1417 欲望

また一人先輩教師が亡くなった。
物静かではあるが、弱きものに味方する強い人でもあった。
退職後は趣味の旅行をたくさんされたと聞いたが、それほどとは思わなかったので驚いた。
ヨーロッパ各国を始め、中国、朝鮮、それにアジア各国、そしてカナダやアメリカ、オーストラリアなど全世界的であった。
アフリカや南アメリカも行かれたのだろうか。
日本も全国どの県にも行かれたらしい。
中国での揚子江の船旅行の話は直接聞いたことがあったが、他の話しも聞いてみたいものだった。
人それぞれ趣味も違うし好みも違うが、金のかかる趣味となるとやはり旅行が一番だろう。
金はかかったが好きなことを満喫された人生であったに違いない。
自分の趣味の一つは音楽を聴くことであるが、CDを買っていると少しは金がかかるが旅行ほどではない。
しかしまだまだ聴きたい音楽は山ほどある。
楽聖のピアノ・ソナタを聴き始めたら、他の作曲家のも聴きたくなったし、ショスタコの8番を聞いたら他のも聴きたくなったし、まだまだ聴いていないのが山ほどある。
ネットを見ていると、こんなのはどうだとばかりにアマゾンなどが情報を勝手に寄せてくるし、それにつられてつい買ってしまうこともある。
ユーチューブも一つ見ていると同じ演奏家の他のがいくつもあったりして手が出てしまうし、人間の欲望にはきりがないみたいである。
趣味の話はきりがないがここまで。
「きりがない ほど霧のある シスコの夜」
「もう一つ 聴きたいために 金が飛ぶ」
「欲望は 尽きぬが人の 定めかな?」
「欲望を 独り占めする 大統領」
「欲望とは 金のことだと 大統領」寒いねえ
「温泉をぬるみ 出るに出られぬ 寒さ哉」漱石
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1416 選挙民

知事選が終わった。
今回も盛り上がりに欠けた。
民進があちら側だし負けは分かっていてもやはり無投票では民主主義がな泣く。
というか当地方では保守ぎちぎちで結果を見ると6から7倍の差で負けている。
民進があちらに行ったとは言えもう少し伸びて欲しかった。
民進はあっちに行ったりこっちに行ったりわからん政党だ。
市民連合では野党側に付くとはいえ地方選では自民党と半分一緒みたいなもんである。
どこやらの市長選では、裁判被告が圧倒的に勝っているし、やはり民進の国会議員が駆け付けたとあるし、なんだかなーと思うのである。
市長選はともかく、知事選ともなればもっと候補者は出張るべきである。
と言ってもしょうがないか。
選挙民が選挙民だから。
この選挙民の頭の中をどうにかしていかなければならないのがこれからのこと。
この間市民連合の会議を開いたが、壁は高そうである。
しかしそうばかりも行っておられない。
尻に火がついた状態を持ち続けなければならない。
「寒いなあ この結果には いかんとも」
「候補より 選挙民が 気にかかる」
「選挙民 長いものには 巻かれろか」
「選挙民 変えれば政治 変わるだろう」
「話せども 話せどもわが 選挙民」0130 
「払へども 払へどもわが 袖の雪」漱石

1415 一揆

読みかけていた垣根涼介「室町無頼」を読了。
530pあった、分厚い。
室町時代を背景にした本は余り知らないが、そのころの百姓一揆、土一揆を扱ったもので六尺の棒を振り回す無敵の少年(青年)が主人公。
戦国の下克上の時、室町幕府の脆弱な様子や百姓や市中の浪人(牢人)などのたぎるような不満と副主人公らの世直しへの願望などが入り交じって、怒濤の土一揆の波乱の物語といったところか。
やや冗長なところもあるが最後の方の一揆の様子、まさに戦乱を描いているが一揆のすざましさを描いている。
時間があれば一気読みができる一揆の本(しゃれ分かるかな)だった。
1月にこれで4冊の小説本を読んだ。
近年にしては珍しくたくさんだ。

今日は九条の会のニュース印刷。
7000枚の裏表を刷った。
2時間半かかった。
400枚ほど封筒詰めもした。
「いつの世も 虐げられし 人強し」
「土一揆で ときの権力 ブチ揺れる」
「下克上 力を倒す 力あり」
「力ため 一気に一揆を 起こす勇」0129
「新道は 一直線の 寒さかな」漱石

1414 文学論

漱石の「文学論」というのを学生のとき、50年も前かに読んだ。
本論は何を言っているのか殆ど分からなかったが、序論か何かでかすかにうろ覚えみたいのがある。
それは、学生に向かって「大きく学べ」とか言っているのだ。
正確なことばでは今書き表せないが、当時大学生だった自分(たち)に対しての、学び方、何を学ぶか、みたいなことを教えている気がした。
「大きく学べ」て何か。
英語なら英語のことばっかり、数学なら数学のことばっかり、化学なら化学のことばっかり、ではなくて、文系のものでも理系のことを学べ、社会のことも学べ、政治のことも学べ、古典を読め、現実のことも知れみたいなことであると思ったのだった。
いわゆる専門バカではなくて専門もバカになるくらい学べばよいがそればかりでなくてその他の分野のことも知れと。
若いからそうしろと言っているのだった。
で、自分としては社会科学や哲学やそういうものを若干なりともかじったのだった。
丁度時代はベトナム戦争の頃、否が応でも現実に向き合わされベトナムを看過しているわけには行かなかったし、日本の政治状況に対しても黙ってみているわけには行かなかった時代である。
しかし、世の中にはすごい人もいるものだ。
大体もっと昔は学問に切れ目が無かったしダビンチみたいに万能の人もいた。
現代においてもそういう人はざらにいる。
加藤周一とかは別格かも知れないが、医師と弁護士の資格を同時に持っていたりする人もいるし、私の周りにもそこまでは行かないかも知れないが理系知識も文系知識も広く深く持っている人もいる。
と話が、若干ずれていくが、要するに若くなくても私たちは「大きく学ぶ」ことがとても大事なことであると思うわけである。
「漱石の ことばの端に うながされ」
「泳がねば 大海原の 知の世界」
「寒いとは でんでんむしむし かたつむり」?
「みぞゆうの お寒い仲間 またもかよ」0128
「毛蒲団に 君は目出度 寐顔かな」漱石

1413 風邪

退職してから風邪をひいたことはなかった。
大勢の中に入っていかなかったことがその原因とみられる。
しかし、この2,3日少し体がだるく風邪をひいたような感じがする。
それで、はやめの✖︎✖︎✖︎✖︎を食後に飲んだ。
今日は昼と夜に飲んだ。
その結果、ほとんど通常の体に戻ったような気がする。
非常に寒い感じが背中に起こった。
どうもそういうのがいけなかったみたい。
現役の頃は、よくかぜをひいた。
でも退職後は引かなかった。
人混みをはなれたことが大きいかもしれないが、ほかにも、ストレスがなくなったとか、ひごろの生活習慣が変わったとかそういうこともあるかもしれない。
やはり環境が変わると身体も変わるということか。
夏から秋にかけては自家製の黒にんにくを毎日食べていたからそれもあるかもしれない
かぜは万病の元、引かぬにこしたことはない。
今日は、早く寝ることにした。

1412 請願

この前、市議会に原発反対の請願を出したら否決されてしまった。
請願の代表者に届いた通知はその請願は否決されましたという単純なものだった。
なぜ否決になったのかその理由を箇条書きでもいいから連絡し直せと議長にまた手紙を送ったが、返事はなし
代表が電話をして確認をしたが、出してもらえなかった。
不採択になった理由はある議員の議員報告の新聞によると、
・速やかな撤退が理解しがたい、
・原発を止めるのでなく廃棄物処理が先
・意見書には議会として責任がある
などとしているが、だからこの請願は政府に出せない。
ということは、原発推進してもいいというととらえてもOKだと言うことである。
市民の声に背を向けた結論である。
といってもいいだろう。
請願不採択の理由の方が理解しがたい内容である。
請願が通ったならば通知は簡単でもいいが、やはり否決となるとその理由はきちんと文章化して請願者に返すべきだと思う。
それが当たり前ではなかろうか。
親切ではない、当たり前のことなのだ。
どうもその当たり前が通らない世界が議員の中にはある。
議員はどちらを見て政治をしているのか。
有権者じゃないのか。
選挙の時だけ有権者様であるが終わったらふんぞり返ってもらっては困る。
それは地方議員だって国会議員だって同じだ。
常に国民目線、市民目線で見てもらわなくては。
2世3世だの4世議員なんてやめてもらいたい。
ABなどからは、口先だけの「国民の為」は飽くほど聴いているが、実際にはまるで正反対のことをしている。
その正反対のことをしているのが国民のためになっていると思っている。
見えない目、聞こえない耳を持っている。
そして逆のことを平気で言う口を持っているのがAB一族なのである。
「選挙だけ 言ってみるのよ 国民のため」
「不誠実 当たり前だよ おれ議員」だもん
「通させない 何処かここかに ミソつける」
「議員職 選挙の時だけ 低姿勢」いつも言われるなー
「忘れるな 君の後ろに 背後霊」ってコワ
「忘れるな 君の後ろに 有権者」0126
「短かくて 毛布つぎ足す 蒲団かな」漱石

1411 予測は予測

いろんな予測が飛び交うようになった。
米は日本から撤退する。
さもなくばカネをもっと出せと言われる。
日本はますます軍事大国化する。
そして憲法「改正」、九条「改正」。
さらには核武装まで。
とそのくらいの予測は素人でもできるが、そうなったら庶民の生活・暮らしはどうなるのか。
苦しくなるに決まっているし、格差がますます開くことにもなる。
庶民・市民はそのように押し切られてしまうのか。
力およばずという形で。
ちゅうことは無知化される、反対派は徹底的に排除・弾圧される。
戦前の二の舞が来るということか。
とこれだって、素人でも予測できることだ。
この予測を現実のものとしないこと。
やはりプロパガンダしかないか。
それと大示威行動、つまり大デモンストレーション。
「暴動」にいたる前の大デモだ。
首都機能マヒぐらいのつもりで。
まずは共謀罪阻止のデモ。
これを阻止できれば予測は変わる。
「踏みだそう 今をやらんで いつやるの」
「自らを 奮い立たせて 横綱に」
「猿どもも 体寄せ合い 暖をとる」
「現実が 変えてくれよと 待っている」
「現実を 変える市民が 動き出す」0124
「弁慶に 五条の月の 寒さ哉」漱石

1410 とんでも官邸団

今夜10時から明日の朝8時まで10時間限定、その後削除でとんでも官邸団11をアップします。
あまりに○○なので残せません。

1409 お寒い方々

国会質問。
憲法改訂は国会のいわば専権事項。
もとは国民の要望があってからだ。
国会において首相にどう思うなどという質問をするバカ。
それに対して未来に向けてうんうんかんぬんの答弁をするバカ。
言う方も言う方だが答える方も答える方のお粗末ぶり。
自覚がないな。
というより無知をさらけ出した。
中学生に笑われてもしようがない。
お寒い方々である。
冬の最中の国会とはいえ、気温の寒さに劣らず負けずお寒い方々であった。
「質問に 寒さがついて 回るとは」
「議員でしょ そんなことさえ 知らないの」
「諾々と 答えるやつの 無知さらし」
「改正は 私の専権 というつもり?」
「言えば言う ほどあらが出る 恥さらし」0123
「西行の 白状したる 寒さ哉」漱石

1408 スタンディング

s-suta2.jpg

成人の日以来のスタンディング。
今日は二人だけ、後からひとり。
トランプのアメリカ・ファースト。
ABのアメリカ・ファースト。
南スーダンの危険。
トランプのISに対する軍事戦闘行動にAB自衛隊も駆り出されるかも。
4カ国歴訪は中国包囲網。
しかしフィリピン・ドゥテルテはミサイル拒否。
そのミサイルの筒先は中国に決まっている。
第3次世界大戦はいやだといったドゥテルテの勝ちだ。
金だけばらまいてポチ化しようという魂胆見え見えで失敗。
おれ等の税金じゃないか。
勝手に使うな。
施政方針演説で改憲を唱えるのは99条違反だ。
天皇退位も言うのは99条違反だ。
憲法知らずが首相では駄目だ。
うんぬんかんぬん・・・。
寒いし日曜日で店は閉まり観光客も少なくてアピールもイマイチだがやらずばなるまい。
だが、ちょっとスタンディングについてはアピール方法を考えなくてはならない気がしてきた。
毎回のアピール文を印刷して配るとか。
「戦争に 向かって風が 吹いている」
「かき消さる 平和の二文字 聞こえない」
「声高に 改憲の声 すぐそこに」
「黒い影 静かな町に 忍びよる」
「突然に 茶色の朝が やってくる」0122
「ばりばりと 氷踏みけり 谷の道」漱石

1407 ファジル・サイ2

前にも書いたがファジル・サイはほんとにすごい。
ファジルのソロ・アルバムを聴いている。
「サイ・プレイズ・サイ」というの。
演奏家としてすごいばかりでなく作曲家としてもかなりである。
でこのアルバムは彼のソロで彼の作曲したものが多いのだが、モーツアルトやパガニーニなどの曲の変奏もやっている。
それがずいぶんジャズ的で彼も言うとおりジャズ的と言うよりジャズそのものかもしれない。
ブルースっぽいとかそう言うものでなくインプロビゼーション、すなわち即興がジャズなのだ。
テーマを生かしながら、はずれていくところが面白い。
そして無茶苦茶速弾き、超速である。
トルコ出身だけあってトルコの民族音楽風も取り入れているし、現代音楽風でもありほんとに新しい感覚を味わった。
でまた一枚彼のCDを注文してしまった。
彼はもう30年近く活動とあるが、その間全く知らなかったことが悔やまれる。
というかその間はジャズばっかに行っていたから仕方がなかったのだが。
来日公演もあったがそれも知らなかったのだ。
「冬の日の 背中に走る ファジル・サイ」
「指間より 落つ悲しさよ 即興よ」
「弦の音の 地底にうなる 哀愁よ」0121
「雪の日や 火燵をすべる 土佐日記」漱石

1406 読力

これからの力は読力・どくりょく。
世界を読みとる、読み解く力だ。
何が真実か、真実は何かを読みとる・読み解く力だ。
後からホントはこうだったのかでは遅いのだ。
ポスト・ツルース、ポスト真実、後から真実ではいかんということだ。
池内了さんが書いていた。
イギリスのEU離脱、米のトランプもそうだが、足元のこの国もそうだと。
それには、ことばのまやかしがあるという。
平和安全法=戦争法、武器輸出=武器移転、戦争=衝突、、、、
あのジョージ・オーウェルの「1984年」に出てくるのと同じ。
戦争は平和である (WAR IS PEACE)
自由は屈従である (FREEDOM IS SLAVERY)
無知は力である (IGNORANCE IS STRENGTH)
ニュー・スピークやダブル・シンクなどことばのまやかしだらけのことばなのである。
拙流にAB語法と名づけた。
読力を磨くこと、難しくなるかもしれない。
「冬日差す 縁側ぬくし 孫走る」
「雪とけよ 孫のせんべい とけるよに」
「上に降り 横にも降って 雪変化」
「空気感 雪の匂いか 冷たさか」
「この雪の 彼方にはある 金色陽」0120
「家も捨て 世も捨てけるに 吹雪哉」漱石

1405 直木賞

今夜第156回直木賞が決まった。
友だちが勧めてくれた恩田陸「蜜蜂と遠雷」だった。
さすが見る目がある。
もう一つ前の受賞作、荻原浩「海の見える理髪店」もこの間、その中の3編ほどを読んだが、今回の恩田陸は長編ものである。
長編であるが読み始めると一気に読み進められる面白さがあった。
短編もいいがやはり長編ものとなると、途中で飽きが来るから、それを感じさせないようにしなければならない。
そこが書き手の書き方次第なのだが、「蜜蜂と遠雷」はそこがさえていたと自分的には思うし、誰もがそう思ったということだろう。
ついでに今回の候補作をいくつか見てみると、垣根涼介「室町無頼」と言うのがあった。
この作品は読んでいないが、以前の作品「君たちに明日はない」と言うのが面白かった。
これはある会社がリストラが必要になるとそこへ行ってリストラしたい人の面接をしてリストラを請け負うと言う人物を描いたものだが、一種リストラ側の人間に対しては憎い感情がありブラックな感じがするが、そこをおもしろく書いたものであった。
リストラされそうな人とリストラする人のたがいの感情や成り行きがおもしろい。
これは、いくつかシリーズものとして出ておりいくつかは読んだ。
今回の垣根の「室町無頼」は歴史物でありどんな風か興味が出てきた。
図書館にあったら借りてみよう。
この間「蜜蜂と遠雷」を読んだら、また小説を読みたくなってきた。
でも「世界」もあるし、積んである本はまだ社会科学系的なものもあるし、いくら時間があっても足りないくらいだ。
「直木賞 蜜蜂と遠雷 恩田陸」て?
「リストラを するやつだって リストラる」
「リストラを されるよりまず 正社員」
「東芝は 会社自体が リストラる」 ??かな
「読めばまた 次の一冊 気にかかる」読書好きなんだなこれが
「気がつけば 朝になってる 時もある」そんなにないけど
「夕日逐ふ 乗合馬車の 寒かな」漱石

1404 とんでも官邸団

とんでも官邸団の特定秘密バラしちゃう・10
ガス:歴訪4カ国おちゅかれでしたー。
AB:まあ、お年玉をまってる国が多くてね、ばらまいてきてやったよ。
ガス:フィリッピンが一番多くて1兆円、奮発しましたなー。
AB:ドゥテルテは戦争好きみたいだから奮発したのさ。いざっちゅう時は真っ先にやってもらわないと思って。
ガス:それにしてもミサイルまでやるといったのに断られたのはどうしてっすか?
AB:ああ、やつは撃ち方を知らないんだろう。それよかカネの方が好きみたいさ。好きに使えるから。やつは徹底して麻薬撲滅に取り組んでいて、自ら密売人などを処刑したりしているだろ。そっちにミサイルはいらないと判断したんだろう。
ガス:人殺しの大統領っすか。怖っ。
AB:おいらもおいらに刃向かうやつは徹底して処刑してやりたいよ。
ガス:うわ、そんなところに共感すか!(怖っ)
AB:まあ、後の国にも少しばかりばらまいたけど、中国包囲網の一環だよ。
ガス:しかし、ドゥテルテは中国にもいい顔してまっせ。中国からも援助を取り付けたみたいですがな。
AB:なに、じゃ、やつは二股かけてんのか。チクショウ悔しい、やられた。
ガス:他の国もみんなそうでっせ。中国とは敵対しようとはしてないようですがな。
AB:何々、それじゃみんな二股かけてるちゅうことか、チキショウめ。よしこうなったらおいらもイワタちゃんとの二股愛をつらぬいてやる。ううっ、イワタちゃん、会いたいよー()
・・・・と、またイワタが出てくる。今回はイワタは連れて行かなかったのかな。
「二股を 知らずにカネを 貢ぐばか」
「武器までも ばらまき歓心 求むバカ」
「外遊は 友だち作り ポチの癖」
「足元を 見られてそれを 知らぬバカ」
「仲良くも せずにケンカを 売りに行く」バカ
「村長の 羽織短かき 寒哉」漱石

1403 ポチ仲間

AnoBaka=ABは外国に行くたびカネをばらまいてくるな。
1兆円とは、誰が考えても!!!!!!
どこにそんな金があるのだろう。
要はカネをやって自分に従わせるのが目的。
いわば俺のポチになれといっている。
ポチがポチを作っているのだ。
中国を意識した行動だ。
周りをポチだらけにして中国を牽制するつもりだ。
って誰が考えても分かるようなことを恥ずかしげもなくぬけぬけとやっている。
ミサイルをやるよといったら断られたとか。
巡洋艦を6隻くれるとか。
戦争屋のやることだ。
カネやって戦艦ミサイルやって中国おどしか。
でそのカネはポケットマネーならいざ知らず、俺等の税金ときた。
ホントにこれで国内が67%とは到底信じられない。
バカがバカを作ったのだ。
今に破綻国家になる。
ぞ。
「ねえ君よ カネをやるから 味方して」うっふん
「ミサイルも 戦艦もやるよ 仲間だよ」うっふん
「ボクもポチ 君もポチだよ 楽しいね」うっふん
「だってボク アジアで一番に なりたいんだ」もん
「これからは 中国いじめで がんばろう」ね!(うーん寒っ))
「外遊は 泳いで帰れ ばらまき魔」
「うつむいて 膝にだきつく 寒哉」漱石

1402 ショスタコービッチ

数日前のことだが、朝の5時頃、寝床でイヤフォンをつけて寝ていた。
アイポッドの音楽が流れているのだが、うとうとしていたら急にがつんとやられた。
えらく暴力的な音楽が流れ出したのである。
低音部が同じリズムでずんずんとなる。
そしてえらくスピード感のあるメロディで金管がなる。
途中のトランペットのあおるようなファンファーレ。
それに合わせてティンパニや打楽器群がだんだんとならしまくる。
ひゅんひゅんと弦か管か分からないが時折なる。
3楽章最後の最後はほんとに怒り狂ったよう、これ以上ない音量で突き進む。
そしてドラがじゃーんと3回ほどなる。
ドラが鳴ったところから4楽章に入るが、まさに絶妙のつなぎ目である。
誰の曲かと思って画面を見る。
それはショスタコービッチの交響曲8番の3楽章だった。
余り面白かったのでもう一度聴く。
違う指揮者のも入っていたのでそちらも聴く。
こちらの方が時間が短く速い。
速いから余計に暴力的に聞こえる。
最初のはバルシャイ指揮WDRシンフォニー・オーケストラ。
次のはハイティンク指揮コンセルトヘボウ管弦楽団だった。
初演の時はスターリンに嫌われ演奏禁止だったとか。
ドイツとロシア軍の戦争状態を表しているとも。
ショスタコとしては戦争に対して余りいい思いは持っていなかった。
それで曲全体としては暗い感じ。
ネットを見たらいろいろな指揮者のがあり、コンドラシンの67年録音が面白そうだったので、捜して中古だが注文してしまった。
何年ぶりかで面白い曲をゲットした。
ショスタコは5番を少し聴いただけだが、8番はなかなかじゃないか。
そういえばショスタコと言えば「森の歌」のレコードを持っているのだった。

「早暁の 暴力とかけて ショスタコービッチ」
「脳髄に 鉄槌打ち込む 3楽章」
「まどろみを 一気に覚醒 そのリズム」
「暴力と 狂気と悲鳴 戦争だ」0116
「暗がりに 雑巾を踏む 寒哉」漱石

1401 蜜蜂と遠雷

恩田陸「蜜蜂と遠雷」を読了。
夕べ1時頃までかかった。
丸一日かかった。
507p。
長編であった。
音楽好きの自分にはおもしろかった。
あるピアノコンテストを1次予選から3次を経て本選までのことおを書いたもの。
丁度ベートーベンのピアノ・ソナタを聴いている最中なので半ば同時進行みたいな感じで読めたのだった。
クラシックやピアノに興味のない人には余り面白くないかもしれない。
単にコンテストのことを書いても続かないが出てくる人物がやはり一癖もあったり、謎めいていたり、驚きの再会だったり、師弟の関係だったり、恋愛だったりして人物に工夫がされている。
彼らが演奏する曲目もいちいち具体的に書かれていて作者自身もかなりのクラシック通だと見る。
その演奏の仕方や曲の感じなどを文学的表現でまぶしている。
そこが難しいところだが、一つの曲に対して結構延々とその表現が続く。
どんな曲が選ばれて演奏されたか一覧表もあるのでそれらを全部聴いてみたくなった。
1割か2割ぐらいは知っている曲だが後は知らない曲ばかりで興味がそそられる。
多分殆どユーチューブで見られる(聴かれる)と思うのでぼちぼち聴いていこうと思う。久しぶりの小説で音楽とも関わりがあり堪能した。
「雪かきの 雪の重さよ 腰の痛さよ」字余り
「雪掻いて 振り向けばまた 積もる雪」
「見れば楽 掻けば苦となる 雪景色」
「ありがたや 雪降って田も 山も喜色」0115
「内陣に 仏の光る 寒哉」漱石

1400 除雪

14日に1400回目のブログ。
偶然は面白い。
パソコンは今朝復活、やれやれである。
どうしてこうなんだろう。
雪が20センチほど積もっていたので除雪機で除雪。
初めての稼働だったが、吹き飛ばす口の首振りがうまく稼働しない。
回しかけるとエンジンが止まってしまうのだ。
仕方がないので少し斜めを向いた方向でやる。
真横に飛ばないのでやはりある場所へ来ると困る。
直す方法は分からない。

今日は残りの時間は読書。
明日には読了するだろうが結構夢中になって読んでいる。
それはまた明日に。
低温の寒波が来ると言うので普段は閉めない雨戸を閉めて少しでも低温が入らないようにした。
水道も氷るかもしれないので流しっぱなし。
「機械ども 寒さと年に やられてる」
「除雪機の おかげだ冬の 重労働」0114
「ひいき目に 見てさへ寒き そぶりかな」一茶

1399 パソコン

パソコンがクラッシュしてうまく使えない。
この文はいつもは一太郎で書いたのをコピーして貼り付けているのだが、一太郎が使えない。
それでWEB版に直接書き込みしている。
このパソコンのクラッシュはたびたび起こり回復するのに時間がかかる。
素人なので直し方が分からないのだが、あるとき突然復活するのだ。
ウィンドウズ7を使っている。
もう4,5年たつから替え時なのだろうか。
今日はネタのことについて書こうと思ったがパソコンのことになってしまう。
パソコン歴は結構長いほうだと思うが学校にもパソコンはまだなく、やっとシャープの書院が導入されたころから使っている。
シャープの書院は今のデスクトップパソコンにでかいテレビみたいなディスプレイ、それにジージーと音のするドットプリンタでそれだけおくのにデスクをいっぱいとった。
この書院も使える人はごくわずかで宝の持ち腐れだった。
一式100万はしただろう。
でも自分で漢字入りの文章が書けて印刷できるのは画期的だった。
で、パソコンといえば、NEC や 富士通それにシャープのMZシリーズ。
自分は家内が始めに使い出したMZシリーズのひとつでMZ1000とかいうやつだった。
これでベーシック言語を使って半分遊びみたいなことをやっていた。
算数の足し算や引き算問題、それに九九の問題を作ってやらしたこともあった。
基本はMS-DOS.
そして少し進歩するとワープロソフトの一太郎や松が出て松を使った。
表計算はマルチプラン。
このマルチプランはほんとに便利だった。
しかしあまり成績処理などに使う人はまだなかった。
通信簿にマルチプランや松を使って印刷したら驚かれたものだった。
それからどんどん進化していまやそれを使わない人は居ない。
しかし、反面、パソコンばかりに向かって子どもとかかわったりする時間を削る姿が多くなったのではないか。
功罪の罪の方である。
そして今はネットの時代。
なんでもネットである。
これもひょっとしたら罪のほうかもしれない。
使い方による。

「なぐり雪 カラスおびえて 山に入る」
「ふぶくとも すずめひょいひょい 飛び回る」
「こたつから 赤子指差す 吹雪空」0113
「南天よ 炬燵やぐらよ 淋しさよ」一茶

1398 ピアニスト

一面真っ白の朝。
しかし昼には溶けてしまった。
寒気がやってくるらしくこれからが本格的冬となるだろう。
スキー場もやっと一息つくか。
ベートーベンのピアノ・ソナタを聴くにあたって派生していったこと。
はじめエミール・ギレリスというピアニストを聞き始めた。
ソナタの32番がないのでアンドラーシュ・シフの盤を買ってほかのも聴き始めた。
バイオリンのコパチンスカヤを教えてもらったらファジール・サイというピアニストを知った。
そしたらまた関連でユジャ・ワンというピアニストを知った。
そして彼・彼女らのビデオを見るうち、辻井伸行クンの超絶をみた。
辻井君は前から知っていたが、いろいろビデオで見るのは初めて。
彼の得意とするリストの「ラ・カンパネルラ」はやはりすごかった。
そばに指揮者の佐渡裕が坐って見ているのがなかなかの演奏であった。
ほかにもこの曲を演奏しているピアニストはいっぱいあるが辻井君なかなかであった。
辻井君の演奏風景はこの前テレビを見ていたらBSでタップダンサーとのコラボをやっているのを見たが、そのときリクエストされたのが確か「展覧会の絵」か何かであった。
あとで彼は自分はカンパネルラをやりたかったのだがと言っていた。
自分でもカンパネルラは好きみたいである。
この曲は高校のときに音楽の時間に聴かせてもらったのが初めてであるが、動画で見るとそのテクニックなどのすごさが分かる。
ピアノ版はパガニーニの変曲であるが、パガニーニもバイオリンの超絶協奏曲を残しているからピアニストにとっては超絶の見せ場みたいなものである。
しかし、このごろはユーチューブを見ればどんな曲でも出てくるので便利というか驚きだ。
一つ見ると次のを見たくなってしまう。
「白銀に 隠れたうそも 陽で溶ける」
「銀の雲 その向こうには 青い空」
「振り払っても 振り払っても そでの雪」0112
「雪の朝 二の字二の字の 下駄のあと」田捨女(でん・すてじょ)元禄のころの人

1397 初雪?

今シーズンの初めての雪降り。
ふわふわと、時には横殴り的にびゅーびゅーと降ってきた。
一茶の句には雪の句がいっぱいあるが、ある句は長らく下のように覚えていた。
「むまそうな 雪がふうはり ふうはりと」一茶
しかし念のためネットで見てみると、
「むまそうな 雪がふうはり ふはり哉」一茶
と下5句が若干違うのが多く出てきた。
一茶は生涯2万句という膨大な句を作ってきたので、中にはすごく似ている句もある。
なのでこれらもその内かも知れないが、だとすると初めの句の方が自分的には好きである。
後の句だと如何にも俳句然として面白くない。
一茶らしさはやはり初めだと思うのである。
それにしても現実に戻って今年はまだまだ雪が少ない。
東北や北日本は結構降っているので降るには降るのだが、ここらには降ってこない。
そういえば今年は、じゃなくて昨年は台風はここらには来なかったが、東北にはいくつもやってきたのだった。
台風と雪とは関係ないが偶然にもそうなったと言うことだ。
雪もそこそこその地方に合ったように降らないと困ることだ。
特に農業に対しては大切なことだ。
スキー場など観光産業にとっては、雪もカネのなる木である。
時々雪の少ないシーズンがあるが苦労しているみたいだ。
今後温暖化によってスキー場もなくなっていくかもしれない。
「いやな雪 降って喜ぶ 人もあり」
「降る雪も 揺られるやつも 飛ぶやつも」
「乳飲み子の 紅い頬っぺに 白い雪」
「初見参 雪見る孫の 輝く目」
「初雪よ 覆ってしまえよ 俗世界」0111
「これがまあ つひの栖(すみか)か 雪五尺」一茶

1396 噛んで含めるように

役場に提出の書類がやっと完成。
しかし、役場にて記入の仕方を直されて再度書き直して出した。
うっとうしいことが一つ済んでやれやれ。
あとまた二つの文章を書かなければならない。
だいたいネタは考えてあるので取りかかればすぐできると思うが取りかかるのにかかるのだ。
さっさとできない性分である。
早飯は得意だが何でも取りかかるまでに時間がかかるのである。
早飯と言えばこの頃早飯をしないように努力している。
何でも体重計のタニタの社員食堂から教わったこと。
一口食べたら箸を置き、よくかんで食べ、のど元過ぎてごくんとやったら次の箸でまた食べるというのである。
食べて箸を置き、ごくんとしたら箸をとるの繰り返し。
家内とたらちねと3人でまるで遅食い競争みたいである。
これまでの倍は時間がかかるようになった。
よく噛むことで消化を助け、噛むことで脳に刺激を与え、他にも何やらいいことがあるそうな。
噛みながら物思いにふけりアイデアが浮かぶとか。
これの応用。
新聞の斜め読みからじっくり読み。
頭に入れながら読む。
想像しながら読む。
いいかもしれない。
「よく噛んで 一石二鳥も 三鳥も」
「遅食いで 静かな食卓 今朝の春」って?
「箸を置き 噛みながらする 思考中」
「ゆっくりと これがホントの 味なのか」
「新聞も 噛んで含めて 糧になる」0110
「わが春や たどん一つに 小菜一把」 一茶

1395 対話力

昨日、成人式の会場で署名活動を行った。
若者が中心であるが、迎えに来た保護者にも声をかけた。
「核廃絶の署名です。署名をしてください。」では誰も署名してくれなかった。
「核問題についてご存じですか。今、世界は核兵器をなくす方向に行っているのですが、実は、日本でもその方向を率先してやるべきなのに、国連の禁止条約には反対しているのですよ。」(禁止条約の交渉に入るのに反対)
とふっても駄目だった。
「日本が戦争になってもいいですか。」
「自分は戦争にいってもいいと思っていますか。」
「中国や韓国をどう思いますか。」
でも固すぎるか。
でもこのくらいの質問にはついてきて欲しいところだ。
政治に対して一定の関心を持っている子(人)には話はしやすいが、そうでない子(人)にはどう話しかけたらよいのか。
そしてどうしたら会話が続くのか。
そして賛同を得なくてもお互いの意見を出し合って問題に対して自分の考えを深められるか。
そして相手の考えから学ぶもの、相手に対してなるほどと思わせることをお互いに得られるか。
自分の知識を多く持つことも大事だが、話すときの話し方にも技術がいるだろう。
政治に関心ある人、無い人、無視する人、文句をいう人、反感を持っている人、男の人、女の人・・・考えるといろいろなパタンがある。
初発の問いかけ、話しかけをいかにするか。
きゅっと相手の心をつかむような話しかけ。
研究したい。
これからは不特定多数の人に対する街宣のような話し方でなく、個人対個人の対話が大事と聞く。
仲間内でちょっと模擬的にやってみるのもいいかもしれない。
「対話力 磨いて共感 呼び込もう」
「対話力 磨いて署名 倍増に」
「にっこりと 相手の気持ち 和らげて」
「署名より 語りかけるに 力入れ」
「なるほどと 共感の後 私はね」0109
「片乳を 握りながらや はつ笑ひ」一茶

1394 スタンディング

s-20170108成人式

新年一回目のスタンディング。
今日は地元の成人式なので会場外でスタンディング。
午前は八幡。午後は白鳥。
参加は延べ8人。
午前中は曇りだったが午後は雨が降り折角のお祝いの横断幕が雨で破れてしまった。
午後は核兵器廃絶の署名をしたが、なかなか大勢の人にはしてもらえなかった。
うさんくさそうに見られる。
でも真剣に話を聞いてくれる若者もいて心強かった。
午後はハンドマイクで静かにアピールもした。
しかし午後は帰り際と言うこともあり話をゆっくり聞いたり意見をいったりする時間がなく成人の皆さんも寒さの中早く家路につきたいばかりであった。
ので署名も難しかったのだろう。
A4の紙を4つに折ったぐらいの何かのチラシを渡すようにしたら、アピールの効果はあったかもしれない。
若者の政治に対する意識はまだまだだ。
と、上から目線かもしれないが関心を持ってもらう手立てを考えなくてはならない。
この成人若者の政治に対する意識の薄さ低さこそAB等のねらうところかもしれないが。
「若者の 政治離れに 杭を打て」
「現実を 見据える力 作るとき」
「力込め 戦争反対 署名する」
「平和とは 熱く語れよ 新成人」
「また一年 雨にも風にも 負けず立つ」0108
「春立や 愚の上に又 愚にかへる」一茶
「小袖着て 思ひ思ひの 春をせん」漱石

1393 小説を読む・書く

久しぶりに物語というか小説を読んだ。
「オール讀物」という雑誌の短編ばかり。
重松清、石田衣良、荻原浩、その他エッセイなど。
重松清「残照」は相変わらずの重松ワールド。
石田衣良はIWGP。
荻原浩は直木賞の短編集のうち3つ。
「海の見える理髪店」「いつか来た道」「成人式」
その他、一編読むと次の作の1行目に目を落とすとつい読んでしまいたくなる。
図書館で雑誌4冊借りてきたから短編がいくつも読めるのだ。
その他、単行本一冊も借りてきたからこの2週間は小説漬け。
「世界」2も今日届いたから読まなくちゃ。
しかし「世界」はまだ12月号と1月号が読みたいところが残っている。
一日一つの論文もなかなかその通りに行かない。
今回の特集は「子どもの貧困」だ。
この頃読むよりも書く方に、といってもこのブログと、公民館報に載せるコラム文、それに九条の会の通信文などしかないが、時間がかかっている。
久しぶりに読む方に行くとすいすいと読んでいける。
それにしても小説家は想像力がやはりすごいのだなと思ってしまう。
短編もすごいが長編となるとさらにすごい想像力が必要だ。
一種の天才のように思えてしまう。
このごろは10代で小説を書いて賞をもらう子もいるがやはり一種の天才だと思ってしまう。
「懐かしき 世界に戻る 小説群」
「書くという 想像力の 海原を」?
「するすると 文しみわたる 今朝の空」
「人の世に 思いを馳せよ 選良よ」0107
「あばら家や 其身其まゝ 明の春」一茶
「詩を書かん 君墨を磨れ 今朝の春」漱石

1392 夢

夢なぞはこの頃ついと見たことがないが、昔はたまに見ていた。
大体3つぐらいのパターンがあった。
1、便所に落ちそうになる夢
2、入学試験で数学の問題がてんで解けず焦る夢
3、なぜかライフルか猟銃を斜めに寝ころびながら撃つ夢
1と2に共通するのは「失敗、焦り、恐怖」か
3は攻撃的な夢である。
3は1,2の裏返しとも言えるか。
こういうのを繰り返し何回も見ていた。
若いときには夢精に関わる夢を見た。
女性とやる夢である。
時々日中にデジャブ感覚をもよおすこともあった。
あれ今のこの景色この様子は前に見たことあるぞというやつである。
あれは不思議だった。
夢に見たことなのか、それが現実にある。
正夢というと言うのがあるがそれみたいなものか。
と思う。
今の正夢でなって欲しいのはABの失脚。
それしかない。
とりあえず失脚だ。
「夢でなく ABの失脚 あればよい」
「夢の中 いつもABが やめている」
「記者会見 途中でABが 腹痛に」
「腹痛で ばかばかしくも ABやめる」
「まだいうか アホノミクスに 固執する」0106
「初夢や 金も拾はず 死にもせず」漱石
「初夢に 古郷を見て 涙哉」一茶

1391 置いてけぼり

一人減り二人減りじゃないけど順番に子どもや孫が帰っていき静かになった。
孫一人だけでも大にぎわいだったが、まるで火の消えた様にしんとする。
来てよし帰ってよしだがいざ帰るとその偉大な力に驚く。
核家族とならざるを得ない田舎。
じじばばは老いるにしたがって置いてゆかれる。
「誰もが置いてけぼりにされない」暮らしか生活か老後かニポンかしらないけど、田舎は置いて行かれるな。
置いてけぼりの田舎だ。
イケマキのスローガンだったこのフレーズはとてもいいと思うのだが、現実は厳しい。
今さら田舎の人口を増やそうったってとてつもなく大変革の政治をしない限り無理だ。
田舎に住んで子どもをつくって生活するものには月々30万円ただで上げる。
足らない分は適当に働いてまかなえ。
とならないか。
30万でだめなら40万。
とか。
空き家になってるところはただで貸す。
田んぼや畑もただで貸す。
田んぼを共同で耕して自給自足。
あまった米は高く売る。
山間地に住んで山の手入れの仕事のする。
それで生計をまかなう。
てな、ことはできないもんか。
軍事費ばかり上げて社会保障費削る真逆な政治ではできないが、逆転すれば少しはできるだろう。
と、無理な初夢を語ってみた。
消費税上げるなら法人税ももっと高くにもどせ。
所得税も累進制を高めて金持ちからもっととれ。
ちゅうのが市民の考え方だ。
「子は宝 来ても去っても 子は宝」
「おかしいぞ 待機児童が いる社会」
「活躍を させるのなら 田舎でせい」
「核家族 いやなことばだ 核がある」
「誰一人 置いていかない 政治待つ」0105
「いぬとさるの世の中よかれ酉の年」 芭蕉14才作らしいがほんとかな
「正月を寝てしまひけり山の家」 一茶

1390 市民主義2

思ったのだが主権在民という意味は権威権力が国民にあるとするものだ。
憲法前文には国民ということばが11回使われている。
その内、ただ「国民」と表してあるのが6。
「日本国民」とあるのが3。
「諸国民」とあるのが2である。
戦後まだない頃、やはりまだ「くに」という概念が残っていた。
その中の「たみ」が「こくみん・国民」であったのだ。
主権在民に異論がないが、戦後時の政府がやってきたことはやはり「国」を意識あるいは前面にだして来たのではなかったか。
そしてそれの行き過ぎたのがABのやってきたこと。
国民よりも「国・国家」である。
しかし、表向きは国民の為という。
「国」を意識するから変なことになる。
そして相変わらず「経済」第一。
そのくせ、格差は解消せず。
実体は1%の経済のためにしかなっていない。
ここで「国民」を脱しよう。
市民になるのだ。
「主権在市民」
我らは地球の市民であり、世界市民であり、いいたくないけどニポン市民。
地球国民とはいわないし、世界国民ともいわない。
そして何処かの県市民であり、地元の市民であるのだ。
時には田舎市民だ。
と思った次第。以上
「これからは 市民になるよ 天の声」
「生まれつき 地球市民だ もともとは」
「愛国心 消えて亡くなれ 地球から」
「国・意識 捨てれば世界 平和なる」
「グローバル いうなら捨てよ 国意識」0104
「今しばし しばしと被る ふとん哉」一茶
「一人居や 思ふ事なき 三ケ日」漱石

1389 人口問題

いつもは3人だが今日は子どもや孫が来て総勢12人となった。
4倍の人口。
これが地元の人口だったらいいのだがみんな外である。
まさにこの家族の人口問題が都市田舎の人口問題と重なっている。
孫達がまだ小さいので走り回ってにぎわしく久しぶりの顔見せで何をやってもかわいらしい。
まだ数年はこんな感じで盆正月はにぎわらかしてくれるだろう。
そして、盆正月が過ぎると田舎はがらがらと音を立てて静まる。
何だか呼吸をするみたいに膨らんだりしぼんだりする人口。
その内しぼむ方はしぼみっぱなしで死に至るか。
一億総活躍ができるはずもない。
できるはずもないことをいわれて浮かれているのは愚の骨頂だ。
だがしかし、・・・・・
だ。
高齢者は高齢者で、田舎は田舎で輝けることをどうにか考えていかねばならないだろう。
奴らのいうこととは別にだ。
「悪循環 断ち切るすべは 田舎にない」
「死に至る 田舎の未来 どうするの」下5に入れることば、ない?
「田舎には 明るい未来は ないのです」下5に入れることば、ない?
「孫達に 明るい未来を 残さねば」うーん、できるのか 0103
「這へ笑へ 二つになるぞ 今朝からは」一茶

1388 市民主義

一昨年のことばに「民主主義って何だ」。
ってのがあった。
SEALDSシールズが言ったのだった。
これまで民主主義、民主主義と言ってきたが言い古されすぎてしまってその意味すら埋没していた。
そこでシールズが突然言ったので何か新鮮みを感じたのだった。
政治家じゃないぞ、俺達国民だぞ。
国民の為の政治をやれ、と言ったのだった。
その民を自民党も民進党も社民党も使っている。
少なくとも自民党の民は国民の民とはなっていない。
自由自分党でしかない。
略して自自党。
変換が違うと爺党である。
冗談はともかく、国民の民であるが、こんなことを思いついた。
国民であるが「市民」である
市民の民。
だから民主主義は市民主主義。
ってことで今年は市民主主義を貫こうと思った次第。
市民主義と言ってもいいか、言いにくいので。
「民主主義 お前らには言って 欲しくない」
「じじいども 勝手にやってろ 自分主義」
「民主主義って なんだこれだ 市民主義」
「その意味を その意味のまま 市民主義」
「民主主義 問い直されて 市民主義」0102
「北国や 家に雪なき お正月」一茶
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