1023 スイング

この年ほど危機を感じた年はなかった。
と、多くの人が思ったのではないか。
しかし、そう思わない人も数多くいるというのが現実かもしれない。
いかにしてその差を縮め少しでも逆転するかが今後の課題。
しかし、ことは急を要する。
と、まあ、憂慮を述べて終わりでは面白くもないので、希望の光もあったということで、闇に潜っていた若者が街に出て来たということ、これが大きかった。
一つのテコとして今後に希望をつなげたい。
と、堅苦しいことはさておき、今夜はNでベートーヴェンの「合唱幻想曲」をやったのだが見逃してしまった。
でもGチャンで「ふたたびswing me again」 というのを後半見てよかった。
昔のジャズ仲間が時を経て奇跡的に合流。
そこで2曲ばかりやったジャズがなかなかスイングしていてよかったのだ。
来年、自分もスイングする。1231
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1022 ゲバラ

ゲバラといえば学生時代、一部?の学生のヒーローだった。
知っていることといったらキューバ革命に関わったことと、医師であったこと、それにボリビアで死んだことぐらいだった。
海堂尊(かいどうたける)という作家が「オール讀物」で「ポーラースター」という連載を8月号から始めた。
それは、ゲバラの青春時代の物語。
それは多分ボリビアで死ぬ(殺される)まで続くのだろうが、8,9,11月号と読む限り結構面白い。
彼がアルゼンチンの生まれであることはこれで知った。
アルゼンチンの政治状況なども出てくるので興味深い。
ペロンという大統領のこととか。
アルゼンチンの政情は、第二次大戦時の曖昧路線(枢軸国側だったり連合国側だったり)、軍政でありながら民主的なこと(格差是正したり労働者の権利を拡充したり)をしたり新自由主義路線に走ったり、新自由路線をやめて経済復興したり、今年になってまた新自由路線の大統領になってしまったりとかいろいろ紆余曲折して複雑なところがある。
そんなところも一部この作品には描かれるのだろう。
作者・海堂尊氏も医師だから同じ医師としてのゲバラ像を描いてみたいと思ったのかと思う。1230

1021 最終決着?

ベートーヴェンの「荘厳ミサ曲」を聴いた。
きちんと向き合って大音響で聴いたという訳だ。
クレンペラー指揮のフィルハーモニア交響楽団。
80分ほどかかる長大な曲。
1965年録音の不朽の名盤である。
今から50年前である。
これを初めて聴いたのは学生の時だから今からおよそ49年ぐらい前だから、録音されて間もない頃のレコードだったのだ。
301番教室で宮崎教授がこれは最高傑作だと言ったか言わなかったかは忘れたがとにかくいい曲だと言って聴かせてくれたのだ。
そのときは初めてだし第9ほどいいとは思わなかったが、なのでそのままにしていたが、昨夜寝ながら聴いていたらえらく叫ぶような声が迫力があってこれはもしかしたらやはり傑作なのかもしれないと思った訳だ。
荘厳というだけあって気高い感じがする。
「ミサ・ソレムニス」。
やたらと叫ぶ的な曲である。
これから少しずつ攻めていこうと思う。
第1曲目は大体慣れたので2曲目からだ。
それに最終曲も聴きやすそうに思えたのでこちらから聴いてもいいか。

最終決着でめでたしめでたし。
とはどうも行きそうにない。
慰安婦本人達が反対している。
そりゃそうだ。
上の方で勝手に決められたということに過ぎない。
AB本人が一人一人に行って謝罪するならともかく、代表として外相に頼んだ訳でもないのに日本側がこう言ったからこちらの外相もOKしたというに過ぎない。
それに謝罪するけどもうこのことは蒸し返すなよ、そういう条件をのむなら謝罪する。
(そうでなければ謝罪はしない)とは上から目線であり、高飛車な言い方だ。
慰安婦といえば中国人、台湾人もいるし、オランダ人もいたのじゃなかったか。
それにもっと言えば慰安婦ではないが、徴用工として炭坑などで働かせるために連れてこられた人などの問題もある。
それはすでに決着済みだと言われればそうだが、この度のことをもとにまた蒸し返されそうな気もする。
いずれにしても、まだ問題は解決していないと言うことだ。1229

1020 最終決着?

慰安婦問題など最終決着。
よくそこまで持ち込んだものだ。
金でほっぺたをぶったたいたということだ。
まあ税金を使ってのことだから、自分は痛くもかゆくもないだろうが。
そして相変わらず子や孫に謝罪はさせないとか言っている。
子や孫が歴史を学んで謝罪の念を持つのは悪いことではないしそういう気持ちになることが戦争抑止にもなるのだから謝罪はさせないと言うのはやはり傲慢な考えだ。
と思う。
しかし、ABのことだからただでは起きないだろう。
まず選挙に利用。
今日の新聞見るとABの支持率は50%近く。
不支持を上回っている。
ここんところがわからない。
慰安婦問題でさらに支持は伸びるだろう。
慰安婦に対しての謝罪はあったとしても、国策としてやったという歴史認識についてはまだ彼の態度としてはクエスチョンである。
南京事件や東京裁判にしても同じだ。
そこがはっきりしない限り最終決着をしたとは言えないのではないか。
と思うのである。1228

1019 戦後補償

韓国との慰安婦問題の決着がついているようでついていない。
ついたはずだったのに蒸し返されたというのが日本の立場。
それもこれもやはり戦後補償というか慰安婦問題含めてきちんとしたけじめを付けていなかったのが元であろう。
AB側としては今回限りでもう蒸し返してくれるなという確約を取り付けたいとしている。
AB側としては本音は謝罪などしたくないのがほんとのところだろう。
全面降伏的な決着だけはしたくないということである。
どちらにしても”決着”をつけたとしたら、ABの手柄として選挙に有利に働かせようという魂胆も見え見えである。
アメリカの機嫌もついでに取っておこうというところも見え見えである。
慰安婦問題が戦後70年もたっているのに解決していない。
と同じようにシベリア抑留問題もいまだに糸を引いている。
井上ひさしさんの「一週間」という小説は抑留問題を扱っている。
その中で分かることは、捕虜としてとらわれたときのソ連側の捕虜取り扱いの問題と、とらわれの身である日本側の問題も明らかにされている。
ソ連側は日本の軍隊の組織をそのまま使ったのである。
すなわち軍隊の階級をそのまま使って、上官と一般兵士とを区別したのである。
その結果、上官は食事等についても労働についても有利な扱いを受けたというのである。
国際法的には捕虜になった場合は捕虜の身分はすべてフラットになって区別されないとなっていた。
井上ひさしさんは、このことを日本の軍隊の上層部は知らなかったのかと怒っている。
シベリア抑留は抑留されるという理不尽の上に日本の階級をそのままにして取り扱ったという二重の理不尽の上になされたのである。
60万人という抑留者の内その1割が死亡。
その中にはこの階級が残ったが故に亡くなった人もいる。
とすれば、その補償は誰がするのか。
こちらもまだ戦後が終わっていないのである。1227

1018 怒りの年

やっと思い出して年賀状を書く。
何でこんなものがあるのだろう。
と毎年思いつつ書いている。
ありきたりの文面では面白くないので、その年その年で工夫はしているが、アイデアが尽きてきたのか今年は何もない。
ので、ありきたりに今年の様子を思いだしてそれを書く。
やはり面白くもないが時間が差し迫っているので仕方がない。
今回、公民館の新年から始める連載の文もあるのでそちらもやらなくてはならず、なかなか年賀状に頭が回らなかった。
しかし大体書くことは毎年決まっているのでそれがどのように変化したかを書くだけだ。
いわば元ネタがあってそれのヴァリエーション。
それに文体や言葉のひねりを入れて書くのが工夫。
書いていて1年を思い出す。
今年は社会的にはもっともひどい年だった。
おそらく人生はじまって以来の最悪の年。
政治の状況が最悪だったのだ。
まあおそらく何百万か何千万の人がそう思ったに違いない。
最悪の気持ちは裏返せば最大の怒りに変わる。
怒りの年だったとも言えるのだ。
レクイエムでいえば「怒りの日」
最後の審判の日のことだ。
モーツアルト、ヴェルディの「レクイエム」の「怒りの日」が有名。
自分的にはモーツアルトのほうが好きだが、ヴェルディもなかなか。
年賀状の話が「怒り」になってしまった。1226

1017 平和の俳句

中日新聞で毎日平和の俳句を見ている。
昨日こんなのが載った。
「めし炊ける匂いの中で知る平和」 浜口忠男(75)東京都足立区
朝、ご飯を炊いて釜のフタをあけたとき立ちのぼるにおいに平和を感じるという句だ。
偶然にも同じ事を思っていていまだ句に出来なかったのだが、先を越された。
同じようなことを思う人がいるということを実感した。
我が家では米を洗って炊飯器に入れるのは大体自分がやる。
そして、朝、炊飯器のフタを開けるのは自分であり、お仏飯を盛って仏壇に飾るのが自分の仕事なのだ。
フタを開けたときの立ちのぼるにおいは何とも言えず幸福な気持ちになるのである。
立ちのぼる湯気。
立ちのぼる匂い。
立ちのぼる平和。
という訳である。
毎日どこの家庭でも誰かがフタを開ける。
きっとその誰しもがその匂いに平和を感じるのだ。
米の炊けた匂いって包み込むような甘さがある。
難しく形容するならば「馥郁たる」匂いとでも言えようか。
縄文の昔からその匂いにあこがれて米を作ってきた祖先。
戦時にはその馥郁たる匂いも途絶えがち。
途絶えがちがゆえに切望された米があった。
銀シャリ。
そういえば平和の俳句が始まった一番最初の句はやはり飯だった。
「平和とは一杯の飯初日の出」 浅井将行(18) 愛知県西尾市
自分も一句作らねばと思う。1225

1016 IWGP XII

久しぶりに石田衣良のIWGPを読んだ。
「オール讀物」8,9月号で連載の「西池袋整形シンジケート」である。
美容整形を題材にした話だった。
相変わらず現代的テーマのひとつを取り上げ物語ったものである。
内容はさておき、今回出してきたマコトの趣味のクラシックCDは、ハチャトリアンの「仮面舞踏会」であった。
ハチャトリアンといえば「ガイーヌ」の「剣の舞」が有名だが、こちらもなかなか。
その中の「ワルツ」は真央ちゃんのスケートでも使われた。
8月号には奥田英朗の「ヒーロー」というのもあったので読んだ。
奥田の新刊「我が家のヒミツ」が調べたらあったので図書館に予約した。
このごろなかなか小説が読めていない。
うちにある積んどく本もあるのでこなしたいが好きな本も読みたいものだ。1224

1015 ひのきみ

ひのきみには反対なのだが、今日は天皇誕生日。
町へ出かける用事があって車を走らせるといくつかの家に日の丸が。
2,3年前までは掲げる家は殆どなかったのだが、このごろ増えている。
あれ、このうちもかというところもあったりする。
某神社本庁の肩入れ人がかかげよかかげよと吹聴するのでやっているのかもしれない。
その某肩入れ人は九条の会の会員でもあるだが、その思想の背景はどうなっているのか。
天皇の今年の行事のときの言葉が新聞に掲載されたが、いくつかには戦争反対の思いがこめられているものと読んだ。
パラオ訪問、終戦記念日、誕生日などなど。
ABらは宮内庁に圧力をかけたみたいだが、それでも戦争反対はつらぬいた。
天皇の政治に対する口出しは憲法で禁じられているので、戦争法がどうのこうのは述べられないが、戦争反対は言えるという事だ。
ABらは面白くないに違いないが、どうせ無視を決め込むだろう。
こちらとしても天皇の力を借りるわけには行かないが、ともかく早く野党共闘を全国的に作り出さねばならない。
煮えきらぬ岡田に早く決断をさせねば。1223

1014 判決

大阪の君が代起立条例「合憲」判決。
おいおいまたか。
どこ見てるのか。
憲法には思想、良心の自由が書かれている。
条例が上か憲法が上なのか。
まったく逆ではないか。
国旗国歌法にもそんなことは書かれていない。
学校で強制するようなことはしないと小渕も言ったのだった。
憲法にも国の法律にも書かれていないことを条例が定めることすらおかしいのに司法はどうかしている。
夫婦別姓の最高裁判決もおかしなものだった。
近々に2度続けておかしな判決だった。1222

1013 金曜日

別に迷信を信じるわけではないが、パリテロのあった日は11月13日。
その日は金曜日だった。
13日の金曜日。
キリスト教にとっては忌み嫌う日ではなかったか。
その後6ヵ月後の来年の5月13日。
この日も金曜日となっている。
ISはまたどこかでテロをやるといっている。
イスラム対キリスト教。
なんだか符合するのが恐ろしい気もする。
ISの拠点はシリアとイラク国内。
彼らの主な資金源は石油。
その資金源を断つためにアメリカなどは油田を空爆している。
ISに武器を供与しているのはアメリカという話もあるが、結局戦争というのは誰かが儲けるため。
アメリカの武器産業は儲かれば誰でもいいというわけだ。
フランス、イギリス、ロシアも空爆しているが、シリアはどうなってしまうのか。
資金源を断つといってもまだまだ彼らは金を持っている。
テロは少数の人数でどこで起こるかわからない。
そんなのが根絶できるはずもない。
空爆すればするほどやり返されることは必死。
パリのあとはロンドンか、はたまたモスクワだって危ないかもしれない。
やり返しの根を絶つにはやはり空爆をやめることだ。
空爆もテロだ。
悪の循環にはまるだけだ。
今頃、彼らは周到な準備を進めているに違いない。
ABも調子こいてアメリカの追随を続けていると何されるか分からない。
だからAB退陣、安保法破棄なのだ。1221

1012 街宣・スタンディング

1220街宣&スタンディング
毎日曜日の行動、本日は9名。
今日も天気よく街宣日和であったが、もう年末さすがに観光客は少ない。
今回は「野党は共闘」を強く訴えた。
またABの緊急事態状況の憲法盛り込みの危険性も訴えた。
今年は7月から毎日曜日やって20回はやった。
12月はこれで終わり。
1月はまた10日からやる。1220

1011 戦略的投票行動

総がかり行動に行ってきた。
12月にしては晴れ渡るいい天気でデモ日和であった。
AB政治を許さない
戦争法廃止
のプラカードを渡されて一斉に掲げるというパフォーマンスをする。
その後デモ行進でもこのプラカードの言葉をコール。
総がかりであるからいろいろな団体が名を寄せるが、政党色はない。
いわば市民の会である。
市民の会の目的としては、上に上げた二つのことは勿論であるが、その先にある憲法「改正」も視野に入れなければならない。
昨日書いたように、ABの本音の出た緊急事態条項もつぶさねばならない。
そのためにはやはり昨日書いたように参院選では過半数を取ることである。
長谷部氏も言うようにそれは戦略的投票行動をとらなければならない。
つまりそれは野党が過半数になること、つまり野党が一本化して共闘体制を組むということである。
熊本、鳥取などはすでにその体制が出来た。
島根や長野もそうか。
今日のわが県の集会ではそれが全然述べられなかった。
わが友が憤然とそれを語った。
わしも激しく同意する。
野党は共闘」をなぜ入れないのか。
誰かの思惑、どこかの党の思惑、あるいは力学が働いたのか。
市民の会ならばそんな思惑は蹴っ飛ばすべきである。
ことはシンプルである。
野党は共闘」だ。
シールズもそのように動いているし、全国的にはその流れが加速しつつある。
共産党も自らの候補者を引っ込めてもいいから統一しようといっている。
このままじゃ、ヤラレル。
変な思惑や力学は自らの首を絞めるようなものだ。
いわば身内の敵である。
変な思惑のヌシは大体想像がつくが、きっぱりとそれは脱ぎ捨てるべきである。
とやかく言う場合ではない。
くどくどと何べんでも言うがことはシンプル。
野党は共闘」だ。
これをやらない限りマケル。
市民の会である。
市民の大多数はそう思っている。
と確信する。1219

1010 緊急事態条項

「世界」1の長谷部恭男「日本国憲法に緊急事態条項は不要である」論文から。
「ABは11月10日の参院予算委閉会中審査において、大規模災害や外国からの侵攻に対処するために、権力分立を一時停止して政府に権限を集中させ、国民の基本権に特殊な制限を加えることを眼目とする緊急事態条項を盛り込む憲法改正に、優先的に取り組む姿勢を打ち出している。」
とした上で、この緊急事態条項は不要であるとする論を展開している。
ここでは長くなるので省略。
しかしそれはABの本音が出たということだ。
まさに自分が一番したいことを言っているようなものだ。
国民の権利を制限し政府がやりたいようにする。
これが一番ABのやりたいことなのだ。
長谷部氏は、これを阻止するためには、参院選挙で過半数をとることだと述べている。
「私たちには、日本の「対テロ戦争」への参加、あるいは中東における紛争への介入を、効果的に止める方法が残されている。それは2016年7月の参議院選挙で、安保法制に反対する党派を合わせて参議院の過半数を取ることである。参議院選挙は政権選択の選挙ではないが、自衛隊の海外派遣は国会同意を必要とし、その国会同意については衆議院の優越はない。つまり、参議院の多数を確保できれば自衛隊の海外派遣を止めることができるのである。戦略的な投票行動によって、自衛隊の海外派遣を止められる議員を選ぶことこそ、いま私たちが撮り得る現実的かつ賢明な道であろう。そしてそれこそが、日本へのテロの脅威を減らし、緊急事態条項の導入よりもはるかに、尽きることのない心配の種をあえて増やす過ちを抑止することにつながるのである。」1218

1009 価値と価格

「やさしい経済の話」という講座に出ている。
やさしいと言いながらも結構難しい?ところもある。
講師の方は元教師で社会科。
原始社会から封建制を経て資本主義の世界まできた。
やはり近代現代の歴史と経済の話が多くなってくる。
歴史のことはさすがに詳しい。
映画や音楽などの話が必ずといっていいほど入るので面白い。
今日は「価値」のことについて。
「価値」は長い間分からなかったが、ようやく見つけた人はアダム・スミス。
価値とは「商品の価値は、そこに投入された労働の量(労働時間)で決まる」
そして「社会的生産力の発展は商品の価値を下げる。」
そして「商品の価格は市場の状況によって大きく変わる」
価値=労働時間なのであるが、価格とどう違うのか。
について、みんなで話していたのだが、頭がごちゃになって自分の中ではびしっと定義づけることが出来なかった。
しかし、後から考えたら何だ簡単じゃないかと思ったのが以下。
Aという物とBという物を同じ労働時間で作ったとすると、AとBは同じ価値である。
しかし同じ価格になるかというとそうではない。
価格はやはり需要と供給とのバランスで決まる。
Aの方が需要があるとすればAの方が価格は高くなる。
ということだ。
と、考えたのだが間違っているだろうか。
原則はそうだが、他の要素が加わると余計に複雑になることは言える。
それはややこしくなるので述べないが、次回は、賃金、価格、利潤などについて考える。

今日はアメリカFRBが利上げを決めた。
いわゆる0金利体制からの変更である。
0~0.25%の利率から0.25あげて0.25~0.50にするというものだ。
9年半ぶりの改訂であり、リーマンショック以後7年間の政策に変更をするというものだ。
株価は今日、少し上がった。
アメリカでは労働人口が21万人増えるとか。
原油価格が下がる中で米のシェールガス業界は苦戦しているが、原油輸出を40年ぶりに許すとか。
影響は出始めているが、サウジなどは原油の輸出を増やして原油価格を安くしようと対抗しているが果たしてこの先この「戦い」はどうなっていくのか。
日本への影響は勿論出てくるがどうなるのか。
こちらの問題も目が離せない。1217

1008 三つの異常

s-ぶり

でかいぶりをもらった。
体長80センチだった。
近所の料理人に頼んでさばいて貰い今夜は豪華さしみ。

不破哲三氏の会見での発言から。
自民党の異常な体質について3つあると述べている。
一つは、財界との関係。
外国では経済については長期的な視野に立って財界とは一線を画すが、日本の場合は、目先の経済優先で財界の利益に直結するようなことをする。
二つ目は、アメリカとの関係。
完全な従属関係にある。
治外法権をもった米軍基地がこれだけ大規模に存在している資本主義国はほかにない。
また、戦後の長い歴史の中で、アメリカの国際行動に対して一度もノーと言ったことがないのも日本しかない。
3つ目は、 日本が加わった侵略戦争に最初から根本的な反省をしないまま推移しているということ。
大局的に見ると、自民党は結党以来60年にして最も危険な段階に入りつつあるのではないか。
これが私の安倍政治を見てきた率直な感想だ。1216

1007 二人の講演

時間があったのでFBを見ていてその中に小林節の講演のビデオがあったので見てしまった。
1時間とちょっと。
愛知の田原市でやったやつ。
しゃべり方がなんというかべらんめえというか端正な日本語でなくてと友だちにしゃべっているような話し方で面白かった。
自ら改憲論者だというが、立憲主義、平和主義は大事にしているという。
特にABの立憲主義知らずや99条違反には怒っている。
九条のこともいろいろ言ったが第2項についてはどうしてもこだわっているみたいであった。
つまりこれでもって集団的自衛権などは容認できるものでないし、戦争のできない国であることは明確であるということだ。
それで、参院選はとにかく野党は一つになれとまくし立てられた。
自民党の国会議員は本音は俺の言うことが分かっているみたいだがやはり選挙が怖いのでABに逆らえないのだという。
やはりそうかと思う。
民主党は共産党と共闘が難しいなどというが、選挙は共闘してとにかく勝つこと。
そして勝った暁には、その後のことを考えればいいのではみたいなことを言っていた。
そうだ、とにかく奴等にはまず勝つことである。
ユーチューブを見ると他にも小林節の講演のビデオはいくつかあるみたいである。
まあこれ一つ見ればいいと思うが、彼も言うように野党はとにかく共闘、そして勝つことが大事である。
夜にはFBで不破哲三の記者クラブでの講演の全文を読んだ。
昔の自民党は幅というか余裕みたいなものがあったが今はがちがちであるみたいなことを例を挙げながら話していた。1215

1006 COP21

COP21に対して運動をしてきた団体のメッセージがメールできた。
今回の会議の「成功」を伝えるものだった。
以下に初めの部分と終わりの部分だけコピペ。

  気候変動対策について協議する国連の会議(COP21)で、各国代表は「大切なすべてのものを守ることができる」画期的な目標を定めました!私たちが行った、マーチ、署名、電話、寄付、メールといった活動。その活動はすべて、人類の歴史において非常に重大ですばらしいこの転換点を目指してやってきたのです。
Climate March
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  その目標とは「ネット・ゼロ・ヒューマン・エミッションズ(人間活動による排出量の正味ゼロ)」と呼ばれていますが、大気中への温室効果ガスの排出量と吸収量とを均衡させ、排出量を実質ゼロにすることを目指します。交渉が一段落して、「パリ協定」が各国の政策に反映される時には、クリーン・エネルギーこそが、この目標を達成するのに最も安価で効果的な最善の策となっているでしょう。次世代のために安全な未来を築くという夢の、これは大切な土台です。
  人類の歴史において、美しいビジョンというのは、多くの危機をくぐり抜けた後で誕生してきました。第二次世界大戦は、世界人権宣言を生みました。同じひとつの人類として、私たちの精神と受容について定めた、不朽の基準です。また、アパルトヘイトの廃止は、世界唯一の、そして最も画期的で進んだ憲法を南アフリカに誕生させました。
このような野心的ビジョンは、これらが世論の支持を得るよう、そして日々の生活において実現されるよう、人々がムーブメントを築いてきたからこそ生まれたのです。それは今回も例外ではありません 。

中略
  今回結ばれた約束を現実のものとするには、これから先、何十年もかけて取り組んでいかなければいけません。2050年までにクリーン・エネルギー100%、という目標を達成するには、今回の合意にある「今世紀後半」の基準をもっと厳しくするなど、さらに攻めていく必要があります。発展途上国が化石燃料に頼ることがないように、そして大勢の人々が貧困から抜け出せるように、経済大国は途上国にもっと資金を提供しないといけません。また、島しょ国が水没してしまわぬよう、世界の気温上昇を「1.5℃未満」に抑えるよう、政府に働きかけていかねばなりません。そして最も重要な課題は、私たちの各国政府すべてに、ここパリで約束したことをしっかり守らせることです。
  ですが、パリでは多くの成果も生まれました。その一部ご覧ください。
•今後数十年間、継続的に貧困国を支援するため、2020年以降少なくとも1千億ドル(約12兆3000億円)の資金支援をすること
•排出「実質ゼロ」の世界を一日も早く実現させるため、今後は5年ごとに会議を開いて目標値を上げていくこと
•気候変動はグローバルな問題であり、人類というひとつの家族の将来を守るには、サウジアラビアからスペイン、セネガルに至るまで各国の協力が不可欠だという、世界的合意が成立したこと
  今回の合意でもっとも重要なことは、世界中の投資家たちに向かって、「化石燃料に投資することは、金を捨てるようなものだ。再生可能なものから利益は生まれる。クリーン・エネルギー100%を実現できる技術こそが、将来の金のなる木だ」というメッセージをはっきりと送ったことです。1214

1005 あべこべ

s-1213街宣


街宣・スタンディングをした。
今日は5人と少ない。
リレートークも全員の5人。
1時間ほどで5人の喋りが終わる。
10分ぐらいは一人でしゃべっているということか。
A4の1枚半ぐらいでそのくらいになるのか。
夕べは遅くからそのくらいのアピール文を書いたのだった。
戦争法破棄と憲法改悪反対を訴える。
このごろの情勢としては消費税のことなども取り上げる。
ABのやることはすべてあべこべの政策だから分かりやすい。
誉めたところは一つもない。
皮肉にも戦争法のお陰でシールズなどが活躍し、民主主義を再認識させたことがよかった点か。
反面教師を演じてくれた。1213

1004 失望

COP21が終わりそうであるが、果たして結果は?
あまり拘束力のない軟弱なものになるのか。
と思われる。
COPは人類の会議である。
人類のというか地球全体の生物全体の為の会議である。
それに首脳ともあろうものが万全の結果を残せないなんて首脳とは言えない、ただの通行人みたいなものだ。
CO2を排出する企業におもねている。
つまりは目先の経済におもねている。
つまりは金持ちにおもねている。
つまりは拝金主義。
人類のことは考えていない。
自分さえよければいい。
後世代のことは知らないというものだ。
ナオミ・クラインがパリに乗り込んで実況をしていたが、彼女にとってこれぞ資本主義対気候変動の現場であったに違いない。
おそらく失望していたのではなかったか。
その英語はあまり聞き取れなかった。1212

1003 異常

朝起きて新聞を取りに外へ出てみるとどかっと熱風が来た。
内は11度で外は13度あった。
雨風も強く川も増水していた。
12月としては異常であった。
今後、ますますこの様な異常気象が増えていくだろう。
パリのCOP21はもめにもめているが先進国がドンと金を出し途上国は排出量をおさえるべきである。
えらいどころが集まっているのなら未来に向けて顔向けできるような対策を出すべきである。
前にも書いたかもしれないが、日本は逆向き。
石炭火力は増やすというし、原発も容認だし。
馬鹿な国だ。
消費税のことで自公でもめているが、軽減税率なんてのもまやかしだ。
食品だけは8パーのままでといっているが0にすべきなのである。
大体消費税が不公平な税制であるのに8パーだの軽減だのといってる場合ではない。
おまけに法人税は下げるというから国民を馬鹿にしているとしかいいようがない。
金持ちは減らし貧乏人には増やすということだ。
こんなに分かりやすく絵に描いたような不公平なのにああ軽減されたなどいって喜んでいる場合ではない。
戦争法に目を向けさせない為の経済政策、税制政策なのである。
ということで、異常な天気はABのせいだという結論に到った。???1211

1002 不正

また不正である。
この前の杭の不正から立て続けである。
橋の耐震に使う接続部分の溶接をしっかりしなかったことをしたかのようにしたということだ。
ワクチンの不正にしても人の命に関わることである。
大人のやることか。
子どもに顔向けできるか。
見つからなければ不正もよしという風では世の中何も信じられなくなる。
どこやらの学校では奨学金?の不正があったし。
「不正」ばやりである。
ほんとに子どもに顔向けできない。
「おとなって平気で嘘をつくのね」
そして学校に道徳の押し付けをする。
政治家の不正も例を挙げればきりがないくらいだが、あとから言いつくろってもそれは無駄。
最高の不正は政治家の不正であり、今の不正の最高はABである。
九条の解釈による集団的自衛権容認は最高の不正である。
と、どうしてもここに来る。

1001 ウエザー・レポート

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「ウエザー・レポート」というバンドがいた。
ジョー・ザビヌルというキーボード奏者とウエイン・ショーターというサックス奏者二人の双頭リーダーのバンドだったが、ジョー・ザビヌルは死んでしまった。
それにジャコ・パストリウスという稀有なベース奏者も死んでしまった。
ので今では活動していない。
彼らの昔のライブ音源から4枚組のCDが出たので買った。
大体聞いた曲ばかりなのだが、ライブでしかやらないのもあるので買った。
それはジャコのベースソロである。
一回だけ来日コンサートに行ったことがある。
その時のジャコのソロがやはり印象に残っていたのである。
フィードバック奏法をやって見せてくれた。
そして最後は机の上から床に置いたベースに飛び降りて演奏を終了というパフォーマンスをして見せたのだった。
ライブだから聴衆の度肝を抜くようなことをするのだ。
彼は後にアルコール中毒で亡くなるのだが、ベース奏者としては惜しい存在だった。
ライブ音源なのでロング・バージョンが多い。
「ジブラルタル」という曲は21分ほどもある。
10分を超えるものも数曲ある。
ウエインのソロやドラムのソロもある。
まだすべて聞き終わっていないのであるが、「バードランド」や「ブラック・マーケット」という人気曲はやや物足りなかった。
これまでのCDに入っていない、ジャコのソロやウエインのソロなどは聴き応えがあった。
このバンドの初出は70年代であったがジャズのバンドとしては衝撃的なデビューだった。
レコードで買ったのだったが、ジャズとはいえ現代音楽風な感じの曲ばかりでかなり高度?な構成だった。
しかしその後に出るレコードはリズム感のある非常にキャッチーな曲もあり人気を得たのだった。
この4枚組は1978年から1981年のもの。
音楽はライブで聴くのが一番。
その次が映像。
その次がCDやレコードだと思っているので、ライブ音源は一番に近いものである。1209

1000 書くこと

遂に1000回。
書くことの意義、意味は何なのか。
書くためにはさまざまな情報が必要である。
その情報に基づいて自分の考えを作る。
ということから二つのことが行われる。
社会にコミットすることと自分を見つめるということになろうか。
自分を見つめると書いてしまったが、よく考えてみれば、その上辺だけの自分の思いや考えを作り出しているに過ぎない。
のではないか。
もっと奥深いところの自分はまだあるのではないかという気がする。
つまりそれがあるとすれば自分なんて見つめ切れていないのではないか。
と思う。
上辺のものはその奥深いところからにじみ出てくるのではないか。
自分とは何者なんだろう。
今のところの自分は戦争反対が奥深くにあるのか。
もっともっと奧の自分は何なのか。
・・・
書くことによって、自分が見えてくればそれでいいのだが、その奥深い自分はまだ見えていない。
気がする。
なんだか意味のないことを書いてしまったような気もするが、まだまだ書き続けようと思う。
12月8日愚かな戦争の始まりの日。
イマジンを書いたジョン・レノンの終わった日。
しかしイマジンは続く。
釈迦が悟りを開いた日とも。
成道会(じょうどうえ)
その悟りとは。
ひと言で言えるはずもない。
が、ひと言で言えるものでもあろうか。
うーん。
・・・・・・1208

999 時間

999回目の記事となった。
ともかく続けていればこういうことになる。
何度もいうように時間の経つのが歳を取れば取るほど早くなる。
そして人生の終末が近づいていることでもある。
ならばその時間を密なものにしていきたいものである。
だがなかなかそうはいかないらしい。
だらりだらりと時間が過ぎていく。
このだらり感は現役の頃にはなかった時間だ。
ストレスのない時間である。
よく考えればこれぞ至福の時間かもしれない。
何もせずに過ごす、過ごせること。
欲張ってあれもしようこれもしよう。
あれもこれもが密なる時間なるかもしれないが、何もせずに過ごすことの至福感も味わうことにしよう。
考えれば贅沢な時間でもある。
何でも出来る有り余る時間。
この有り余る時間を持つことが至福なのである。
贅沢とは有り余る時間を持つこと。
金がなくても時間があるということは幸福であるということだ。1207

998 街宣

s-街宣1206

久しぶりに街宣・スタンディングに参加。
今回は6人だった。
寒くなったので観光客も少ない。
話す人4人だった。
とにかく続けることが一番。
継続は力なりである。
一人の若者が通りすがりにペッと唾を吐いていった。
その行為は我らのスタンディングに対する嫌がらせか。
顔つきもどこかしらつっけんどんで不満顔。
思い過ごしでそうでなかったかもしれないが、今度の安保法で一番被害を受けるのは若者世代だ。
真摯に真剣にしっかりこのことに向き合って貰いたいと切に思うよおじさんは。
今度は若者向けに話をしようかと思う。
だまされたと思って真剣に考えてくれたまえ。
今回は安保法の撤廃のみならず、憲法「改正」は反対であるという話をした。
来夏の参議院選挙では与党の3分の2になる可能性は大である。
それを防ぐことが第一であるがかなりがんばらないと難しい状況かも知れない。
とにかく野党が一丸となることを訴えてそれは阻止したい。
早「世界」1が届いた。1206

997 プレゼン

農業振興大会に行って来た。
いくつかの発表があった。
どの人も必ずパワーポイントによるプレゼンをしていた。
口頭による発表に視覚や聴覚を使ってより分かりやすくというのがプレゼンのメリットなのだが、その内容によっては必ずしも分かりやすくなるとは限らない、
ことが分かった。
一番やってはいけないことは文字が小さいことである。
そして画面上にごちゃごちゃといろいろなものを入れないことである。
グラフでもあまりこまかいと分からない。
やはりシンプル・イズ・ベストである。
一つの画面で一つのことだけがいいようである。
今日のプレゼンで一番分かりやすかったのは、目から鱗であった。
殆ど自分のしゃべる言葉を画面に映していくことである。
いわばテレビなどでもやる誰かがしゃべる言葉を後から編集してテロップで流すように、説明する文章をそのままに近くテロップ化して写すことである。
勿論それではあまりさまにならないから、写真をはさんだり簡単な見出しのようなものをはさんだりしていた。
聞いていて非常によく分かったのだった。1205

996 白い想い出

2度目の雪。
田んぼは真っ白。
積もるかと思ったが雨に変わった。

「白い想い出」山崎唯作詞作曲
という歌がある。
♪雪が降ってきた ほんの少しだけど
私の胸の中に 積りそうな雪だった
幸せをなくした 暗い心の中に
冷たくさびしい 白い手がしのびよる

雪が溶けてきた ほんの少しだけど
私の胸の中に 残りそうな雪だった
灰色の雲が 私に教えてくれた
明るい陽ざしが すぐそこに来ていると

灰色の雲が 私に教えてくれた
明るい陽ざしが すぐそこに来ていると
すぐそこに来ていると♪

何だか切ない歌だ。
幸せをなくした暗い心に白い手が忍びよる
だけど雪が溶けたら明るい日差しがすぐそこにある
という瞬く間に明るくなる、温かくなると言う幸せな歌だ。

1963年頃に出来た歌である。
どうして覚えているかというと、この歌を高校の予餞会。
すなわち今でいう3年生を送る会で歌ったからである。
500人ほどの聴衆の前で。
しかも二人(男二人)の独唱でである。
サイモンとガーファンクルみたいである。
ピアノ伴奏は音楽教師。
当時音楽を専攻していたもの達がその教師に言われて舞台に立ったのである。
一人で歌うものが多かったが何故かこの歌は二人で歌わせられたのである。
足ががくがくした。
聴衆は男二人の独唱にやんやの喝采をしてくれたが、ホントにあの時は無我夢中だった。
なので雪が降るとこの歌を思い出す。1204

995 段ボールハウス

師走となり早3日。
小寒くなってきた。
寒くなれば心も寒くなり心寒いというか心細くなる。
シリアの難民や中東の難民を思うとき、やはり寒さに向かって心細さは自分の比でなく甚大だろう。
かくいう日本の中でも難民に似た状況の人たちもいる。
日比谷の年越しテント村ほか都市にはあちこちにテント村や段ボールハウス。
いつか5,6年前だったか冬場の首都へ行ったとき、東京駅の暗い路地でぼろをまとった一人の老人らしき人のたたずまいを見た。
地べたに座り込みお金を入れる缶を前に置き今にもつぶれ込みそうな姿勢でじっとしているのだった。
風が吹けば吹き飛ばされそうな、
雨が降れば流されてしまいそうな、
一つの物体に近い人間のたたずまい。
その存在はそのたたずまいに比して無茶苦茶自分にとっては重いものだった。
黙って通り過ぎるのか、何かしてやるのか。
お金を入れるのか、何か食べ物を買ってきて与えるのか。
それは一瞬、5、6秒の思考だったが結局何もすることなく通り過ぎてしまった。
勿論その後の足取りは重かった。
その後の老人はどうなったのだろう。
と、思い出すのはその後に2,3日ぐらいまでだった。
このような都市難民はおそらくその時よりは増えているであろう。
海外へ行き自分のポケットマネーのように金をばらまいてくるABよ。
新宿か渋谷の段ボールハウスで真冬に寝て見ろ。
金はどこに使うかが分かるだろう。
・・・あっと、分からないかもしれないな。1203

994 自然エネルギー

午前、九条の会ニュースを印刷。
午後、折り機で折って封筒詰め、配布手分けをみんなでやる。
パリでは気候変動会議いわゆるCOP21。
身に染みてこの問題の重要さが分からないが、とにかく分かろうと分かるまいと何とかしないと未来に大変なことになるらしい。
ナオミ・クラインの「気候vs資本主義」の日本語訳はまだでないが、人類共通の問題として取り組まないとだめだということを言っているのだろう。
「二酸化炭素の排出量をおさえる」という単純なことだが、首脳はお互いに押し付け合うのでなく自ら削減する意志を示して貰いたいものだ。
ABは、逆の方向へ取り組もうとしている。
石炭火力発電所を増やそうとしていること。
原発はCO2は出さないが最悪の毒を出すから止めるべきであるがこれも止めようとしない。
各国が自然エネルギーによる発電に舵を切る中、少しもそれに力を注ごうとしない。
水力、風力、太陽光。
それに地熱発電。
火山国日本は地熱発電に力を注ぐべきである。
原発をやめ自然による発電に舵を切ればAB人気は一気に高まるだろうにそれが分からないらしい。
経済的にも雇用や技術開発などで相当な発展が期待できるのに分からないらしい。1202
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