1301 カルチャー

今日は頼まれて小学校の子どもたちの作ったモチ米を玄米にしてやった。
少し残っていた稲わらをコンバインで籾にして、それを乾燥機に入れて2時間後に籾すり機で玄米にしたというわけだ。
その作業は約5分で終わった。
それを知り合いが精米所に持っていって白米にして、いずれの時に餅つきをして食べるということらしい。
学校のこととて全てボランティア。
つまりもちろん無償である。
子どもたちは刈った稲をはさにかけていて、ある程度乾いたところでその8割ほどを割り箸でいちいちすごいて籾にしたらしい。
気の遠くなるような作業を体験したものだ。
機械化は確かに手作業に比べればその何十倍も早く作業が出きる。
それは人の手に寄れば何十倍も人の手がいるということだ。
50人で仕事をしたとして、やはりそこにはおしゃべりがあり、お茶があり、お酒があり、すると歌もあり踊りもあり・・・ということになる。
絆が生まれ、文化も生まれる。
カルチャーはカルチベイト、すなわち農耕ということが分かる。
機械化でそれは全て失われた、あるいは失われる。
得たものは便利と時間。
時間があればそこに何かがまた生まれるはずであるが何なのだろう。
「農耕に 流れる時間 地味で濃い」昔をイメージ
「失った 絆と文化 戻らない」
「カルチャーの 失われた里 人いない」
「デジタルと 機械に頼る 反文化」1007
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Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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