778 かえる

夜になって外へ出たら蛙(かえる)の声がかまびすしい。
月に照らされて余計に大きく感じる。
田んぼにも水が張られ卵をいっぱい生んでいるのだろう。
草野心平の詩が思い出される。
生まれたら「ほっ まぶしいな」とやるのだろうか。
あの題はなんだったか。
「春のうた」だった。
「春のうた」の前に、ただ黒い●だけの「●」という詩もある。
この題は・・・
うん!なるほどと思う題だ。
ところでABは米議会で演説を行った。
中韓は怒っているようだ。
侵略触れず反省だけでお詫びがなかった。
辺野古のことは県民の反対があることは伝えたが、辺野古しかないと相変わらずのかまえ。
オバマもすべて支持するとか言っている。
オバマもたいしたことのないやつだ。
ということでオバマもABも×ならぬ●である。
ABは太平洋を泳いで帰って来い。
泳いで「かえる」のだ。
ところで先の●の題は、
「冬眠」である。
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777 盃に泥

盃に泥な落としそむら燕(芭蕉)
むら燕とは群燕で燕の集団ということか。
芭蕉が茶屋かどこかでいっぱい飲んでいると燕が飛んできた。
それで、俺の盃に泥を落とすなよと言っている。
飛びながら盃の中に泥を落とすのは的中率が低いが、巣の下で飲んでいるとすると盃に入る確率は高くなる。
茶屋の軒に巣を作りかけていたのかもしれない。
田んぼの始まる時分になるとツバメがやってくる。
いつもは我が家に巣を作ることはなかったが、今年は裏の軒先に巣を作り始めたようである。
表のほうには作ってほしくないのでまあ裏ならいいかと思っているが、巣作りのための泥であたりが汚されるのはいやだ。
それはともかく、今日の新聞の平和の俳句欄でわが知り合いの句が掲載されていた。
わがことのようになんだかうれしかった。
この前も、短歌欄に彼の歌が掲載されて2度続きである。
もうひとつ、文化欄では、わがモスト・フェイヴァリットの西脇順三郎のことが出ておりうれしかった。
太田昌孝氏の「永遠のトリトン」というの。
何でもいいがとにかく西脇のことが書かれているとうれしくなる。
氏もまたアンバルワリアの「天気」に魅せられた一人であった。
それはともかく同じく紙面に「日米防衛指針」の全文が載っており、全文を読む気にはなれないが、要するに同盟強化であり、憲法をないがしろにした「ぽち」指針である。
どこでも米国の戦争するところにはついて行きますよという周辺事態解消の戦争法案のおまけといっては軽いがそれの補完物みたいなもんである。
オバマもオバマだ。
何が核兵器反対だ。
ABごときにへらへらするとは情けない。
お前の持っている盃に泥を落としているのだ、本当は。
というか、俺らの持っている盃に泥を落としまくっているのはABなのである。

776 泥

馬に寝て残夢月遠し茶の煙(芭蕉)
馬の上でうとうとしていると、ふと落ちそうになり夢から覚めてしまった。見ると空には月が遠くに昇っている。そしてどこからかお茶のにおいがする。その茶を炊く煙がたなびいている。
今日は朝5時半から夕方5時半までトラクターに乗って代掻き。
一気に三反の田を済ませてしまった。
一日トラクターに乗っていると、そのエンジン音が耳から離れなくなる。
単調な仕事なので大きな音がしているにもかかわらず眠たくなる。
目をつぶってこのまま寝てしまったら気持ちがいいだろうなと思いながら進む。
おっとと、斜めの方向に行ってしまうぞ。
出てきた朝日がまぶしい。
と遠くを見ると、とんびが電線の上から見ている。
土の中から出てくるかえるを狙っているのかもしれない。
桜の花びらが吹いてきたりもする。
そこへつばめがひゅーと横切っていったり。
春とはいえど夏のような暑さとなり汗が出る。
水面に映るは緑の山影。
だんだんとこなれていく泥を見ながら、泥から生まれる命を思う。
人間の生も泥によって「在る」のだ。
・・・しかし眠たい。
終わり。

775 文民統制

暑かった。
稲の苗がこんなに暑いとよく伸びる。
下手をするとハウスの中なので焼けてしまうので注意が必要だ。
あけっぴろげにして風を入れる。
きれいな風を入れることはどんなことにも大事なことだ。
憲法のどこやらに内閣の一員はすべて文民でなければならないと書いてあるらしい。
それは軍人であってはならないということだ。
今なら自衛隊の制服組のものであってはならない。
しかし元(もと)自衛官(制服組)ではどうかというと解釈が分かれるらしい。
以前にも元自衛官がなったことがあるらしく問題になったことがあるという。
今はどうか、防衛大臣は中谷某だが、彼はれっきとしたもと自衛官でレンジャー部隊の教官。
ということは制服組である。
AB内閣は解釈が元も含めば憲法違反ということになる。
やはり軍がよっぽど好きらしい。
文民統制を犯したということだ。
なお、自衛隊の制服組でないほうは背広組といわれるが、この背広組が内閣に物申すというかバックアップをすることはできる。
これが文民統制のことで、彼らは官僚のうちだから文官統制というらしい。
・・・ということを「世界」5で入手した知識である。

774 省力

やっと田んぼの代掻き(荒掻き)を終わる。
いつもはふた回りして終わるところを一回りで終えた。
省力プラス燃料節約。
今日は朝5時半から田んぼに入った。
それに水路の泥上げを一部一人でやったので少し腰に来た。
肩も痛い。
のでこの辺で。

773 百害一利

午前中、井普請。
午後、一気に田んぼモード。
水を入れて代掻き。
一回目の代掻きを荒掻きという。
4時間ほどトラクターに乗っていた。
午前中は腰が痛くならないかとひやひやしながら作業した。
午後は座りっぱなしなのでこれも腰が痛くならないか心配だった。
夜になってあまり痛くないので少しほっとする。
それはともかく、日米安保の強化というか、ガイドラインの見直しでますます従属振りを見せるABだが、TPPも同じく前のめりになっている。
米も議会で大統領に権限を与えるとかでこうなると危ない。
しかし米にもTPP反対派も居て心強い。
安保にしてもTPPにしてもどちらも1%に都合のいいことばかりで99%には百害あって一利なしだ。
その辺をどう認識しやつらを崩していけるか。
時間はない。

772 すっきり

このところずーと気にかかっていた役場への提出物をやっと出してきた。
少しすっきりした気持ちになる。
出すものは出さないとすっきりしない。
またパソコンがクラッシュしてしまった。
セーフモードで書いたり読んだりはできるが、メールソフトが動かなくパソコンからは送受信できない。
アイパッドで受信や送信はできるが、やはりパソコンのメールソフトが動かないと困ることがある。
電源を切ったりして何回も復活を試みるが今回はなかなか通常のモードに復活できない。
こうなったらウィンドウズの再インストールをするしかないか。
面倒くさいことである。
明日から田んぼを始めようと思って水を入れた。
いっぱいになったので止めたら、しばらくしてみたら水が半分以上引いてしまっていた。
今回は春起こしをやらずにいきなり田掻きから始めようと思ったのだ。
ので、また水を入れなおしておいた。
腰が痛くなるのが怖いので重たいものを持ったり腰に負担となる作業はできるだけやらないようにしたい。
といってもなかなかそういうわけには行かないこともあるので助っ人を頼もうと思う。
やれやれやっかいだ。

771 第二十五条

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
○2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

生存権ですね。
格差社会では、この権利が保障されない危険性が高い。
どころか、生活保護費を削ったり、窓口で追い返したり、逆の方向に持って行こうとしている。
のじゃないか。
軍事費は増加しても社会保障費は削ろう削ろうとしている。
年金もしかり。
安心して老後を送れない。
若者世代はなおさらだ。
「向上と増進」にそっぽ向く社会保障だ。
つまりは憲法違反。
国民の生活が成り立ってこそ国が成り立つ。
ぬくぬくと生活をしている政治家ではだめだ。
名古屋市長は議員の給料を一般サラリーマン並みにしたいと思っているそうだが、この点は賛成である。
自らも年収800万円ほどにしているとか。
まあほかの収入があるのだろうからそれでもいいのだろうが、議員の歳費は余分にやる必要はないとほんとに思う。
ほかからの収入がある人は0でもいい。
ない人はサラリーマン並みがいい。
国会議員も同じだ。
話が社会保障から議員歳費にとんだが、最低生活さえできない人のことを考えれば、議員も自らの生活を切り詰めてほしいものだ。

770 地名

今日はお座。
話の中で「善知識」ということばにちなんで「善知鳥」の話になった。
「ぜんちちょう」とは読まない。
この読み方は「うとう」ということと能の演目にあるということは知っていたが、地形にもその名が付けられるということを知った。
「善知・鳥」と書いて、何故「うとう」と読むのかは分からなかった。
地名というのは何故その名が付いたのかを調べると面白そうである。
やはり大昔からその場所その場所の地名というのは付けられていたと思うが、その付け方については謂われがあるはず。
それはいわば無形の遺産ともいうべきもの。
その地名が年月と共にあるいは近隣の合併などで忘れ去られていったり消えていったりするのは残念というか惜しいことである。
今度、地元の歴史や文化、自然などを学び直すというか掘り起こすというかそういうものを見直して学習し合う会を立ち上げることにした。
まだ1ヶ月ぐらい先のことだが、果たして何人ぐらい集まるか心配である。
ただ集まってくださいだけでは多分集まらないので、ピンポイントで招待状みたいなものを出すことにした。

769 第二十四条

ツバメがもう飛んでいる。
例年に比べて早いような気もするがどうだろう。
まだ寒いのによく来たな。
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
○2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

「夫婦は同等の権利を有する」ということで、戦前の結婚・婚姻状況からすると革命的な条文となったであろう。
女性の地位は、これで格段に上がったのである。
家父長制的な社会から脱却の条文なのである。
しかし昨今の婚姻状況は少なからず変化してきた。
すなわちLGBTと呼ばれる性的少数者の婚姻がそれである。
日本でも渋谷区がその先鞭をつけた。
必ずしも両性ばかりの婚姻ではないということだ。
とするとこの条文は少し書き直さなければならないだろう。
「両性の合意のみに基づいて」というところが「同性」ということばが何処かに入るということである。
と思うがどうであろう。
そして性的少数者の権利についても何処かに書き加えなければならない。
とするとこの条文については「改憲」ありということだ。
うーん、どうだろう。
九条を含むすべての条文の「改憲」反対の立場からすると、この条文は変えることなく、法律のみを変えるということはできるであろうか。

768 社説から

早くも異常気象なのか、今日も雨で気温も低い。
中日新聞社説で「続く日照不足」として、農業への影響を心配している記事が出ている。
弱小農家のせがれとしてもやはり非常に心配である。
今は稲の苗を育て中。
今のところは順調にいっているが今後がやはり心配。
去年のように夏の冷温多雨にならないように願っている。
社説といえばもう一つの論説のほうに「安保法制考」③「後方支援、机上の安全」として半田滋さんが書いている。
今回は後方支援について。
いくら後方といっても燃料や食糧などを輸送する活動ならいいかというと、それも相手からすれば戦闘行為に準ずるものでそこを絶てば前戦も打撃を受けることになるから、決して安全とはいえない、といっている。
まさにその通りである。
イラク戦争において米兵の死者のうち大規模戦闘での犠牲者は109人だったのに対し、その後のイラク駐留で3000人以上が死亡したという。
論説の最後がよかった。
「戦争を知らず、戦場へ行くことのない政治家や官僚が机上で勇ましい夢を見ている。」

767 第二十三条

第二十三条 学問の自由は、これを保障する。

単純明快である。
この学問はいいが、あの学問はしたらいけないということはないのだ。
しかしこの頃の大学の研究はどうか。
文科省の横暴は目に余る。
言うことを聞かないと、研究費を削るというおどしが暗に働いているらしい。
ヒノキミの横やりも入れている。
これが一番いかん。
大学自体も産学協同など一昔前とは違って受け入れて来ている。
そして、金儲けになる研究は研究費もたくさん出るが、そうでない文学部とか文化系の学部などは金が出ないと言うことだ。
戦前の教訓で軍事的な研究は慎んできたがこの頃は一部そういう研究をやっているところもある。
勿論軍事的な研究だって学問の自由からすればしてもいいのだが、中身にもよるのではないかと思う。
つまり、人を殺傷させるための研究などは慎むべきだ。
また大学の自治も学長などに権限が映り教授会の権限がなくなってきたとも聞く。
そんな中での学問の自由はいかほどのものなのか。
人類の発展や社会の発展のための学問の自由でなくてはならないと思う。

766 第二十二条

第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
○2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

みんなに迷惑になるようなことをしなければ住むどころを替えたり、仕事を替えたりすることが出来るってことか。
国籍についても自由に替えれるってことか。
職業の自由は、しかしいくら自由といっても好きこのんであちこち行くのもどうかと思うが、それより、自分の意志に反して変更させられることがこの頃はあるのではないか。
派遣労働である。
仕方なしに派遣をしている人は、まさに職業選択の自由がない。
派遣労働法というのは突き詰めていうと憲法違反ではないか。
というのは極端か。
残業代0法案が問題になっているが、高額所得者、特殊専門技術者などにかぎるとしているが、一端法律が出来ると、他まで影響が出るのは見えている。
高額でない特殊技術の人までひっかかるような可能性もあり、その範囲が拡大されていく。
8時間労働制が崩されていくという訳だ。
基本的人権にまで触れてくる。
職業選択の自由の権利は、基本的人権があってこその権利である。
と思う。

765 第二十一条

第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
○2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

とても大切な条文。
これがないとデモも出来ない。
しかし、この頃はデモに規制をかけたり、集会を制限したりすることが増えている。
組合の大会を開くといつもその会場の主が難色を示したり会場を貸さないということがある。
これは憲法違反。
表現の自由を巡っては色々これまで法廷でも争われてきた。
明らかに憲法違反だろうと思ったのは、某公民館報に九条を織り込んだ俳句に対して不掲載の措置をとったところがあったこと。
時の権力におもねる行為である。
某放送局のコメンテーターが反ABを言ったらジミン党が茶々を入れている。
放送局や新聞社に対して政権が茶々を入れるのは憲法違反である。
第2項の検閲についても、教科書に対する検閲は憲法違反だ。
それに通信の秘密についても、通信傍受法などを作って権力が盗聴を公然と行えるというのは憲法違反である。
なんだか憲法違反だらけである。
今日は沖縄知事とABの会談。
相変わらずの「丁寧な説明」が出てきた。
丁寧に説明したこともないし、しようともしないのに常套句を並べている。
いくら説明したところで説明にはならないだろうが。
それで説明したと既成事実を作るための行為でしかない。

764 司法、うん?

いい天気ではないが晴れたので外で活動。
桜の写真撮り、畑仕事少し。
今は檜花粉の時期に入ったかと思われる。
それはともかく、裁判のこと。
地裁では民主側が勝ったのに、高裁や最高裁に行くと反対になることがある。
今度の福井地裁の再稼働差し止めの判決はどうなるか。
もう一つ、地裁から民主側が負けたとき、高裁や最高裁でひっくり返ることは少ない。
東京都の高校校長の教委の学校に対する介入がひどいと訴えたことで、遂に最高裁まで教委側の言い分を認めた形の判決を出した。
ひのきみや職員会での挙手発言や裁決などを禁じた通達に対する反旗だったわけだが、最高裁までもがそれを容認するとは驚きである。
民主国家なのかと。
司法が民主主義を殺すなんて。
司法の内側では民主主義は死んでいるのか。
何だか非常に絶望的にさえなる。
もっとも民主的でなければならないはずの教育の現場に民主主義を認めないなんて。
教委の横暴を許すなんて。
そもそも政治が教育に口を出すことは禁じられているはず。
戦前に逆戻りさせかねないことだ。
上からの注入主義である。
ABらの思うつぼである。
司法の死である。

763 地域

桜が咲いたのに天気が雨ばかりなので面白くない。
しかし今日は午後から少し晴れた。
「地方創生」は誰が作ったことばかしらんが、内山節さんが批判している。
「地方」都はどこを指すのか。
東京だって地方じゃないか。
しかし、これは都会を除く田舎をイメージしたものとは想像はつくが。
戦後的神話の呪縛と言っている。
だから言うなれば創生でなくて再生とか言った方がいいと。
上から目線の地方再生、地域活力づくりでなくて、地域の実情に合わせた地域自らの力による再生をどうしていくかが課題なのだと。
田舎の持つ価値や力を生かした地域づくりを田舎人自身によって作っていくべきだと。
そして田舎の継続をしていく。
・・・まとまらないが、地域をどうしていくかは、創生などと言って上から目線で新自由主義的な手法を持ち込むのでなく、地方にまかせよと言うことだ。
と、具体的なことはまだ浮かばないが「地域」のことが少し見えてきた気がする。

762 グッド・ニュース

近頃グッド・ニュースはほとんど無いが久しぶりに良いニュースだった。
高浜原発の差し止め訴訟でそれが通ったということである。
菅はそれでもやる気でおるみたいだが傲慢だ。
高裁に持ち込むだろうが、もしひっくり返されたとしても1審の効果は大きい。
最高裁まで行くだろうが、司法も良心を示して欲しいものだ。
ネットを見ると原発に関して外国でも日本に劣らず関心が高いところもある。
ドイツ・ベルリンででは、フクシマの原発を見て原発廃止を決めたのだが、いまだにフクシマに関心を寄せて脱原発デモまでやっている。(梶村太一郎ブログより)
そのドイツではギュンター・グラスの死を伝えている。
学生のときに少しかじった作家だが、近年、彼が若い時にナチの親衛隊に入っていたことを告白し物議を醸した。
「ブリキの太鼓」でナチを揶揄ると言うか、反ナチの作家としてみんなが思っていたから尚更だ。
その「ブリキの太鼓」をそのうち読もうと思って何十年も来たが、この機会に図書館で借りて読もうと思う。

761 桜咲く

雨が降っても桜が咲きそろってきた。
地方選挙はやはり想像した通りだった。
与党が勝つも、民主後退、共産躍進。
保守と革新が伸ばしたということだ。
民主は当てにならない。
雨(与党)が降っても真の革新(桜)は咲いてきたということだ。
しかし、この雨の降り方は気に入らない。
自分らには恵の雨になんかには絶対ならないのにお人好しもいいとこだ。
本日ここまで。

760 期待

一週間の巡りは早い早い。
もう日曜日。
籾苗も芽を出し、いよいよ田んぼも始まるのだ。
しかし、腰と肩が痛くて今年は思うように仕事が出来ないかも知れない。
困った。
統一地方選挙の投票日。
地元は無投票で決まってしまった。
つまらん。
各都道府県の知事や議員は、さして替わることなしか。
無所属と言いながら反自反民党にしっぽを振るやつばかり当選だからむかつく。
原発OKだぞ、戦争法OKだぞ、それでもいいのか。
目前の経済だって金持ちにはいいけど庶民はいい影響はないのだよ。
いくら地元の議員だって国に右へならえではいいことはないのだよ。
・・・といくらいってもなんの影響もないだろうが。
単なる遠吠えに過ぎないと言われようと、言わないと気が済まぬ。
それでも何か明るい結果が待っているだろうか。
選挙特番は見ないので明日の新聞に期待をかけよう。

759 粛々自粛

やっとちらほら桜が咲き出した。
水仙も少し。
私は水仙の花が大好きで家の前の川の土手にいろいろな種類の水仙を植えた。
ので毎年楽しみ。
この辺は春の花は殆どいっぺんに咲く。
梅も今が盛りくらいに咲いている。
桃の花もすぐ咲くだろう。
そしたら春爛漫となる。
ところで新聞に沖縄知事と菅の会談の知事の発言が全文出たので2回読んだ。
やはり心の底に相当な怒りを込めた発言だと感じる。
知事は安全保障と沖縄のことでこういう話が出ることが政治の堕落だと言う。
例の上から目線の「粛々」では怒りは増すばかりだと。
もし辺野古が出来た場合でも沖縄の基地は73.8%から73.1%になるだけでたった0.7%減るだけだとも。
戦後レジームからの脱却と言うが沖縄に関してはむしろ死守だと。
憲法改正だの積極的平和主義だのと言いながら死守をするとは、笑止千万だ。
民意についてもはっきり選挙で示されていると喝破している。
最後に県民の今日までのいろんな思いは絶対に小さくはならない。と。
その後、菅は「粛々」はもう使わないと言ったのにABは平気で使っている。
内閣不一致である。
「粛々」は自粛しろ。
というか辺野古は自粛しろ。
辺野古基金が出来た。
ゆうちょの口座も出来たら協力することにした。

758 第二十条

第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
○2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
○3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

昔子どもの頃昭和30年代、4月に招魂祭というのがあって小学生、中学生は全員連れられてお参りに参加していた。
しかしこれは憲法違反であった。
ので誰かが気づいたのかいつの頃からか学校の生徒が参列することはなくなった。
しかし、近年まで子どもは参列しないまでも校長などが呼ばれて参列していたこともあった。
あれも憲法違反じゃないのかと思う。
靖国参拝へ個人の意志で行ったという国会議員は大勢いるが、堂々と大臣名を使って行くやつもいた。
靖国は宗教施設であることは間違いない。
憲法違反を堂々とさらしているのだ。
政治上の権力を行使してはならないのだが、いつも問題になる某政党。
政教分離の原則があるのだがそれに引っかかるのではないかといつも思う。
与党にあって平和の党というがこのごろはその名がすたることをしている。
と思う。

757 第十九条

第十九条  思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
とても大事な条文だ。
戦前の治安維持法はこれがなかった。
しかし、戦後になっても思想の自由、良心の自由は完全に保障されているとは言い難い。
今今においてもそれは言える。
労働組合への弾圧的なことはいまだにある。
特に共産主義への異常な偏見は社会の奥底に脈々としてある。
教員の世界でも同じ。
日教組攻撃はいまだに国会の場で行われる。
しかも首相自ら行う。
憲法違反になることを知らないアホ首相である。
自分(私)もそういう目にあったことがある。
この頃特に公共の場での思想に関する自主規制みたいなものも働く。
某公民館が九条を題材にした俳句を掲載しようとしたところそれにストップをかけたとか。
革新団体が公共の場を使って講演会などをしようとしたらストップをかけたとか。
それは憲法に対する自殺行為である。
憲法違反なのである。
憲法を守るべき公共が自ら破っているのである。
公務員は憲法遵守の義務がある。
思想良心の自由は、個人の権利の中でもとりわけ大事なものである。
学校、役場、その他公共の場においては、この条文はどこかに掲示しておくべきである。

756 第十八条

第十八条  何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
奴隷というのは自由を奪われ束縛を受けることである。
現代において普通の生活においてそんな状態におかれることはまずないと思っていいと思うが、しかしこの頃の労働環境はどうなんだろう。
ブラック企業といわれるものはかなり危ないのじゃないか。
束縛され自由がないとなれば奴隷的拘束になる。
授業があるのに上からの指令でバイト先に向かわなければならないという大学生。
一日のノルマ達成のために夜遅くまで働かされる派遣社員。
これらはまさに奴隷的拘束になるし、それに近いものであろう。
憲法違反である。
こういう事がまかり通るということは、働かせる側にも働く側にも、法的な知識、憲法の知識はないのだろう。
法的な知識があってやっているとなれば厳罰に処すべきである。
勿論知らなかったではすまされない。
知らなくても厳罰である。
それからこの頃よく見る子どもの虐待。
子どもも一人の人間である。
いかなる拘束もしてはならない。
高齢者の介護に見る虐待もそうである。
労働、子育て、介護の面で起こりうる奴隷的拘束。
誰かがでなく近くの人や自分も含めて奴隷的拘束をされていないか、またしていないかを時々振り返ってみることが必要である。

755 Tレグ細胞

日曜日にNスペでやった花粉症が治るという番組を録画で見た。
すでに治験者もいてよくなっているという。
鍵はTレグ(ティーレグ)という細胞。
これがアレルギー物質を攻撃する細胞にたいしてまあまああまり苛めるなよとなだめる役目らしい。
これが作用してアレルギー物質が体内に入り込んでも攻撃しないのでアレルギー反応が起きにくいという訳だ。
花粉症ばかりでなく、小麦とか牛乳とかいろいろなアレルギー物質にも有効である。
アメリカのオハイオ州に住むアーミッシュという現代の機械文明を拒絶しながら生きる人たちにはこういうアレルギーが起きないらしい。
それは小さい頃から動物(家畜)に慣れ親しんでいるからだという。
Tレグをとるために花粉症の場合、杉花粉を米の中に入れて、その米を毎日1食だけとるという方法でやっていた。
米の中に花粉(花粉と同じ性質のもの)を入れ込むという技術も驚くが、そんな米があるなら自分も自分の分だけでも作りたくなってくる。
要するに花粉を避けるのでなくて、自分の体内に入れて慣れさすということか。
それなら杉花粉アメでやったことがあるのだが、効果はなかった。
あのやり方ではまずいのか。
友達に、杉花粉をとってきてフライパンで煎って煎じて飲んだら治ったというものがいたが、それくらいにしないと駄目なのか。
いずれにしても、花粉症が治るというのは3から5年後で確実になるらしいといっていたのできわめて嬉しいニュースである。
あの治験者に自分もなりたいほどである。
Tレグに目をつけたその学者はノーベル賞候補らしい。
自分も前から言っていたように、もし確実に花粉症が治るようなことになればノーベル賞をもらってもらいたいものだ。

754 第十七条

第十七条  何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。
公務員は議員もそうであるが、議員の不法行為があれば当然国民は損害を受ける訳であるからその賠償を求めることが出来るということである。
一番の大きな損害はやはりABらの憲法破壊であろう。
9条の破壊行為は非常に大きい。
勝手な解釈で勝手に自衛隊を戦争に駆り立てようとしている。
外国に対しての、「ニポンは戦争に荷担しない」という信頼、信用はがた落ちだし、もし自衛隊員が死ぬようなことがあれば国民としての自衛隊員は損害をこうむる。
勿論戦争に荷担したことによって信用はがた落ちになる。
望みもしない信用がた落ちはABらに原因があるということで損害賠償請求できるという訳である。
しかし、いくらなんでもそうなってからではおそい。
そうなる前に彼らの思惑をぶっつぶすことや政権を打倒する事が肝要である。
沖縄ではすでに辺野古問題で損害は多大になった。
それ以前に基地75%というのは多大な損害である。
あのままにしておいた政府に対して損害賠償請求をしたらどうか。
と思うのである。

753 第十六条

第十六条  何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
いわゆる請願権。
デモンストレーションとともに一般市民が意思表示を出来る大事な権利である。
その具体的内容は署名が一般的。
住所氏名を記して所轄の官公庁に書面をもって提出すればよい。
国会の場合は議員に紹介者になってもらう。
地方議会でも同じくだろうが、今では請願をしても否決される場合が多い。
特に民主的な団体が出した請願は目の敵のように否決する。
消費税の反対請願などはその例である。
地方は国の言うとおりみたいなところがあってだめだ。
自覚的でないしそれこそ自治的能力もないのではないか。
しかしながら、いくら否決しようがこの権利は使うべきである。
集団的自衛権の行使容認は絶対認められないものだが、これに対する請願とか、これに伴う諸種の戦争法が準備されているが、これに対する反対の請願もするべきである。
全国の全ての市町村議会や都・府・県議会などに請願書を出す。
そして勿論国会に対しても全国から請願書を出す。
個別の議員に対しても反対請願のロビー活動を繰り返す。
国会周辺は毎日何十万規模のデモを繰り返す。
議員が国会に入るのも苦しいくらいの人数であたりを一杯にする。
などなどこの春夏は首都は熱くなる。
ようにするのだ。

752 第十五条

第十五条  公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
○2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
○3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
○4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

公務員というのは議員も含まれる。
なので選ぶことも辞めさせることも権利としてあるということだ。
しかし国会議員の中には、全体の奉仕者というより一部の奉仕者もいるのではないか。
国民を守るとかABは言っているが、国民でなくて、「お国」であったり、一部の金持ち、大企業経営者じゃないのか。
このごろ18才選挙権が出てきたが、どちらかといえば結構なことである。
結構であるが、多分多くの18才は政治に対してはかなり未熟ではないかと思う。
学校におけるきちんとした政治教育が必要である。
学校で政治教育というと多分現職者は引くと思うが積極的に政治にかかわる教育をして欲しい。
決して政治教育をしたからといって偏向しているなどというのは馬鹿である。
現政権を批判する授業をしたっていい。
子どもの中に論争を起こすことがいい学習になる。
そういえば自分らが中学生、高校生の頃は結構政治の話をしていた。
新聞もそういう内容の記事を読んでいたし、えらく世界情勢に詳しい知人もいた。
国の名前やその国の大統領や首相は誰であるかということをどれだけ知っているかは仲間内の隠れた競争だった。
今の政治情勢におけるトピックを授業に乗せるのは政治を身近にさせることでいいことだ。
憲法の話題や、九条のこと、TPPのこと、政治と金のこと、、、、など材料はありすぎるくらい今はある。
米では学校で大統領選の模擬選挙をしていると聞く。
公務員のことから政治教育の話になってしまった。
こんな議員は辞めさせたいというのも政治教育の一つだろう。
罷免する権利を大いに使いたいものだ。

751 語り部

中日新聞が1面トップに奥平康弘さんの死について書いている。
いうまでもなく九条の会の呼びかけ人の一人。
前日もどこかで講演をやっていたとか。
前の晩に読んでいた本がカントの「永遠の平和のために」という本。
最後まで平和にこだわった方だった。
ABらとは全く違う真っ直ぐに平和を見つめた人だった。
爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ。
語り部の高齢化が進んで受け継ぐ人が少なくなっている。
学者や研究者の高齢化も進み批判をする人が少なくなっている。
学者や研究者は受け継ぐ人は出てくると思われるからまだいいが、やはり問題は語り部である。
語る人が亡くならないうちに、こちらから聞き取るということが重要である。
中日新聞では戦争体験者の話を連載しているので地元でもそういう活動が出来たらいいと思っている。
近親者のおばあさんが亡くなった。
大変苦労をされた方なので、聞き取りをしておくべきだったと残念である。

750 内と外

「クロ現」を途中から見た。
ひめゆり学徒隊の生き残りの島袋淑子さんが戦争は絶対駄目と強調していた。
今の政情について危惧しているとも。
見なかった人にも見せたいと思い後で録画した。
KNHやるじゃないか。
やらせがあったともいう「クロ現」であるが、これはよかった。
昨日のブログで沖縄は捨て石になっているということを書いたが、琉球新報の記事からでなく、東京新聞の社説から同じように感じて自分なりの表現で書いたのでそのまま記事をコピーして書いたのではない。
と断っておきたい。
このところ某不自不民党の老政治家たちが今の政権に対して苦言を申している。
野中、福田、古賀ら政権の中枢にいた人たちである。
野中氏は沖縄の痛みを知らない政治ではいけない、民意に背くやり方は絶対に許せない、私の骨は沖縄に埋めて欲しい、戦争は絶対にやってはいけない、などなど。
残念ながら聞く耳持たずのABでは馬の耳に念仏じゃないけどその声は聞こえないらしい。
大久保彦左衛門のいなくなった党はただ暴走するのみ。
しかし良識もいることはいるということがわかったことは少しだけど心強い。
その内なる良識の声を拡大することが急務。
外の包囲網は拡大しつつある。
のではないか。
島袋さんのような語り部の受け継ぎも大事である。
ローカルにやりつつ中央にも力を広げたいものである。

749 立腹

私事を書こう。
今日は午前3時半頃から親戚の不幸があって駆けつけたりして朝は寝られず。
午前は孫の守り。
午後は九条の会の実務で通信の折りと封筒入れ作業。
夜は公民館の職員会で9時過ぎまで会議。
ということで疲れた一日だった。
久しぶりに公民館の会議で喧々囂々の議論で少し眠気も吹っ飛ぶ。
あそうだ、午後の作業の時コーヒーを出して貰っていただく。
また夜の会議でも薄いコーヒーをいただく。
コーヒーを飲むと寝られなく性質の自分としては今夜はあまり眠れないかも知れない。
といいつつこれを書いている。
それはともかく、沖縄に対するABらの態度はまったくいかん。
琉球新報の社説は昨日今日怒り狂った内容だった。
全く同感だったので「いいね」をしておいた。
オキハラとはこのことだ。
仲井真の腹心だった部下を政府の要人に取り立てたり、いやいやながら菅が面会に行くといったり、ニュースじゃ硬軟取り混ぜての揺さぶりをかける、といっている。
きたねーやり方である。
こすいやり方である。
敗戦時は沖縄を捨て石にし、戦後もほったらかしで、今になってまた捨て石だと社説は述べているが全くそのとおりだ。
辺野古へ行って来るという人がいたのでカンパしてやった。
午後少し国会中継を見ていたが、ABらのへらへら答弁ぶりには腹が立つ。
瑞穂たんは戦争法案だといっていたがそれにまで穏当でないとかいってはぐらかしていた。
腹が立つ。
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Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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