1380 ぼっち

クリスマスとかクリスマス・イブなんかは別においら達に関係ないことだから、それがいつ来ようがいつ去ろうがどうでもいいことだ。
でも、子どもが小さいとそうはいかないか。
お寺の奥さんがクリスマスだと言って騒いでいる姿も見ないでもない、近場ではないけれど。
この頃はハロウィーンでもそうだし、キリスト教の行事が商業主義とからんで生活に入り込んでいる。
宗教に疎いというか寛容というか無知というか宗教心がないというか楽しそうであれば何でもいい、という感じ。
これって、戦後の日本にやってきたというか(クリスマスは細々とはあったのだろうが)、占領軍が入ってきてからのことじゃないか。
例の3sにからんで宗教までもが政治に目を向けさせない愚民政策ではなかったか。
と思うのである。
宗教の頭文字のsをとって4sか。
クリスマスはやはりその中でもダントツに大きい。
12月にはいるとまずどの店でもジングルベル。
ラジオじゃクリスマス音楽特集。
ホワイト・クリスマスに赤鼻に、サイレント・ナイト・・・・
クリボッチということばがあったが何のことかと思ったら、クリスマスにひとりぼっちでいることの略だそうな。
くだらん。
どうしてクリスマスに二人でいなけりゃいけないのだ。
これも商業主義と無知蒙昧のやからのなせる技。
そんなものにいちいち乗せられるのがおかしい。
酒は静かに飲むべかりけりだ。
クリボッチがあるなら正ぼっちに盆ぼっちに誕ぼっちに祭ぼっちにいつでもぼっちにいくらでも作れる。
おいらはABを「いつでもぼっち」にしたいくらい。
しかし今度世界のトップが集まったときは、ABぼっちが実現するかもしれない。
早々とトラちゃんのポチぶりを見せつけたり、核兵器禁止条約に反対したり、南スーダン武器禁輸反対したり、東洋の変人として失笑を買ったりするからだ。
「愚民策 すぐにのっちゃう バカニポン」
「宗教は 関係ないの 流行よ」
「楽しけりゃ 本質よりも 虚の世界」
「見回せば 世界の中の ABぼっち」
「しんしんと 静かに静かに 雪が降る」1225
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