1297 作品番号111

ベートーベンのピアノソナタの最終曲32番作品番号111を聴いている。
もう何十回と聞いたので慣れたかというとまだ慣れない。
といっても第1楽章約8分は4、5回聞いて慣れたので、少し聴けばああ111だと分かる。
第2楽章18分は手強い。
初めの3分の1ぐらいはだいぶん慣れてああ111だと分かる。
何しろ寝ながら聴いているのでそのくらい聴くと寝てしまうから後が分からなくなるのだ。
で意識して集中して半分ぐらいから聴く。
それで3分の1から3分の2ぐらいまでは少し慣れた。
で最後の3分の1がまだまだなのだ。
この18分の曲を一音一音を集中して聴こうと思うのは相当きつい。
つい他ごとを考えてしまい音に集中しなくなる。
この第2楽章18分は底流には決まったリズムがありところどころにきらっと光るメロディが表れるのだが、どちらかというと意識の流れというか即興の演奏曲に近い感じがする。
何か物語を作りながら聴くと聴きやすい気がする。
初めの部分はこうだ。
ある老人がとぼとぼと歩いている。
初めはとぼとぼだがそのうちリズミカルに歩き出す。
そしてあるところで急に怒ったように走り出す。
これが初めの3分の1の物語。
ベートーベンは何を思いながらこの18分を書いたのだろうと想像してみる。
なにかそういう物語を思い浮かべながら書いたのではないと思うのだ。
現代的にいえばジャズの即興曲。
キース・ジャレットのソロを聴いているのに似ている。
「秋の夜の ソナタの音の 散りていく」
「走り行く ピアノの音に 目覚めるや」
「沈み行く ピアノの一音 脳の奧」
「薄れ行く 意識の底の ピアノかな」1003
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
リンク