536 サプライズ

43年ぶりの教え子との再会を果たした。
大きなサプライズであった。
あちらはまだ当時は少女であったがすでに50を越えたおばさんになっていた。
その歳月は長いが昨日のことのように話が出来た。
といってもうたかたのごとく忘却の彼方から記憶を呼び覚ますのに苦労した。
なかなか名前が出てこない。
そんなこともあったのかと記憶から消えていることもあった。
自分の重ねた歳月と彼女の重ねた歳月は物理的は同じであるが、少女から大人へということから考えるとあちらの方が多分長いだろう。
現在の誰それの状況をいろいろ教えて貰った。
順調な子もいるし苦労をしている子もいるようである。
高度成長期を共に生きてきたという点では同世代的感覚である。
再会できた動機はネット環境がやはり影響した。
個人情報としてネット上に出ているとこんなことも起こるということが今更ながら実感できたのだった。
その分、ネット上に自分の情報を出すことは危険も隣り合わせだということを覚悟しなければならない。
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535 ナンバー1

ヘイトスピーチ規制にかこつけて国会周辺デモにまで規制をかけようとしている。
あからさまな憲法違反である。
無茶苦茶な横暴ぶりである。
おそらく分かっていて仕組んだ計画だろう。
厚顔無恥であり確信犯的暴挙である。
悪罵の限りを尽くしても悪罵倒せないほどの罪である。
悪罵が駄目なので賞賛に変えよう。
国会周辺デモ規制、静かになってさぞいい国会論議が出来るでしょう。
素晴らしい提案ですよ。
特に内閣の面々は静かに頭を冷やすことが出来るので、もっといい法律案が出来ることでしょう。
集団的自衛権関係の法律もすいすいと出来ちゃうのではないでしょうか。
防衛費も素晴らしく伸びようとしていますね。
これでニポンは安全安心安泰の国になることでしょう。
武器輸出も自由になさって世界中から感謝されるでしょう。
日本の武器技術は最高です。
原発も売りまくって感謝されましょう。
これで日本もジャパンアズ№1です。
日米同盟は隠れ蓑で、ほんとはハメリカなんかさしおいてナンバー1になりたかったんだ。
もう後一息で完成です。
そのときニポンはアベリカと改名するのです。
素晴らしい構想を立てましたね。
ほんとに素晴らしい。
その前に今度こそは腹痛で逃亡しないように毎日オータ胃散と正露丸を飲んで備えておきましょうね。

534 アンコール

音楽を聴く時間がなかなかとれない。
雨が降ったりするととれるのだが、読書もしたいしで少ししかとれない。
それで、夜、寝るときアイポッドの音楽を聴く。
イヤフォンからの音は耳には良くないと思うが我慢して聴く。
しかし聴きたい音楽を全曲聴かない間に寝てしまうのが常である。
途中夜中に起きたときなど後がなかなか寝られないのでまた聞きだす。
そういうときは目が覚めているので最後まで聴けたりする。
どちらにしてもイヤフィンで聴くのはつまらないと言えばつまらない。
やっぱりでんとしたスピーカーで聴くのがいい。
最高なのはライブで聴くことだが、田舎住まいにとってライブは遠い世界のことである。
それはさておきイヤフォンで聴いていたキース・ジャレット。
ソロの音源はたくさんあるが、カーネギーホールでやったやつ。
さいごまで聴いていたらアンコール曲も入っていた。
アンコールをなんと4回ぐらいやった。
拍手が鳴りやまず出てきて1曲。
また拍手が鳴りやまず出てきて1曲という風に4回ほどやったのだった。
アンコール曲というのはあまり長くやらないし、みんなが割と知っているやつをやるのだがこれがなかなか良かった。
実は10年以上前に名古屋公演をしたとき同じくソロだったのだが、やはりやはりアンコールに3回も応えてくれたのだった。
ちょっと見ると気むずかしい顔をしているがサービス精神が旺盛である。
キースは70年代の頃から好きだったがますます好きになったのだった。
でもソロでもトリオでも音楽自体は美しいには美しいが取っつきにくいと言う面もある。スタンダードなどは元の曲を知っていないとおもしろみも感じにくい。
彼は元の曲のメロディを粉々に分解してしまって全く別の曲のようにしてしまうからである。
その点、スタンダードではなくて即興の演奏の場合は、これまた難しいと言えば難しいのだが、ワンフレーズのキャッチーなメロディをつかまえるとこれがリフレインしてなかなかいい曲になる。
聞き手はこの瞬間を待っているのだ。
リフレインするフレーズはずっと心に残って心地よい。

533 ゼロ

ゼロ・トレランスというカタカナ語があるが、「不寛容」ということである。
もともと「破れ窓理論」から出た言葉らしい。
ニューヨークの街角の壊れたビルの窓が破れたのを、そのままにしておいたら破れたところにふさわしくビルがますます壊されたり、不法滞在者が出たり、そのビルの環境が悪くなっていく。
しかし、その窓を修理し、きれいなビルの概観を取りもどすとそのビルの環境悪化が止まったという。
破れ窓という環境に寛容でなくて不寛容で臨んだから悪化が防げたということか。
ビルの窓を修理しきれいにするということは別段悪くない。
そしてそれにより環境が良くなればいいことである。
この理論を教育に持ち込むことがアメリカでなされた。
クリントンの時らしい。
そして日本にも持ち込まれた。
犯罪的なことに対して寛容であってはならないが、学校のルールや決まり破り、子どもの非行的なことについては「不寛容」でいいのだろうか。
否である。
寛容でいいのかというとそうでもない。
やはり個別的な事例にもよるが、ゼロか百かの一刀両断的な指導は指導ではない。
原因や背景を明らかにし、気持ちをくみ取り、今後の生き方に迫るのが指導であろう。
初めから悪いというのは指導を捨てている。
指導を捨てた教育は教育ではない。
と思うのだ。
悪いことがゼロならばゼロから出発する。
いやゼロからの再出発をさせるのが指導であり教育である。
と思うのだ。
ゼロを切り捨てない。
つまり「寛容」だ。
と思うのだ。
上に書いたことと矛盾するが、すぐに寛容ではないということである。
指導を伴った上での寛容と言うことである。
抽象的思考にすぎたが、要はそんなゼロ・トレランスなどと言う言葉にとらわれず、子ども生徒を人間として見、育てるという観点を忘れるなということである。
そしてまた言うけど「他者感覚」を持てということであろうか。

532 風

今日も病院へ行った。
予約時刻10分前についたが、ついたら5分くらいで呼ばれたのだった。
いつもはこみこみで予約時刻が来てもさらにコ1時間待たされていたが、今日は人も少なく時間通りみたいな感じだったのだ。
こんなこともあるのかと思ったのだった。
昨日あんな事を書いたので褒美として病院が気を利かしたのかと思ったりもする。(冗談)
人生はいつも悪い風が吹いているわけではない。
まさに人生いろいろ。
まさかのこともある。
珍しいことではない。
良い風は忘れてしまうが悪い風にはすぐにかーっと頭に血が上るのが人間なのだ。
悪い風に当たってかーっとなっている人のそばにいるほど落ち着かないことはない。
周りの空気が辛くなってしまう。
気が滅入る。
のでそういう場合はすぐに離れた方がいい。
人間誰しもいい風にあたって平穏に平和に暮らしたい。
隣の国は悪いやつだとしきりにうそぶいて悪い風を吹かそうとしている輩がいる。
いい風を吹かしてお互いに平和に暮らすのがよっぽどいいのにいい風を好まないらしい。
これも他者感覚の無さのなせる技であろう。

531 待つ

病院に行って来た。
待つこと1時間あまり。
今は番号表示などが出てあとどのくらいか分かるようになっているがそれでも待つのは骨が折れる。
いつも思うのだが、待ちきれずに看護士にあとどのくらいかだとか、もう何十分も待っているのに遅いとか文句を言う人が必ずいる。
待たされるのはいやなことだが、病院は待たされるところだと初めから思った方がよい。
病院だから医師が順番に診察するのは当たり前。
自分の前に誰かがいれば待つのは当たり前。
自分の前に人がいれば自分が先に見て貰えるなんてことはない。
何が何でもすぐ診てもらいたいというのはエゴだ。
自分が診てもらうときには他の人は待っているのだ。
掲示板に患者からの苦情表がはってあったが、どちらかというと患者のエゴの出たようなものばかり。
人は悪くて自分は正しい?という観点からの苦情である。
病院側も申し訳ないです云々と回答がしてあったが、謝る必要はない。
クレーム社会である。
他者感覚ゼロということである。
すべてクレームする側が良くないと言うことではないが、もうちょっと人の気持ちを考えろ、自分ばかりが先に立っていないか考えろといいたいのだ。

530 シリア

シリアってどうも訳の分からないことになっている。
ゆかわ某というじんが捕まったというが、その後の情報が少しもないのは不思議。
というか不気味。
ある情報筋によると民間の軍事会社を作っていたと。
そしてあのタモガミというじんとも交流があったと。
写真も二人が写ったのがある。
それから他の政府関係の役人なんかとも交流があったとも。
今情報が滞っているのはだからその筋の力が働いているのではないかという。
躍起になってもみ消しみたいなことをやっているのじゃないかということである。
イラクで殺された青年がいたがあのときは小泉は自己責任だといって助けなかった。
今回は右の力が働いてそれよりやや複雑で怪奇的である。
でもいずれはっきりするときがあるだろう。
そのときは政府の対応も明らかにして欲しいものだ。

529 モリソン

モリソンには二人あって、一人はヴァン・モリソン。
もう一人はジム・モリソン。
ジムの方は、ドアーズのメンバー。
サイケデリック・バンドで名を馳せた。
そのうちラリッて死んでしまった。
「カモン・ベイビー、ライト・マイ・ファイアー」の「ハートに火をつけて」が好きだった。
今日はヴァン・モリソン。
ヴァン・モリソンといえばただ一曲。
「サン・アンセルモの雪」だった。
イメージとしては、田舎道を走って喫茶店に入った。
雪はなかったのだが、裏口から出てみると一面の雪景色。
というファンタジックな歌詞だと思ったのだが、実際は違った。
自分の勝手な想像だった。
あの曲はしかし中間の間奏のところなどが素晴らしくジャズっぽくてかっこよかったのだった。
それにバックコーラスが入ってそれもなかなか良かった。
そんなにメロディが良い訳ではないが声にしびれるのかそういう間奏やバックコーラスがよかったのか心に残っている。
「アンセルモの雪」の入ったアルバムは絵が素晴らしかった。
ヴァン・モリソンは今でも歌っている。
ブルース・フィーリングにあふれた曲が多い。
FBで時々情報が送られてくる。

528 蓄音機

子どもの頃家に蓄音機があってそれにかけるレコード盤が幾枚かあった。
美空ひばりの「リンゴ追分」があって良く聴いた。
渡辺はま子の「しなの夜」もあった。
「しな」は中国のことである。
ワープロで「しな」と入れても中国を意味する漢字は出てこない。
差別語だからだろうがさすがである。
石原のじじいはおこるだろうな。横道おわり。
他のものはどんなものであったか忘れたが、歌謡曲とか浪曲のものだった。
クラシックのレコードはさすがに無かった。
田舎のものがそういう音楽を聴くということがなかったからだろうと思うが、あったら嬉しかったと思うが今更しようがない。
ぐりぐりと手回しのゼンマイ仕掛けの蓄音機はまさにアナログであるが、高級な蓄音機は結構いい音がしたらしい。
しかし、ベートーベンの「合唱」などのレコードは聴き終わるのに何枚くらいかかったのだろう。
おそらく10枚以上はいったのだろうが、裏返したりして聴くから聴く方も大変だったっろうと思う。
今は電気仕掛けの機械で78回転のレコードも聴くことが出来る。
電気を通した音はまた違った意味で独特なサウンドで好きな人は好きらしい。
一回そういう音を体験したいものだ。
フルトヴェングラーのSP盤で1920年代の「運命」とかを聴いてみたい。
あるところにはあって自慢げに話す人もいる。
うちにあった蓄音機は結局ゼンマイが切れてしまって直すことが出来ず廃棄した。
あの美空ひばりのSP盤もどこかへ行ってしまった。
残っていたら高く売れたかも知れない。
というより自分で電気的に再生して聴いてみたかった。

527 ミニ同窓会

今日は中学の時のミニ同窓会。
かなり飲む口ばかり集まって料理より飲む方が多い感じ。
それにしゃべるしゃべる。
とぎれることなく最後まで。
怒り上戸もなく、愚痴上戸も無く楽しく最後までつきあえたことはよかった。
政治の話も少しは出たがお互いに突っ込むこともなく引っかかることもなく無事平穏にいったのだった。
10月にまた本式の同窓会をやることにして今日は前哨戦。
歳が歳だから今後20年間やっていけるかどうか。
しかしとにかくやるだけやっていこうということを心に決めた。

526 サプライズ

今朝FBの友達リクエストにかつての教え子の一人から所望される一文が届いた。
非常にびっくり。
数えてみたら初任1年目の時の中一の子だからそのとき13才としてそれから43年の月日がたった。
ということはあちらは56才。
13才の少女の面影が残っているが56才の女性となると想像も出来ないくらい。
思わずうーんとうなってしまった。
FBを見ると写真が出ているがやはり少女のときの面影は少しはある。
しかし、しかし43年の月日は長い。
人生いろいろであるが、どんな人生を歩んできたのか興味はある。
今日は43年前のことをいろいろ思い出そうとしてみたが、やはりかなり忘却の彼方であった。
しかしやはり初任のときの子(たち)だから、それなりに思い入れはあってその他の年の子たちと違って特別な思いは残っている。
こちらが初任だったことを覚えていてくれたのか、それが功を奏したのかどこからか名前を拾ってくれたのだろう。
メールか手紙のやりとりが楽しみになってきた。

525 本望

好きなことをしていて死ねば本望だということがある。
登山家が登山していてなんらかの事故で死ぬ。
それは登山家の本望であるという具合に。
戦時中は敵の戦艦にあるいは戦車にぶつかって死ぬことがあった。
それは 男子として本望であったとか本懐であった、とかいう。
当時としてはそれは本望であったかも知れないが、本当のところはどうなのか。
戦争で死ぬことほどつまらないものはない。
しかし、それではいかにも無駄死にだということで意味づけとして死ぬことが本望に格上げされたのではないか。
しかし、銃弾や砲弾に当たって死ぬ間際になって人間というものは本望だと感じられるか。
否である。
誰しもが家族、恋人、親のことを思い死んでいくのではないか。
その際に俺はこれが本望だったとは考えにくい。
原因は教育とプロパガンダである。
今またヤスクニを訪れる子どもがいるそうだが、その際に多かれ少なかれそういう気持ちを抱いている子どもがいるという。
国のためにという思考がそこで注入されるのだ。
思考するには格好がいいが実際に戦場に出て銃弾や砲弾が飛んできた場合に本望だなんて思わないに違いない。
そこをよく考えるべきである。
「国のため」という言葉の甘言あるいはにせロマンにだまされてはいけない。
そして「本望」という甘言あるいはニセロマンにもだまされてはいけないのだ。

524 人種

フルトヴェングラーは何故マーラーの交響曲を録音しなかったか。
ネットで調べたら簡単だった。
フルトヴェングラーはドイツ人だが、マーラーはユダヤ人であった。
ヒットラーは音楽まで排斥したということだ。
1920年代のまだヒトラーが現れていない頃には1番2番4番などの演奏はしたみたいだが録音はされていない。
そして戦争が終わってからマーラーの歌曲の録音をしている。
だけど交響曲はしていない。
戦争が終わったのにしていないのは何故かと思うがこれはまだ分からない。
フルトヴェングラーはヒトラーに対して批判的だったともいわれるし、協力的だったともいわれる。
真相はこれまた分からないが、戦争中はやはりドイツ音楽ばかりやっていたみたいである。
ユダヤの民族問題は歴史的にはもっと昔からあるのだがヒトラーの時に最悪となった。
それに巻き込まれた芸術家は結構いる。
現代では黒人白人の問題でアパルトヘイトがつい最近まであった。
アメリカでは現在も尚くすぶり続けている。
ミズーリ州のファーガソンでの黒人少年射殺事件が尾を引く。

523 マニア

最近「フルトヴェングラーを聴こう」というグループに入ったらいろいろな情報が来るようになった。
ブルックナーの5番のアダジオが素晴らしいとかSP版でも結構いい音がするとかチャイコの悲愴がすごいとか。
いずれもそれはやはりマニアというか好き者というかそういう人の言である。
好きになるとどんなものでもよくなるといういわばひいきの引き倒しみたいなことになる。
オークションでフルトヴェングラーのレコ-ドなどを見ると、高いもので500万とか250万とかいう品物がある。
ほかにも40万とか25万とかするものも。
こうなるとマニア以上のマニアの世界である。
ジャズのレコードでも無茶苦茶高いものもあるが、そこまで金をかけて音楽を楽しもうという気は自分にはない。
いやひょっとして金持ちだったらそういう気になるかも知れない。
フルトヴェングラーに戻ると、自分は前にも書いたが40年以上前に一度はまったことがあるが、それ以後は冷めていた。
今回グループに入ったお陰でまた少しその熱が出てきたかも知れない。
ブルックナーの9番のレコードは40年以上前に買ったが、7晩や8番、それに4番なども聴いてみたくなってきた。
いろいろオークションなど見ていて気がついたことだが、フルトヴェングラーはブルックナーの交響曲は録音しているがマーラーのそれはない。
それは何故だろう。
歌曲はあるが交響曲はないのだ。
少し調べてみる必要があるようだ。

522 戦争文学

テレビで「少年H」をやったので見た。
小説でも読んだし劇場でも見たのだが、戦時下の庶民の様子を描いて秀逸。
今やこういう小説は書く人が無くなりかけているのではないか。
いやまだ暫くは書こうと思えば書けるが時間的には残り少ない。
書く人も(記憶の残っている人)少なくなっていく。
書くことも大事だが、語ることも大事だ。
戦争の語り手がどんどん少なくなっていく現在、語れる人を探すのも大変である。
新聞でそういう特集などもやっているが自分の身の回りでそういう人を発掘し語って欲しいと思っている。
だがしかし、今は戦後として1945年以前の事としての戦争のことをいっているが、考えてみると、「頭の悪い権力者」のお陰で新しく戦争文学が成り立つような時代にならないとも限らない。
もはや戦前であると誰かも言う。
ということで日本の戦争文学は1945年以前のものとして語られるようにしたいものだ。

521 字

このところ雨ばかり。
梅雨が戻ったみたい。
気温も上がらず。
稲にとっては冷夏にならないかと心配。
40数年前の初任時の教え子から葉書が来る。
筆跡は当時のまま。
癖というのは直らないものかと思う。
筆跡鑑定というのがあるがやはりこういうなおらない癖が原因にあるということが分かる。
悪筆の自分としてはなんとかこの悪筆を直したかったのだがやはり直らないとなるとあきらめるしかないか。
だがしかし自分もかなり努力したので中高生の時よりは若干はましな字が書けるようになったのではないかと思う。
低学年を受け持ったときはひらがなをかなり練習した。
ノート2,3冊以上は書いて書いて書きまくって癖を直そうとした。
しかし何故だろう、意識しないで書くと元に戻るというかせっかく練習した字体が元の字のようになってしまう。
書道の塾に入って毛筆の練習にも励んだのだが、三日坊主で終わった。
字の美しい方はほんとに羨ましいし尊敬してしまう。
女性の方だと字と共に本人まで好きになってしまいそうだ。
やはり三つ子の魂ではないが、小さいときから美しい字を書く練習をさせておくといいのではないかと思う。
中学生の男の子でそれは美しいお手本のような字を書く子がいた。
彼もきっと小さいうちから練習に励んだに違いないと思うが、男でも美しい字が書ける人は一つのステータスとなるだろう。
もてるだろうし信用も厚いだろうと思う。
まああまり気にしてもしようがないが、書くときは誠実さを込めて書くようにしたいと思う

520 敗戦

「八月は六日九日十五日」作者?
終戦=敗戦記念日の戦争特集番組を見ていた。
戦争は平和の問題でもある。
美輪明宏が「頭の悪い人が権力」を持つと怖いと言っていた。
本当にそうだ。
頭の悪い人であり頭の悪い人たちでもある。
美輪明宏は戦争当時自分が見たことを語っていた。
出征兵士を送る駅で、最後に母親が人をかき分け出てきて息子の足にしがみついて、生きて帰ってこいと泣いたという。
そしたら誰かわからないが憲兵かそういう人みたいのが、その母親の襟首をつかんで投げ飛ばしたという。
母親は電柱か何かに頭をぶつけて眉間から血がふきでたという。
それをみて息子はどんな気持ちになったか。
そして汽車は出て行った。
息子は戦死した。
美輪明宏は思わず涙声になっていた。
軍事力を高めることが抑止力になるという議論も他の番組でやる。
一人鳥越俊太郎が集団的自衛権反対で気を吐いていたが、NKHは賛成の方向にもって行くような気配が感じられた。
若い人の戦争離れが進んでいる。
平和は戦争の裏返しならば、絶対悪としての戦争をもっと伝えていかなければならない。

519 BBQ

昨日の疲れが残っている。
昼に親戚でBBQ。
子どもたちの子ども、つまり孫が来て大にぎわい。
ボストンから来た小2の子どもは、ヤフー、ヤフーと言いながらキックスケーターに乗っていた。
ヤッホーというのは日本語なのか、と妙に感心。
イモリやオタマジャクシやミミズを手で触って騒いでいた。
奴らのセンス・オブ・ワンダーは素晴らしいと思いつつ付き合っていた。
大人になっても持ち続けろよ。
しかし疲れた。

518 故郷

今日はふるさと祭り。
懐かしいふるさとの訛りをきいいて盆踊りをする。
1年に1度の1大イベント。
天気を心配したが、雨も降らずに袖を絞れた。
帰省客もくるのだが、同級生を探したのだがやっと一人しか見つけられなかった。
疲れたのでこの辺で。

517 センス

今日は毎年恒例の七夕会に行ってきた。
じゃなくて陶芸講座に言ってきた。
もう20年ぐらい続いている。
年に一回だから七夕会である。
生憎雨が降っていたが徐々に上がり、昼には外でBBQが出来た。
20年くらい続いているからだいぶん上達しているかと思うがそうでもない。
というかそれは自分の場合だが。
やはり得意不得意があって自分はどうも実践的アート系には弱い。
センスがないのである。
不細工なのである。
毎日やっていたらうまくなっているかも知れない。
と、言っておこう。
ところで流星群が今夜あたりよく見えるらしいが、よし見ようという気力が沸いてこない。
これもやはりセンス不足なのか。
それとも年取ったせいか。
センス・オブ・ワンダーが減退しているといえよう。
今日の陶芸講座の講師はセンス・オブ・ワンダーの固まりみたいな人であった。
ミツバチを飼い始めたとか。
畑の野菜作りもトマトなど工夫されていた。
川で魚釣り、秋にはキノコ取り。
音楽も好き。
いろんな面で達人である。
そういえば他にも達人はいた。
数学の達人、BBQの達人、・・・・
自分は・・・・米作りの達人?。
・・・にはなれそうもない。

516 西脇詩集

西脇の話の続き。
大学生の時に西脇詩に触れて以来ずっと追っかけていた。
追っかけていたというのは、彼の出す詩をずっとリアルタイムで読んでいたこととと、彼の詩集を集めることである。
時々「現代詩手帖」や「ユリイカ」や「無限」に発表される詩を落とさずに読むことは楽しかった。
次はどんな詩を書くのだろうと思うとわくわくしたものだ。
しかしそれも彼が病気になって死ぬまでのことだった。
その後は、まだ手に入れていない詩集を集めることが生き甲斐ではないが、人生生きていく上での楽しみとなった。
一番古いのは昭和8年の第一詩集「アムバルワリア」だった。
これはネットで調べて出ていたので買いに行った。
買うべきかどうか少しの迷いはあったが、大枚を忍ばせて買いに行ったのだった。
昭和8年の限定200部の初版本である。
愛知県刈谷の古書店まで行ったのだった。
その他全部で16冊の初版本詩集をネットオークションやネットの古書店などで手に入れた。
その他に随筆や詩論集とかの初版本も集めた。
多分大体主なところはそろったと思う。
西脇の詩としては英語ではあるが「ケンジントン牧歌」が一番古いだろう。
その詩が出ているCHAPBOOKという雑誌も手に入れた。
このくらい集めれば結構西脇お宅と呼ばれてもいいのではないかと思うのだが。
他にも関連本で、西脇の特集の雑誌とか、西脇論を書いた本とかも出来るだけ集めた。
さて集めてはみたものの、それをこれからどうするか。
それが問題である。

515 鹿門

台風11号、この辺は3時過ぎから風雨強まる。
稲が倒れないかと心配だった。
さて昨日、西脇順三郎は最高だと言ったが、それは個人の感想であって万人がそう思うわけでもない。
芸術はみんなそうである。
西脇の詩は分かりづらいという人もいる。
詩をよく知っている人でもそうである。
しかし、いったんそのおもしろさが分かるとはまってしまうのだ。
自分の場合は昨日書いたようにある詩の一節を読んでがーんと来たのだ。
それ以後書かれる詩を全部読むようにしていた。
老境に入っていた詩人であったが、その晩年の詩を同時代的にリアルタイムで共有出来たことは嬉しいことだった。
西脇のファンは結構いるみたいでツイッターで西脇の詩や随筆の1フレーズを頻繁に投稿する人もいる。
「西脇順三郎bot」というサイトである。
この頃投稿された中から二つ拾ってみる。
・「ああ遠くつるのなく音に 旅人はふるえる ふるさとへの永遠の回帰か」(鹿門「元旦」)
・ちょうど二時三分におばあさんはせきをした ゴッホ (鹿門「海の微風」)
どちらも「鹿門」(ろくもん)という詩集からのものである。
一つ目は全体の感じが非常に西脇的である。
永遠という言葉は室生犀星だったかが、俺はもうその言葉は使わない、といったのを揶揄ってそれなら俺が拾って使おうといってやたら使っている言葉だ。
「ふるえる」と「ふるさと」と「ふる」という韻が踏んであるのは偶然かも知れないが面白い。
二つ目は、非常にありふれた文だが「二時三分」が面白いし、それが「ちょうど」という言葉と一緒に使われていること、それに「ゴッホ」が画家の名前を使っているところが面白い。
などと、詩の面白さが、普通?の詩と違っているところが面白い。
と自分では思うのだ。
この「鹿門」という詩集は自分が初めて手に入れた西脇の詩集だった。
晩年の最後から二つ目の詩集である。

514 現代詩

大学生の頃に詩を読み始めた。
現代詩に興味を持つ友人がいて少し影響されたのかも知れない。
その頃二つの雑誌を毎月読んでいた。
「ユリイカ」と「現代詩手帖」
他にもいくつか詩の雑誌はあったので時々買って読んだ。
「詩学」「無限」など
いろいろな詩人がいたが、好きだったのは谷川俊太郎、田村隆一、富岡多恵子、吉増剛造、吉野弘、新川和江などであった。
吉増剛造の2つ目の詩集「黄金詩編」は強烈だった。
言葉が疾走している感じの詩集で若い感性にはびびっと来るものがあった。
それ以後も吉増は活躍し続けるが、あの「黄金詩編」が自分にとっては一番の傑作であった。
「黄金詩編」は人気があったので初版はすぐに売り切れ、自分は残念ながら第2版しか手に入れることが出来なかった。
それ以前の詩人の作品も少しは読んだが、あまり突っ込んでは読まなかった。
誰でもが少しは読んだことがある、中原中也、室生犀星、萩原朔太郎は全部ではないがほとんど読んだ。
この人等の詩の一部は暗唱して口ずさむことが出来る。
そして自分にとって最大の詩人は西脇順三郎である。
戦前から詩は発表していたが戦時中は中断し戦後になってまた書き始めた人である。
この人も友人から教わって知ったのだが読むうちに大ファンになってしまった。
やはりショッキングだったのは日本語の第一詩集「アムバルワリア」である。
一番始めに読んだのはこの第一詩集でなくてそのとき出ていたもっとも晩年の詩であったのだが、その詩が脳天をしびれさすほどよかったのである。
その後に「アムバルワリア」を読んだのだがさらに脳天をしびれさしたのだった。

513 こつこつ

「世界」9月号が届いた。
論文以外に最後の数ページや途中のページに書籍の宣伝が出ている。
そういうのを見ると読みたいのがいくつも出てくる。
しかし、買っても多分積ん読になってしまう可能性が高いので買わない。
と言うか買わないように努めている。
本屋さんや図書館に行くとあれもこれも目に付き読みたくなるので買うのだけは我慢している。
とにかく今あるのをなんとか消化していきたい。
でもやはり時々、図書館で 借りてしまうことがある。
半分自責の念と後悔の念に駆られながら借りてくる。
・・・などとぐだぐだ言わずにやはりこつこつと読んでいくことが一番。
人生もこつこつ。
読書もこつこつ。
こつこつ読書にしよう。

512 読書歴

読書と言えば、漱石とか太宰とかドストエフスキーとかいわゆる名作と言われるもの、あるいは誰でもが知っている作家の本を読むことが読書だと思っていた時がある。
それは確かに読書には違いないが、ある時からそれが変わった。
大学5年の時、残り単位は少なくなって割と時間が余っていたときがあった。
そのとき読書?に時間を費やしたのである。
漱石やドストエフスキーではなくて、現代作家の本、あるいはまだ新人みたいな駆け出しの作家の作品をあさるように読んだのである。
リアルタイムで生きている作家の本である。
まだ本になっていない文芸雑誌に載った作品もよく読んだ。
その中から気に入った作家の本は全作品を読もうと思って挑戦したこともある。
しかし、全作品は結構大変だったので途中からそれはやめた。
全作品に近く読んだのは五木寛之だった。
あと、安部公房、開高健、灰谷健次郎、後藤竜二、宮原昭夫、高橋たか子、富岡多恵子など。
ひところはやった斉藤隆介も読んだ。
大江健三郎は読むのにエネルギーがいったのでリタイア。
井上ひさしも膨大にあるので全部まではなかなかいけないが長編はいくつも読んだ。
司馬遼太郎はあの「龍馬がゆく」とあと数作品。
丸谷才一も随筆を中心によく読んだ。
もう過去の人になっていた山本周五郎はほとんど読んだ。
あと名前をあげるときりがないが、その人の作品1作品か2作品なら結構あるのじゃないか。
もう名前も作品名も忘れてしまった。
近年よく読まさせて貰ったものは、石田衣良、重松清。
と、書いているときりがないからここらでストップ。

511 原爆忌

今日は原爆忌。
首相も出席しての式典であったが、よその国へ武器、兵器を売り歩くような輩がどんな気持ちで望んでいたのか。
まさに戦争に荷担しているようなもんじゃないか。
原爆忌 口では平和 言う首相
じゃないけどほんとに口先だけのやつだ。
原爆を描いた文学と言えば原民喜。
「夏の花」とミズヲクダサイ。
それに漫画であっても「はだしのゲン」の中沢啓治。
「はだしのゲン」はこの頃いっとき図書館から隠すみたいな行為がそこここでなされたが、とんでもないことである。
幸い非難にあって元に戻されたが、それだけ平和に対する意識がぼけてきたということか。
もう一つ原爆の小説で心に残った本があった。
出たときに読んだのでもう中身は忘れてしまったが、「終焉の姉妹」という本があった。
作者は千田夏光。
名前が夏の光とは連想させる。
その「終焉の姉妹」上下2巻あったと思うが、最後の方は涙がこらえられない文章だったと記憶している。
これは広島でなくて長崎の原爆の話だったが、泣かせる話であった。
れっきとした反戦文学である。
もう一度読んでみようかと思う。

510 読書

趣味は何だと聞かれると、「読書と貯金」と答える人がいておかしかったが、貯金はともかく読書は趣味にしている人が多かろう。
自分も読書は好きだが、最近めっきり読書量が減った。
現役の頃の方がずっと多くの本を読んでいた。
定年になったら晴耕雨読だと思って楽しみにしていたのに何故読めなくなったのか。
時間がありすぎてがつがつ読書するという意欲がなくなったのか。
時間があってもいっこうに読書に向き合えない。
雑誌も含めて読もうと思う本がたまっていくばかり。
実際に本に向かっても活字を追っているうちに眠気が襲い寝てしまうことが多い。
毎年、「世界」はその月のうちに全ページ読破しようと思うが守れた月は一つもない。
図書館で借りた本は、積んでおく間にあっという間に返却日が来てしまう。
これではいけない。
何か目標を立てるべきだろうか。
目標が大きすぎると「世界」のように挫折するからもっと小さな目標を考えてみるか。
さしあたり、朝読書10分にしておくか。
いや朝は難しいので一日のうちどこかで10分にしておくか。
今は朝、起きてすぐ6時前後にウォーキングすることにしているから読書は出来ない。
朝のウォーキングが出来ないときは10分読書。
いやそういうときは時間があるから出来れば30分読書にするか。
ってとらぬ狸になってしまうが、どうにかせねばならない。

509 希望2

希望という名のあなたを訪ねて・・・という歌があった。
岸洋子さんが歌っていた。
山形から出てきた歌好きの女性、芸大に合格。
将来を嘱望されていたが、病気で狂う。
しかし、細々ながら歌い続ける。
そして、シャンソン。
希望という名の・・・ヒット。
夜明けの歌のヒット。
恋心のヒット。
自分の人生を「希望」と言う歌で表したような彼女の人生。
本来自分が進むべき道から外れあらたな人生の道を見つけだしたというのは、まさにこの歌の歌詞にあるみたいであった。
希望には個人の希望とマジョリティの希望があるのじゃないか。
今は個人の希望もマジョリティの希望も失われつつあるのじゃないか。
マジョリティの希望が明るくならない限りは個人の希望も明るくならない。
のじゃないか。
「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」
と言った宮沢賢治の言葉に似ているか。

508 希望

何だか世界はもう破滅しかけているのじゃないか。
破滅に向かうのじゃなくて破滅に足を踏み入れたということだ。
西アフリカのエボラ出血熱は押さえられるのか。
近頃聞かなくなったが、エイズはさらに増えている。
もめ事で言えば、イスラエル・パレスチナ。
ウクライナ。
アフガニスタン。
イラク。
中国・ウイグル。
北朝鮮。
原発は世界に400基以上。
核兵器は1万7千発以上。
気温は上昇中。
青年の雇用が最悪。
結婚も出来ない若者。
引きこもりの年齢が上がりつつある。
足下を見ればクマのやりたい放題。
どこに希望があるというのだ。
希望はない。
しかし希望はある。
この希望がない事態をひっくり返そうという意欲がある限り希望はある。
これをなくしてはならない。

507 物語2

自分の物語を語ろうとすると楽しかったこともあるのだが、何故か思い出したくない苦い思い出がよみがえって心が苦しくなる。
顔をしかめ、わざと大声を出し、その思い出をうち消すように他の思い出を探そうとする。
その苦い思い出は夢にも出てくる。
あー、あんな事してしまった、あんな事やってしまった。
あんな事しかできなかった。
どうしてあんな事してしまったのだろう。
自分の力のなさを思い知るのだった。
それらのことはだんだん過去のこととして遠ざかりつつあるが、いまだに思い出せばはっきりと思い浮かぶのだ。
自分で自業自得でもあるのだが、自分で作った傷である。
そのことを思い出すとずきずきと痛み出すのだ。
出来るだけそれを思い出さないようにしている。
時と共に忘却の彼方へ去っていくのを期待?している。
プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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