1249 戦後歴史3

井伊弥四郎

1947年(昭和22年)
0118 全官公庁共闘2.1スト宣言
0131 マック2.1スト中止声明
0331 教育基本法・学校教育法公布
0405 第1回統一地方選挙
0420 第1回参議院選挙
0425 第23回総選挙
0503日本国憲法施行

ここまでが憲法施行までの細かな大まかな歴史である。
1946年11月3日に憲法が公布されてから6ヶ月の間に上のような歴史があった。
衆参の国会議員選挙もあった。
しかし憲法公布後の国民に対するこれでよいかどうかの国民投票はやはりなかった。
もしもあったとしても多分おおかたが「これで良し」の方が多かっただろうと思われる。
多分余り吟味もしないでの「これで良し」だっただろう。
政府には「国民投票」という考えすらなかったのだろう。
公布には天皇の名前でギョメイギョジが入っているからおおかたは反対すら出来なかった。
刷り込まれた「天皇崇拝」からは抜け出せなかった。
ということだ。
それは今に続く歴史の底流にも流れているものだろう。
おおかたが「これで良し」の判断が分かっていたとして、国民投票があったとしたら今の情勢にすこしはブレーキがかかったかも知れない。

2・1ストの井伊弥四郎の写真。
民主化を進めていたマックがここでは反対に民主化を止めようとした。
という二律背反的なことをしている。
前年の5・1メーデーには50万。
この年の2・1ストの前1・28には吉田内閣打倒で30万人が集まっている。
しかし2・1ストはマックの強権発動により阻止された。
戦後民主主義といわれるが、すでにこのころから民主主義を押さえ込もうとする力学も働いていた。
花を開く前につまれたということだ。
わずか2年かそこらである。
まさに「民主主義って何だ!」である。(この項終わり)
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