1127 坊ちゃん2

さて「マドンナ」である。
ご存じこの場合は英語教師のうらなりの許嫁のあだ名としてでてくる。
それではこのマドンナが意味するものは何か。
山縣有朋の囲われ女を意味してこれを揶揄していると言うことになる。
この時代は政治家に妾は付き物で、山縣も正妻が亡くなった後も妾を作っていた。
桂太郎も西園寺公望も持っていた。
西園寺に到っては本妻をめとらず4人もの女性を権妻(ごんさい)として侍らしていたという。
権妻とは今や死語かも知れないが明治の頃は正妻に対して副妻を意味する言葉としてあった。
罪悪視もされず1898年の民法改正までは妾は二等親として扱われていた、という。
「坊ちゃん」の中でいうと校長の狸が山縣有朋、教頭の赤シャツが西園寺公望、美術の教師野だいこが桂太郎という風に読める、という。
「坊ちゃん」は1906年3月に書き上げられた。
まさに日露戦争のときである。
戦争のため社会混乱も起きる。
増税、焼き討ち、戒厳令の施行など社会は騒然としていた。
明治憲法下であり、君主制だから元老の山縣はこれを最大限利用する。
勝手に首相なども議会の承認も得ずに議会の外の談合で決められたりした。
「山城屋、松、マドンナ」と結ぶ線がこの権勢を誇った山縣有朋を連想させ、彼らを揶揄って見せたのである。
ここまで読んで、うん、今のABのやりようと同じじゃないかと思ったわけである。
それを漱石はユーモアと諧謔の世界に入り込ませて鋭い政治風刺の物語にしてしまったのである。
「坊ちゃん」にそんな裏話が隠れているとは驚きだが、今までそんな読み方について誰も教えてくれなかった。
ただの痛快ユーモア小説だと思っていたのにそんな裏があるとは。
当時の人々にとってはそういう裏を知りながら読むことができたのだと思うが、今までそんな裏があるとは伝えられてこなかった。
ということは、当時の人々もその裏を計って読む人が余りいなかったと言えるかもしれない。
政府が言論弾圧にさえ手を出しかねない状況で漱石が果敢にもこんな小説を書いたということも驚きである。
「坊ちゃん」は風刺小説なのだ。
「レンギョウの 垣根しとどに 黄に染まる」 0413
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