1292 農村を考える2

今日は籾すり。
昨日書いたようにこれも一人作業で済む。
乾燥機を排出モードにして籾すり機に排出口をつなげモーターの電気を入れ回して稼働する。
籾すり機の排出口にはこれも電動の米選機をおいて出てきた玄米を青米などと選別する。
そしてはかりもついていて自動的に30㎏を計って袋に入れる。
人がやることはその袋を降ろして口を縛るだけ。
そしてたまに籾すり機の様子を見たり、籾殻のたまったのを崩したりすることだけである。
もちろん調子が悪くなるときがあるから、その時は調整しなければならない。
昔は発動機を回して籾すり機(臼引き機)にベルトでつなぎ、玄米の排出口に米選機をおき仕事した。
袋に入れた籾を運んで機械に入れ、出てきた籾を一斗ますで計って袋に入れる。
吹き飛ばした籾殻を時々山になっているから壊して飛びやすいようにする。
など仕事は一人ではやはり足りなかった。
やはり人が多いほど仕事ははかどった。
途中には一休みして梅酢(梅のジュース)を飲んだものだった。
人が足らないときは手伝いに来てもらったり、手伝いに行ったり、お互いに助け合ったものだった。
田植えもそうだが、どんな作業も助け合いが必用だった。
その助け合いが農村の絆を深めていた。
人は助け合わなければ生きていけない、と言うことが自然と分かる仕組みだったのだ。
人が大勢いれば助け合わなくて良さそうだがそうではなかった。
大勢いたから助け合いができたのだ。
逆に人が少なければ助け合いが必用に思えるが、こと農業に限っては今はそうではない。
やはり機械化のせいだ。
機械化がこの助け合いの精神を奪ったのだ。
じゃないか。
「機械化が 邪魔をするのか 助け合い」
「助け合い 大勢いてこそ できたのだ」
「機械化が 奪ってしまう 人の仲(思いやり)」 0928
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