1325 キューバの原爆忌

s-ゲバラ

1959年7月15日、キューバ革命からわずか半年後にゲバラはヒロシマを訪問して献花した。
写真の立っている方がゲバラだと思われる。
当時ゲバラは日本ではそんなに有名ではなく、新聞で扱われたのも朝日だけ。
それも小さい記事。
政府は池田勇人通算相が応対だけだった、という。
なお、カストロは2003年にヒロシマを訪れた。
キューバでは首都ハバナで毎年八月の原爆忌に犠牲者を追悼する集会が開かれている。
20年以上続いているという。
地球の裏側の小さな国でそんなことが行われているなんて驚きである。
「平和の小道」という名前の通りでは子どもたちの平和の絵のコンテストをしたり、子どもの書いた文章が飾られているらしい。
その文章がなかなかのものだ。
「平和を願うこと、平和に生きることは子どもたちの権利です。世界ではたくさんの戦争が行われていて、その場所に生まれなかったことはよかったけれど、そこにいる人々を想像するべきだと思います」(ホアン・13才)
「今でも核兵器を作っている国はなくさなければ行けません。私たちの未来は私たちで作るもの。悲劇は繰り返されてはいけません。」(マルガ・13才)
というようなどこかの国の首相に聞かせたいような言葉が並んでいる。
「原爆は落とされなくてもよかった。犠牲になったのは子ども、女性、お年寄りなど罪のない人ばかり。核兵器は命も自然も愛も全て奪ってしまうもの。なくさなければならない。」(ジョランダ・14才)
と、大人が言うようなことも言っている。
キューバでは、このように子どもたちは学校でヒロシマ・ナガサキについて学んでいるという。
以上「世界」11の記事から知ったこと

「ゲバラから 平和の願い 連綿と」
「原爆忌 地球の裏で 続けらる」
「平和とは 子どもの声に 寄り添って」
「戦争を 想像すること なくす道」 字余り
「なくしたい 戦争したい その心」ABへ 1030
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
リンク