1259 萎縮しない

昨日は経済の話しを聞きにいったのだが、いつもは穏やかな話しぶりで話される講師の方が珍しく熱弁というか力を込めて話をされたことがあった。
今のアベノミクスのことや資本主義の行き詰まり、格差社会のことだった。
講師はもと中学教師。
昔の教え子の親に町なかで会ったりすると、昔は「お子さんはどこへ行って居られますか」「はい、いまは名古屋の方で・・・の仕事をしています」
と言うような会話ができたが、今は「お子さんはどうして居られますか」だの「どこに行って居られますか」だのの質問はできなくなった。
子どものことには触れないようにしてあいさつ程度で終わるようにしていると。
つまり、子どもは就職難だったり、契約社員だったり、格差社会の中でひょっとしていわゆる落ちこぼれ的な底辺生活を余儀なくされているかも知れないから聞きづらいというわけだ。
親の方も聞いて欲しくないことになっているかも知れない。
子どもについても同じだ。
「今どこに行ってるの」という質問は人によってはしてはならないと。
こんな風に返ってきたこともあると。
「今どこにいるの」「ここにいます」
と笑えないような話。

話は変わるがまた「共謀罪」が頭をもたげている。
いぬHKの番組で金田という法務大臣が「共謀罪」は必要だということを流していた。
彼も日本会議のメンバー。
政府批判の会議をする、安保法違憲の会議をするなど政府に都合の悪いことをすると引っぱられると言う昔の治安維持法みたいなものだ。
自ずと萎縮や自粛につながる。
すでにそれが始まっているとも言えるのに追い打ちをかけるようなものだ。
断固阻止しかない。
あーまたやることが増えるな。
「悪法が 忘れた頃に よみがえる」
「あちらさん 萎縮自粛が ねらいどこ」
「その格差 聞くに聞けない ではまたね」
「堂々と 今が語れる 世の中に」0826
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Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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