1293 農業を考える3

雨続きで稲刈りができない。
やっと明日晴れ間が見られそうなので今日は準備。
旧式のコンバインなので田んぼは4隅をコンバインが回転しやすいように長方形に刈り取っておかなければならない。
明日するより今日した方が明日の取りかかりが早くなるのでやってきた。
したら下に水が3、4センチたまっているところがある。
それでは機械が泥にはまって動けなくなる可能性があるので水を抜かなければならない。
生憎、排水溝口の近くではなくて水口(みなくち)に近いところだったので抜けない。
それでエンジンポンプを持っていってポンプで水をくみ出した。
こんなことは初めて。
エンジンポンプがうちにあるのも珍しい。
機械好きの親父が買っておいたものだ。
で、30分くらいで抜けた。
後は今晩、風も吹いて乾燥をしてくれたら助かる。
やれやれやはり機械だ。
今の農業は機械と化学肥料、それに農薬によって成り立っている。
自然農法をする人は、化学肥料や農薬は使わないが機械は全部ではないが使う。
この機械と化学肥料と農薬会社が日本の農業の首根っこをつかんでいる。
といってもいい。
農業は稲作だけではなく当然野菜も含まれる。
すると、いろいろな種(種子)を販売する会社も必要である。
この頃見直されてきたのがこの種子の会社。
ハイブリッドといって一代限りのもの。
それに遺伝子操作された種子。
化学肥料も影響はないのか。
農薬はもちろん人間生活に影響はある。
ミツバチの減少の原因も農薬。
ということで、農業全般が人間生活に及ぼす影響は計り知れない。
自分も減農薬に努めているが、肥料は化学肥料に頼っているし、種子も店で売っているものを買ってくるのもある。
自然を壊したら元も子もない。
まずは、ミツバチに影響する農薬をやめることから始めよう。
「無農薬 減農薬が 農生かす」
「草も生え 虫もいるのが 自然だな」
「虫食いは 虫との共生 第一歩」
「薬漬け 虫は食わない 人が食う」 こわいね 0929
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1292 農村を考える2

今日は籾すり。
昨日書いたようにこれも一人作業で済む。
乾燥機を排出モードにして籾すり機に排出口をつなげモーターの電気を入れ回して稼働する。
籾すり機の排出口にはこれも電動の米選機をおいて出てきた玄米を青米などと選別する。
そしてはかりもついていて自動的に30㎏を計って袋に入れる。
人がやることはその袋を降ろして口を縛るだけ。
そしてたまに籾すり機の様子を見たり、籾殻のたまったのを崩したりすることだけである。
もちろん調子が悪くなるときがあるから、その時は調整しなければならない。
昔は発動機を回して籾すり機(臼引き機)にベルトでつなぎ、玄米の排出口に米選機をおき仕事した。
袋に入れた籾を運んで機械に入れ、出てきた籾を一斗ますで計って袋に入れる。
吹き飛ばした籾殻を時々山になっているから壊して飛びやすいようにする。
など仕事は一人ではやはり足りなかった。
やはり人が多いほど仕事ははかどった。
途中には一休みして梅酢(梅のジュース)を飲んだものだった。
人が足らないときは手伝いに来てもらったり、手伝いに行ったり、お互いに助け合ったものだった。
田植えもそうだが、どんな作業も助け合いが必用だった。
その助け合いが農村の絆を深めていた。
人は助け合わなければ生きていけない、と言うことが自然と分かる仕組みだったのだ。
人が大勢いれば助け合わなくて良さそうだがそうではなかった。
大勢いたから助け合いができたのだ。
逆に人が少なければ助け合いが必用に思えるが、こと農業に限っては今はそうではない。
やはり機械化のせいだ。
機械化がこの助け合いの精神を奪ったのだ。
じゃないか。
「機械化が 邪魔をするのか 助け合い」
「助け合い 大勢いてこそ できたのだ」
「機械化が 奪ってしまう 人の仲(思いやり)」 0928

1291 農村問題

農村人口の減少は見る影もない。
(「見る影もない」と言う言い方はこれでよかったのか)
とにかく少子高齢化もそうだが農村人口減は極端に進んでいる。
ちょっと考えてみた。
昔は田植えにしても稲刈りにしても家族総出で大勢でやったものだった。
今日は稲刈りをしたのだが、コンバインを使って一人でやった。
稲を刈ってそれをコンバインの中で脱穀をして籾にして袋に入る。
その袋を軽トラに積んで乾燥機まで運んで入れる。
この作業が一人でできるのだ。
二人いれば、コンバインの運転に一人、軽トラに積むのが一人と分担はできてその分一人に対する仕事は少なくなり体は楽だ。
しかし、一人でもできるというのが大事な点だ。
昔は、人が多くないと仕事が進まなかった。
手刈りをする人、刈ったものを束ねる人、束ねたものを運んではさにかける人などなど、仕事は色々あり、みんなでいっせいに刈って、いっせいに束ねて、と、とにかくはさにかけるまでみんながそれに取り組んだ。
一人ではとてもできるものではなかった。
だから農村には人が大勢いるのだった。
つまり人口もそこそこなければ田んぼの仕事が回っていかないのだった。
機械化が進むに連れて人がいらなくなった。
つまり機械化が農村の人口を減らしたとも言える。
人口が減ったので機械化が進んだのか、まあ「どっちもー」かもしれないが。
「機械化」つまりイノベーションである。
このイノベーションが農村のあり方を変えてしまったことは否めない。
よかったのか悪かったのか。
いずれにしてもメリット、デメリットはそれぞれあるだろう。
進歩と停滞。
あるいは前進と後退。
「得たもの」と「失ったもの」
その中で、農村の文化は失われたものが大きいだろう。
人口を元に戻すことはまず無理だろう。
しかしその速度を少しでもゆるめる事は工夫次第。
なんとかその工夫を考え出したいものだ。

「機械化が 農村人口 減らしたか」
「機械化は 農村人口 減ったため」
「進歩とは 何か犠牲の 上に立つ」

1290 いのちの問題

これは前に書いたかもしれないが、検索しても出てこないみたいなので書かなかったかもしれない。
重たい問題だ。
6月に京都に行ったときに思ったこと。
いわゆる介護殺人というものがある。
息子が親の介護をする。
その苦労や苦痛の果てに殺ってしまう事件がある。
あの殺ってしまう気持ちをどう思うか。
実際に介護の経験のあるもの、経験中のものにとってはよーく分かる気持ちではないか。
しかし実際に殺ってしまうのはだめ。
これが普通の思いだろう。
しかし、どうだろう。
法律的にはもちろん殺人は刑罰を受けるものだ。
しかし倫理的、道徳的、あるいは宗教的にはどうなのか。
その気持ちに対しては、やはり寛容の気持ちで受け止めてくれるのか。
実際に殺人を犯すことについても寛容の気持ちがはたらくのか。
「いのち」を重要視している宗教一般。
戦争はだめ。
安楽死もだめ。
死刑もだめ。
・・・
これ考え始めたらどれもこれも長い文になってしまうし、非常に重たいテーマでもある。
ずーと考えているが、やはりいい答えは出てこない。
「思ってもいいが実際にやったらだめよ」
「そりゃ、どうしてよ?」
「うーん、・・・・・」
あの森鴎外の「高瀬舟」もそういうテーマだったか。
「かっこよく 死にたいくせに 駄々こねる」
「老いぬれば 重たく問わる 生きる意味」
「その気持ち 善と悪なら どっちなの」
「このいのち くれてもいいが お前じゃない」0926

1289 敬老会

天気が予報はずれの晴朗でよかった。
対象者は75才以上であるが、勘定したところ約3分の1の方が出席してくださった。
余興はAKB48,ベリーダンス、カラオケ、手品、踊りなどで盛り上がった。
自分のあいさつははじめプロジェクターの映像が立ち上がらなくて汗だったがラインを差し直したところ復活。
「送り火や 今に我らも あの通り」一茶
という一茶らしいブラック・ユーモアを紹介したが、この紹介自体もブラックだったか。
そしてブラックつながりで、シルバー川柳を10ほど紹介。
案外好評?だったのではないかと自負。
「ぽっくりと 逝きたいくせに 医者通い」とか。

少子高齢化に超がつく我が地区の敬老会。
老人はもっとまだこの地区の中心を占めてもよく、若年層の事を思いやる気持ちを持ちながら口出しをして欲しいと言っておいた。
いつもはプログラムにないが、誰かに自分の思いを話して欲しいと言ったところ、少し頼んで回ったこともあり一人の方が受けてくださり話してくださった。
が、やはり老人の話は長くなる傾向があり、仲間内から割って入る人がいて、話がつながり逆にそれはそれで良い効果があり拍手で終わった。
いろいろな縁の下の力持ちがありまあ成功裏に終わったのでホッとした。
「年寄りの 元気な村の 敬老会」
「極楽と 言って過ごせる 敬老会」
「この道は やがて行く道 敬老会」
「病も死も 笑い飛ばして 老いるかな」
「やがて来る 死さえも笑い 飛ばすかな」 0925

1288 天気

明日はお天気マークがついていたが夕方見たら突然弱雨モードになっていた。
こんなに急に変わるのは珍しい。
秋の空は変わりやすいのか。
敬老会があるのでやはり天気の方がいい。
稲刈りのシーズンでもあるので天気の方がいい。
雨だと稲が濡れる、田んぼもびちゃびちゃ、機械が入りにくいと条件が悪くなる。
雨が降り続くと稲自体にも変化が出る。
倒れる事がある。
倒れて地面に籾がつくと発芽する。
立ったままで発芽することもあるが、いずれにしても発芽すると稲の品質は格段に悪くなる。
秋の長雨ほどうっとうしいことはない。
やはりこの稲刈りシーズンが一番長雨になりやすい。
これに台風が加わるとなお悲惨。

「倒れたら また起きあがれ 稲の穂よ」 そういうわけには行かないか。
「秋の空 変わりやすくて 気がもめる」
「気になるは 民の心と 秋の空」 女心ではないのがミソ
「政活費 飲み代になり 生活費」 0924

1287 科学者の良心

日本原子力学会がもんじゅ廃炉に反対だとニュースに出ていた。
なんという驚き。
おいおい原子力はもう人間の手には制御できない。
一旦、事が起これば人間滅亡、何十万年と続く毒の世界だろう。
学者先生がそれでも制御できるとでも言うのだろうか。
この学会のHPを見ると倫理規定なるものも出ているが、「平和利用」という言葉がまだ使われており、確かに戦争目的でないにせよまだその言葉に固執しているところはどうなのか。
フクシマを経験した後においても一層それを進めるというのは愚挙だと思う。
自分たちの研究領域の閉塞に対して勇気を持ってそれを受け入れることができないのか。
それが科学者としての良心のあり方だと思うのだが。
片や「軍学共同反対連絡会」なるものが立ち上がろうとしている。
是非この連絡会が原子力学会のこの方向を諫め、廃止の方向に持っていって欲しいと思う。
その設立準備会の文書には、「戦後日本の科学者たちは、『戦争を目的とする科学の研究には絶対に従わない』と決意し、日本学術会議は1950年と1967年の2度にわたってその決意を声明として発してきました。」とある。
その趣旨を現会長が「自衛のための基礎的研究を行うことは認められるべきだ」と語り、上記声明の無効化を策しています。」
とある。
会長自らが軍学共同を認めるとは、非常な怒りを覚える。
自民党の河野太郎氏は核燃サイクルはやめるべきだと言ったとある。
がんばって欲しい。
「科学者の やめる勇気が 国救う」
「軽んじては 成らぬぞ戦後の あの決意」字余り
「戦争に 協力しない のが良心」
「原発の 平和利用は 虚妄なり」0923

1286 もんじゅ

もんじゅの廃炉が大体決まったそうだ。
しかし、変わりにまた高速炉とかいうものを作る計画。
そんなことを決める人は恥じということを知らないのか。
失敗した上にまた失敗を重ねようという。
恥の上塗り。
恥×恥で恥の二乗だ。
これまでにつぎ込んだ金が1兆円とか。
稼働していなくても日に5000万円。
よくぞまあである。
高速炉続行のねらいはプルトニウム。
原発でなくて核兵器転用のためだ。
これもまた恥の上塗り。
恥の3乗だ。
「よくぞまあ どぶに捨てたる 1兆円」
「そのお金 返してくれよ おれのだろ」
「怒ってる おれの名前に けちつけた」
「知恵もなし もんじゅの名前 泣いている」
「恥知らず お金も知恵も どぶに捨て」0922

1285 国際平和デー

新聞のあるところを見たら今日は「国際平和デー」と書いてあった。
10月21日は国際反戦デーというのは昔から知っていたが、そんな記念日があるとは知らなかった。
しかし平和の針は遠のいて行っているじゃないか。
アベ等は平和にするために戦争をしてもいいと言っている。
そんなアベを支持する人が57%もいるなんて嘘みたいだ。
あの数字は操作されたものとしか思えない。
ある情報によると改憲派は3500万人。
改憲反対派は2000万人といっていてすでにこの国は改憲モードだという。
極めて恐ろしいことだ。
暗澹たる数字である。
でもしかし結論はやるしかない。
続けるしかない。
地道にやるしかない。
希望は捨てないで。
絶望に負けないで。

「一人でも やってやる気概 持たないと」
「そりゃだめだ だめなものは だめなのだ」
「少数者 だからといって 無視するな」 0921

1284 シソーラス

言葉を思い出せないことがまた多くなった気がする。
とっさにその言葉が出てこないのだ。
ので、関連する言葉を思いだしそこからたぐっていく。
それには「類語辞典」がいい。
この前は一つのことがつながって次から次へとつながっていくこと、を何というか。
「~的」という言葉でいうとどう言うか。
「泥縄式」じゃないな。
「数珠繋ぎ的」ではあるけれど、この言葉ではない。
つながるので「連結」か、でも「連結的」とは言わないな。
ということで、どうしても思い浮かばなかった。
今日、「連鎖的」だと思いついた。
いいところまで行っていたが、たどり着けなかった。
しかし、今日、ネットでみたら「芋づる式」というのがあった。
こちらの方があの時の気持ちからするとよかった。
英語の類語を見るときは「シソーラス」だった。
よくお世話になったが、今は倉庫で眠っている。
そういえば日本語の「表現辞典」と言うのも以前に買ったのだが全然使用していない。

「物忘れ 何をわすれた のも忘れ」
「あの言葉 のどまで出たが 出てこない」
「何持ちに 来たのかそこで 立ち止まる」
「もう一度 そこまで行けば 分かるかな」
「ああそうか 思いついたの 数日後」0920

1283 919一周年

昨年の安保法案採決から1年。
新たに緊急事態条項や名前を変えて出してきた共謀罪。
暴力による辺野古移設と高江のヘリパッド建設。
南スーダンへの自衛隊の派遣問題など暴政は続いている。
7月の参院選は3分の2を許してしまった。
野党共闘は市民の力で成ったが、全てを取ることはかなわなかった。
諸悪の根源は小選挙区制。

とりあえずは不断の努力。
スタンディングなど続ける。
宣伝活動をする。
ときたま集会活動をする。
学習もする。

長い目で見れば、政界再編。
小選挙区制の廃止。
いっぱいやることはある。

地道と楽しさ。
でやるのだ。

「運動は 続けなければ 意味がない」
「圧すれば するほど反発 強くなる」
「忘れまい 暴虐の日よ 919(キュウイチキュウ)」
「暴虐の 限りを尽くす にせ政治(アベ政治、二世政治、アホ政治)」
「こんなとき 時こそ上を 見ていこう」 0919

1282 運動会

小学校と合同の地区運動会をした。
雨が降っても体育館でやるので中止と言うことがない。
今年の新メニューは「よさこいソーラン」だった。
毎年一つは新しい種目を入れたいという願いは叶わなかったが、余分に一つこの種目を入れたので新鮮さは出たと思う。
毎年、同じ競技種目をしているとやはりマンネリになるので一つだけ変えていこうという願いを持ったのだが、叶えてもらえなかった。
テレビなどを見ると時々面白い競技をしていることを見るのでああいうものを参考にして新しさを出したかったのだ。
来年は、一つ新しい種目をつくりだして欲しいものだ。

「老若の 汗が飛び散る よさこいソーラン」 字余り
「法被着て よさこいソーラン よお踊る」
「はちまきを きりりと締めて 鳴子鳴る」
「ばちばちと 鳴子踊りや 床も鳴る」
「運動会 あの顔この顔 やあやあやあ」 0918

1281 交流集会

午後、大垣であった九条の会交流集会に参加した。
講演のあと、県内各地の取り組みが発表された。
2004年の発足のあと12年になる会が殆どだと思うが、昨年とか今年に結成された会もある。
最後に意見発表の機会があったので手を挙げて発言した。
3点。
1、この活動は何が何でも続けたい。
続けることが大事、継続は力なり。不断の努力を。
2、つながる、つなげる、つなぐということをしよう。
このごろは、インターネットの普及である。
フェイスブックやMLを活用したい。
3、活動は楽しくやろう。
自分たちが楽しくなくては運動は続かない。
工夫をして楽しさを作り出そう。

さらに、会場の顔ぶれを見ると平均年齢70前後じゃないか。
若い人を引き込むことが大事だということも分かるが、この老人パワーを逆にもっと大きくしたい。
今後は高齢化がもっと進む。
そしたらやはり高齢者が運動をやっていくしかない。
高齢者をどんどん運動に誘い込もう。

参考になったこと。
楽しさということに関しては、
シナリオを作って(借りて)劇をした。
高校生向けに英語でチラシを作った。
音楽の専門家、美術の専門家による運動の支え。

「一人でも 不断の努力 普段から」
「高齢者 活動するのは まかせとけ」
「楽しさが あって運動 継続す」0917

1280 もみすり

もみすりは昔は臼引きとも言った。
乾燥機にかけて大体湿度が14.5%ぐらいになるまで待つ。
それが長かった。
昨日から一晩中と、今日の朝から午後3時ごろまでかかった。
やっと始めたのが4時少し前。
途中また機械の調子がおかしくなり、モーターに負荷がかかりヒューズが飛ぶ。
それでかれこれ30分はロスした。
今年はなんだか機械が調子よくない。
30キロの袋を持ち上げたり運んだりしたためまた腰が痛くなった。
見たところ米はきれいだった。
カメムシの食ったあとがない。
カメムシが少なかったというか、今年はあまり田んぼでも見かけなかったのだ。
カメムシが食べると黒くなる。
これを除去するために色選(色選別機)にかけるのだが必要なさそうだ。
「カメムシの 被害少なし 米きれい」
「農作業 すべて機械に 依存する」
「機械には 使われたくなし 俺が主」
「籾すりの 後が楽しみ 米何俵」 0916

1279 稲刈り

天気が今後よくなさそうなので降らないうちにと思って稲刈りをした。
ほんとは19日過ぎにしようと思っていたが4日ほど早くなった。
昼前に済まそうと思って始めたが途中コンバインの調子がおかしくなり、あれこれした。
かまっていたらそのうち動きそうだったのでやってみたら動いたので続行して稲刈りは無事終了。
やれやれだった。
これを乾燥機に入れて一晩、明日はもみすりだ。
乾燥はなかなか進まない。
といってもあまり早く乾燥が進んでもいけないのだが。

音楽をいつもイヤフォンで聴いているのでたまにはステレオ装置で聴いてみようと思って何年ぶりかでセットして聴いてみた。
いま聴いているベートーベンのピアノソナタの111。
そしたら、スピーカーから出るその音の悪いこと。
雑音かと思った。
音がにごっている。
高音がはじけていてキンキンする。
音の強弱があまりにも大きすぎる。
音が小さいと思ってボリュームを上げるとフォルテのところになるとやたらに大きくなるという感じだ。
イヤフォン慣れしてしまってそうなってしまったのかもしれない。
でもステレオ装置でも聴きたいからどうしたらいいのだろう。
装置のせいなのか、耳のせいなのか。
「困った」・・・寅さん映画の和尚さんのせりふで。
「消え去りし 稲刈る音の ざくざく音」
「稲刈りの ざくざく音の 懐かしき」
「握ったら 4,5株ささっと 鎌走る」
「爆音が 今日今の 稲刈りだ」0915

1278 あれれのれ

s-ferlingghetti.jpg

ブログをみてみたら背景などが変わっていた。
自分がやったのではないので、不思議。
誰かが入り込んでいじったのかも知れない。
そんなことができるのか。
できたとしたら腹が立つ。
それで元に戻そうといろいろ試したが戻らなかった。
それで直しかけだがそのまま行くことにした。
直らないのが不満。
直せない自分も不満。
もしいじった人がいたならそれが一番不満。
元に戻して欲しい。

天気が不安定。
稲刈りをしようかどうか迷うのだ。
今日は整体に行ってきたのでできなかった。
写真はファーリンゲッティさん。
「直したのに また使ってる 腰と肩」0914

1277 PISA

s-ピサ

少し思うところあって国際到達度評価、いわゆるPISAと言うのを調べてみた。
といっても簡単に順位だけ。
順位は差別を生み排他的になるので嫌いなのだが、出た結果のみを見る。
フィンランドの結果は前からいいと言われていたので、日本と比べてみた。
数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーの3種のテストがある。
数学的は、
2003 フィンランド2,日本6
2006 フィンランド2,日本10
2009 フィンランド6,日本9
2012 フィンランド12,日本7

読解力は
2000 フィンランド1,日本8
2003 フィンランド1,日本14
2006 フィンランド2,日本15
2009 フィンランド3,日本8
2012 フィンランド6,日本5

科学的は
2006 フィンランド1,日本6
2009 フィンランド2,日本5
2012 フィンランド5,日本4

であった。
2012年には日本とフィンランドの順位は逆転している。
これはなぜか。
文科省の見解によると、脱ゆとりと少人数教育をしたからだという。
うーん、そうだとも言えるが果たしてそうなのか。
今日はここまで。
画像は2006年までしかないがやったのは2012年まである。

1276 水島朝穂氏

s-水島氏

今年の県の平和のつどいは講師が水島朝穂氏。
「日本国憲法の生命力~施行70周年の日に問う」
と題した話が聞ける。
現在ドイツに在外研究のため滞在中で、ボンに滞在しながらあちこちを回っておられる。
ライプチッヒ、ベルリン、スターリングラードなど。
戦争の遺跡や裁判所などの訪問記をHPで週一で書いてくださる。
HP公開と同時くらいにメールでこんな事書いたよと言う知らせが来る。
メールが来るようになったのは、数年前に自分が送ったある写真を氏のHPで使ってくださったからである。
それで、何らかの関わりのある人や親しい人にはメールで配信してくださるのである。
こちらからはその後は余りメールを出さないが氏の方からは週一で必ず連絡が来る。
憲法学者としては有数の人。
国会の野党の質問者も氏の論説を読んでいる人もいる。
集団的自衛権については「ライブ講義集団的自衛権」という本を出されているので国会議員は多分よく読んだはずである。
ドイツに行って滞在ビザのことで苦労したとか、バスのことで苦労したとか、トイレ事情なども書いてくださる。
パソコンの具合が悪くなり一時HPのアップがとぎれたが、復活したようである。
もうそろそろ帰国だが、多分帰国第一声の講演は我が県だろうと思う。
国会も始まっており、どんな展開になっているか分からないが時宜に応じた話が聞けるのだろうと思う。

「ドイツから 憲法論議 途絶えない」
「自衛隊 撃ちませんよ 持ってるだけ」
「自衛隊 撃ちますよ武器 これからは」
「北の国 やたらやります あせってる」
「核実験 するより飢えた 民救え」0912

1275 兵戈無用

s-hana1.jpg

兵戈無用(ひょうがむよう)とは武器や武力は必要ないということ。
永代経の説教者の輪袈裟に書かれていた。
無量寿経に出てくる言葉だそうだ。
仏法が広まり争いのない平和な国に成ることを言っている。
戦中は仏教界も戦争に荷担していたという反省からこの言葉に注目がいく。
今では宗教界はなべて戦争反対である。
命に向き合うのが宗教。
決して粗末に扱わない。
行き着くところは平和。
戦争がないことである。
戦後の反省を確実に実践している。
反省ができていないのが政治界。
とりわけLDP。
LDPでも良識派もいたが、また一人亡くなった。
残っているのは戦前回帰派ばかり。
「戦前へ 戻ろうというやつ 皆おばけ」
「早15年 ニューヨークシティ 時止まる」
「15年 テロは依然と 拡散す」
「テロ抑止 妖怪の国 勃興す」
「ぶっぽうそう 兵戈無用を 鳴きけらす」0911

1274 街の灯

s-bookstore.jpg

永代経にいく。
説教者の方から平等とは何か問われた。
横並びが平等だと思うのは間違いだと。
うーんそういえばそう。
みんな違ってみんないいの世界かも知れない。
消費税は平等じゃない。
累進課税はどうか。
平等と公平は同じか、違うか。

シティ・ライツ・ブックストアはファーリンゲッティが創業したのだが、最初に出版したのがアレン・ギンズバーグの「HOWL」だった。
日本語訳では「吠える」と発音を似せている。
自分はSFに行って初めてファーリンゲッテイの名前を知ったのだが、ギンスバーグと同じビート詩人だとばかり思っていた。
でも違うらしい。
1919年生まれだから生きていれば97才。
と言うことは会ったときは56才だったということだ。
ブックストアの名前はチャップリンの「街の灯」つまりシティ・ライツと同じである。
ハードカバーでなくペーパーバックの本を売り出した最初の地らしい。
「HOWLなら ギンズバーグに 吠えてみよ」
「HOWL HOWL HOWL ギンズバーグ 吟ず」
「やっと来た コロンバス通り 街の灯に」0910

1273 どこまでも

s-気球希求

「気球に乗ってどこまで行こう」
と言う歌があった。
「どこまで」か「どこまでも」か。
今の気分は「どこまでも」だ。
なぜかやっぱり日頃の喧噪を離れて一人静かに何処か遠くに行ってみたくなるときがある。
昔、独身の頃、そんな気分もあって、結局、西海岸までいった。
SFつまりサンフランシスコ。
40年ほど前か。
変わってるだろうな。
と思う。
もう一度行ってみたい気もする。
グーグル・アースでみると見えるのだがやはり変わっているところは変わっている。
シティ・ライツ・ブックストアと言うところは行ってみたいところだがやはり変わっている。
店がかなり大きくなっている。
そのときは間口が1、2間の小さな店だった。
一階と地下と2階があった。
地下にはオーナーで詩人のファーリンゲッティの部屋があって、そこで少し話をして、買った本にサインを入れてもらったのだった。
SFのとなりのバークレーの大学の正門前は変わっていない。
・・・
これで気分的に気球に乗って西海岸に行った。
「どこまでも 気球に乗って 行ける夢」0909

1272 川柳

s-宇宙から見た地球

川柳クラブに行って来た。
平和の俳句で、
「戦争を 宇宙の果てから 見てごらん」
と言うのを投稿したら入選したが、これは川柳でもいいかと思う。
この間は、
「白泉が 廊下の奥に 立っていた」
を投稿した。
これは、入選もしなかったが、渡辺白泉の
「戦争が 廊下の奥に 立っていた」
をもじったものである。
いわばパロディ版。
川柳クラブでは、写真とか絵を使って川柳を作ることを始めた。
写真や絵に関連のある川柳を添えるのである。
逆に川柳を作ってから適当な写真や絵をつけることもある。
自分としてはこちらの方がやりやすい。
10月の市の文化祭に出展する。
自分は、上の一つともう一つ出す予定。
俳句も川柳も作れないときは一つも作れないが、作れるときは3つも4つも湧いてくることがある。

1271 111

s-シフ

ベートーベンのピアノソナタ全集を友人に借りた。
エミール・ギレリス盤。
彼が一番におすすめのものだ。
で、あっと思ったのが、作品番号111がない。
第32番のピアノソナタ。
ベートーベンが作ったピアノソナタの最後のやつである。
調べてみたらギレリスはこの111を録音する前に死亡したのだった。
惜しかった。
それで111がどうしても聴きたいのでネットで捜してアンドラーシュ・シフというピアニストのが良さそうだったので注文した。
ピアニストと言えば、バックハウス、ゼルキン、ホロビッツ、ケンプ、グールド、グルダ、などなどいっぱいいるがシフというのはしらなんだ。
シフのベートーベンは全て揃っている。
この盤はECM盤で録音技師はマンフレート・アイヒャー。
有名である。
キース・ジャレットなどのジャズの録音盤はいくつも持っている。
でシフのこの111を聴いてみた。
他のピアニストが弾いたのを聴いたことがないので聴き比べはできないが、録音もいいしこんなものかなと思うが悪くはないような気がする。
2楽章からなるが1楽章8分。
2楽章は18分ほど。
1楽章はわりと早くなじめた。
メロディが早くなじめたからである。
2楽章はまだなじめない。
メロディがつかまえにくいからだ。
聴くしかない。
「耳の奥 ピアノソナタの 鳴りにける」
「ベートーベン 世紀を超えて ここにいる」
「ふつふつと 夜のしじまの ソナタかな」0907

1270 牛耳る

s-日米合同委員会1

今のABの路線に少なからず影響を及ぼしている。
あるいは牛耳っていると言ってもいいかも知れない。
のが、日本会議。
と日米合同委員会。
と、まだあるとすればアーミテージ・ナイ・レポート。
か。
閣僚の20人中15人が日本会議のメンバー。
極ライチストである。
そして官僚組織と米軍との月2の会議。
言われるがままみたいな日本である。
これじゃ属国と言われてもしかたがない
極右路線をアメリカの言いなりに走っているというわけだ。
メディアは食事会や広告の引き上げで骨抜き。
もはやナチ化したと言ってもいいくらいだ。
壁は高すぎるくらい高い。
それに比例してやりがいも高くなる。
どうにか突き崩さなければならない、だろう。
「この壁は 超えていくより 穴あけろ」
「この壁は 超えることより 壊すこと」
「右好きな 国民がいて 極右かな」
「内からも くに外からも 牛耳られ」0906

1269 防災訓練

s-バケツ2

日曜日のことだけれども毎年1回の防災訓練をした。
学校ではよく避難訓練をしたものだった。
年に3回程度。
必ず地震に対する避難訓練もあった。
今では避難訓練と言わずに「命を守る訓練」と言ってるそうな。
しかしホントに身を入れてやらないと意味がない。
東北の震災の時のことを思えばなるほどだ。
地域の防災訓練も同じ。
どうもやはりおざなり。
差し迫った危機感が薄い。
テキトー。
などの表現に近いこともある。
やはりきめ細かな対応を家族で話し合う。
そして地域でも話し合って決めておくことが大事だ。
新聞にタイムラインで訓練をすると言うことが出ていたが参考になる。
写真のように今回はバケツリレーというのをやってみた。
1列で同じ向きでやるのがいいのか、2列で合い向かいでやるのがいいのか。
今回は1列でやったが2列でもやってみるとよかった。
バケツは水を入れたのを送るのと、水を使って返すのと2ルートあるが、送る方ばかり力が入って返す方を忘れることがある。
今回返す方は送る方よりも少ない人数でやったが、非常にえらそうで後から疲れたと言っていた。
これも合理的なやり方をカ考えてやってみるとよかった。
それから、いわゆる船頭多くして・・・じゃないがリーダーがこうすると言ってるのに勝手にこうだと言って違うやり方をするものもいる。
実際の時には混乱の元である。
少ない人口の地域であるから決めるにはそんなに時間がかかるわけではないし難しいことではないと思われる。
やはりリーダーのやる気次第のところもある。
うちじゃこんどはヘルメットを買っておくことにした。
それと地域としては田んぼの補助金で発電機も買うことにした。
これは表向きは水路補修の時などに野外で電源を使うことがあるので購入することにしたのだ。
田んぼに使うのだが、いざというときは他の用途でも使おうというわけである。
「防災は 本物来なけりゃ 分からない」
「地震来た あれれあのこと どうするの」
「あの人は 誰が護るの 一人住まい」0905

1268 街宣・スタンディング

s-1スタ

今日の街宣のスピーチ文。(一部)
さて皆さん、また一つ安倍内閣が提案しようとしているアブナイ法律があります。過去にも「共謀罪」という名で国会提出されましたが、国民や野党の反対にあって廃案となりました。実に三回も提出されましたが三回とも廃案となったのです。安倍内閣はこんどは「共謀罪」という名前は使わずに「テロ等準備罪」という名前に変えての提出です。安倍内閣の常套手段です。「武器輸出三原則」も名前を変えての「防衛装備移転三原則」でした。名前を変えれば国民のイメージが変わるだろうと言う馬鹿にした法律です。この「テロ等準備罪」は共謀罪と同じように実際にことをなしていなくて相談しただけで罪に問うというものです。お得意の「解釈」を変えれば政府に都合の悪いことを相談しただけで罰せることができるという独善的なものです。以前に成立した特定秘密保護法案という国民に大事な情報を秘密にしてしまうと言う法律。それに武器輸出三原則をなし崩しにした防衛装備移転三原則、そしてこの共謀罪とい同じの「テロ等準備罪」を考えるとき、そして憲法の中に「緊急事態条項」を入れようと言う動きがあると言うことを考えると、安倍内閣が如何に戦争ができる国に突き進んでいるかが分かるのではないでしょうか。私たちは憲法九条の改悪には反対です。日本が再び戦争に荷担しまた巻き添えになることは絶対にあってはなりません。この巻き添えについてもいよいよ現実味を帯びてきました。集団的自衛権容認の元、そして昨年9月の平和安全法と呼ばれる「戦争法」の元、自衛隊が海外に出かけて武器を使って戦闘を行う可能性が出てきました。いわゆる駆けつけ警護と言われるPKO出動です。この秋にも自衛隊は今紛争が続いているアフリカの南スーダンに出かけると言われています。その訓練も始まっています。
沖縄の高江では(長くなるのでカット)。安倍内閣の好戦性は必ずやめさせなければなりません。皆さんのご理解、ご協力、ご支援をよろしくおねがします。
s-スタ2

1267 GUJO-DANCE

s-gujouodoli.jpg
郡上踊り最終夜に行ってきた。
3時間弱ぶっ続けに踊ったので疲れた。
のでこれで終わり。

1266 数字

s-naiburyuuho.jpg


新聞でちらっと見た企業の内部留保。
377兆円だって。
そして海外の日本国債所有は110兆円。
成人年齢を18才にする案。
関税撤廃項目304品目に。
このうち内部留保は前年度より6.6%増。
10年前の2倍近い。
海外の日本国債は全体の10%。
日本の国内の銀行は減らそうとしている。
成人年齢18は18になった途端に高額なものを買わされるケースがあるから消費者教育が必要だとか。
今までは親がそれは契約しないと言えばそれでOKだったがこれからは本人に責任がくる。
関税撤廃はTPPと関係はないが、自由貿易が進むことになるがそれでいいか、ということ。
内部留保や国債の金額を見る限り、下々のおれ等には遠い話だが、そうでもない。
富裕層はますます肥え太り、日本はもはや外国の手に渡りつつあると言うことである。
グローバル化と言うことはそういうことである。
庶民を”愚弄”バル化しているのだ。
「兆のカネ それだけあっても まだほしい」 のは誰だ 0902

1265 違法警察

s-いやしくも

高江には地元沖縄でなく九州や本土から何百人もの警察官が押し寄せて取り締まりなるものをしている。
中には無理矢理ごぼう抜きのようにして人を排除したり、分からないようにしてものをかすめ取ったりしている。
映像がある。
政府の犬と化している。
のだ。
彼らもまた人間であるが、中には良心を傷つけながらもそんなことをしている人もいるかも知れない。
沖縄人を使わないのはやはりその良心が傷つきにくいからだろう。
若い警察官諸君、どちらを向くのか。
圧政府か弱国民か。
警察法に則れば、民を護らない違法行為だぞ。

写真はFBで見つけた警察法第2条2項の一部。
第二条  警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。
2  警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法 の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。
ついでに第3条
第三条  この法律により警察の職務を行うすべての職員は、日本国憲法 及び法律を擁護し、不偏不党且つ公平中正にその職務を遂行する旨の服務の宣誓を行うものとする。

大分県警の違法隠しカメラ。
戦前の警察じゃん。
治安維持法の特高みたいだ。
大分県警の反省もない。
国民を下に見る違法警察。
警察を取り締まらなければならないなんてまさにあべこべ内閣。
「どろぼうを とらえて見れば 身内かな」て、あったような?
「圧政の 手足となりて 取り締まる」
「犬となり お上の言うこと 盲従す」
「戦前の 治安警察 復活す」0901
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