658 続く

終わりよければすべてよしというが今年はなべて良くなかった。
特に政治的には戦後最悪。
かのおぼっちゃ魔にしてベアにしてあほうにして悪魔にして予測したとおりの結果になった。
1番は立憲主義破壊の集団的自衛権の勝手な容認。
世界の笑いものになっているのに得々としているのはまさにおぼっちゃ魔にしてベアにしてあほうにして悪魔の面目躍如である。
私的には米(こめ)の不出来、腰痛、山登り激減、読書激減などやはりよいことがない。
しかし悪いことばかりでは惨めである。
だからしいていいことも無理矢理にでもいえば当ブログがほぼ毎日更新できたこと。
田んぼの役において地元の皆さんのお役に立つ仕事が出来たこと。
特に、自動草刈り機の導入、鹿防護網の補助金獲得とそれを実地に張ったこと。
公民館長として諸行事をどうにか取り仕切ったこと、特に防災に関する取り組みは大きかった。
などであった。
お読み下さった方々には拙い記事におつきあい下さり感謝申し上げる。
まずは今年の一区切り
しかし、時間は淡々と過ぎていく。
そして人生は続く・・・・か。
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657 寒々しい

今日は名古屋まで行った。
田舎は勿論雪で寒々としているが、名古屋は雪はないが寒々としていた。
車も走っているし人も通っているが何だか寒々しい。
やはりコンクリートのせいなのか。
コンクリートは暖かみがない。
それに窓のガラスでよけいに寒く感じるのかもしれない。
夏は夏でコンクリートやアスファルトは熱いだろうな。
田舎に住んでいるものの負け惜しみかもしれないが、そんな感じがする。
帰ってきたらやはり田舎の自分家の周りも雪もあるが閑散として寒々しかった。
しかし見慣れた風景というのは何だか体温を感じるようで寒いながらも暖かみを感じる。
都会の人たちも住めば都で見慣れた風景としては暖かみを感じるに違いない。
やはり住めば都。
慣れである。
しかしこの寒々しさというのはポリティクス的には一層激しくなってきたのじゃないか。
「好循環」「好循環」とかまびすしいが一握りのものには好循環が来るかもしれないが、その他大勢には疑問符である。
渋谷では年末の公園を野宿者に使わせないようにシャットアウトした。
どういう人間性。
これも寒々しいの言葉しかない。

656 死に体

集団的自衛権にまつわる安保上の法整備を加速させている。
アホノミクスしかない。
この道しかない。
とかいって集団的自衛権などは殆ど隠してきたのに、そういうのも承認されたかのごとく、一気に戦争の出来る国へ突き進んでいる。
自衛隊が恒久的に出ていける法整備を目指すといっている。
しかも出ていくときは国会の承認は後からでいいといっている。
ほんとに戦争まっしぐら。
もと自衛隊の制服組を防衛大臣に据えてまさに戦前みたいな戦争大臣を作った。
「この道」は戦争へ続く道である。
桑田に揶揄されて面白かったなどといっているが、実は面白くなかったに違いない。
・・・これで安保上の法整備が整えば九条は死に体である。
しかも民主主義も死に体。
議会制も死に体ということになる。
ということはニポンそのものが死に体ということになる。
死に体はイヤだ、死にたくない。
桑田みたいに芸能人がぼんぼん抵抗の歌を歌って欲しいものだ。

655 武器輸出

新聞によるとニポン政府は武器輸出について政府の補助金までつけて促進しようとしている。
原発の輸出のみならず武器までも率先して売り渡そうということだ。
政府が口出しするまでもなく武器製造企業はすでに世界に向けて輸出促進をたくらんでいるようであるが、政府自らがそれそれと後押しするとは言語道断である。
売るだけでなくその使用法たらメンテナンスたら至れり尽くせりの輸出である。
国民の税金でそういうことがなされるということはまさに言語道断。
それもまたアホノミクスとかの成果にあげようという魂胆だろうが。
積極的平和主義とはこういうものなのである。
ところでドイツも同じく武器輸出をしているし、今は直接戦争当事者に売るということが国内では問題になっているようである。
911以後米はイラクアフガンで戦争をしてきた。
それにより軍需産業は恩恵をこうむったが、逆にいえば軍需産業が生き延びるためにはどこかで戦争がなければならないのである。
ニポンが武器を売るということは戦争を抑止するどころか、軍需産業が儲かるために戦争を肯定し、どこかで戦争をやって貰いたいという事になる。
それで積極的平和主義とは笑止千万である。
世界の軍需産業の100位の中にニポンは4社入っている。
ご存じ三菱系、それにNECなんかも。
驚くことにオランダが上位に入っている。一社だけれど。
ドイツも3,4社。
やはり米がダントツに多い。
だから世界のそこら中に出かけて戦争行為を行っているのだ。

654 フクイチはガザ

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ドイツの徹底した民主主義は学ばなければいけないが、今日の新聞を見ると、イラク派兵
はしなかったが、アフガンにはドイツは派兵したとある。
しかし、派兵したら兵士が幾人か死んだ。
そして帰還兵にはPTSDで苦しむ者も出たとある。
やはり戦闘に出るということは人間性を失うということだ。
ということからも、ニポンは学ばなければならないが、逆コースをたどろうとしている。
歴史に学ばないということだ。
あくまでも手前みその歴史しか頭にないネオナチ族共のことだ。
原発を温存しようとするのは、「核」が頭にあるからだろう。
いざというときに核兵器をすぐに作ろうという魂胆だ。
しかし真実思うが、このネオナチ議員らはフクイチ近くに議員宿舎を作ってそこから通わせたらいい。
それとか、パレスチナのガザに行って見るがいい。
何事も一見は・・・である。

653 戦う民主主義

ワイマールから「ワイマール」でないワイマールへ。
という戦後のドイツの行き方は参考になる。
というか民主主義を2度体験したドイツの強みがある。
それは民主主義の違いである。
ただの民主主義から戦う民主主義への転換だったのである。
徹底した民主主義である。
日本は1度の民主主義への転換だが、それは単に多数決ということのみに意識が行き、「他人と同じ」という意識が捨て切れない弱さがあるのである。
民主主義は個人を尊ぶ。
「他人と同じ」という横並び、お任せ、では自分の考え主張は生まれない。
個人が自覚的に自分の考えを持つということが「戦う」ということであろうか。
民主主義の成熟度においてだからドイツは勝っている。
民主主義の第一歩は選挙である。
そこにおいて「他人と同じ」は許されない。
今回あほが勝ったのはこの成熟度の違いと選挙制度のせいである。
ドイツは戦後今までに生まれた首相は8名だそうである。
それに比べてこの国は30名。
この違いは何か。
選ばれたものの責任の重さであろうか・
つまり選ばれたということの「事の重大さ」があり、選ばれた限りはしっかりその責を全うするということ。
責を全うするとは十分な論議を尽くすということだろうか。
簡単に解散などはしないということでもある。
真摯な戦争の反省ばかりでなく、ドイツから学べることは結構ある。
「世界」1、佐藤健生「『戦う民主主義』は育っているか」より。

652 歴史

パソコンに向かっていると何やら自然と今日のブログのネタが出てくるのだが、最近あまりネタが出てこなくなった。
いわゆるネタ切れ。
それにマンネリもあるか。
それに日々の生活が単調になってきたせいもあるか。
単調なことは考えてみればずっと単調なのだが。
今日は「世界」を読んでいて、日独伊三国同盟を結んでいて、ドイツ、ニポンは連合国に負けてしまったということは分かっていたが、イタリアに対しては認識が薄かった。
イタリアはムッソリーニが率いていたが国王に罷免されその後北部イタリアに逃げる。
後を引き継いだバドリオ政権は連合国に無条件降伏する。
そしてドイツに対して宣戦布告する。
そしてイタリアは内戦状態となり、ムッソリーニはドイツのナチス軍に支えられていたが、連合国軍と一緒になったイタリア軍に捕らえられ処刑される。
そしてムッソリーニを処刑したことで自力解放を遂げ、終わってみれば戦勝国になっていたというわけだ。
いずれも悪は滅びたということだが、歴史の事実を知ることは大事なことだ。
歴史をねじ曲げようとする輩はやがて滅びるだろう。

651 垢落とし

スキャナーのソフトをインストールしたがうまく作動しない。
第一肝心のプログラムが起動しないのだ。
4,5回インストールとアンインストールを繰り返してみたが駄目だった。
しかしアイパッドでのスキャンはうまくいった。
第3次あ×内閣は発足したが、これこそうまく作動しないで貰いたい。
すぐにでもアンインストールしたいものだ。
危険きわまりないウイルス満載ソフトみたいなものだ。
顔ぶれは見たくもないが、みんなネオナチだ。
ドイツでは真摯な歴史への反省があり、ネオナチ化は起こりえないが、やはりニポンでは戦後の反省がうやむやのままで来たのがまずかった。
闇にうごめく魑魅魍魎が日の当たるところに出てきたのだ。
おぞましい妖怪である。
妖怪ウォッチばやりらしいが、本物の妖怪は国会に何百とうごめいている。
妖怪内閣の妖怪じじいどもだ。
と、愚痴は止まらないが、もう早12月もあと1週間。
今日は倉庫の片づけやら家の中のガラス拭きやら連れ合いにせかされて1年の垢落としと整理整頓をやらされた。
政治の垢は落とせなかったがせめて自らを清め新しい年に向けて心機一転と行きたいところだ。

650 明るい田舎

少子高齢化というのも不正常なもののひとつ。
どの年代も均等にいて、均等に田舎にも都会にも散らばっているのがいい。
若者は都市に集中。
そのせいで人口が都市に集中するのは不均衡。
田舎は置き去りで高齢者ばかり。
これはもう直しようがないのじゃないか。
IターンやUターン政策といったってほんのわずかしかない。
空き家が見る見る増えていくのが田舎。
それに独身の男性が増えつつあるのも田舎。
嫁は田舎には来ない。
田舎を敬遠する。
保育園もなければ病院もない。
買い物するにも店がない、スーパーも遠い。
今時田んぼで飯は食っていけない。
働く場所は農協か役場ぐらい。
ちょっといい職場だと片道何時間もかかる。
マイナス要因ばかりが増えていく。
見渡せば不正常だらけの田舎。
裏返せばやはり不正常だらけの都会ということになろうか。
そこで地方創生。
創生という言葉が好きなのか、前にもそんな名前の何とかがあったような気がする。
都会目線の政策にしか見えない。
資本だよりの政策にしか見えない。
金をつぎ込めば田舎が再生するとでも思っているのか。
消滅都市とかいうが、まずは消滅田舎から始まるのだろう。
限界集落とかいうがそれは消滅田舎ということだ。
・・・と暗い事実を書いてきた。
が、やはり明るい田舎は見えてこない。
もう少し考えてみよう。

649 不正常

朝パソコンを起動してみたら正常に起動した。
なんだよこのパソコン。
昨日の焦った気持ちが分からないのか。
まあしかし、気まぐれなパソコンだ。
お陰でいつものように年賀状を印刷してポストに入れてきた。
これまで出来るだけクラッシュしないようにパソコンを切るときはシャットダウンでなくてスリープでやってきたが、これからは必ずそうしないとだめだ。
気まぐれパソコンめ。
ストーブもおかしかったが今朝は正常に運転し始めた。
しかし、また夜になってスイッチを入れてみるとエラーが出て動かない。
たまたまテレビをつけたら途中からであったが、消えた子どもたちというのをやっていた。
親の虐待や周囲の無関心によって学校へ行けなかった子どもたちが千人以上も分かったのだという。
実態はもっと多いのだろうが、それにしても社会の落とし穴にはまったというか誰からも気づいて貰えなかったというのが悲劇だ。
学校や教委は全く何をしていたのだ。
その子等の悲劇を思うと、自分自身にさえその無情さに嫌悪感が起きてくる。
自分の知らないところの出来事なのに自責の念でいっぱいになるのだ。
都会の空間ばかりでなくひょっとしたら田舎の空間でも起きることかもしれない。
物事はただ見るだけでは駄目だ、しっかり見つめなければ。
と中国のマオがいったが、しかりである。
今の世の中は全く不正常である。

648 年賀状

年賀状を印刷しようと思ったが、パソコンがクラッシュしてできなくなった。
ストーブも1台クラッシュするしついてない。
それにしてもどうしたらパソコンは復活させれるんだろう。
起動がするがうまくファイルが読み取れていないのかたとえばメールソフトなどをクリックしても開かないのである。
だからネットも見られないしメールも送れないしワードなども開けないので文章が書けないのである。
それでセーフティモードで起動して文章を書いているのである。
ネットも開けるが、メールソフトは開けないのでできない。
印刷もセーフティモードだとプリンターの設定がされていないのでできなかった。
仕方がないので某所に行ってパソコンを借りてきた。
それでやっと年賀状が印刷できた。
できたのではなくてできるようになった。
まだ印刷はしていない。
年賀状は近年書くのが億劫になってきて押し詰まってからでないと書けなかったが、今回は意外と早くできた。
年賀状はもうやめようかと思うときもあるがなかなかきっぱりやめられない。
パソコンでやれば住所なども早くできるし一回登録しておけば後は印刷するだけになるし手間は省いているのだが。
表面の挨拶は自分としてはありきたりでは面白くないのでそれなりに工夫してきたのであるが、少しマンネリ気味であるし。
今回は諸般の情勢からあんまりおめでたい雰囲気でもないし、そういう言葉はなしにした。
明日は印刷しよう。

647 不思議

雨が降って雪が重くなって屋根が心配。
山の木は倒れるのが多くなるだろう。
山のてっぺんのほうの杉の木が下に向かってドミノ倒しのように倒れないかと変な希望を持つ。
すると花粉症が少しでも楽になるという妄想。
テレビで花粉症のことをやっていた。
舌下免疫療法で治るということをやっていた。
2年はかかるらしい。
杉しか効かないらしい。
11月ぐらいまでにはじめないといけないらしい。
という情報を得たがもう遅いか。
それに3000円ぐらい毎月いるらしい。
てことで今度のシーズンはまた苦しまなければならない。
スタップ細胞はなかったことになったが、まことに残念。
素人には分からないことだが、だとしたらあの論文はどうしてできたのか不思議。
たぶん悪意で書いたとは思われないが誰も見抜けなかったことが不思議であり検証が必要であろう。
それより花粉症を治す薬を誰か早く作ってほしい。
ノーベル賞級の研究になると思うのだが、、、、。

646 集中力

昼から学校へ行って子どもたちともちばな作りをやってきた。
この頃はもちばなといっても昔みたいに株がとれないので、適当な台になるような木を切って据わりの良い形に切ってそれを台とする。
そしてそれにドリルで穴をあけて、その穴に別に切っておいた枝を差し込んで台とする。
そしてそれに餅をくっつければもちばなの完成となる。
子どもたちはもちをくっつけるとき夢中というかそのことに集中して一心にくっつけていたのが印象的だった。
他ごとを考えずにそのことに集中できるということは素晴らしい。
自分ではこの頃集中力が落ちている。
本を読んでいてもそのことに集中出来ず、今読んだことの意味や流れが分からなくなり、また前に戻って読み直すということがよくある。
集中力というより理解力が無くなってきたのかもしれない。
音楽を聴いていてもそのうち心が音楽を離れてメロディが追えなくなっている。
他ごとを考え出すのだ。
この「他ごと」というのが曲者である。
一つのことを追うのでなくつい他のことが気になるというかボーとしてしまうのだ。
そういえば今思うが、それは癖かもしれない。
子どもの時もそうだった。
先生の話が途中から聞こえなくなって自分で勝手なこと、他ごとを考えているのだ。
集中するって難しい。
何かの講演会でも講演者の話を聞いているうちに他ごとを考え出したりする。
我慢が出来ないということかもしれない。
集中=忍耐である。
ということで私の人生はなんだか中途半端なことだったか。
一つのことに集中できていたら今頃は・・・・。
なんて思ってもしようがないか。
今日は変な話になった。
年賀状を作成した。
明日は印刷しよう。

645 ファッショ

今日も積雪30センチ。
昨日除雪しなかったところと累計で計ってみると70~80センチはある。
近年こんなに降ったのは無かった。
お陰で除雪で身体が疲れる。
今日も矯正に行ったが何のためにやってるのか分からなくなる。
ところで、シドニーの惨劇といい、パキスタンの惨劇といい非情な事件である。
まるで平和と戦争と比べると戦争が正義で平和が悪であるみたいな。
気に入らないやつは殺してもいいというのはまさにファッショ。
それも抵抗力の少ない子どもまで殺すということは悪魔の所行である。
命より神が大事などという宗教はあってもいいものだろうか。
マララさんの言うそんな金があるなら何故平和に金を回せないのかと。
原発推進の命より金のニポンの悪魔も同じだ。
ニポンの政治権力はファッショである。

644 奇妙

雪が30センチぐらい降ったのでまた除雪した。
一日降り続いたので明日もしなくてはならないだろう。
用事があって町へ行って帰ってきたが途中、道路に近い木から雪がだだーと落ちホワイトアウト状態で怖かった。
以前にもそういうことがあったが、前後に車があったりするとなお怖い。
前方が見えないためブレーキをかけると後ろから追突されるかもしれないし、前の車がブレーキをかけても見えないことがあるからだ。
とにかく前方をよく見てゆっくり進むしかない。
それはともかく、夕べは奇妙な現象に遭遇した。
といっても自分自身の脳内のことだが、このブログの文章を書いていて後から読んでみると、こんな文章書いたかなと思ったのだった。
それにブログのアップの仕方やブログ番号などが記憶の外になっていてどうするのか分からなくなっていた。
ひょっとしてアルツハイマー?などと不安がよぎる。
このブログのアップの仕方は、文章を別のソフトで書いておき、それをコピーしてアップする。
そしてアップした文章がアップされているか再度見るのだが、その時に読んでいたらあれこんな文章書いたっけなと思ったのだ。
で事前に書いた文に戻ってみるとやはりその文だったのだが、なんだか自分が書いたのを自分でも判断できないという不思議な現象だったのだ。
そもそもこのブログを始めたのは、そういうアルツハイマーのような認知症、いわゆるボケ状態にならないようにと思って始めたのだが、何のことはない、いくら書いたところで関係ないのかもしれないと思った次第。
まあしかし、ボケになったところで仕方がない。
続けられるだけでも続けてみよう。

643 無情

自分より若い人の葬儀にいってきた。
やはり自分より若かったり同世代だとそこはとない無情を感じる。
妻も妻で別の葬儀に行った。
この方もやはり自分より若い人でありダブル無情である。
死というものの無情・非情は年齢的には近づいてきたとはいえ日常からはまだまだ遠く感じる。
身近に起こってハッとするのだがどんな年齢だって死は身近にあるものだと思った方がいいのかもしれない。
だからこその生だとすればこれほど愛しいものはない。
生きている今をいとおしく思う気持ちを改めて思う。
この生をいとおしく思いながら噛みしめて生きていこうと思った今日であった。
明日なき身であるかもしれないと思い今を大事にするのだ。

642 山

新聞は超薄くて選挙特集をしていたがひとまず見た。
テレビはあほらしいので見なかった。
というか、山の番組を見た。
百名山の録画をずっとしているので見ているのだが、今日は立山。
室堂とその先へは少し行ったことがあるのだが尾山までは登ったことがない。
9月の終わりの記録だったが紅葉が結構美しいので行ってみたくなる。
FBで「山が好き」のグループに入っているとリアルタイムで山映像が入ってくるが、雪山の映像もぼんぼん入ってくるようになった。
天気がよいときならば、無茶きれいなので行ってみたくなる。
しかし、冬山となると装備も結構かかるし素人では無理である。
それなりに訓練や勉強をしておかないと行けない。
ので、行くのは夢でしかない。
溶け始めた春の山ならまだいいかもしれない。
今年は夏は雨が多かったし、友人も自分も体の調子、家の都合などがあってなかなか時間がとれなくて結局2月に行った山で終わりになった。
ほんとは今日行こうとしていたが、雪が降ったし、自分もまた腰痛が治りきっていないので無理だし、友人達もそれぞれ都合が悪くなったりでおじゃんになった。
来年は今年の分も挽回したいところだ。

641 由々しき事態

選挙速報を見ていると予想されていたとはいえ由々しき事態になった。
投票率も多分芳しくないが小選挙区制の弊害が丸出しである。
それとメディアの戦略。
批判的だったのはおそらく東京中日ぐらいか。
最高裁による選挙の無効宣言を期待したいが、それに至るには易々とは行かないだろう。
暗い新年になるがあきらめないことが大切。
夢かもしれないが、今後、ことあるごとに首都の100万人単位の行動を望みたいところだ。
与党が伸びたのは悔しいが、対決した党の伸びはあったのでそこは自信を持ちたいところだ。
いずれにしても選挙制度の抜本改革をすることだ。
これじゃあ、民主主義じゃない。
党名は自由独裁党=自由に独裁が出来る党にでもしろ。
開票速報はあほらしいので8時半でやめた。

640 格差論文

きょうは朝から雪が降り続く。
20センチ以上は積もったろうか。
腰が痛いので除雪をあきらめた。
新聞配達、郵便配達、その他来客には迷惑をかけた。
仕事もせずうちにいるとなるとすることはテレビか読書か音楽かということになる。
それにやっぱりネット徘徊か。
最近はテレビもあまり見ないし、音楽も寝るときぐらいしか聴かないので、読書ということになるが、これもなかなか向かうまでに時間がかかる。
しかし一番やりたいことは読書である。
で、今日は読みかけの「世界」を読み進めることにした。
読んでは休み、休んでは読むの繰り返しで何ページかは読んだが、あきてくる。
しかし今号の「世界」は非常に面白いしためになる。
折しも経済がこの道しかないという争点隠しの単純細胞のお陰で逆に経済とはどうなっているかということに興味が行く。
目には目をである。
で、ここんとこで学んだことは、格差が広がったが、その格差の行き先はどうなるかということ。
奴等はトリクルダウンでやがて低所得層にも金が回ってくるというが、それは全く嘘。
拡大はトリクルダウンでは縮小にはならない。
サッチャーのやったあとでやはり縮小はならなかった。
資本のあるところに金はますます回っていき、低所得者には回ってこないのである。
要するにこれもでたらめの策なのである。
この頃、フランスの経済学者トマ・ピケティが本を出してそのことを証明しているらしい。
ピケティのことはいずれもう少し読んでから書きたいと思うが、彼の本は相当売れたらしい。
この頃ニポンでもその訳本が出るようである。
それは高いから買わないとして、今日は入門版のような本をキンドル版で購入した。

639 でたらめぶり

腰は少しよくなった。
1時間ばかり運転して病院へ行って来た。
長時間の運転は疲れるし、腰に悪い。
内科と耳鼻科。
耳鼻科はあまり時間がかかったので転院を薦められた。
さて、内橋氏の論文からマネー・ジャブジャブの実際。
2013/3の日銀の当座預金残高は47兆円。
2014/10では167兆7千億円。
その差120兆円は日銀の冷蔵庫の中で氷り漬けとなっているのだ。
本来は膨張額としては118兆円だがそれを上回る120兆円となってしまっているのである。
「氷漬け」とか「睡眠マネー」「豚積み」とも言うらしい。
市中に出回るところか、すべてお蔵入りということである。
異次元緩和とかいっているがこのマネー・ジャブジャブ単なる「見せかけ」にすぎなかったのだ。
影も見えない「マネー」は人々の頭の上すなわち、
政府~日銀~銀行の上にかけられた「天空回廊」をぐるぐる周りしていたに過ぎないといっている。
他にもいろいろな数字があげられているがこれだけで奴等のやっていることのでたらめぶりがよく分かるというものだ。

638 庶民派

腰痛がなおらない。
矯正に行ってきたが少し楽になった。
ネットで腰痛のツボを検索。
手の甲をやるといいというのでずっとやっていたら甲が痛くなってしまった。
内橋克人論文の黒田日銀のじゃぶじゃぶ金融はニセというか市中に金は出回らなかったということを、具体的な金額でここに書き写そうと思ったがそういうわけで今日もパス。
投票区の候補者が知り合いなので是非当選をして貰いたいが、それが出来なくても票数を伸ばして欲しいものだ。
矯正に行っていたら彼が車で回ってきた。
ご苦労さんである。
真実庶民派のいい人である。

637 腰痛

内橋論文のことを書こうと思ったが腰痛がひどくなって座っておられないので今日はパス。
しかし、内橋氏は非常に憤った感じで書いておられる。
ということは、アホの経済ミクスなんてとんでもない大嘘だということだ。
金とか経済とか景気という前に人間を大事にしろと言いたい。
人間、命<金じゃない。
しかし、腰痛はどもならん。
明日は矯正に行って来よう。
金より腰が大事だ。

636 国策フィクション

「世界」1・内橋克人論文を読んだ。
おごる政府を民意蹂躙、独断専横といっている。
自己陶酔的錯覚とも。
自らが争点とした経済政策が国策フィクションに終わりつつあるのに気がつかずにいるとも。
それはさておき、悪魔の小選挙区制。
制定当時の細川護熙や河野洋平が後から振り返って、忸怩たる思いとか不本意だったことを述べている。
細川は小選挙区と比例区とは250・250の半々で、減らすなら200・200でとか言っているし、河野は政治劣化、政治家の資質の変化、政党堕落が起きたと言っている。今は300と180で比例が少ない。
これをまた改革といって比例の方を削ろうとしている。
まさに悪魔の方程式である。
民主主義の死である。
何度も言うが、国会議員が身を切る改革というのは、議員を減らすのでなく、選挙制度を民主化し、1票の格差を1に近づけることと、議員歳費を削ること、それに政党助成金をなくすこと、それに企業献金をなくすことである。
と思う。
付け足し。
議員を減らすことは一人の議員の責任が増大する。
それよりも直接民主制に近づけるならば議員は多い方がよい。
だから議員を減らさずにその分一人の歳費を減らすのだ。

635 極右

新着「世界」1月号。
高橋哲哉「極右化する政治」を読む。
その中で紹介されていた「ヒトラー選挙戦略」。
これは某党の首都支部連合の広報部長の執筆によるもの。
ナチス党が政権を掌握した選挙戦略を模範としてその「手口」を肯定的に分析した本であるが、さすがにユダヤ系団体から抗議が起こり絶版になった。
某党はナチスに対して全く違和感なく受け入れる感性があるということだ。
そしてこの本を推薦した人物が高市女史である。
・・・ということが紹介されている。
この某党の極右的政治姿勢が他にもいろいろ紹介されていて、それほどまでになっていることに驚くことばかりである。
日本会議という極右団体に国会議員が多く加入。
自主憲法制定、首相のヤスクニ参拝、自虐史観の克服、教育正常化、材実害黒人への地方参政権付与反対、男女共同参画反対、夫婦別姓反対などなど復古調もはなはだしい。
そして神道政治連盟国会議員懇談会=神社本庁の同じく極右的性格、これの会長が首相自ら。
この組織に属する閣僚は16人!
国会議員としては300人だって。
・・・また選挙予報で3分の2に迫る勢いと来る。
ヨーロッパにもないほどの極右政党が第一党でいいのか。
アホノミクスがそんなにいいものなのか。
現実を見る目、世界を見る目は、自分とはだいぶん違うらしい。
単に経済的に自分が豊かになればいいとでも思っているのだろうか。
・・・と愚痴になるが、啄木が憂いたように暗黒の時代か閉塞の時代が来ることは間違いない。
うーん、what should I (we)do ?

634 政治教育

昨日降った雪は50センチと書いたが計ってみたら30センチぐらいだった。
しかし近年にしては初雪に近いのにドカ雪である。
朝6時に起きて家の前の私道を除雪機で除雪するのに2時間もかかってしまった。
公道に出るまでが長いのでそれくらいかかるのだ。
この雪で家の前にある桜の木の大きい枝が折れていた。
多分、あちこちの木や山の木も折れたり曲がったりしたのが多いだろう。
鹿の網張り作業がまだ一カ所残っていたがこの分では来年の3月までは無理だろう。
一つ予定が狂った。
予定といえば奴等の予定もドカ雪を降らせて狂わさなければならない。
と思うのだが、投票率が低いほど奴等に持って行かれる公算が強いらしい。
特に若年層の場合はその確率が高い。
今の若年層ほど、今度の選挙結果では不利益を被る度合いが強い。
就職・労働条件・格差・年金・消費税・戦争への道などなど。
そこに如何にコミット出来るか。
目の前のおちゃらけた文化に踊らされている場合ではない。
奴等の意に反して学校での政治教育をどんどんやるべきだ。
一人の教師は、授業で労働基本法をやっているときに、8時間労働、週40時間労働のことで、子どもたちから、自分の親たちはそれ以上やっているとか、サービス残業やっているとか言ったという。
あるいは九条のことで色々調べて今のアホ政権のやりかたをどう思うか自分の考えを出して話し合ったりしている。
他にもあるだろうが、現実の政治と引き合わせてやることが臨場感があって興味を引きやすいし、政治に関心を持つきっかけにもなるだろう。
と思う、のだが、現場の教師には「偏向教育」というレッテルを貼られるおそれから現実の政治と引き合わせる授業はなかなかやりづらいものがある。
だろうと思うが、政治教育をすることは教基法にも書いてあるとおり、国民にとって必要なことである。
堂々とやっていいのだ。
ハメリカでは模擬大統領選なども学校でやると聞く。
ニポンでも模擬選挙をやるくらいになって欲しいものだ。

633 むむむ

OB会があって行ってきた。
雪がぽっぽと降り事故に気をつけながら行く。
帰りはやんでいたが家に近づくに従ってまた降ってきて積雪量も多くなる。
家の前は30センチ以上、車で雪を押し分けて行く。
今朝の分と合わせると雪のかいてないところは50センチはあるかもしれない。
思わぬ大雪になった。
OB会で現役の人の話を聞いたのだが、中学生のひどい実態を聞いた。
中学生全部がそうではないと思うが一部の生徒の実態である。
スマホつながりの実態とかLINEのこと、女子中学生の家出や保護者の実態など。
乱れに乱れている。
小学生の荒れた実態も少し聞いたが、まあひどいの一言につきる。
子どものみならず今は保護者や親、家族のことにまで指導の手を入れないと駄目みたいである。
というか、指導の手も入りづらいような状況でもあるが。
そういう状況下におかれた学校の中にいることも辛いことである。
もんか省、そういう学校へ入って指導をやって見ろ。
いずれにしても学校だけでは解決できない大きな問題である。
道徳を教科化したりしたところで変わるはずがない。
30人学級を早く実現し、教師の数も増やし、多忙化を解消しない限りは解決の道は無いだろう。
と思うのだが。

632 目に見えないもの

エボラが猛威を振るっている西アフリカ。
少し改善に向かったというニュースも聞いたが、油断はならない。
少し募金に応じてきた。
マダガスカルではペストが流行というニュースには驚いた。
ペスト菌は研究室だけにあるのかと思っていたが、まだ市中か原野に潜んでいたとは。
核兵器の怖さは言うまでもないが、それに勝るとも劣らないこういう細菌の脅威も馬鹿にならない。
細菌兵器があるが、こういうのをばらまかれたら人類は死滅するだろう。
やはりなんとしてでも研究室保管まで持って行かなくてはならない。
兵器としても完全廃絶しなくてはならない。
放射能も細菌も目に見えないところが怖い。
目に見えないということはある意味怖いものがある。
それはともかく我が地では某政党の有力候補者が回ってくるというので回覧板で集合案内が来る。
おいおいそんなもの回覧板で回すなよと言いたいが、古いしがらみ、古いしきたり、前世紀の名残みたいなもので無自覚的にそんなものを回してしまう体質がどこかにあるみたいだ。
公約や政治手法などは別問題でとにかくえらい様には従うという体質なのだ。
どーんと田舎である。
ここが田舎の弱いところ。
目に見えない力がどこかで働いている。
無自覚的に無意識的に無批判的に。
なんとかせねば。

631 悪弊を絶つ

選挙の投票傾向の代1回目の世論調査が出た。
え、何故よという結果。
与党圧勝みたいな感じの。
いわゆる勝ち馬効果、バンドワゴン効果が怖い。
無党派よ、若者よ、政治を投げるな。
おちゃらけた番組見てけたけたしているな。
この分じゃ、未来はよけい暗いぞ。
てなことを誰かが言っていた。
ますます1%と99%に分かれていく。
その1%のための政治をやっていこうというのが今の与党だろう。
いくら勝たせたとしても半分までにしたい。
それにしてもやはり小選挙区制の悪弊よ。
これは一刻も早く絶たなければならない。
議員どもに選挙改革をやらせるのではなく、第三者のしっかりした専門家で断を下して欲しい。
といっても、与党はこの悪魔を手放さないだろうが。
虚しいことを書いた。
しかしどうにかならないものか。

630 比例制

テレ朝の報ステを見ていたら党首インタビューをしていたが、ここでもアホノミクスがあたかも第一の選挙・・・(う・言葉が出てこない)みたいな取り扱い。
最後に少しだけ集団的自衛権のことを取り上げたが全く取るに足らないほど。
澤藤統一郎という弁護士のブログで4つのテーマを火kげてそれが今回のあほに対する論争テーマだとしている。
1,政治(集団的自衛権、秘密保護法、ヤスクニ、近隣外交、オキナワ、改憲・・・)
2,経済(格差貧困、消費税、雇用、福祉、年金、地方、中小企業・・・)
3,原発(原発0,再稼働阻止、被災地復興支援、エネルギー政策・・・)
4,首相の個性(無責任、虚言、歴史終生主義、反知性、右翼的感性・・・)
まとめれば、憲法への姿勢と安保問題、アホノミクス問題、原発問題、そしてアホの資質である。
どれもこれも今の政権ではみんな問題だらけでひとつとしていいものはない。
あと一つここに掲げられていないもので大事なことは選挙制度の問題である。
一強他弱となった元凶は小選挙区制である。
これを変えないことには真の民主主義は成り立ちえない。
議員自ら身を切ることが大事であるとかも言っているが、それよりも選挙制度の抜本的改革の方が大事である。
身を切ることはすぐにでも出来る。
それより選挙制度である。
すべて比例にするべきである。

629 経済

農協に用事があって行った。
待合で待たされたのでそばにあったある雑誌を見ていたら、同志社の浜女史が記事を書いていた。
アホノミクスは間違っていると。
だいたい、成長なんていつまでも続くものではないと。
ある程度成長したらそこで高止まりというかそのままずっていけばいいのであるというようなことを述べていらっしゃる。
だから成長に惑わされるな、アホノミクスなんていう言葉に惑わされるなと。
そして、もう少し、国民も経済を勉強したり、学んだり、研究したりして強くなれと。
いうようなことをおっしゃっていた。
然りである。
成長でなくて脱成長の時代なのである。
KHKの選挙報道を見ていたら、初めからアホノミクスが争点みたいな扱いでながしている。
誘導尋問みたいである。
というか争点隠しと言ってもいい。
憲法改正や原発問題にも触れるには触れていたが弱い。
アホノミクスのあほはこの選挙を「前進か後退か」選挙であると言っていたが、奴らがいう前進とはそもそも後退のことである。
でも実際は世の中は後退してもらっては困る。
奴らが転ぶことがいわば前進である。
という皮肉なことにあほは気づいていないだろう。
あの語り口調には辟易する。
辟易しながらテレビを見ていた。
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