1573 100回記念

s-関スタ

スタンディングが今日で100回目となると言うので連帯の挨拶を頼まれて行ってきた。
久しぶりの会館で久しぶりの友だちにも会えて懐かしかった。
40名くらいの出席でさすがに100回目。
今日はギタ伴の歌がついて特別。
我らが誇るシンガー・ソングライター、増田君。
今や全国版のシンガーである。
もう一人のシンガー・ソングライターもいたが名前は瞬忘。
瞬忘という名前ではない、忘れたと言うこと。
今日は一人一人が自分で作ったボードを持参したところがよかった。
もちろん既製のボードもあったが。
場所は、必ずしも適当とは言えないと思った。
人通りと言うより車の行き交いが多いところでスピーチも参加者に聞いてもらうことが多く市民には余り伝わらない所だった。
スタンディングについて思うこと。
1,ボードを持って立つ。
2,スピーチをする。
だけでは駄目な気がする。
今日はギタ伴の音楽があったが、もっとそういうものを工夫するべし。
例1:美術に長けた人が芸術的看板、ボードを制作。
例2:同じく書道に長けた人が芸術的文字にてボードの字を書く。
例3:スピーチに改良を加える。例えば万歳みたいに二人で掛け合いでやるとか。(美濃俄)
例4:3とも重なるが、今はやりの国会音読(質問者と回答者の文を読む)をする。或いは全員で群読をする。
例5:参加者の衣裳に工夫を加える。全員がそろいのTシャツとか、思い思いのカラフルな服装でするとか、ぱっと見て目を引くような衣裳。
例6:シールズみたいなリズムに合わせたコールをする。
等々。
しかし、スタンディングは見た目は町に出て訴えるという能動的な活動に見えるが、実際は見てもらうと言う受動的な活動でもある。
見られなかったら、或いは聴かれなかったら意味がないのである。
だから、究極はスタンディングをやめて各各おのおのが散らばって町に入り、戸別訪問で対話をすることである。
対話をする、このことの重要性を認識しスキルを身につけアップすることである。
対話をしながら世論を無関心から有関心に向け、願わくば民主的立憲的政治風土を作り上げていくことである。
とえらそうに書いたが、対話に入ることはかなり難しい。
とは思う。

「熱中症 になりそうだった 熱中スピーチ」
「暑い夏 さらに暑くは スピーチで」
「通過点 不断の努力 100回目」0708
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Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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