1264 原発止めろ

s-地震

ついさっきの熊本を震源とする地震。
川内原発が気になった。
IぬHKは川内原発は運転続行しつつ異常はないか調べると言っていた。
本来なら原発は運転をやめて異常の有無を調べるべきである。
もっと言えば直ちに運転は停止して、ずっと停止のままにすべきである。
鹿児島の知事が停止を申し入れたのに対して無視して続行。
原発推進派はみんな原発の立地地点に移住してもの申せ。
新潟の泉田知事が次回知事選に出ないと言った。
のは不可解である。
地元新聞との確執があるとか言うが、それほどのことなのか。
新聞は推進派なのか。
知事がそれに屈服するのか。
いずれにしても不可解。
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1263 レンゲの種まき

s-みのるほど

みのるほど頭を垂れる稲穂かな
今のところ台風の影響を受けずに済んでいて有り難い。
今年の稲の出来はまあまあ。

今日は休耕田にレンゲを蒔くため昨日おこした田んぼを掻いた。
つまり田かきをした。
あまりに草がひどいのでその草を土に埋めるためにきれいにしたというわけである。
しかし草の種はいっぱいあるのでほかっておけばまた草の芽が出ることは間違いないので、水を張ってから除草剤をまいた。
水溶液の薬なので水鉄砲を使ってまいた。
これは妙案であった。
田んぼに入らなくても周りの畦からぴゅーぴゅーと水鉄砲で飛ばすだけだから簡単である。
そして液が土に染みたらそのまま乾燥させて、靴でのぼってもめり込まないように固くする。
そしてその上にレンゲの種を蒔くのだ。
レンゲは稲刈りが終わったらすぐに蒔く。
昔は刈り取ったあとの田にすぐに蒔いたということである。



1262 原発いらない

s-台風10

いぬHKの解説スタジアムと言うので解説委員達が原発のことを話し合ったと言う。
見ていなかったのでユーチューブを見たらあったのでダウンロードした。
いぬHKらしくもなく反原発の言がいっぱい出てくるという。
実はまだ見ていないのだが解説委員がそういうことをするとは、すこし驚き。
と同時に、けっこうやるときはやるじゃんと思った。
鹿児島知事も川内原発についてやめろと言ったしすこしながら風も吹いているか。
新潟知事も言うときは言うみたいだし。
東京知事なんかも言うべきだがあの女史では逆のことしか言わないからだめだ。
台風10号が東北を襲いそうで怖い。
フクイチは大丈夫かと第一に思う。
原発のことでもう一つ。
避難経路ができているかだの避難訓練しなくちゃならないだの、と言うこと。
火事や津波などの避難なら大事なことだが、原発で避難とはそもそもそんな避難はあってはならないことだ。
避難訓練だの経路がどうのという原発のそれは避難したところで危機はおさまらない。
現にフクシマはどうか。
いまだに避難者あり、そして戻れないところがある。
のだ。
避難がそもそもナンセンスなのだ。
と言うことは原発は即停止が正しい選択である。
と思うのだが。
潜在的核兵器保有のためと言うことはもはや与党の幹部も言ってるし、国民的には常識である。
このことからも原発NOである。
「原発の 避難訓練 意味もなし」
「逃げたとて 危険が去った 訳じゃない」
「核兵器 持たざる国が 固執する」
「原発を なくして核に さらばする」0829

1261 街宣・スタンディング

s-standing.jpg

久しぶりのスタンディング。今日は5名と少なかったが、やはりやることにした。
少ないのでスピーチも2回回ってきた。
他の人(今日は私の他に3人)の演説は非常にうまい。
草稿も見ずにすらすらと言えている。感情にも訴え、しかも理性的。
というか理論もしっかりしている。
事実や数字なども織り交ぜてほんとに感銘深い。
どこに出しても劣らない。どころか全国レベル?の演説である。
もうひとかた今日は欠席であったが、その方も非常にうまい。
いつか録画か録音して残しておきたい思える程だ。
残念ながら立ち止まって聞いてくれる人はいなかった。
場所が場所だけに仕方がない。

スタンディングをする前にニュースの印刷をした。
4000枚ほどを裏表印刷するので時間がかかるし、一部は4つ折りにして封筒詰めまでするので大変である。
印刷したものは殆どを手分けして手配りする。
これも大変で一人で100枚以上配る人もいる。
やはりある程度の人数の組織でないとできないことだ。
この普段(不断)の努力が報われるようしたいものだ。
ABは必ず失脚するように。
この保守地盤の地で訴えていきたい。

「俺達の 不断の努力 ABおろす」
「吹きすさぶ 保守の嵐に 立ち向かう」ておおげさか
「今に見ろ 不断の努力 実らせる」
「スピーチに 聞く人なしや でもしゃべる」
「胸にくる その演説に 我なみだ」ておおげさか
「風に乗り 熱き演説 街に散る」0828
いくらでもできそうなのでここらで終わり

1260 共謀罪

s-すくなかぼちゃ

写真は「すくなかぼちゃ」約70cm。
かぼちゃは丸いと思いがちだが、こんな形を変えてもカボチャである。

昨日も書いた共謀罪。
新聞でも取り上げている。
名前を変えての提出でいつものパタンだ。
「テロ等組織犯罪準備罪」法案。
これまで3度提出されて3度とも廃案になったのに、またである。
名前を変えればいいと言うものではない。
対象を絞り込んだところが違うと言いたいらしいが、やはり拡大解釈されて意のままにされる危険性がある。
というもの。
また記事が言うには、参院選でひと言も言わずに出してきたということ。
安保法のやり方と一緒だと批判している。
権力=支配者が国民=被支配者を取り締まるためのものである。
力のあるものが自分に都合の悪い力のないものを取り締まると言ってもいいだろう。
「テロ」に名を借りて国民を取り締まろうというものだ。
大体が、話し合っただけで取り締まれるというのは無謀無茶である。
カボチャはカボチャである。
出したらまた廃案にするしかない。
「見た目はね カボチャに見えない でもカボチャ」
「話し合い しただけなのに 逮捕なの」
「権力者 都合悪けりゃ 皆殺す」0827

1259 萎縮しない

昨日は経済の話しを聞きにいったのだが、いつもは穏やかな話しぶりで話される講師の方が珍しく熱弁というか力を込めて話をされたことがあった。
今のアベノミクスのことや資本主義の行き詰まり、格差社会のことだった。
講師はもと中学教師。
昔の教え子の親に町なかで会ったりすると、昔は「お子さんはどこへ行って居られますか」「はい、いまは名古屋の方で・・・の仕事をしています」
と言うような会話ができたが、今は「お子さんはどうして居られますか」だの「どこに行って居られますか」だのの質問はできなくなった。
子どものことには触れないようにしてあいさつ程度で終わるようにしていると。
つまり、子どもは就職難だったり、契約社員だったり、格差社会の中でひょっとしていわゆる落ちこぼれ的な底辺生活を余儀なくされているかも知れないから聞きづらいというわけだ。
親の方も聞いて欲しくないことになっているかも知れない。
子どもについても同じだ。
「今どこに行ってるの」という質問は人によってはしてはならないと。
こんな風に返ってきたこともあると。
「今どこにいるの」「ここにいます」
と笑えないような話。

話は変わるがまた「共謀罪」が頭をもたげている。
いぬHKの番組で金田という法務大臣が「共謀罪」は必要だということを流していた。
彼も日本会議のメンバー。
政府批判の会議をする、安保法違憲の会議をするなど政府に都合の悪いことをすると引っぱられると言う昔の治安維持法みたいなものだ。
自ずと萎縮や自粛につながる。
すでにそれが始まっているとも言えるのに追い打ちをかけるようなものだ。
断固阻止しかない。
あーまたやることが増えるな。
「悪法が 忘れた頃に よみがえる」
「あちらさん 萎縮自粛が ねらいどこ」
「その格差 聞くに聞けない ではまたね」
「堂々と 今が語れる 世の中に」0826

1258 書くこと呻吟

締め切りが27日の九条の会ニュースがどうにかめどがついてホッとしている。
もう一つ28日ぐらいが締め切りの公民館の記事のめどがつかなくて困っている。
ネタが思いつかないのだ。
ネタが決まれば多分すいすいと書いて終わりになるだろうが。
あれやこれやといろいろ思いめぐらすが、中途半端で終わりそうなものばかり。
こういうのをネタ切れというのだが、・・・・
うーん、そんなことを言ってる場合か。
こうなったらもうあきらめるしかないかと思ったりもするが、そうすると穴をあけることになるし踏ん切りが着かない。
この直近の9月ネタはとにかく思いつかないのだが、10月11月は大体構想は着いているから余計に穴をあけるのはつらい気がする。
・・・と書くことの愚痴を並べた。
このブログ記事も大体1週間のうち2,3回はネタ切れでその時はすこしばかり呻吟する。
新聞から、音楽から、雑誌から、日常からと毎日目配せをしている。
ないときはホントにないのだ。
だったらブログはその時は休めばいいと思うがなんとなく意地を張ってどうしても穴をあけたくなくなるのだ。
と、ここまで書いてそうだあのことを書こうというネタを思いついた。
だが、ここまで来てしまったので、そのネタは明日にしよう。チャンチャン。
「今日もまた パソコン前に 呻吟す」 0825

1257 ヒエ抜きはつらいよ

s-ひえ1
<写真>つんつん出ているのがヒエ。
昨日今日と田んぼでヒエ抜き。
今日は昨日がんばったせいで腰が痛かったが無理矢理やったのだった。
無理はよくないのだが、後の仕事のこともあり仕方なしにやった。
昨日の田んぼと比べて格段に少なかったので時間的には2時間ほどですんだ。
腰を曲げる動作はホントにつらい。
それに稲の葉の先はとがっていて顔に当たってちくちくする。
と言うのを都会の消費者は知らないだろうなー。
もう下の泥は固くなっていて足を取られることはないが、それでもところどころは柔らかいところもあり、足を取られることもある。
なんてことも知らないだろうなー。
なんて思いながらヒエ抜き完了。
TPPはどうなるのか。
ABは今秋の国会で何としても通そうとしているがどうか。
クリントンやトランプは逆に反対しているが、ABはどうするのか

今、「世界」10でフランスの農業史に関わる論文を読んでいる。
そのことはまた別に書こうと思うが、参考になることもある。
人口減、高齢化など農村の状況は今後激変する。
農村の多面的機能が失われたとき一体どうなるのか。
すぐ目の前に来ている問題である。
やっぱりABの農業政策は間違っている。
いや間違っていたとならないようにしたい。
「炎天に 張り付く汗と ヒエを抜く」
「このつらさ 知らずに食べるな ヒエ抜きの」
「稲原に 埋もれて憎き ヒエを抜く」
「抜き終わり 胸にしみ入る 渡る風」 0824

1256 男はつらいよ

s-2めろん

今日は一つの田んぼのヒエ抜き。
暑いし腰は痛くなるし顔はちくちくするし地獄だった。

夜、「男はつらいよ」を見てしまった。
やっぱり面白い。
一度見た映画だったがまた最後まで見てしまった。
寅さんが旅先で会った男が柴又に来たときもらったメロン。
そのメロンを寅さんがいないときにリリーも交えて家族が食べていた。
そこへ寅さんがひょっこり帰ってくる。
家族は寅さんの分を切り忘れたのであわてて隠したりするが遅かった。
寅さんはおれがもらったメロンだ。
なぜおれの分がないと怒る。
妹のさくらなどは一生懸命言い訳をする。
しかし寅さんはああだこうだと怒り散らす。
ただのメロン一切れのためにすったもんだするおかしさ。
みみっちいといえばみみっちい。
しかし、それが庶民の生活。
そんな日常にある一こまを大まじめに描くところが素晴らしい。
と思うのだ。
「一切れの メロンのバトル 庶民かな」0823

1255 むのたけじ

s-むのたけじ

「はじめにおわりがある。抵抗するなら最初に抵抗せよ。歓喜するなら最後に歓喜せよ。途中で泣くな。途中で笑うな。」
むのたけじ「たいまつ詞集」と言うのを若いときに買って読んだのだが、その内いつも心に留めていたのが上のことば。
そのなかの「抵抗するなら最初に抵抗せよ。」はずっと心にとめていた。
初めに抵抗しなかったばかりにずるずるといやな気持ちを引きずることがある。
一種カンが必要だが、イヤだと思ったことは黙っていないと言うことだ。
年度当初の職員会などではいつもピンと心が張りつめていて問題だと思うことには必ず何か言うことにしていた。
そこで言わないと1年間引きずることになる。
むのたけじさんは在野の言論人としてついこの間まで弁舌を振るわれた。
初志貫徹、だめなことはだめという生き方がすごい。
「百一の 言論人よ 志に果てる」
「たいまつを 高く掲げて 詞に果てる」
「戦争と 平和を論じ 百一年」
「むのたけじ ジャーナリストの 道開く」0822

1254 不使用宣言

核不使用

核の先制不使用宣言についてオバマがやろうとしたら内外から反発を食らったというニュース。
ABはそんなことは言っていないと言うが信じがたい。
だったらすぐにでも不使用宣言賛成の言をものすべきだ。
国連の核禁止条約推進を採択したが日本は棄権とある。
ABの気持ちが表れた棄権である。
どちらも被爆国としての思いに背く行為である・

核先制不使用宣言はいわば九条に似ている。
昨日のブログ記事と重なるが、力には力をでなくて、丸腰と友好的態度である。
「おれ等は使わない」と言うことは「おれ等は戦争は放棄した」に近い。
「おれ等は戦わない」に近いのだ。
でも持っている限り相手が使ったらおれ等も使うよと言うことになるから、丸腰とはやはり違う。
核兵器禁止条約にみんなが賛成して核先制不使用宣言をみんなが宣言すれば核の脅威はかなり収まる。
と思う。
その先頭に立つべきが日本なのに馬鹿は逆のことをしている。
歴史に名を残したかったら、それをすればいい。
逆をするから馬鹿と言われるのだ。
「核なくせ 聞こえぬ国の アホ首相」
「3原則 ないがしろにする いくさ好き」
「作りたい だから原発 再稼働」 0821

1253 グッド・ニュース

s-予算防衛

バッド・ニュースは当分続くだろう、ABがいるかぎり。
しかし、たまにはGNもある。
澤藤藤一郎さんのブログからこんな文章を拾った。
赤旗817の文化欄に載ったエッセイ。
筆者は西川悟平(1974年生)。
ニューヨーク在住で、「7本指のピアニスト」として知られている人だという

 2年前の1月の寒い日、二ューヨークのマンションで2人組の泥棒にあいました。夜10時ごろ、ノックの音に、ルームメートの友達だと思いドアを開けると、黒人とラテン系の男が入ってきて、注射器を突きつけられました。中には透明な液体が入っていて、なんだか分からないままホールドアップ。1人が僕に注射器を突きつけている間、もう1人がクレジットカードやパソコンなどを盗みだしました。
 初めはすごく怖かったのですが、だんだんと怒りに変わり、その後「何が彼らをこんな行動に駆り立てたんだろう?」と好奇心に変わりました。アメリカの大学で心理学を学んだことがあったんです。
 恐る恐る「しゃべっていいですか?」と聞くと「うるせえ! 黙れ!」。「ごめんなさい! ただ君たちがどんな幼少期を過ごしたのか…なんでこんなことをしなくちゃいけなくなったのか…そう思っただけです!」
 するとラテン系の男が一瞬動きを止めて、「お前にあのクソ痛みが分かるか…俺の親父は俺が子どもの時から俺に性的虐待をしてきた。母さんは、俺が物を盗ってきたら愛してると言ってくれたんだ」。僕は涙が出てきました。「つらかったね…。あるものはなんでも盗っていいから! 君をハグしていい?」。彼は「俺に近づくな! 今センシティブな(感じやすい)気分なんだ!」。注射器を持っていた男は「お前は日本人か? お前らは、人を深く尊敬する文化があるから、俺は好きだ」と言いだしました。
 「日本から届いた緑茶があるけど飲みますか?」と聞くと、2人とも「飲む」と言うのでお茶を沸かし、3人で話しました。ラテン系の男が翌週に誕生日だというので、ハッピーバースデーをピアノで演奏しました。時計は明け方4時を指していました。
 僕自身アメリカではひとりきりで、指に病気を抱えながらピアニストで頑張ってると伝えると、「お前ならきっと1年後には笑って過ごせる日がくるさ」と応援してくれました。僕は「あなたたちは、人間としての素晴らしい価値があるから、お店で働くなり、アルバイトをするなり、何か必ずできる仕事があるはずだ」と伝えました。
2人は、僕のマンションの壊れかけた暖房設備を修理し、盗んだものをすべて返してくれ、「次から相手を確認するまでドアを開けるなよ」とお説教。明るくなりはじめた頃、出て行きました。1人ずつハグをして「お前に会えて良かった」と言って。
僕は翌年そのマンションを引っ越しました。彼らが元気で幸せであることを願っています。(引用終わり)
澤藤氏によるとこれは憲法九条の理念を寓意しているという。
いわゆる丸腰対応が暴力に勝ったというわけである。
力には力をでなく、丸腰&友好的態度で行くと言うことである。
「近隣と 仲良くせずに 武器増やす」
「いくさ好き 死の商人に 成り下がる」
「この頃は 防衛省は 攻撃省」
「バカンスに 行くのか大臣 戦闘地」0820

1252 バッド・ニュース

s-介護サービス

「命なき砂の悲しさよ握れば指の間より落つ」啄木
新聞を見ると実にいろいろなことがニュースとしてある。
政治経済社会国際国内。
飛ばして読んでおくと次の時分からなくなることもある。
大体がひどいこと悲しいこと怒りたくなることが多く、うれしいこと喜びたいこといいことが少ない。
BNバッドニュースがGNグッドニュースより多いと言うことだ。
FBを見るとGNばかりあつめたサイトもあるようだが。
こと政治や経済のことになるとBNばかりだ。
今日のニュースでは、
迎撃ミサイルを買うためだとかいって5兆円もの予算を組む。
介護サービスを削る。
核先制不使用に反対続出。
などBNであり怒Nである。
中学生の母親の正社員8.7%というのもある。
リニア前倒しに融資する(税金で)というのも。
ABのせいである。
こともあろうにこんどはキューバに行く。
よもやカストロは握手なんぞしないだろうな。
またばらまきをしてくるのだろう。
日本会議はこういうBNに対してどう思っているのか。
そういえばAB国営放送NHKの経営委員長はやはり日本会議のメンバーだとか。
もう無茶苦茶だ。
五輪のニュースは見たくもないが、これもBNを隠さんが為のこととしか思われない。
五輪に踊っている間に知らせると都合の悪いことを進めているのだ。
「バッドニュース 壊していくぞ この日本」
「新聞を 開いて出るは ばか野郎」
「おれのカネ そんなことには 使うなよ」0819

1251 日本会議の研究2

改造

「むすびにかえて」のところでその皮肉さをこう述べている。
すこし長くなるが引用する。
「私には、日本の現状は、民主主義にしっぺ返しを食らわされているように見える。
・・・日本の社会がさんざんバカにし、嘲笑し、足蹴にしてきた、デモ・陳情・署名・抗議集会・勉強会といった「民主的な市民運動」をやり続けていたのは、極めて非民主的な思想を持つ人々だったのだ。
そして大方の「民主的な市民運動」に対する認識に反し、その運動は確実に効果を生み、AB政権を支えるまでに成長し、国権を改変するまでの勢力となった。
このままいけば「民主的な市民運動」は日本の民主主義を殺すだろう。
なんたる皮肉。
これでは悲喜劇ではないか!
 だが、もし、民主主義を殺すものが「民主的な市民運動」であるならば、民主主義を生かすのも「民主的な市民運動」であるはずだ。
そこに希望を見いだすしかない。
賢明な市民が連帯し、彼らの運動にならい、地道に活動すれば、民主主義は守れる。・・・」以上引用終わり。
日本会議がやってきたことは皮肉にもこちらがやっていることと同じ事だったのである。
そして彼らのやってきたことはかなり実を結んでいる。
教基法「改正」、元号法制、国旗国歌法など。
そして憲法「改正」=明治憲法への回帰へと進む。

うかうかしておれない。
対抗軸としてこちらの活動も彼らの上を行くものにならなくては成らないだろう。
1、地道な活動に工夫・アイデアを
2、学びを充実して理論を鍛える
3、組織としての基盤を壊さないようにしていく

それには、やはり厳しさも大切。
と同時に楽しさも入れていく。
「工夫・アイデア」のアイデアを考えなくてはならない。
すこしやる気が湧いてきた。
「戦前に 戻すやり方 民主的?」
「民主主義 嫌うやからに 乗っ取られ」
「新しい 戦前にする 安保法」 0818

1250 日本会議の研究

日本会議

菅野完(すがのまもる)「日本会議の研究」をやっと読了。
菅野の略歴が何というか変わっている。
自称「保守」「右翼」らしいが見ているところは見ている。
ネットなどではすでにこの本のことは書かれているので、あまり自分としては書かない。
が、「日本会議(にっぽんかいぎ)」の出所みたいなものは分かった。
いわゆる「生長の家」がルーツになっているが、実際はそこから出た分派が元。
70年代の大学紛争時に長崎大学の反左派系学生が作った学生団体が元でもある。
いろいろ名前は出てくるが、表に出ているものと裏で操るもの。
その裏でうごめくというか仕切っているのが安東巌(あんどういわお)。
そして我が○阜にもその専務理事とかいう人物がいる。
最後の第六章「淵源」が読ませた。
安東のことを語る下りである。
裏の人物ながら一種カリスマである。
70年代から50年近く彼らがやってきたことは逆にいえばこちら側にとって皮肉にもやれそうでやれなかったことである。
ある程度はやれたのだが、彼らほどではなかったと言うことである。
1,地道にやる。
2,確実な学習会。
3,揺るがない組織。
と筆者はいっている。
この項続く 0817

1249 戦後歴史3

井伊弥四郎

1947年(昭和22年)
0118 全官公庁共闘2.1スト宣言
0131 マック2.1スト中止声明
0331 教育基本法・学校教育法公布
0405 第1回統一地方選挙
0420 第1回参議院選挙
0425 第23回総選挙
0503日本国憲法施行

ここまでが憲法施行までの細かな大まかな歴史である。
1946年11月3日に憲法が公布されてから6ヶ月の間に上のような歴史があった。
衆参の国会議員選挙もあった。
しかし憲法公布後の国民に対するこれでよいかどうかの国民投票はやはりなかった。
もしもあったとしても多分おおかたが「これで良し」の方が多かっただろうと思われる。
多分余り吟味もしないでの「これで良し」だっただろう。
政府には「国民投票」という考えすらなかったのだろう。
公布には天皇の名前でギョメイギョジが入っているからおおかたは反対すら出来なかった。
刷り込まれた「天皇崇拝」からは抜け出せなかった。
ということだ。
それは今に続く歴史の底流にも流れているものだろう。
おおかたが「これで良し」の判断が分かっていたとして、国民投票があったとしたら今の情勢にすこしはブレーキがかかったかも知れない。

2・1ストの井伊弥四郎の写真。
民主化を進めていたマックがここでは反対に民主化を止めようとした。
という二律背反的なことをしている。
前年の5・1メーデーには50万。
この年の2・1ストの前1・28には吉田内閣打倒で30万人が集まっている。
しかし2・1ストはマックの強権発動により阻止された。
戦後民主主義といわれるが、すでにこのころから民主主義を押さえ込もうとする力学も働いていた。
花を開く前につまれたということだ。
わずか2年かそこらである。
まさに「民主主義って何だ!」である。(この項終わり)

1248 戦後歴史2

s-公布新聞

s-式典群衆

1946(昭和21)
0101 天皇人間宣言
0119 マッカーサー極東国際軍事裁判所の設置命令
0203 マックGHQ民政局に憲法草案作成指示
0208 松本私案をGHQに提出
0213 GHQ松本私案拒否、GHQ草案を政府に手交
0222 閣議・GHQ草案草案受入を決定
0306 政府、憲法草案改正要綱発表(主権在民、天皇象徴、戦争放棄)
0407 幣原内閣打倒人民大会
0410 戦後初の総選挙
0422 幣原内閣総辞職、以後約1ヶ月間政治空白
0501 第17回メーデー(宮城前約50万人)
0516 吉田茂に組閣命令
0522 第1次吉田内閣成立
0602 イタリア、国民投票で王政廃止決定
0618 キーナン検事、天皇を訴追せずと言明
1001 ニュールンベルグ裁判で12人に絞首刑判決
1103 日本国憲法公布
1217 吉田内閣打倒国民大会(2・1ストへ発展)

ここまで見ると、憲法は松本私案が公的にGHQに示され、それが拒否された。
そしてGHQがGHQ案を日本側に提案、日本はそれを受け入れ、と言うことになる。
AB等はここが押しつけと言っている。
しかし、九条に関しては、もう少し詳しい憲法史を見ると、幣原喜重郎の申し入れによりマックが了承し成ったとある。
だから九条に関しては押しつけではないことははっきりした。
その他さまざまな民主化のことについては1945年の各種指令で受け入れたことであり、押しつけと言えばそう言える。
政府としても拒否はしなかった。
ここで一つ思ったこと。
憲法に関しては当時のGHQと政府の間でのやりとりで決まったことであり、4月10日に総選挙があり国会が出来たわけであるが、憲法に関しての公約、あるいは私案を持って議員が当選したわけではない。
そしてその後、11月3日までの間に憲法に関しての国民投票があったわけでもない。
国民は憲法に関しておそらくどういうものかを知らず、殆どがお上(政府)にお任せ状態だったのではないか。
そして11月3日に公布されてそれに反対する者、勢力は殆どいなかった。
多くは(喜んで)受け入れたということだろう。
おれ等は憲法というものを押し付けられたという意識はなかったと言うことである。
続く。

1247 戦後歴史1

s-年表

憲法は1946年に公布されて1947年に施行されている。
その間の歴史を簡略に調べてみた。
岩波の「年表 昭和・平成史 1926-2011」で抜粋すると。
1945年(昭和20)
0815 玉音放送
0902 降伏文書調印
0909 マッカーサー、間接統治、自由主義助長などを声明
1004 GHQ人権指令(天皇に関する自由討議、政治犯釈放、思想警察全廃、治安維持法など弾圧法規の撤廃)
1009 幣原喜重郎内閣成立
1011 GHQ5大改革指令(婦人解放、労働組合の結成奨励、学校教育民主化、秘密審問司法制度の撤廃、経済機構の民主化)
1208 松本蒸治国務相憲法改正4原則など発表(天皇の統治権総攬不変など)
1217 衆議院選挙法改正(大選挙区、婦人参政権)
1227 森戸辰男、鈴木安蔵ら「憲法草案要綱」発表
1228 高野岩三郎「改正憲法私案要綱」発表
1231 GHQ終審・日本歴史・地理の授業停止、教科書回収を指令

ここまで見ると憲法に関しては松本、森戸、鈴木、高野らの日本人側の私案が出ている。
そしてGHQによる民主化指令が出て憲法に先立ち日本の民主化の元となる改革をした。
この民主化指令が戦後のあらゆる体制のベースとなっている。
これがABらのいう押しつけというならばその通りだが、その後の日本の国民にとってはその恩恵は計り知れないものであり、それがなかったら今の日本はないだろう。続く

1246 ふるさと祭り

s-バンド

今日はふるさと祭り。
前座でバンド演奏など。
なかなか熱演。
ヴォーカルは某中学校の教師。
ギターはプロ並みの役場の職員。

本番は小学生から大人までのそれぞれの団でのお囃子による郡上おどり。
今年はできるだけ踊ってやろうと思って殆ど踊っていた。
ので汗だくで疲れた。
最後の抽選会も面白かった。
なんと4等と1等の当選者は夫婦での当選。
それと2等の当選は、自分が番号を引いてやったのだが、前に出てきていた小学生が自分の番号札を見せておじさんこの番号引いてよと言っていたのが、引いてみたらなんとその番号だった。
という奇跡のような話
小学生も驚いていた。
というふるさと祭りでした。
来場者は、昨年より100人ほど少なかったのが残念。
というか、一つの反省材料。
マンネリなのか他に原因があるのか。

午前には近所でアマゴ販売があったので買ってきた。
15尾1000円。
今年は4袋買った。
毎年お世話になっている。
元気なアマゴ、甘露煮にさせてもらった。
なみあみだぶつ。
s-あまご

1245 幣原喜重郎

s-あきかん風車

ネットを見て空き缶風ぐるまを作った。
1センチ幅で羽部分を切るのが少し面倒。
しかし、3個目を作るときはさすがに早くやることが出来た。
この間作ったペットボトル風ぐるまと比べたらこちらのほうが簡単かな。
3連にしてつなげてみた。

堀尾輝久教授が憲法九条は日本側の幣原喜重郎が提案してマッカーサーがいいねといったという手紙を見つけた。
と新聞に載っている。
幣原発案は前から言われていたが、マックの手紙でよりはっきりしたということだ。
戦争放棄の1項は外国にもあるのだが、それよりも陸海空軍を持たない戦力不保持の第2項は日本のみであるところがすごいことなのだ。
マックも驚いたに違いない。
幣原恐るべし。
生きていたら彼にこそノーベル平和賞だろう。
「誇るべき 第2項こそ 平和賞」
「押し付けの 裏づけ消えて 立場なし」
「押し付けと 押し付けたのは 改憲派」
「押し付けでも 世界がうらやむ 第九条」 0812

1244 泳がせる

FBを見ていたらノラ・ジョーンズの新作CDで「Carry Onキャリー・オン」というのが出たとある。
ビデオによる音源もあったので聞いてみた。
「キャリー・オン」といえばCSNYのアルバムにあった曲だ。
それのカバーかなと思って聴いたら違った。
まったく別の曲だった。
若干カントリーっぽいところもありCSNYを想起させるが別は別である。
ノラ特有のゆったりしたリズムの曲でメロディもやさしく覚えやすそう。
ノラ・ジョーンズの最初のアルバムは少し衝撃的というか今から思えばなんてことはないのだが、その声質がすごかった。
鼻にかかったけだるいような声質が少しジャズ風でもありよかったのだ。
しかし少したったら慣れてしまってあまり魅力的でなくなった。
それに、メロディがあまり自分にはぴったり来なくて平板な感じだったから。
ノラはシタール奏者のラビ・シャンカールの娘で顔がやはりインド系で父に似て彫が深い。
シャンカールの娘といえば腹違いでやはりシタール奏者がいるはずだが彼女はどうなったのだろう。

尖閣に中国船がいくつも来て日本(政府)は大騒ぎ。
だから集団的自衛権も憲法改正も必要だと利用されかねない。
ABにとっては 、いい口実が出来たようなものである。
北のミサイルにしても同じだ。
そして、そんな中国や北の行為には、外相が文句を言うくらいで濁しているだけだ。
困るというならAB自らが乗り込んで習近平や金正恩に直談判するのがABの役目だろう。
泳がせているに過ぎない。
失敗するから実行できないのだ。
「ひどいこと するといいつつ 泳がせる」
「泳がせて 憲法改正 もって行く」 0811

1243 暑い

連日の暑さに体がまいる。
地上に出ている水道管があって草刈りをするときに切る可能性があるので埋設することにした。
それで朝の涼しいうちにやろうと思って今日は5時半ごろからやった。
溝をまず掘ることにして約20mぐらいつるはしで溝を掘った。
日が差さないし朝だから涼しいがそれでも汗は出る。
掘った土は石ころが多い。
そのままおいて夕方また日が落ちてから埋設をした。
かぶせる土は石ころが多いので溝がすかすかになる。
のでまわりをもう少し掘ってそこから土を補給する。
あとは雨が降ったりして自然にでこぼこが直っていくだろう。
久しぶりの土方仕事でまたまた腰が痛く肩も痛くなった。
やれやれ。
日中は川の中の草刈り。
川の中がぼうぼうとしていると見苦しいので家から見える範囲は刈ることにした。

1242 ひまわり

s-かざぐるま

以前に休耕田にひまわりを蒔いた。
盆ごろに見頃を迎えるつもりで蒔いたが、いかんせん芽が出たひまわりが圧倒的に少なくて見頃どころではない。
1割も芽が出なかった。
しかし、学校の子どもたちがひまわり畑の看板を描いてくれたので設置しないわけには行かない。
それで今日は勘考して風ぐるま付きの看板設置具を作った。
風ぐるまはひまわりに見立てて黄色いテープをはり付けた。

芽が出るのが少ない原因は、
1,種が悪い
2,肥料が足らない
3,種のまき方が悪い=深植えし過ぎ
が考えられる。
その内の一つかも知れないし、複数の原因があるかも知れない。
来年またやるとしたら、まき方については専門家にやってもらおうと思う。
彼は原動機付き種まき機を持っているので。
それに肥料も牛肥を頼もうと思う。

ところで今日の新聞は「生前退位」問題で一色だ。
結論は多分見えていると思うが、退位容認になるだろう。
ただ、単に退位といってもいろいろな法律を改正したり作ったりしなければならないし、第一国民の納得が必要であるから、その同意を得るための国民投票なり何なりをしなければならない。
そうすると、国民投票にかけるための法律か、その仕方についての法律なども作らなければならない。
憲法改正論議はしばらく遠のきそうである。
でも油断はならない。
イチロー3000本安打もすごかったが、何だか生前退位にかき消されてしまった感じで申し訳ない感じである

1241 街宣スピーチ文

昨日の街宣のスピーチ文を載せておく。
A4の紙1枚分。
読む分にしては長い。
しゃべるには、即興で他のことも付け加えるからもう少し長くなる。
こんにちは。九条の会のものです。私たちは、戦争放棄を定めた憲法九条を守る運動をしています。戦後71年、どこの国とも戦争をせず、武力を使って世界で誰も殺さず誰も殺されずにきました。戦後、この憲法が発布されたとき国民の多くは歓呼の声を持ってこの憲法を受け入れました。これで日本は戦争をしなくて済む、戦争中のようなひどい生活、いつもおびえているような生活、お上の言うことは何でも聞かなければならない基本的人権を束縛された不自由な生活、いつ兵隊にとられるかも知れない不安などからおさらばできるからと思ったからです。ひとは誰も平和で自由な暮らしがいいと思っています。それを補償してくれるのが憲法なのです。とくに、戦争放棄を定めた九条は世界の宝とも言うべきすばらしいものです。この素晴らしい憲法九条を壊そうとする勢力が国会を3分の2で埋めました。皆さんご存じの参議院選挙によって自民公明など憲法「改正」をヨシとする勢力が3分の2以上の議席をとったのです。野党は共闘してこれを阻止しようと努力しましたが、残念ながら力及びませんでした。私たちはしかし、この憲法九条を壊し、日本が再び戦争をするような国になることを望みません。3分の2の勢力を後押しした国民の中には、憲法九条を壊してもいいと思っている人は少数です。世論調査によると与党に投票した人のなかで、安倍内閣において憲法を変えなくてよいと回答した人は50%でした。と言うことは野党も含めて憲法を改正するべきでないと思っている人は70から80%を越えるのではないでしょうか。安倍首相は8月3日に改造内閣を作りましたが、顔ぶれを見るとさすが安倍首相、憲法改正に前向きな人ばかりです。防衛大臣になった稲田朋美さんという人は、戦争好きな人のようです。若い人はみんな自衛隊に体験入隊するといいとか、講演会では、「国民の一人ひとり、みなさん方一人ひとりが、自分の国は自分で守る。そして自分の国を守るためには、血を流す覚悟をしなければならない!」と発言したり、また、「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけない」とメディア取材で語ったりしています。まさにこの国が再び戦争に参加してもいいというような憲法九条を無視した暴言としかいいようがありません。安倍首相もやはり同じ思いなのでしょう。だからそんな人を防衛大臣にしたのじゃないでしょうか。昨日8月6日は、ヒロシマの原爆記念日でした。安倍首相は「唯一の戦争被爆国として非核3原則を堅持しつつ、核兵器不拡散条約体制の維持及び強化の重要性を訴えていく」とあいさつの中で述べました。それはそれでいいのですが、私には口先だけのことにしか思えません。オバマ大統領はヒロシマを訪れました。その時、あいさつの中で米国としては今後核の先制不使用宣言を盛り込もうとしていたということが分かりました。しかし、それを言わなかった。それは日本側が止めたということでした。日本はアメリカの核の傘の中にあってアメリカがそれをするのをヨシとしないという思惑があったからだといわれています。ことほど左様に核に対していちばん先頭に立つべき日本が世界の流れと逆の方向を向くということは問題だと言わざるをえません。原発の再稼働を許すのも、それが核兵器を作る為であると言うことも今や常識です。私たちは戦争に向かって進む安倍内閣を認めるわけには行かないと思っています。戦争によって平和を守るというおかしな詭弁は御免です。今後、日本が戦争に巻き込まれたりするような時は、全国民で反対していきましょう。皆さんのご理解とご協力をよろしくお願いします。

1240 街宣・スタンディング

s-plazamae.jpg


久しぶりのスタンディング。
この前の日曜日はマイクなどの準備が整わず、またすごい夕立もあって急遽取りやめにしたのだった。
今日は少なくて5人ながらいつものようにスピーチもした。
相変わらずの観光客相手。
無茶暑かったが無事終わる。
街宣文も作ったが省略。
近くでたまたま「標的の村」という沖縄高江を舞台とした映画をするというのでその宣伝もしておいた。
行きなさったひとはいたかしら。

1239 シベリア抑留

公民館の広報にシベリア抑留のことを書いた。
8月なので戦争のことを書こうと思っていろいろ考え、原爆のこととか語り伝えのこととか、戦時中の体験談のこととか考えたが、結局シベリア抑留のことになった。
父親がシベリア抑留者だったのでそうなってしまったのだが、まあそれもよかろうと言うことで。
父は1945年、吉林で武装解除。
ハルピンで収容されている。
そしてバルナウル収容所に収容された。
バルナウルというのは今のロシアでいうと、ほぼ中央でしかも南部にある。
1945年の11月3日にバルナウルに収容され、解放されたのはいつかは分からないが帰国が1947年の5月である。
ほぼ1年半を過ごしたことになる。
極寒の地の体験もしたことになる。
その体験談は余り家族にはしてこなかった。
少しはしたのだが聞いた方は余り覚えていないのだ。
地元には現在も生きておられるシベリア体験者も居られる。
その方は体験手記を書いておられるので貴重である。
自分の父の体験も今となってはもう聞けないが、やはりしっかり聞いておくべきだったと後悔している。
「極寒の 地を生き抜いて 我も在る」
「原爆忌 サイレンもあり 手を合わす」
「今日でまた 八月六日 71年」
「原爆忌 サイレンの背に せみの声」 0806

1238 米作り

s-穂

米作りは退職以前から手伝い程度でやってきた。
退職してからは文字通り自分一人でやってきた。
米作りは毎年1年生だと言われるが全くその通りで、特に一人で作り始めてからは毎年新たな挑戦のつもりでやっている。
田起こしの加減、代掻きの加減、肥料の加減、そして水の加減、天候・気温の加減と条件はいろいろ変わる。
肥料は二度蒔きのものから、俗に「一発」といって一度蒔きのものがある。
それに化成肥料もあるし有機肥料もある。
今年はいわゆる一発(化成肥料)というのを使ってみた。
2度蒔きに対して一回作業が減るし、少し値段も安くなる。
他の人も一発を使うが、今のところ我が家の田んぼだけ稲の色が薄いのが気になる。
穂は同じように出ているのだが、順調にいくのだろうかという不安は一抹ある。
しかし、まあなるようになるしかないので見守るしかない。
稲刈りまでの作業で残っているのはカメムシ退治の薬をまくだけ。
これはできればやりたくないのだがやらざるを得ないだろう。
イモチ予防の薬は去年に続きやめたし、ヒエ用の薬もまかなかったし、農薬は少しは減らしたつもりだ。
そして後は天候の問題。
台風がこの時期来ないで欲しい。
稲の花が咲いて実をいれるところなので収穫量に影響する。
その後も台風によって倒されたらこれも刈り取りの時に難儀するから、とにかく台風だけは来ないでもらいたい。
といっても自然のことだからどうなることやら。

昨年の米の在庫は営業を少しがんばったお陰で順調に減り続けて新米が穫れるまでには全てはける見通しとなった。
のは有り難い。
2,3俵余って何処かへ寄付かと思っていたが、そうならないと言うことだ。
「出来るなら 自由にしたし 天気かな」
「異常気象 元はと言えば 人間か」
「稲作り 一年生は 終わらない」0805

1237 川柳

s-ばかな道

ひと月に一度の川柳会。
今回の作。
・選挙後は いつか来た道 まっしぐら
・続けよう 不断の努力 今こそだ
・この道の ホントの名前は ばかな道
・前向いて いばらの道に 挑むかな
・野垂れ死を 覚悟の上で 着いていく
・道半ば 越えればきっと 野垂れ死ぬ
・人生の 道に必ず 落とし穴
・人生の 半分過ぎれば 下り道
・道半ば 後はどんどん 下り道

今回は「道」をテーマに作ってみた。
そうでないのもあるが。
絵を張ってそれに川柳をくわえるという手法も面白い。
「道半ば」というのは逆から読むと「ばかな道」というのをFBで紹介してもらった。
それを川柳にしてみたのが写真。
写真では「アベノミクス街道」となっているが「アホノミクス街道」と替えた。

1236 赤狩り

自民党が教師向けに「学校教育における政治的中立性についての実態調査」と称して学校にあるいは教師に対して萎縮させるようなことをしている。
またこれは、「中立」と称して実際は自民党を批判するようなことを取り締まりたいという思惑があるのだろう。
それに密告を奨励するような姑息なやり方だ。
いわゆる日教組などの組合弾圧と同じだ。
政治教育は確かに「中立性」を持ってするべきだろうが、それは教師の自覚に基づいてするもので生徒・子どもが「中立」をねらってするものではない。
「赤狩り」と同じである。
教師の思想統制であり、思想の自由、良心の自由を犯すものである。
学校自体がそれに対して従順であってはならないが、今の学校、上からの統制に弱いところがありはね返すことはないだろう。
学力統制、成果主義、エビデンスとかいう数値化目標主義、そして能力主義、道徳の教科化、英語の導入などブラック企業ならぬブラック学校化が進む。
大変だといってる場合じゃない。
残業0どころか午前様の学校が当たり前に。
しわ寄せは子どもに行く。
このままじゃ心を病む教師はますます増えるだろう。
教育は死を迎える。
のじゃないか。
単なる点数主義の学力向上に陥らない。
さらば点数。
さらばエビデンス。
さらば成果主義。
さらば能力主義。
さらば残業。
「早い方 うちに帰れば 夜十時」 0803

1235 吹っかけられたとき

スタンディング中に議論を吹っかけられたときの対応の仕方を考えてみた。
1、まず落ち着いて話を聞く。
・相手を落ち着かせる。
・落ち着いて話ができる場所づくりをする。
・静かな場所があったらそちらに移動する。
・暴力を振るわれそうな時は逃げる。
・暴力を振るわれそうなときは携帯で動画を撮る。
・「暴力は振るいませんね」と初めに念を押す。
・できたら1対1で話す。でも、近くにひとり置いておく。
2、なぜそう思うか、相手の気持ちを聞く。
・考え方のいい点は相づちをうったり誉めたりする。
・一方的に強い否定の言葉を言わない。
3、考え方の相違点についてはやんわりと述べる。
・「そのことについては、こういう考え方もできるのじゃないでしょうか」
・相手を論理的にうち負かそうと思わない。
・意見の相違はあるもの、相違があってもその違いを認め尊重し合うのが民主主義。
・お互いの意見が平行線であってもそれでヨシとする。
・片方の意見を押し通そうとすることあるいはそれを強制しようとすることは全体主義になる。
4、お互いの意見が言えたことを喜ぶ。
・違う意見が聞けたことを感謝し、相手にもこちらのような意見もあることを分かってもらう。
・政治について関心を持っていることに感心し敬意を払う。(特に若者の場合)
・・・・こんな風に考えた。
がどうだろうか。
いずれにしても相手にはなるほどと思わせる話術(内容と論理性)が必要。
それはやさしくないことだが、自分を磨くしかない。
「君の意見 ボクと違うよ でもいいよ」
「考えは 十人十色 それでいい」 0802
プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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