1186 不寛容

京都から帰還してから2日が経ったがまだ疲れが残っている。
京都にいる間は新聞とテレビは見なかったので世間で起きていることが分からなかった。
熊本の余震、米の銃乱射事件などがあった。

銃乱射はまたかであるが、それにしても銃社会の恐ろしさ、危険さである。
不寛容が事件を起こす。
気に入らないことが我慢できない。
気に入らないから排除する。
排除=死である。
つまり殺してしまえである。
個人の気に入らないが数十人の死を招く。
数十人なら事件である。
個人の気に入らないが、数百、数千、数万、数十万の死を招くのが戦争である。
国民を守るの言葉をまぶして実は戦争殺人をしようとするのがABである。

ヘイトスピーチも不寛容のあらわれ。
ヘイトは行き着くところ戦争である。
不寛容がまかり通っているということである。
法律を作っても不寛容は取り除くことは出来ない。
それは心の問題だからである。
つまり良心の問題だからである。
良心は犯すことが出来ないからである。

「したたかに 言葉の銃で ABを撃つ」  0614
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
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JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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