1054 街宣・スタンディング

s-街宣0131

今日は日曜日、恒例の街宣・スタンディング。
今回は場所を変えて新しいところ。
これまでで一番自動車の交通量が多いところ。
車に向かってのアピールである。
スピーカーを使ってのアピールもやる。
3人ほどは近所に署名に回る。
道行く人にも積極的に声をかけて署名のお願い。
天気はいいが風が強く、持っているのぼり旗が飛ばされるくらいだった。
「風強し 負けずと握る 旗持つ手」
今回の街宣文(参考までに)
0131街宣文
皆さん、こんにちは。郡上・九条の会のものです。
私は二つのことを訴えたいと思います。
AB内閣のまやかしに乗るなということと、署名のお願いです。
一つ目、AB内閣のまやかしに乗るなということです。
AB首相はことあるごとに「経済最優先」でやるといっています。
そしてアベノミクスとかいって3本の矢だの新三本の矢だのといってしきりに経済政策を宣伝しています。
前の3本の矢の検証や反省や総括もしないで目新しさだけをアピールするだけです。
実際には円安と株高になったせいで大企業はもうけました。
しかし、内部留保がたまっただけで庶民にはトリクルダウンはははっきりいってありませんでした。
しかも消費税があがり庶民には増税、そして企業には法人税減税と、庶民からは金を取り大企業には税金を安くするという大企業よりの政策しかしませんでした。
そしてAB首相は外国へ行けばなんだかんだと金をばらまき3年間でこれまでにばらまいた金は53兆円といわれています。
日本の1年間の予算の半分にもなる膨大な金額です。
すべて私たち国民の税金です。
そして今度は65才以上の低所得者には3万円、総額4000億円のばらまきをいっています。
これまで支払われてきた子ども手当は400億円の削減です。
子ども手当は減らし年金も減らし、消費税は上げて法人税は下げるというまったく国民を馬鹿にしているあべこべ政治です。
そして経済最優先といいながら、昨年は平和安全という名の「戦争法」を通してしまいました。
片方で経済で目くらましをしながら、片方では憲法九条をねじ曲げて日本を戦争できない国から戦争できる国へと変えてしまったのです。
私たちは、戦後70年どこの国とも戦争をしてこなかったのは憲法九条があったからだと思っています。
中国や北朝鮮の安全上の危機をことさらに叫び利用して日本が再び軍国主義化することは絶対に止めなければなりません。
それは国連を中心として話し合いすなわち外交努力で解決することです。
こんな時こそ冷静になりましょう。
そんな努力を忘れて、ほれ、攻めてきたらどうするのだなどという非現実的な問いには乗ってはなりません。
それには少しでも早く昨年多くの国民が反対したにもかかわらず通ってしまったあの「戦争法案」を廃止することです。
こんどの参院選では戦争法に賛成した議員を落選させ、戦争法を廃止するという議員を当選させましょう。
それには野党の協力が必要です。
私たちは、野党共闘を一刻も早く実現できるよう望みます。(以下略)
0131
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1053 200名山

s-大山

今日は孫のお食い初めというのをやった。
100日たったという訳である。
成長するのが早い。
というのも我々も老いるのが早いということである。
這えば立て立てば歩めと思うにぞ我が身に積もる老いを忘るる 其角

夜、何気なしにテレビを見ていて、グレート・トラバース2というのを見てしまった。
日本200名山踏破の田中陽希の記録である。
200名山というのはその名の通り200あるのかと思ったら100名山の次の100名山ということで実際は100であることを知る。
田中陽希のタフぶりには参った。
まさに鉄人。
山を登る速さも人の2倍ほど。
山を下りたら国道とかをひたすら徒歩。
そして近いとなれば海はカヌーで渡るという。
今日は四国の山、山陰の山、そして九州の山の踏破をやっていた。
雪の山、岩の山など過酷な状況下をやっていた。
最後は佐多岬ゴールであった。
なんと8000キロの踏破である。
100名山踏破の時も見ていたが、遂に200名山も完全踏破。
田中もスゴイが撮影クルーもスゴイ。
カメラマン役もやはり強靱な登山家だというが、世の中にはスゴイ人がいるもんである。
自分も少し発破をかけられた気がして今年はやはり少しは山に登ろうかと思った次第である。

写真は登山好きの友だちに送ってもらった神奈川・大山から見た富士山。


今日の平和の俳句はよかった。
「戦争よ過去の廊下に座り込め」十亀(そがめ)弘史(ひろふみ)(71) 東京
渡辺白泉の句「戦争が廊下の奥に立っていた」を基にしている。

「廊下には 風に吹かれる ボブ・ディラン」 0130

1052 手口

s-意見広告

新聞に写真のような意見広告がのった。
まさにナチスの手口で事が運んでいるように思える。
こうなってはいけない。

月々の電気代と水道代、下水道代を見比べてみた。
電気代は水道代よりも少し安い。
水道代は下水道代よりも少し安い。
ことが分かった。
つまり高い順にいうと、下水道代、水道代、電気代となる。
下水道代が水道代より高いのは設備費等に金がかかるからか。

FBでFB憲法九条の会に投稿したらいいねが100を越えた。
各地の様子を投稿しあって刺激し合うといいかもしれない。
と思った。
毎日ぐらいスタンディングしている人もいるし、衣裳や看板などにもいろいろ工夫している人もいて参考になる。
今の最も気になることは「野党共闘」の行方である。

経産大臣が辞任したが、奴等は転んでもただでは起きない策を考えたのだろう。
注意しなければならない。
「酸っぱさを 噛みしめ野党 共闘かな」 0129

1051 純真

今日の追悼曲はずばりレクイエム。
まず一番しっくり来るモーツアルト。
ショパンも自分が死んだらこの曲をやってくれと言ったという曲だ。
合唱曲としてよく聴いたが、実は半分より少し行ったくらいまでしか口ずさめない。
未完だったので最後の方は弟子が書き添えたと言われるがその辺りかもしれない。
何曲目かに「怒りの日」というのがあるがその名の通り「怒り」の感じられる曲。
ヴェルディもレクイエムがあるが、こちらはその「怒りの日」が一番有名で口ずさみやすい。
身近なものを亡くしたという悲しみはその悲しみが深ければ深いほど怒りのような悲しみとなる。
絶えきれないほどの悲しみが外にでるときに怒りの様なものになるのだ。
と思う。
ということを思いながらこの「怒りの日」を聴く。

また、友人がメールで彼のラジオ番組を紹介したので聴く。
彼の指導した子どもたちが音楽で歌った歌を流していた。
その中の1曲、「ともだち」というのがあった。
どの曲も子どもらしさが出ていて素晴らしかったのだが、この歌には泣かされた。
子どもらしさというが子どもらしさとは何か。
その1は「純真さ」である(自分にとっては)。
それがほんとによく出ていたので涙だった。
気取ったところがない。
てらったところがない。
ただ一生懸命。
ただ真っ直ぐ。
そういう感じだった。
「純真が 当ったり前に そこにある」 0128

1050 追悼2

s-キース

今日の追悼曲。
キース・ジャレッットの「DEATH AND THE FLOWER」
これもジャズだが昨日のマイルスに優るとも劣らない曲集である。
ピアノを中心としたサックスも含めたカルテット演奏。
表題の曲はA面、23分弱の長い曲。
やはり全面に悲しみが漂う。
パーカッションの響きにさえ悲しみが漂うのだ。
B面の2曲、「PRAYER」と[GREAT BIRD]
こちらの2曲も悲しみが感じられる曲で全3曲ともやはりジャズ版レクイエムと言える。
と私は思う。
PRAYERは「祈り、祈る人」だから死者を悼む感じの曲とも言える。
やはり静かに聴き入ると涙が出てくる曲だ。
今日は通夜式なので思い浮かべながら聴く。
表題は「死と花」。
「死」に対して「花」とは生きているもの、つまり「生」を表すのか。
その花もいずれは「死」を迎える。
生きているうちは花となってそして死を迎えるのだ。
彼の「生」も精一杯花開いてそして往ったに違いない。
それにしてもまだ彼の声が耳に残る。
「天空の 大鳥となり 往けよ君」 0127

1049 悲しい曲

s-Miles_Davis_get_up_with_it[1]


彼を追悼してレコードを聴く。
マイルス・デイヴィスのGET UP WITH IT からHE LOVED HIM MADLY
30分超の長い曲。
ジャズ版レクイエムみたいなもの。
そこはかとない悲しみが曲を覆う。
ジャズでもこんなことが出来るんだ。
ほんとに悲しいときには悲しい曲が似合う。
これはまさにそんな時に聴く一番の曲。
ギターがうねるように悲しさを演奏する。
途中から入るフルートも悲しい。
そしてマイルスのトランペットの悲しさ。
すべて電化された音だが静かに聴いていると涙が出る。
彼はギター(エレキ)も好きだと言ったことがあったので、サンタナのCDもかける。
聴いていてくれるかな。
サンタナの初期の曲。
BLACK MAGIC WOMAN & オジェコモバ。
多分こんな陽気な曲も喜んでくれるだろう。

友人のブログにも彼のことが。
彼がやっていたラジオ番組も載せてあったので前にも聞いていたが再度聞く。
元気な彼の声が心に響く。
ほんとに亡くなったとは信じられない。
「花はどこへ行ったの」という曲をかけていた。
偶然にも、彼はどこへ行ったのと言葉が重なってしまう。
・・・もう言葉にならない。
「そこはかと うねるギターも 涙かな」 0126

1048 残念無念

昨日同年代の知人が亡くなったという知らせ。
驚愕至極。
残念無念至極。
身につまされる思いだ。
哀悼。
また同じく同年代知人が癌の手術をするという。
快復を祈るしかない。

夕べは雪が相当降るとの予想だったが、今朝起きてみたらさほどでなく5,6センチだったので除雪機の出動は無しにした。
沖縄とか南の地で降ったのが異常を示す。
台湾でも降ったらしい。
偏西風の蛇行のいたずらだ。
これもエルニーニョのせいらしい。

政治の世界にも異常気象だ。
AB政治はその中でも際だつ異常。
消え去って欲しいのはこちらの方。
悪徳の栄は無用。
政治の青空が快復することを願う。
「懸命を 教えし君の 往く日かな」 0125

1047 厳しさ

s-街宣124


街宣・スタンディング1024
今回は9人。
雪降る中、観光客は少ないがやる。
リレートークも舌鋒鋭く皆さん訴えた。
宜野湾、八王子選挙ともに破れた。
世間の冷たさを思う。
何故という言葉しかない。
しかし、やり続けるしかない。
「降る雪に 厳しさつのる 護憲かな」 0124

皆さん、こんにちは。九条の会のものです。昨年7月から行って参りました九条の会によるスタンディングは20回を越えました。
私は二つのことをお話ししたいと思います。
一つは、AB政治を許さないということ、二つ目はそのための署名のうったえです。
まずひとつめ、安倍政治を許さないということはなぜかと言いますと、AB内閣は 、憲法を擁護するべき立場にありながら憲法を破壊しようとするからです。
憲法を守らないという点で話をしますと、まず憲法九条を壊したということです。
昨年、九条の解釈を変え集団的自衛権の容認に踏み切りました。
これまで歴代内閣が認めてこなかった集団的自衛権を認めることによって、日本は戦争しない国から戦争できる国へ変えてしまったのです。
これは戦後70年日本がどこの国とも戦争をしなかったのを180度変えてしまうものです。
昨年、集団的自衛権を認めることした安倍内閣は、それを元にいわゆる戦争法を提起し九月十九日強引にも自公の賛成で可決させてしまいました。
連日、国会の周りでは何万人もの人が反対を叫びました。
全国でも津々浦々でその声は響き渡りました。
AB内閣はその声を無視し、強行可決してしまったのです。
これは重大な憲法違反だといわざるをえません。
また民主主義への大きな抑圧的な挑戦です。
政治家は国民に選ばれた人です。この国の主人公は国民であって政治家は国民のいうことをきかなければならないのです。
それが国民主権であり民主主義の基本です。
もうひとつ、こんどの国会でも問題になっていますが、緊急事態条項を憲法に潜り込ませよとしていることです。
これは戦前のヒトラーがやったという全権委任法ににているもので国家的な緊急事態が起こった時に、国民の基本的人権基本的権利をとめて首相や内閣が勝手に事態を終息させよよするのです。
いわば憲法を無視して勝手に首相や内閣がことをはこべるというものです。
いま、沖縄の辺野古でおこっているように、ほとんどの沖縄県民が反対しているにもかかわらず強引に基地建設を進めていることに似ています。
このようにAB内閣は憲法を守る立場にありながら、反対のことをしているのです。
まさに憲法破壊をしているのです。
私たちはこれを認めるわけにはいきません。
憲法は国の基本であり政治はこれを守って行われなければなりません。
AB内閣は、憲法の3原則、国民主権、戦争放棄、基本的人権を破壊、守らないばかりか、基本原則の立憲主義さえも護ろうとしないのです。
このような政治は認められません。以下略

1046 若者よ

FB友だちの伊藤千尋(元・朝日新聞記者)さんの投稿からコピペ。
歴史の中でなかなか出会えない一瞬に出会ったと言える一文。
極限状態においての一人の若者の振り絞るような勇気の言葉に氷りつくほどの感動をしたということだ。

若者よ、立て
 南米チリの軍事独裁時代の市民の民主化の闘いを何度か書きました。僕が当時、最も感動した光景を記しましょう。ローマ法王ヨハネ・パウロ2世がチリを訪問したときのことです。
 首都サンティアゴに国立競技場があります。1973年に軍部がクーデターを起こしたとき、軍部が市民を集めて虐殺した場所です。名高い歌手ビクトル・ハラもここに連行されて殺されました。
 1987年4月、この競技場は8万人の若者たちで埋まっていました。青年による法王の歓迎集会が開かれたのです。僕はスタンドにしつらえられた記者席に座っていました。競技場の芝生の中心に椅子が置かれ、真っ白な法衣を着た法王が座っています。
 チリが領有するイースター島の民族舞踊が披露されたあと、法王から10メートルくらい離れて立つマイクの前に若者が進み出ました。プログラムを見ると、彼は若者を代表して歓迎の言葉を述べることになっています。名前はフレディ・オルメニョ。中学生です。
 ところが、彼はマイクの前でうなだれたまま、一言も発しません。彼は緊張のあまり上がったのだと僕は思いました。そのまま、かなりの時間がたちました。
 彼はやおら顔を上げました。法王を見つめ、しっかりした声で語り始めました。「法王さま、ようこそいらっしゃいました」という言葉のあとで彼が語ったのは、予想もしない言葉でした。
 「僕の胸のポケットに『歓迎の辞』が入っています。政府が検閲し僕に読ませようとしているもので、これを述べることはウソを語ることになります。あなたを、そしてチリ国民をも裏切ることになります。僕はウソをつけない。個人的な発言をしたい。チリの真実を語りたい」
 そのうえで、今のチリには民主主義がなく、若者たちは苦しみ恐れ、国民は虐待されている、と彼はまくしたてました。最後は「この軍政の国には社会正義がない。僕たちは喜んで不平等を打破したい」と締めくくったのです。
 この若者は、軍政から選ばれた優等生です。素直に歓迎の辞を読めば将来も約束されていたでしょう。それを自ら蹴って、弾圧を覚悟し、いや命をかけて真実を述べたのです。
 一部始終は国営放送のテレビとラジオで中継され、生放送されていました。全国に彼の発言が流れました。クーデター以来、報道を完全に検閲してきたこの国で、反政府の言動が電波に乗って流れたのはこれが初めてです。僕の周囲で軍政の高官たちがざわめきました。
 法王は立ち上がって、マイクの前に立ちました。歓迎の辞に対する答辞です。草稿はあらかじめ僕にも配られていました。草稿を見ながら僕は法王の言葉を聴きました。法王は最初、押し殺すような声で語りました。「かつて悲しみと苦痛の場であったこの地で今、若者に繰り返し言おう」。それはこの競技場がクーデターのさいに虐殺の場であったことを指しています。
 さらに法王は両手を広げ、叫ぶように、草稿には書かれていない言葉を何度も口にしました。「フスティシア・ソシアル(社会正義)」です。中学生の彼が語った言葉です。今のチリには社会正義がない、いま必要とされるのは社会正義だ、と語ったのです。その最後にこう語りかけました。
 「若者よ、あなたがたの責任を果たしなさい。祖国の将来はあなた方にかかっている。社会を変革しよう。より人道的なチリを建設できる。新たな共同体、より正しき社会の建設の主役であれ。若者よ、立て!」
 法王は若者たちに、まるで軍政打倒をけしかけるかのような言葉を投げかけたのでした。翌年の国民投票で、チリは軍政から民主主義に移行することになったのです。なにやら暗示的ではありませんか。
 その光景を今、思い出します。原発反対から出発し、国会前で発言した日本の若者たちを見たとき、僕にはこの光景が浮かんだのでした。チリの若者に続いて今、日本の若者も立っています。

「一瞬の 勇気の裏に ある歴史」
0123

1045 酸っぱさ

昨年暮れに親戚からもらったデコポンを食べている。
店に並んでいるような立派なものでなく小粒。
そのせいか酸っぱい。
ので家人は誰も食べたがらず、自分一人で食べている。
この酸っぱさは身体にはいいだろう。

またまた記憶にございません風なことを言っている仁がいる。
金をもらったかどうかぐらい記憶にははっきりと残るはずだ。
どうしてそんなに脇が甘いのか。
余りにも甘いなんてしゃれにもならない。
政治家と金、あるいは政治家と利権なんて古い問題だがいまだにやってるなんて甘い。
甘い汁を吸おうとするやつもやつだが、その罠にはまるやつもやつだ。
結局金にきたないやつは金に殺されるということだ。
見つからなければそれでいいというのは、食品偽装横流しと一緒でいつかはわかるということだ。
悪は滅びるということだ。
このところの不正発覚はそのことをよく表している。
AB一族がこれで延命したら世の中終わりだ。
「酸っぱさを 心に刻み 護憲かな」0122

1044 凍てる

道の雪はほぼなくなり、田んぼの雪も半分くらいになった。
やはりもう少し降らないと田んぼの水は心配である。
今日は朝あまりにも凍みたので水道が氷った。
洗濯機の水やトイレの水が出なくなる。
外でストーブの熱を当ててやっと出てきた。
少し油断した結果であった。
トイレは常時少し流れるようにしておかなくてはならない。
それと、電熱線を巻き付けておかねば。
しかし、それには壁を取ったりしなくてはならないのでなかなか冬場にするのは大変である。
夏場にやっておくべきだったが、不覚にも忘れていた。
この春か、夏には必ずやっておこう。
顔のシミ対策を昨日やっていたが、水道の凍み対策の方が大事だ。
と思ったのでした。

内閣法制局は集団的自衛権容認の為の記録を残していないことを認めた。
分かっていたことだがそんなことはまかり通らない。
ことが分からないほどの劣化した法制局をよくもやっているものだ。
更迭ものだろう。
内閣も一緒に辞職するべきだ。
「憲法を 護る気概の 凍てる朝」  0121

1043 雪

s-雪20


積雪30センチ。
今冬初めての除雪機出動。
やっと冬らしくなった。
除雪するのに約半日かかった。

むまさうな 雪がふうはり ふはりかな 一茶
経済的にあまり豊かでなく時には困窮したと見える一茶らしい句。
しかしどことなくユーモラスなところがいかにも一茶。
困窮の中にも自然で悠然とした様が人を惹きつける。
「がんばらないけどあきらめない」のに似ているような。
「これがまあ 終の棲処か 雪五尺」というのもある。
江戸から信州の実家に帰ってきたときの句らしいが、家族関係で色々あって苦悩していたと言う。
それが「これがまあ」という言葉に表れている。
ユーモラスでありながらどこか投げやりな感じでこんなところかよという自虐的な感じも。
雪五尺とは誇張かもしれぬが約150センチだから人の背ほど。
現代でも150センチの雪は大変なのだが、江戸期の村の生活としての150センチは大変過ぎる。
よく暮らしが成り立ったものだと思う。
「やっと降る 雪の田んぼに 安堵する」
0120

1042 寛容

余り寒いので毛布を頭からかぶりながらこれを書いている。
そういえばあまりに遠い昔の話になるが高校生の頃、受験勉強をしていたとき、やはりあまりに寒いので頭から毛布をかぶり足回りにも毛布を巻き付けやっていたことを思い出した。
勿論暖房としてのエアコンや石油ストーブなどもなかった時である。
今は電気ストーブはそばにあるので付けているし足元には電気あんかを付けている。
部屋が暖かくなるまでは毛布をかぶるのだ。
そのころは暖房といえばコタツだった。
炭のコタツである。
中学生の時はそのコタツで受験勉強をした。
あの寒さはほんとに忘れられない。
よくぞやったもんだ。

FBをみていたらピラミッドに雪が積もっている写真が出た。
あの辺でも雪は降るのか。
難民が国境越えをしているが、その大変さが分かる。
分かるってなもんじゃないか。
冷たい海を越えて行くなどは想像を絶する大変さだ。
その難民を暖かく迎え入れているボランティアの映像も見た。
受け入れ反対の声を上げる人や大統領候補もいる。
日本もどちらかというと受け入れに厳しい方だろう。
原発災害が起きれば我らも難民になるかもしれない。
通行の自由が認められるにはやはり世界中がフラットになることが必要だ。
難しいことだがこれも大事なこと。
寛容の精神が肝要である。
「寛容を 促す机上の 蜜柑かな」 0119

1041 早く早く

北国は大雪みたいだが、ここらあたりは雨ばかり。
雨ということは暖かいということだ。
小林節・佐高信「安倍『壊憲』を撃つ」を読む。
小林は改憲派だけれども壊憲には反対である。
立憲主義、立憲政治の立憲にこだわるから壊す壊憲には反対なのだ。
自民党の相談には付き合ったみたいだがこのところは全然お呼びがないそうである。
それはそうだ。
3人の憲法学者が呼ばれて意見陳述したとき全員集団的自衛権は違憲であるといったときから呼ばないらしい。

このところ野党共闘の話が出ているが、民主党がもたつくのでまとまらない。
そこへ前にも書いたが「立憲党」をつくって40議席だとのたまう人も出てきているが、この党首が小林節だという。
あとなんだかんだこれまで戦争法や集団的自衛権は違憲であるといってきた人を寄せ集めて40人の名前を挙げているが、そもそもその人たちに了解を得てだしたものではない。
ということは個人の勝手な思いつきでそんなことを言っただけであり、どうも真面目にこの案に飛びつくことはやめた方が良さそうである。
それよりも早く野党共闘をするべきである。
何度も言うがすでに賽は投げられたのである。
決断は民主党にある。
いくつかの県で具体的になってきたところもあるが30にはまだほど遠い。
1月いっぱいぐらいにまとまらないと。
0118

1040 街・スタ

s-す2
街宣・スタンディングをした。
自分としては21回目。
全体としては23,4回目か。
今日はこれまでと場所を変えて車のよく通る道路際でやった。
高校の近くであるが、今日は日曜日なので高校生の姿は殆ど見えなかった。
15名参加で署名も少し。
途中からリレートーク。
リレートークは皆さんだいぶん慣れて力強いトークが聞けた。
残念ながら車は通るが人は殆ど通らないし民家もあるにはあるがスピーカーの声が届いたかどうか不明である。
しかし、参加者もそれを聞くことによって何らかの勉強にはなるだろう。
ということで、今回も作っていった文案を以下に掲載。
今回は読まずにこの内容でしゃべった。
「寒風に 九条守れの 声からす」
0117街宣文
皆さん、こんにちは。**・九条の会のものです。昨年7月から行って参りました**・九条の会によるスタンディングは20回を越えました。年明けの今日は先週の成人の日のスタンディングに続く2回目です。今年も、憲法九条を守り抜くという気構えで皆さんに訴えて参りたいと思います。今日の私の訴えは二つ。AB政権の憲法破壊を止めよう。ということと署名のお願いです。
 一つ目のAB政権の憲法破壊についてです。ご存じの通り、日本国憲法は、3つの大きな柱があります。一つ主権在民、二つ、平和主義、3つ、基本的人権です。AB政権はこの3つをすべて壊してしまおうとしています。憲法は、国民が権力者である政府や議員にたいして与えたものです。すなわちこの憲法によって政治を行えというものです。すなわち政府や議員はこの憲法をまもって政治を行わなければなりません。他の言い方をすれば憲法によって政府や議員が暴走しないように権力者を縛るものが憲法なのです。99条にはそのことが明確に書かれています。ところがAB政権は、これを無視して好き勝手に自分らの思うがままに政治を行っています。まさに独裁政治です。昨年は「戦争法」をむりやり通してしまいました。国民の多くが国会前ばかりででなく日本中で反対の声を上げたのにもかかわらず、また多くの憲法学者が違憲であると述べたにもかかわらずです。沖縄の辺野古基地問題では沖縄の住民の意見も聞かず強引に進めようとしています。民主主義は国民の声を大事にすることです。主権は国民にあるのです。憲法の柱の一つである国民主権を踏みにじっているのは明らかです。そして、これまで70年間、どことも戦争をせず誰も殺さず誰も殺されなかった平和な日本を、あの「戦争法」により日本が戦争しない国から戦争できる国に替えてしまいました。憲法の柱の二つ目である平和主義も壊してしまったのです。そして、3つ目の基本的人権も壊そうとしています。緊急事態条項なるものを出してきて災害や有事の際に国が勝手に私たちの住んでいる家を壊したり道路を造ったりできるという命令が出来るというものです。拡大解釈すれば私たちを縛るためにどんなことでも出来るというとんでもないものです。まさにAB政権は今の憲法を護らないどころか、破壊してしまうという戦後最悪最低の内閣なのです。そして来る参院選では憲法改正の出来る3分の2以上の議員を当選させたならば、憲法「改正」をするとまでいっています。すでに壊しておきながら、今度は新しい憲法にすげ替えようと言うのです。それは戦前の軍国主義時代の憲法に戻すと言うことです。私はこのようなAB政権はゆるせません。今度の参院選では野党が躍進し憲法「改正」を阻止し、AB政権を退陣に追い込みたいと思います。皆さんのご協力をよろしくお願いしたいと思います。
 さてもう一つの訴えは、ここにあります2000万署名に協力してほしいということです。これは昨年国会に提出され可決した「戦争法」を破棄してくださいということと憲法九条を壊さないでくださいという署名です。昨年の国会では先ほど述べましたように多くの国民が反対の声を上げる中、日本が戦争をしない国から戦争のできる国へと変えてしまう法律を作ったのです。戦後70年を日本はどことも戦争をせず誰も殺さず誰も殺されないまま来ましたがそれは憲法九条があったからです。その憲法九条を解釈によってゆがめてしまいアメリカのお手伝いと称してこれからは自衛隊が海外へ出かけて戦争ができる国へと変えてしまったのです。いちばん影響を受けるのは若い人たちです。自衛隊員ばかりでなく、徴兵制が復活すればまず若い人が行くことに決まっています。やはり日本はそんな国になってはいけないと思います。戦争はせずに外交努力で、すなわち冷静な話し合いで国と国とのいさかいは解決していくべきです。ということで今全国で2000万の署名を集めてこの戦争法をなくし、憲法九条を生かそうという運動を盛りあげているのです。どうか署名をよろしくお願いします。

0117

1039 立憲党

来週、大雪?らしいというのでタイヤ交換をした。
年明けに交換するなんて初めてだ。

BTW、立憲党とかいう憲法学者を中心とした党を立ち上げて参院選をやろうという声がある。
のだが、共闘に水を差す様な気もする。
共闘が進まないので業を煮やしたか。
分からないでもないが、共闘が立憲党にみんな流れればそれに超したことはないが、民主党がうんというか。
京都市長選もなんだかすっきりしない流れになっている。
岡田がばーんと決断して1人区をみんな共闘にしてしまえば勝ち目はあるのに、ぐだぐだしているから水を指されるのだ。
政治家の決断はじっくりしかも早くだ。
今回は早くが抜けている。
共産は最も早かったが、わりと一枚岩だから早かった。
民主は寄せ集めだから無理もないが、だからこそリーダーシップだ。
ビーフカツの横流しはひどい。
それだけにとどまらないみたいで、他にもというから確信的犯罪である。
また大人の不道徳が露呈だ。
「AB以来 嘘とだましが 世を覆う」 0116

1038 共闘

久しぶりに病院に行ってきた。
薬をもらうための通院。
帰りにウォーキング・シューズを買ってきた。
今のが穴が空いて水が入ってくるからだ。

BTW、野党が一緒にやろうというときに連合のドンが共産と一緒にやるのは嫌だみたいなことを言ったとか。
それ聞いて誰が喜ぶ?
アホも休み休みにせい。
そしてそれが元で敵にやられたら、あとで泣くのは国民だ。
ちゅうことは連合は国民の敵ということになるやないか。
誰が考えてもアホなこっちゃ。
民主・岡田しっかりせい。
野党でぐちゃぐちゃやっとる場合でない。
小沢をみよ。
小沢の方がさすが先見の明というか状況をよくつかんでいる。
まともは共産、社民、小沢ぐらいか。
二の足踏んでいる場合でない。
早く決断せよ。
「共闘を 拒む仲間に カラス鳴く」 0115
アホーアホー

1037 民主主義

久しぶりに雪が降る。
田んぼも真っ白。
しかしあっという間に溶けてしまった。
道路はほこりが舞うくらいだ。
しかし、来週あたりから本格的に降りそうだ。
まだ車のタイヤを冬用に替えていないが、そろそろ替えた方がいいかもしれない。

やっと抱えている田んぼの会計の決着が付いた。
残高を残しているのが苦になって仕方がなかったが、役場のアドバイスを受けて0にすることが出来、通帳も解約でめでたしめでたし。
3月までにあと2つほど会計の〆をしなければならない。
のでまだまだやることがあるのだ。

BTW、またまた自民党議員の暴言、慰安婦問題についてだ。
ビジネスでやったのだと。
今時そんなことをいうのはいくら昔のこととて許される訳がない。
みんながぴりぴりしているときなのによく言えたもんだ。
議員としてはその見識は失格ものだろう。
人権感覚がないということだ。

蓮池本でもめたが、どちらが嘘かは決まっている。
ABのいうように本人に当たりもせずに国会で取り上げたのはまずかったが、真実は一つだろう。
拉致問題でドンに上り詰めたがひょっとすると拉致問題で失脚するかもしれない。

選挙制度や国会議員の定数問題で諮問機関が結論を出したみたいだが小選挙区制から比例代表制への言葉はなかった。
まったく民主主義の意味を生かそうとしない無意味な結論でしかなかった。
ABが沖縄のことは国がやることだから、沖縄はいくら反対派が選挙で勝ったからと言って無視するのと同じく、この国は民主主義をないがしろにしている。
民主主義とは民意を大事にするということだ。0114

1036 市民連合

野党共闘はなかなか進まないが、全国にならって我が県でも野党共闘を促進するための市民連合が始動しだした。
本来なら野党のなかでも一番数のある民主党自らが動いて野党統一候補の調整をして欲しいところだが民主党は動かない。
それにしても民主党、参議院でなくて衆議院の候補者(現議員)のポスターがべたべたとあちこちに張りまくってあるのはどうしたことか。
同日選を見越した上のことか。
参議院の候補者のポスターは1枚もない。
共産党の候補者のポスターは見るが、そこら辺がちぐはぐだ。
いずれにしても早く候補者を立てないとだめだ。
ということで市民連合の活動を最も期待したい。
「九条が 宝と言える日 いつまでも」 0113

1035 発想

1月なのに畑の草取りをした。
雪がないからだ。
こんなことは初めてだ。

サウジとイランが断絶、戦争状態。
サウジはクラスター爆弾を使ったとか。
ひどい。
中東は「イスラム教」を元としてユダヤもキリストも入り乱れてもう泥沼もいいところだ。
犠牲は、しかも一般市民。
イスタンブールで爆発、10人死者。
あちこちに飛び火している。
中東やアフリカの国々の戦火の絶えないところの子どもたちを今のところどうにか平和を保っている日本に連れてきて一定期間住まわせてその平和ぶりを堪能させてあげたい。
サウジもイランもイラクもシリアもイスラエルもパレスチナもリビアもみんな一緒に生活するのだ。
これを毎年毎年行う。
少しは中東やアフリカの平和に貢献しないだろうか。
彼らが大きくなって何とかせねばと思わないだろうか。
戦争を売り込むのでなく平和を売り込むのだ。
ABらにはこんな発想は出来ないだろうな。
金にならないもの。
海外に金をばらまくよりこういうことに金を使ったらどうなのか。
と、思った次第である。

クロ現でCNF(セルロース・ナノ・ファイバー)というものを紹介していた。
植物繊維から出来たナノ素材である。
鉄よりも固くて軽い。
何だかノーベル賞級の研究だと思った。
「子は宝 宝に渡す 宝の九条 」字余り 0112

1034 武闘派

久しぶりに読書らしい読書をした。
奥田英朗「我が家のヒミツ」。
ありそうでなさそうなというかその反対かもしれないが家族の日常のほんわかした出来事の短編。
おじさんにはグッと来る話かもしれない。
最後の小説家の妻が選挙に出る話、結局ハッピーエンドなのだが、一般の市民が選挙に出ることの大変さを少し出していた。
また今時のSNSを使った選挙運動もちゃんと書いていた。
憲法がどうのとかいう雑誌ばかり読んでいると、こういう小説はすいすい読める。
「オール讀物」も借りたのは好きなところだけすいすいと読んだのだった。
例の海堂尊のゲバラのことを書いた連載の「ポーラースター」も面白かった。
ゲバラの武闘派的なところは少年期の頃の父親の影響による経験から来ているのだろうと思った。
でもそれは分からない。
BTW、デビッド・ボウイが亡くなった。
同年代であるので身につまされる。
「武闘派も 本の中なり 春うらら」 0111

1033 スタンディング

s-0110街宣

今日は地元の成人式があった。
それに合わせてアピールと署名をしてもらうということでスタンディングをした。
成人式は南部、北部の2カ所で開催されたので始まる前、終わった後の2回を別々の場所で行った。
南部は総勢15名参加。
北部は10人。
スピーチは、地元テレビがインタビューするというので初めはやらず。
後の北部ではインタビューがなかったのですることができた。
今日は少し長いが、そのスピーチ文を掲載する。
「微力だが無力ではない」という言葉をシールズとしたが、後から見ると高校生や他の人も使っているので誰が最初に言い出したかは分からない。
0110街宣文
成人式を迎えられた皆さん、成人おめでとうございます。
今日は天気も良く皆さんの成人の門出を祝うがごとくの素晴らしい日となりました。(この部分省略、天気は雨だった)
私たちは郡上・九条の会のものです。
私たちは成人の日に当たり皆さんに二つお願いがあって参りました。
一つは選挙にいって投票しましょうということです。
今年は国政選挙では7月に参議院選挙があります。
皆さんご存じの通り、日本の政治は国会議員を通じて行われます。
その国会議員を選ぶのは私たち国民です。
そして政治を行う際の一番元となる法律は憲法であり、この憲法を生かして政治が行われるのです。
ですから、選挙に行って投票する時は、この憲法を守って政治をしてくれる人を選ばなければなりません。
これは当たり前のことです。
憲法99条は国会議員や裁判官、そのほか公務員はこの憲法を守らなければならないと書かれています。
私たち国民はそこのところをしっかりと見極めなければなりません。
今度の参議院の選挙には特にそのことが大切です。
私たち九条の会としては、憲法の中でも特に大切な戦争放棄を定めた憲法九条をしっかりと守ってくれる人を見極めて投票に望んで欲しいと思っています。
政治のことには関心がない、政治のことは大人にまかせておけばいい、私一人投票に行かなくても政治は変わらない、今こういう政治に関心がない人がいるかもしれませんが、政治はその無関心をいいことに悪い方へ進む可能性があります。
今、若者の中で大学生を中心にシールズという団体が非常に政治に対してコミットしてがんばっています。
私は、彼らの一人が言った言葉がとても印象に残っています。
と同時に、こんなことを言ってくれる今の若い人にたいへん大きな希望を感じました。
その言葉とは「自分一人の力は微力だが、無力ではない」と言うことです。
言い換えればたとえ一人の1票でも無力ではない。
大勢の微力が集まれば大きな力になると言うことを言っているのだと思います。
ということで,選挙の時はよく考えて是非投票所に行ってほしいと思うのです。
 さてもう一つの訴えは、ここにあります2000万署名に協力してほしいということです。
これは昨年国会に提出され可決した「戦争法」を破棄してくださいということと憲法九条を壊さないでくださいという署名です。
昨年の国会では多くの国民が反対の声を上げる中、日本が戦争をしない国から戦争のできる国へと変えてしまう法律を作ったのです。
戦後70年を日本はどことも戦争をせず誰も殺さず誰も殺されないまま来ましたが、それは憲法九条があったからです。
その憲法九条を解釈によってゆがめてしまいアメリカのお手伝いと称してこれからは自衛隊が海外へ出かけて戦争ができる国へと変えてしまったのです。
いちばん影響を受けるのは若い人たちです。
自衛隊員ばかりでなく、徴兵制が復活すればまず若い人が行くことに決まっています。
やはり日本はそんな国になってはいけないと思います。
戦争はせずに外交努力で、すなわち冷静な話し合いで国と国とのいさかいは解決していくべきです。
ということで今全国で2000万の署名を集めてこの戦争法をなくし、憲法九条を生かそうという運動を盛りあげているのです。
どうか署名をよろしくお願いします。

0110

1032 憲法知らず

春立て まだ九日の 野山哉 芭蕉
はるたちて まだここのかの のやまかな
今年はもう雪は降らないのかと思うくらい野山は野山のままである。
人生始まって以来か、識者に聞くとこんなことはあるにはあったらしいが自分は覚えがない。
今年の田んぼ及び畑の作物等への影響が心配される。
ひょっとしたら水不足になるかもしれない。

BTW、予算の提案権は野党にもあるかと問われて、特定の条件があれば出来ると答えたAB。
憲法73条は予算は内閣が作成するものとされている。
これを全く知らなかったということだ。
あわてて補正予算がどうのこうのといい訳をしたがすでに遅し。
高校生にも謝罪しろと迫られたがスルーしてしまった。
この件新聞でもスルーされているみたいだが重大である。
「雪なくて 九日十日 天拝む」 0109

1031 冷血論戦

春立つや 新年ふるき 米五升 芭蕉
新年を迎えて芭蕉の米びつには昨年の米五升しかなかった。
それほど貧しいと言おうとしたのか、質素な生活を風流で表したのか。
米の五升でもあるだけましな江戸期の生活だったのかもしれない。
どちらにしてもあまり経済的には富める芭蕉ではなかった。
現代においては、年越し派遣村じゃないけど米の五升も持ち合わせのない人も大勢いる。
年越しの時に片やABは高級料亭、映画、ゴルフに興じ、片や山本議員は年越し村で炊き出しの手伝いボランティアをしたというのがニュースになっていた。
ABには年越し村で年を越す人々の気持ちは分かるまい。
今日の論戦ではワタミ訴訟の遺族が傍聴する中、残業に次ぐ残業で過労死自殺した女性のその遺族に対して遺憾の意を表明するのでもなく、その悲しみを分かろうともしない答弁だった。
金持ちの意は汲むが弱者の気持ちなど分かろうともしない冷血感ぶりをまざまざと見せつけてくれたのであった。
こんなことも言ったんだって。
「景気がよくなったからわたしも働きに行こうかしらと妻が言い、わたしが月50万円、妻が25万円の安倍家の収入」とのたとえ話。
社会の貧困の実態に無理解すぎる、と。
答弁中の態度は相変わらず傲慢で、質問者に対してあざ笑うようなにやけ顔を見せたり、質問中にまたぶつぶつとなにやら文句めいたことを言うようなところがあった。
そして相変わらず論点ぼかし論点ずらしだった。
真摯な態度とはほど遠い。
あー見苦しい。
「為政者の 傲慢見ゆる 春議場」 0108

1030 不毛論戦

娘と孫が帰るというので送っていく。
往復5時間の旅、少し疲れた。

国会論戦が始まったが、相変わらず答えにならない答え、説明にならない説明を発しているAB。
なんと言ったらいいか。
はぐらかし。
ずれ。
揚げ足取り。
みたいな。
私が言ったから正しいというような。
挙げ句の果ては相変わらずの「丁寧な」説明と来る。
一度も丁寧な、しかも分かりやすい説明をしたこともないくせに。
丁寧な説明をすると言うのならその場で今言えと言いたくなる。
質問者もそのくらい言えばいいのに。
今ここで言えと。
「改憲」についても具体的なことは何も言えなかった。
そもそも首相自らが言うこと自体が憲法違反なのかもしれないが。
本音は本音として明言したと言うことだ。0107

1029 ブーレーズ

ニュースの隅っこでピエール・ブーレーズが亡くなったことを知った。
フランスの作曲家で指揮者でもあった。
自分が大学を卒業する頃、1970年前後、日本では注目された指揮者だった。
最初に聴いたのはベルリオーズの「幻想交響曲」。
最後の方で演奏される断頭台の鐘の響きが忘れられない。
シャルル・ミュンシュ指揮の「幻想」も有名であるが、あの鐘の響きとは違う暗くて重々しさのある鐘の音色だった。
実際の生演奏は聴いたことはないが、テレビでの演奏ではワグナーの「指輪」を見た。
これはNHK・BSでやったもので録画もしたが、演出が斬新で現代風な衣裳を使い、背景もあまりこったものではなかった。
彼自身の作曲した曲は聞いたことがないが、現代音楽の他の人たち、メシアン、ウエーベルン、アルバン・ベルクなどの曲も紹介したり指揮したりしている。
でもなかなか難しくて好きにはなれなかった。
マーラーももちろんやっているが、聴いたことはない。
ブーレーズはあの風貌とあの「幻想」の鐘の音が忘れられない、ということだ。

BTW(久しぶりに使ったby the wayということ)北の金正日が水爆実験をやったらしいというニュース。
話にならないほどお馬鹿なことをやるが、ABにとっては追い風か。
口では非難だが、心の中では喝采だろう。
そら見ろ、あんな危ないことをして、日本には脅威だ。
日本もそれに備えなくてはならない。
軍備増強だ。
安保法制で万全で良かっただろう。
こうなったら九条も変えてしまえ、ついでだからという訳である。
お馬鹿に対してお馬鹿で対応である。
あほらし。0106

1028 軽い重い

正月の 子どもになりて 見たき哉 一茶
普段はしない遊びが出来るというのが正月。
お年玉ももらえるし1年の内でやはり一番特別な日が正月であった。
しかしこの頃はゲームやらテレビやらでそういう遊びは殆ど消えたかに見える。
そしてただ時間の流れに乗ってただ過ぎていく。
特別な日という感慨は余り湧かない。
と考えるのは間違いか。
そんなことはどうでもいいが、外へ出ていった子どもや孫が帰ってくるという楽しみはある。
いまやテレビ電話や携帯などで居ながらにして孫の顔などは見られるのであるが、やはり実物が一番。
まだ小さい赤ん坊の孫は軽いと言いながら大きくなって重くなっている。
そこで一つ詠み歌。
我が孫の 重きに笑い 我が母の 軽きに泣くや 初春の朝
どうもー。0105

1027 郷愁

初夢に 古郷を見て 涙哉 一茶
はつゆめにふるさとをみてなみだかな
この頃は、正月の行事も余りなされなくなってきた。
のではないか。
カルタがどうの福笑いがどうの羽根突き凧揚げがどうの。
殆ど消え失せてしまったのではないか。
初夢だの初笑いもそうだ。
一茶の句は江戸で見たものか、故郷を思う気持ちが出ている。
故郷を出て都会に出たものの故郷への郷愁感はいずれの時代にもあったものであろう。
しかし、今で言う故郷への郷愁は地理的なそれよりも時間的なそれがあるのじゃないか。
故郷に住み続ける人々にとっても昔の故郷への郷愁感は強い。
今はなきよき時代が故郷なのである。
その故郷を故郷然とさせるもの、「ふるさと」の歌にあるように山や川がだんだんとなくなりつつあるも悲しい。
変形しているのだ。
今後ますますこの変形は進んでいくだろう。
廃家、廃屋が増え人の声がなくなる。
この変形は抑えようとしてももう無理だ。
少しでもその変形の速度を遅めることは出来るかもしれないが、元に戻すことは100年かかかっても無理だろう。
郷愁感はしかし歳を取るに連れて捨てがたい感情だ。
この郷愁を思い出すために出来るだけ思いつくまま記録に残しておきたい。
と思って、故郷の歴史や文化などを記録化しようとしている。
ふるさとを 涙で想う 老い身かな 0104

1026 老い忘れ

這へ笑へ 二つになるぞ 今朝からは 一茶
子どもたちと孫3人が来てうち3人と合わせて総勢12人となった今日の我が家。
さてその内訳は?
こんなの簡単だな。
まご2人は昨年生まれたから数えで言えば二つになったというわけで一茶の句そのものだ。
少し笑うところが可愛い。
もう一人は満2歳と2ヶ月。
2歳といえば2歳である。
こんな句もあった。句というか短歌である。
這えば立て立てば歩めの親心ということわざのようなものがあるが、これをもじって。
這えば立て立てば歩めと思うにぞ我が身につもる老を忘るる 其角
子どもに早く大きくなれと言いつつ自分が年取るということを忘れているということである。
精神は不思議といつまでも若いが、身体は老いてゆく。
のを実感する今日この頃。
しかし、ABの行状を見るにつけ身体は老いてもこの子どもらのためには老いを忘れてやりぬかねばなるまい。
老い忘れ 決意真っ直ぐ 今朝の春 0103

1025 ゆり直す

世の中をゆり直すらん日の始
よのなかをゆりなおすらんひのはじめ 一茶
1824年 文政7年に作句。
この年にベートーヴェンの第九の初演。
ブルックナーが生まれている。
日本では馬琴、一九、北斎などが活躍。
もう少しすると開国で騒がしくなる頃。
勝海舟が生まれている。
まさにあと少しで、と言っても40年はかかるが、世の中を揺り動かす事態が起こるのだ。
今年もある意味で世の中がゆり動く年になるだろう。
右旋回をし逆方向に向かう世となる(かも知れない、下手すれば)。
そのゆり動きを直すべく「ゆり直す」ようにしていかなくてはならない。
と、思う一茶の句であった。
ゆり直す 一茶もアジる 日の始め 0102
プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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