1425 天気

昨日書いた西脇順三郎の詩の続き。
第1詩集は正しくは「Ambarvalia」(読み方:アムバルワリア)である。
昭和8年に出ている。
そして戦後になってその改作版「アムバルワリア」が出ている。
この改作版は残念ながら余り評判は良くない。
自分もこの版は良くないと思っている。
それはともかく初版ででた「Ambarvalia」の一番最初に出てくる詩は、一番良く知られていると書いたが、それは以前の高校の教科書に出ていたからであろう。
自分は覚えがないがどうもたくさんの会社の教科書に載せられていたと言うことだ。
でその詩はやはり短い3行詩。
題は「天気」

(覆された宝石)のやうな朝
何人か戸口にて誰かとさゝやく
それは神の生誕の日

この詩については何百もの学者先生が書いているので自分ごときが出る幕ではないと思うが、ちょっとだけ感想を書こう。
最初の(覆された宝石)というフレーズにがつんと来るものがある。
これはこの詩を読んだ読者の誰もが持つ感情であろう。
なぜカッコがついているか。
ジョン・キーツというイギリスの詩人の詩(「エンディミオン」)の中からとったからであるという。
an upturn'd gem と言うのである。
これを翻訳したのがカッコをつけたわけである。
しかしカッコをつけなかったらこの詩の味わいも少し弱くなる。
キラキラと光り輝くような朝のイメージが来るのだが、それにしてもこの比喩は強烈な印象を与える。
なお、キーツでは宝石は単数形だから1個の宝石。
しかし西脇では日本語だから単数複数の別は分からない。
自分としては複数のイメージ。
宝石箱に入っていたいくつかの宝石がひっくり返されてじゃらじゃらと出てきたという感じがいい。
その方がきらきら感がより出ると思うのだ。
「エンディミオン」といえば、これは高校の時の英語の教科書で習ったような気もする。
気もするだけで確かとは言えないが、英語の先生が「エンディミオン、エンディミオン」と言っていたような気がする、だけだ。
そして2行目
誰かが戸口で誰かとささやく。
という意味は初めは、何人(なにびと)かが戸口の所で「誰?」とささやいている。
と思ったのだが。
誰かと誰かの二人がひそひそ話をしている。
ともとれるがどうもこちらの方が正しいようである。
3行目の、神が出てくるのは日本の詩にしてはやはり唐突。
そして神の生誕ということ。
神も生まれるのかということ。
1行目の(覆された宝石)のような朝も強烈な印象を受けるが、神の生誕も強烈である。
考えてみれば単なる朝の風景を書いたものだが、たった3行の詩ながら無限に広がるイメージを持たせてくれる詩である。
西脇はこの「Ambarvalia」以前には英語、フランス語、ラテン語などで詩を書いていて、日本語で書くのはこの詩集が初めてだった。
その巻頭を飾るこの詩によって絶大な人気を博したのである。
「覆された 宝石だけで 一大事」0208
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
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