1158 田植え2

「風流の初やおくの田植うた」(ふうりゅうの はじめやおくの たうえうた)芭蕉
「おくの」とは「奥の細道」の奧で東北のこと。
あちらでも田植えをするときに歌を歌ってあるいは歌いながらしたということだろう。
やはりそういうのが風流ととらえた芭蕉なのだ。
それが初めとは限らないだろうが当時としては大事な主食の米を扱う仕事。
初めと考えて大事さを強調したのだろう。
あるいは百姓という仕事を敬意を持って表したということか。
という私の想像。
今じゃ米離れも進んで20歳代の若者はひと月に一度も米を食べなかったというようなアンケート結果もあるくらいで百姓仕事に尊敬の念など微塵も持っていない。
米作りに風流も何も消え失せたということだ。
世の中農業も機械でぱっぱっぱ。
そこに風流の入り込む隙はない。
歴史の発展上こういうケースは多々あるのだろう。
風流、風情は風前のともしび。
今日は我が家も田植えを全てすませた。
そして田植機を念入りに水で洗って片付けたのだった。
「風流の 終わりの始め 田植機か」 0514
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
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生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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