味が少しばかり変わるかも知れないがそんなモンはどっちこっちで一番大事な前提は変わってないじゃないか。
君らのいう条件を少し変えてみようか、これを君らに贈るよ。
「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対し武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」
これが元だが君らに贈るのは、
「我が党に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が党と密接な関係にあるハメリカに対し武力攻撃が発生し、これにより我が党の存立が脅かされ、党民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」
しかし俺等からするとほんとはこうなる。
「我が国民に対する勝手な解釈による集団的自衛権容認が発生したこと、又は我が国と密接な関係にあるハメリカに対し集団的自衛権が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」
冗談や嘘ばかりいう内閣は早く辞めてもらいたい。

468 大前提

午前中会議。
10年もやってきた九条の会。
やはり参加者が固定気味で疲れ気味。
リーダー不足?
あるいはリーダーも疲れ気味。
疲れ気味はマンネリズムに陥る。
しかしながら開店休業状態にはならず細々ながら続けて来れた。
比較的フリーに動けるものは定年過ぎの60代。
団塊の世代である。
いってみれば20代頃から時代を支えたり引っ張ったりしてきたのはやはり団塊の世代であった。
まだまだ仕事を終えても社会的にやらねばならない役割が残っていたわけである。
ということで、今後の方向性を決めた。
その方向に則ってある期間はやってみることが必要である。
しばらくやってみてそれでよければ続けるのだし、問題あれば修正ということになろう。
さしあたり緊急なものは集団的自衛権をどうするか。
議会や議員への要請、一般人へのプロパガンダ。
コームラはまた変なまやかし案みたいなものを出して引きずり込もうとしている。
木しか見えないらしく林の部分が全く見えていない。
九条は戦争放棄をしているということが大前提なのである。
そこを忘れてちまちました部分ではいずり回っているとしか見えない。

467 なま



オキナワの終戦の日。
沖縄慰霊の日。
馬鹿クマは何を言ったかシランがどうせ歯の浮くようなうそっぱちを述べたのだろう。
無視。
今日は知り合いのうちでヴァイオリンの生演奏を聴いてきた。
聴衆は10人ばかり。
ほんとに目の前での演奏であった。
こんな経験は滅多とないだろう。
貴重な体験だった。
演奏の合間に質問したり言いたいこと言ったりして割とラフな感じの演奏会。
知っている曲ばかりで心でなぞりながら聴けた。
ユーモレスク
トロイメライ
ガボット
G線上のアリア
チャルダッシュ
サンサーンスの白鳥
結婚行進曲
タイスの瞑想曲
ヴァイオリンは大久保ナオミという人。
初代アマティ作のヴァイオリンということだった。
ほんとに肩肘張らない会ということで終わってからレストランで食事会をして会話も弾んだ。
その後、例の蛍を見て帰った。
このイベント発案企画提供者のKさんに感謝。

466 寺山修司

寺山修司歌集を読んでいる。
「血は立ったまま眠っている」という戯曲があるが、歌集の中にもこのフレーズを使ったものがあることを見つけた。
「一本の 樫の木やさし そのなかに 血は立ったまま 眠れるものを」
これはみつけたものだが、血とは関係ないがこんなのもある。
「青空に こだまの上に  われら書かん すべての明日に 否と書かんと」
「否=NO」という言葉の意味は何だろうかと考えた。
「すべての明日」というのは、現在から考えて希望が持てるべき未来のことだろう。
その希望ある未来にNoを突きつけるということ。
すなわちその未来とは希望など見いだせない未来のことをいっているのだろう。
未来に対して希望がない、絶望しかないということ。
それは現在に由来する。
現在が未来を作るものだから。
だとすると現在自身もすでに希望が損なわれているということだ。
あるいはそれに近いことが行われようとしているということだ。
・・・これは今現在の我ら自身の現在と似ているじゃないか。
九条が瀕死の状態にさらされようとしているとき、我らはまたすべての明日に否と書かざるを得ない。

465 デモ



もう黙っとれん1000人パレードに行って来た。
あまりにも無茶をこく現首相の断罪パレードである。
そして究極的には内閣打倒パレードである。
集会に集まった顔触れを見るとやはりどうしても老年世代が多い。
もっとも困難な状況に置かれている99%の側の20代30代の若者が少ないのは残念。
しかしその若者世代がこれ以上馬鹿を見ない、というか損をしない、というか不利益を被らないように少しはいい目を見てきた(かどうかは別として)老年世代が世直しの先頭に立って若者世代に希望ある未来を与えたい。
それにはもうリアルタイムにおいては馬鹿内閣打倒しかない。
台湾では学生が国会占拠をしたが、アレくらいの直接行動をしたいものだ。
このごろ自分の中では過激な行動を夢に見る。
戦争を知らない世代だが、それは直接的に知らないだけであって、間接的ならばベトナム、イラク、アフガン、中東などいくらでも見て知っているし、現代の戦争における戦闘の怖さも知っているつもりだ。
だから戦争につながる政治状況は黙ってみておれない。
今のニポンの状況は全く一人の政治家個人の欲望というか思いから始まっているのが恐ろしい。
それも間違った認識や嘘をついてまででも戦争にできる国にしようというのが恐ろしい。
そこを見抜けない大衆がいることも恐ろしい。
って訳で過激に至る直前の行動を続けて内閣を打倒したいというのが今の自分の思いである。
って訳でひとまず1000人パレードに行って来たのである。
パレードは1000人くらいいたかも知れないが、道行く人々が少ない。
と思った。
閑散とした街という感じで声を張り上げて訴えてもなんだか虚しい気もした。
パレードは熱く燃えていたが、ギャラリーの反応がイマイチなのである。
ご多分に漏れずここでも少子高齢化の人口減か。
でもやるしかないか。
次の第2弾は何をしよう。

464 放題Ⅳ

今週は夜のお出かけが多い。
今夜で3晩続けてセンターへ。
昼間のお出かけも含めると月からずっとだ。
さすがに少し疲れてきた。
一番うっとうしいのは田んぼにかかわる会議。
また同じような政策を作って農家に金をばらまこうとしている。
くれるものはもらった方がいいのでもらうことにするが、複雑な気持ちである。
ところで、またどさくさに紛れて変な提案。
国連PKOに派遣OKを承認しろと来た。
完全に9条無視、9条破壊の提案である。
そんなもん即座にNOといえばいいのにコーメーも曖昧な返事。
ほんとにどさくさまぎれというか悪あがきというか一挙にことを悪くしている。
クマの国会で説明したときのたとえの話を、そんなことあり得ないと喝破した文があったので覚えに書いておこう。
クマのフリップは、邦人の母親と赤ちゃんと老人がハメリカの艦船に乗せられていて、それをニポンの艦船が護衛できないか、いやできるようにする、というもの。
いかにも母親赤ちゃんや老人を使ってかわいそうという気を引こうという魂胆見え見えだが、そんなことはあり得ない。
ハメリカの艦船に乗せられているくらいなら初めからニポンの艦船に乗せればいい。
ニポンの艦船が初めから邦人を救助に向かえばいいだけのことというわけである。
閣議決定は24日以降に持ち越しみたいだが、ほんとに油断ならない。
今後は、民衆とのせめぎ合いとなろう。

463 放題Ⅲ

今日は名古屋へ行って来た。
名古屋もお城や県庁、市庁舎に集団的自衛権反対の垂れ幕や旗がいっぱいはためいていた。
そして、道行く人があちこちで旗を持って内閣打倒のシュプレヒコールをあげていた。
もう22日まで時間がないのであちこちで何かしらの活動をしているみたいだった。
県警の車や白バイもいっぱい出ていた。
・・・というのは一部は嘘で一部はほんと。
無理矢理もっともらしい条件を付けて、「わが国または他国への武力攻撃が発生し、わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される恐れがある」ときに戦争してもよし。
などと、こじつけ解釈をしてごまかそうとしているが、戦争を放棄したのに戦争してもよいというのは無理がある。
そもそも国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆る恐れのあるのは、解釈改憲(壊憲)によって戦争をできるようにすることがそれである。
つまり解釈改憲によって今ある国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆されるのである。
いま彼らがやろうとしていることこそがすでに根底から覆すものなのである。
ってことに自分では気づかないのかしら。
眠り頭の党だから分からないか。
コーメーがもたもたしているので、22日まではしないけど24日以降にでも閣議決定をしようとしていることは間違いない。
どうしてもやろうとしている。
ってことはそれはどうしてもやめさせなければならない。
とにかく支持率の高いうちにやっつけてしまおうという魂胆だ。

462 放題Ⅱ

新聞見て驚いた。
県ジミン党は意見書を出すと言っていたが、そんなモンなら出さんでもいいようなモンだった。
曰く、閣議決定はしてもいいがその後でもっと国民に説明せよというモンだった。
閣議決定前提、閣議決定ありきの民衆を馬鹿にしたモンである。
どこに目をつけてんのか。
閣議決定が今回一番の天王山だろう。
わかっとらん。
やっぱりジミン党は頭が眠っている頭眠党(ズミントー)だったか。
ポーズしてごまかし、ちょっとでもやったように見せかけるだけ。
にぶい。
し、ずる賢いともいえる。
昨日の新聞には24日以降に出すとか書いてあったのでおかしいとは思っていた。
馬鹿たれどもにはちょっとでも期待した分損をした。
集団的自衛権の意味がおそらくわかっとらんのだろう。
期待と落胆の落差は大きい。
いくら地方議会に働きかけたとしたってなんのくそのふたにもならん。
し、いくらそんな意見書を出したって彼らは痛くもかゆくもないだろう。
むしろ閣議決定ありきなら逆効果もはなはだしい。
それより真の意見書たる集団的自衛権容認反対、閣議決定断固許さじの意見書を出すべきだ。
すでにいくつかの議会や首長などはそのような意見表明をしているが、もっとやるべき。
我が県では期待薄。
情けない。
土日も閣議はやるのかしらないが、今日含めて後5日。
一昨日は野音で5000人が集まったらしいが、毎日でもやってほしいくらいだ。

461 放題

大阪へ行ってきた。
我が車は古くてナビが付いていないので、目的地までの地図を前日に印刷して持っていったのだが、下りるインターを間違えてその先まで行ってしまい、戻るのに一苦労して1時間半ほどロスしてしまった。
その分帰るのも遅くなってしまった。
帰りは3時間ちょっとだったが、行きは5時間近くなってしまったのだ。
大阪は集団的自衛権反対の運動でそこらじゅうに大きな看板あり、大デモあり、アジ演説ありで蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
というのは冗談で、もしそうなら大阪から日本は変わるだろうと思うのだ。
何故そんな冗談を言うかというと、ハシモトふぜいに牛耳られているのがふがいないからである。
選ぶ方も選ぶ方だと思うのだ。
以前の首都も同じだった。
差別的似非愛国傲慢単細胞爺にやりたい放題言いたい放題されて、選ぶ方も選ぶ方だの首都だったのである。
そんなのがかっこいいという短絡的人気主義で選挙に行くやつは気がしれん。
上向いて唾吐くようなものだ。
ハシズムハシモトはまたも変な物言いをして物議を醸しているがほんとによくも選んだものだと思うと世の中真面目じゃなくなっているのか。
ちゃらちゃらと言いたいことを言うやつがかっこいいのじゃない。
まあそれはともかくこの1週間。
ちゃらちゃらの総本山は首都にあり。
調子づかせるのはもうやめよう。
嘘こいて威張りくさることはやめさせよう。
嘘のこき放題もやめさせよう。
持ちかねばかり優遇するようなやつはやめさせよう。
・・・・・と、まだあるが、
と、思って私としての言いたい放題をやってみた。

460 早く

昨日書いたように内部の反乱は始まったかのようである。が・・・・
県連は24日に県議会に意見書を提出とあるが、それでは遅い。
22日までには出して最高速度で政府にあげることだ。
市町村議会にも同じようにせよとあるがどうにか20日前にはできないものか。
とにかく早いことが今回は重要。
閣議決定してからでは遅いのだ。
なんか彼らがやることだが気をもませるというかやきもきさせる。
市町村議会も前倒しで行けといいたい。
それにしても全くこんな事態にならせたのはクマの仕業。
自分一人だけの願望でひどいことをする。
たかむらかコームラかしらないがおかしな提案でコーメーを引っ張り込もうとしている。
それなりに知識もあろうが悪いことに使うとはトチ狂っている。
いわばA級戦犯。
引っ張り込まれようとしている方も引っ張り込まれようとしている方だ。
権力という美味しい水にそんなに魅力があるのか。
民衆を見捨てて平和もくそもあったものか。
頭を冷やして原点に帰って考え直せといいたい。
それとも原点を忘れたか、原点を変質させたかして権力にしがみつくか。
民衆は見ているぞ。
今週が関ヶ原。
民衆は見ているぞ。

459 知らんぷり

しらん

この花は「シラン」、ラン科の花。
新聞トップに我が県の県議会ジミン党が県下の議会にクマの暴走を止めるよう働きかけよという通達を出したとある。
あの県のジミン党がである。
拙速気味の集団的自衛権閣議決定がけしからんというわけである。
となると、ほかの県もマネするか。
となると、ほんとに県下の市町村議会が通達に基づいて意見書を提出するか。
多分、出すだろうが、それなら最高速度で決定して最高速度で出してほしい。
時間はない。
もしも出すのが遅くなるような議会があったら、早く出せという陳情を最高速度で行うことが重要である。
地方議会の反乱が始まったのである。
それも内部的反乱。
さすがの下部組織もあの暴走ぶりにはシランぷりができなくなったか。
次の選挙が怖くなったとも書いてあったが、選挙どころではない。
命がかかっている問題である。
いわばクマのクーデター。
クマ・クーデターを阻止するクーデターが起こってほしいがこれがもしかしてそれか。
いずれにしても野党はくっついたり離れたりでそれも政権よりばかりがごちゃごちゃしている。
こんな内部からそれが起こるとは予期しなかった。
サムライ・ブルーとか言う熱狂をよそに着々とことを進めているクマに逆転の一発が食らわせるように今回ばかりはジミン党の下部組織に期待したい。
勿論、それを動かすのは世間大衆だろう。

458 なでしこ

なでしこ

ナデシコ撫子なでしこ
色はいろいろある。
体制はますます加速気味。
ハメリカやEUがもたついているときに何だか独走態勢というか勝手に独走している。
まるでフクシマも地震もなかったみたいな独走。
改憲一筋の独走である。
ジーン・シャープは言った。
この独走を止めるには独走を支えている柱を壊すこと。
言うは易し行うは難しだが、とにかくその柱を壊さなければならない。
時間はない。
喫緊の問題である。
昔だったら全国統一ストライキを打つところであるが、もはや労働組合の力はない。
学生の力もない。
女性の力はどうだろうか。
男性と比べて何かできそうな気もする。
昔のギリシャだったかローマだったのアマゾネスみたいに女の反乱。
セックス・ストライキ。
買い物をしないとかさせないとか、出かけないとか貯金をすべて下ろしてタンスにしまうとか。
なんか波状的にできないものか。
サムライ・ブルーでなくてナデシコ・ブルーである。
いやナデシコ・ピンクか。

457 ほたる

ほたるぶくろ

道路の石かけに咲いているホタル袋。
ホタルがもう飛んでいると聞く。
ホタルを捕ってホタル袋に入れるとちょうどいいからホタル袋か。
自分らの子どもの頃は、ネギを取ってきてそれに入れたものだった。
ネギの嫌いな自分としてはよくネギでやったものだ。
手に取るとぽやーと光って嬉しかった。
飛んでいるのをただ見るのでなく捕って直に触ってそして眺めるのが子どものやり方であった。
今でも同じだろう。
近くにホタルの名所があるので来週当たり出かけて見てきたい。
前に見たことはあったのだが、何万というホタルが乱舞する様はすごい。
何十匹とか何百匹でなくアレはやはり万の単位のホタルである。
ホタルといえば「火垂るの墓」
蛍の語源は「火」+「垂れる」
「火」+「照る」
などがあるらしい。
光るから「火」
で、映画の「火垂るの墓」
アニメながらも無茶苦茶涙の出た映画だった。
あの悲劇の元は何だ。
戦争。
そのまた元は何だ。
人間。
人間って恐ろしいものだ。
「恐ろしい人間」だから、優しくなろうとしてもう戦争はやめようと決めたのに、あの涙を忘れまた戦争に邁進しようとしている。
やはりまた「人間は恐ろしい」に戻ってしまう。
クマたちには戦争で涙した人間の気持ちは分からないのだろう。
熊だからという冗談はくさいが。
優しい人間に立ち返る涙さえ持っていないということだろう。
クマたちは「恐ろしい」というよりも「愚か」という言葉の方がふさわしいが、
言うなれば「愚か」の代表で人間の心を持っていないクマということになる。

456 戦前



花はミヤコワスレ
都のことを忘れたい程の昨今の情勢であるが、心配や怒りが強くなるばかり。
残業代0などという制度もまさに格差社会を強めるばかり。
なんといっても成果主義というのが気にくわん。
集団的自衛権は強行策を若干弱めたようだが、最終的には容認の方向だし油断はならない。
コーメーも容認の方向を向いてしまったようだし、当てにならない。
時間のばしをするだけでポーズを取ってみせるだけである。
平和の党が聞いてあきれる。
看板おろせよ。
ジミンやコーメーの内部反乱も期待されるが、それほどのインパクトはないみたい。
野党も一部を除いて容認派みたいなものだしどうしようもない。
ってことをいくらいってみても始まらないが、戦後の大転換期になろうとしていることは間違いない。
フランスのルペンの登場と同じく、それを上回るほどの極右の台頭である。
しかも大政翼賛的な合従連衡。
もはや戦前ではないか。

455 司法よ

ふと思ったのだが、日本はいわゆる3権分立の国である。
司法、行政、国会。
どれも憲法に基づく法律に従って事を進める。
そのどこかの機関が憲法を無視して暴走したとき、他の機関がそれを諫めることはあるだろう。
今は行政が憲法蹂躙して暴走している。
もっとも近い機関である国会は数の上からその暴走を止めることはできない。
司法の最高機関である最高裁はそれを止めることはできないのだろうか。
憲法の番人でもあればなおさら口出しはできるはずである。
誰かが今の行政府の行いを憲法違反だとして訴えないとそういう判断をしないのだろうか。
誰かが訴えなくても成り行きを見て、おいおいそれは憲法違反だ、やめとけと言えないのだろうかということである。
22日までに解釈改憲をするといっている。
緊急避難的に一時停止を食らわし暴走をストップしないと、憲法の番人たる自らが墓穴を掘るようなことになると思うのである。
もしも暴走が止められず、解釈改憲がそのまま通ったら、司法としては唇をかんででもそれに従わざるを得なくなる。
そんなことでいいのか司法当局。
といいたい。
間違った思いだろうか。

454 とんでも官邸団Ⅵ

配役:とんでも総理(ベア=クマ)、ガス官房長(ガス)、やぶにらみ幹事長(ヤブ
クマ:ヨーロッパに行って来たらちょっと疲れたよ。
ガス:バラクさんとは話せましたか。
クマ:今回も5分ほどしか話せなかったよ。彼、ボク嫌いなのかな。
ヤブ:でもまあみんなでロシア下ろしで盛り上がってましたがな。
クマ:その代わりボクの演説はあんまり興味示さなかったよ。
ガス:中韓を刺激することはバラクも痛し痒しなんじゃない。
ヤブ:あの言葉は結構刺激的でしたよ。
クマ:ボクの持っているドリルはどんな岩盤も無傷ではいられない、ってやつ?
ヤブ:はい。それに私らは誰にも破壊されない一枚岩盤ですから万全でごじゃいますよ。
ガス:それって矛盾しない?
クマ:え、ムジュン? それってどういう意味だっけ。
ガス:まあ、そこが今回のねらい目でごじゃいますよ。
ヤブ:つまり、引っかき回し作戦ですな。
ガス:そうそう、攪乱しておいて最後はポン(強行採決)ですわ。
ヤブ:ねらい目は我が友コーメーちゃんですよ。池ちゃんが何というか待ってるらしいけど、まああちらが平和の党というのなら、私たちも平和の党っていっておけばころりでげすよ。
クマ:コーメーのことは君にまかせたから後は金でも握らせて黙らせてくれよ。
ガス:この間は、国民投票選挙権は18才が通ったし、若者はみんなこちらに賛成してくれるでしょう。
クマ:EUじゃ極右のものらが勢力伸ばしているね。ウラヤマシーな。
ガス:ニポンでも反韓反中のヘイトスピーチがはやってますがな。
クマ:そりゃいいや。愛国心教育もこれからはバッチリやらせるし、賛成しないやつは即徴兵だぞと脅しておいてくれたまえ。
ヤブ:いや、それはちょっとまずいっすよ。
ガス:それは隠しておいて、賛成したら徴兵は免れるよとでもいっておけばころりでしょう。
・・・・いつものようにとんでも官邸団はアホな謀略を練るのであった。

453 極右



写真は柿の花。
これが実になる。
当たり前か。
昨日思い出せなかった○○は「浚渫」(しゅんせつ)だった。
えらく難しい字を書く。
固有名詞ばかりでなくてこういう普通名詞が思い出せなくなっている。
それはさておき、ちょっと世界はおかしくなり始めている。
ちょっとどころかかなりではあるが。
EU諸国のこのところの極右の台頭はどうだ。
特にフランス。
ルペンという女党首の国民戦線。
そしてイギリスの独立党とかいうやつ。
ファラージ党首。
これまで2大政党だったところに第1党に躍り出た。
そのほか、スエーデン、オーストリアなんかも極右政党が議席を伸ばした。
反EU、それに反移民である。
ニポンのヘイトスピーチなんかも同じ類だろう。
もっともヘイトスピーチどころじゃない極右はその名も自由を冠にしたベア一族である。
ベアこそ最大の極右だと言えるだろう。
もうすでに議席は過半数どころか独占状態みたいなもん。
やりたい放題の極右である。
いかなる岩盤もわたしのドリルの前には無傷ではいられません
とのたまった。
いやはやなんとも傲慢な態度。
なんかやりこめる手はないものか。

452 葦

川の土手の草刈りをしたらすっきりした。
川の中の葦もものすごく繁茂してしまって見苦しい。
長年のうちに土砂が堆積してしまってその上に生えたものだ。
水の流れるところよりも葦の生えている面積の方が大きい。
それで少しだけ毎年刈り取っている。
今年も同じ場所を刈り取った。
この堆積した土砂をとってくれるよう行政に頼んでいるがなかなかとってくれない。
去年秋に業者が葦を刈り取ったのでやっと土砂の○○が始まるかと思ったが何故かやらなかった。
この間、田んぼの水を見てたたずんでいたら、自動車が止まって、ある人がこの辺の川にサンショウウオはいますかと尋ねられた。
その他このあたりの魚のことについて尋ねられた。
目的の1番はサンショウウオのいるかいないかだった。
もしもいたら土砂の○○は慎重にしなければならないしいなければすぐにでもできるということらしかった。
土砂の○○をしなかったのはそういう訳かと思ったのだった。
10年以上前には一回○○をしたのだが、今回はそういうことがあったのだ。
ちなみにそれを調べて私に聞いてきたのは、私が高校の頃新任で赴任したばかりの生物の教師であった。
○○という言葉が思い出せない。
何だっけ。
池や海や川などから土砂を取り除く作業のこと。

451 脱原発



脱原発集会に行ってきた。
いろいろな地区の活動の様子がわかった。
今度はもう黙っとれん1000人集会に行く予定。
このまま黙って見過ごすわけにはいかない。
首都で100万人でやるのもいいが全国そこら中で1000人でやるのも強力なことだ。
しばらくそこら中でやることだ。
何回でもやることだ。
現政権がなくなるまでやることだ。

450 スイカ

スイカをもらったので食べた。
英語でwatermelon。
ウォーターメロン。
水メロン。
ハービー・ハンコックというジャズ畑のピアニストは、ウォーターメロン・マンという曲を60年代か70年代に作ってヒットした。
それを1990年にマイルスがパリでやったときにハービーも出て一緒に演奏していた。
ハービーはマイルスとやったことをひどく興奮して喜んでいた。
ウォーターメロン・マンってスイカ売りのことだろうか。
それはともかく、知り合いがボストンに住んでいていつだったか夏に帰ってきた。
その子どもが現地の学校に入っているとかで、家にいるときは日本語でしゃべっているが、スクールバスが来て友達を見ると、とたんに英語をしゃべり出すといっていた。
完全にバイリンガル少女である。
その子にスイカって英語でなんていうの、と聞いたらすぐに、ウォーターメロンといった。
でなくて、「ウォラメロン」という発音でいったことがおかしかった。
こりゃーやはりバイリンガルだわと思ったものだった。
子どものくせにしゃべれるとは羨ましいものだった。
やはり外国語は現地で暮らせば身に付くものだとつくづく思った。
日本人でも何カ国語をしゃべれる人はいるみたいだが、凄い能力だと思う。
南方熊楠という明治の天才は20カ国語ができたらしいが、すべて独学。
わが友人の一人も10カ国語をマスター中であるが、よくやると感心する。
その外国語を話すネイティブの人と仲良くしているから、そういう人といれば何とかなるのかも知れない。

449 山頭火

また山頭火であるが、山頭火で知っている句といえば、
「分け入っても 分け入っても 青い山」
「うしろすがたの しぐれていくか」
の2句しかない。
ネットで山頭火のことを見ていたら、つくったのはなんと15700句!とある。
書くもの書くものみんな句になったのじゃないかと思うくらいだ。
小林一茶が生涯20000句というがそれに次ぐくらいだろうか。
誰が何句つくったのかは興味の外だったがそんなに沢山作れるものだろうか。
芭蕉は1000句ほどという。
数のことはさておき、「捨てきれない荷物」という句について昨日書いた。
この句の隠れた意味合いと上の二つの句の意味合いもよく似ているのじゃないか。
人生のしがらみにまみれて苦労や苦悩、心配事が雪だるまのように増えていく。
「分け入っても 分け入っても」にはそのしがらみの中からなんとか脱出しようとかき分けかき分けして進もうとしても依然としてそこには青い山たるしがらみが山となっているというような。
また、「うしろすがた」はしがらみを背負った人間の陰のようなものが背中に感じられる。そしてそのしがらみを持ったわたしがまたしがらみの中にさびしくも進まざるを得ない。そんな感じが「しぐれていくか」には感じられる。
どこまで行ってもしがらみの山。
そういうしがらみを受け入れざるを得ないという諦観、嘆息の句じゃないかと思うのだ。
でも若干その諦観には、まあいいや、仕方がないけど少しぐらいは前向きにいこうという明るさも感じられる。
やっぱりそのくらいじゃないとやってられねえやという気持ちもある。
のだろう。
山頭火のことはよく知らないが、家族を捨てて放浪したとある。
その彼の気持ちが句の中に自然に湧き出たのだろう。

448 荷物

捨てきれない 荷物の重さ まへうしろ 
法話で聞いた山頭火の句。
よく引き合いに出される句みたいである。
物理的な荷物もあるのだが、この場合そうではなくて人生のしがらみみたいなもの。
あれもこれも抱え込んでしまってなかなか軽くならない自分の身である。
生老病死。
老いること、病にかかること、死を感じること。
自分の体、家族身内の問題、等々抱える荷物は増えるばかり。
子どもが小さいうちはそれなりに手がかかり大きくなればなったで心配も増えて来る。
就職や結婚すれば手が放れると思うが、親としてはすっきり放れられずいつまでも気をもむことがある。
苦労や心配はいつまでもというわけである。
それから放れるにはいわゆるぼけることである。
子どもに戻れば苦労や心配はない。
人間に心がありそれが正常に働く限りその心の荷物は重くなるばかりであるという山頭火の句であった。
思いは重い。
これもまた人生不如意ということである。

447 大地

この大地は誰のものであるか。
過去から(先祖から)受け継いだもの。
先祖が守ってきたものを受け継いで未来のものたちに送ってやるのが現在生きているもののやることだ。
というのが一般常識であったが、ひっくり返された。
つまり未来からの贈り物であるという考え。
だとすれば、未来に対して責任が持てる。
というか、未来に対してこの大地を汚して渡してはならない。
現在のおまえ達にきれいな大地を渡したのに、汚して返すとは何事だと未来のもの達はいうに違いない。
現実は全く逆。
農薬で大地を汚し、化学物質で汚し、CO2で汚し、挙げ句の果ては放射能で汚し、未来の人は怒りまくりだろう。

446 BEAT IT

ふとTVをつけたらマイケル・ジャクソンのTHIS IS IT をやっていた。
前に録画して見たことはあったが、また見てしまった。
新しい発見もある。
途中でマーチン・ルーサー・キング牧師の声が入る。
あのI HAVE A DREAM という有名な演説からのフレーズであった。
MJ(マイケル・ジャクソン)のすごいところは、やはりダンスの斬新性であろう。
ヒップ・ホップ系のブレークダンス?で即興的にすいすいとやってしまう。
前にも書いたがマイルス・デイビスがMJの「ヒューマン・ネイチャー」をやっているのだが、この映画でも彼自身が歌っていた。
後は知ってるのは BEAT IT と1,2曲だけ。
ほとんど知らないのだが、あのリズムにはつい体が乗ってしまう。
こういう音楽の映画は昔からあったが、70年代に見たのはご存じ、ビートルズの「レット・イット・ビー」。
これは10回ぐらいは当時見た。
それから、レオン・ラッセルの映画、「マッド・ドッグス&イングリッシュ・メン」。
カーペンターズが歌った「ア・ソング・フォー・ユー」が抜群によかった。
それからレオン・ラッセルが好きになった。
レオン・ラッセルといえばもう一つ「マスカレード」も名曲だ。
あの映画の中で出ていたジョー・コッカーもよかった。
独特のだみ声で歌うブルースがなかなか渋かった。
それからロックの映画でいえば「ウッドストック」
・・・・70年代のロックの映画はほかにもあるかも知れないが、あのころは映画もなかなか新進気鋭の監督らが作った映画があってよく見たものだった。
やはり一番に思い出されるのは「イージー・ライダー」
その映画でもロックが多用されていた。

455 不如意

人生不如意。
如意不如意である。
思うがごとくならないので苦しい。
苦しい悲しいがあるのが人生だと。
きのうはマウスポインタが止まったままで動かず往生した。
パソコンを切ったり付けたり。
何度も何度も差し替えてみたり。
マウス無しでことをやろうとしてみたが、難しい。
ブログを焦ってアップしたが、せっかく5月31日分でアップできるところだったのに、削除してしまったりして5月31日分に穴が空き、6月1日になってしまった。
不如意であった。
たったそれだけのことが悔しくてパソコンに向かって畜生と怒鳴る。
法話を聞いてこの有様。
見苦しいものだ。
でも腹が立つ。
もう一つ。
・・・もう一つと書いたはいいが、ど忘れした。
1時間ほど前にはこのこともあると覚えていたのだが、いかんせんこの頃物忘れが激しい。
これも不如意か。
体のこと。
家族のこと。
社会のこと。
考えてみれば不如意はいっぱいある。
だけど自分にとって不如意なことでも、他の人にはそうでないこともあるから面倒くさい。
自分中心に考えるからそうなるのであろうが、世の中、だいたいすべての人が自分中心で回ってるから、不如意と不如意がぶつかり合って不如意の2乗になることもあるのだろう。
自分中心を取り去れば不如意はなくなるのかも知れないが、難しい。
だから不如意を受け入れることしかないというのが今日の結論であった。
プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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