1317 弁円済度

s-弁円済度

報恩講で御伝鈔を聞く。
その中の弁円済度という話を解説された。
板敷山の山伏弁円(べんねん)がやってきた親鸞がやけに人気があるのをねたみおどしてやろうと思って画策をするがうまくいかない。
本人自らが親鸞の草庵を尋ねると、隠れるどころか静かに応対した。
それに対して弁円はおどしたことを後悔し親鸞の教えに帰依してしまう。
その時持っていたおどすための弓をおり、刀杖を捨て、つけていた山伏の頭巾をとり、黄色の柿衣を脱いだという。
人を救うために武器を持っていたのだが武器で人は救えないことを悟ったのか。
救ってくださいといわれて関東にやってきた弁円であったが弓矢や刀で人をおどしてそれでおどされた人を救ったとしてもおどしてやった人たちは救えないという矛盾に悩んでいたが親鸞によってその武器を捨てたのである。
うーん、それって九条の精神と一緒じゃんと思ったのである。
武器を捨て、相手が武器で襲ってきても戦わない、殺されてもいいという精神。
それが山伏弁円がしたことである。
ABにも聞かせたい話であった。

「弁円の 九条魂 よみがえれ」 下五は「永遠に」でも
「弓かたな それでいのちは 救えない」
「武器捨てて いのち投げ出す 心意気」
「政治家は 言葉の武器を 持つことだ」 武器は武器でも
「ノーベルの 願いはマイトの 平和利用」 字余り
「武器持てば 試したくなる その怖さ」 1023
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