1428 馥郁タル火夫2

昨日載せた写真に写っている詩(文)は以下の通りである。

 「ダビデの職分と彼の宝石とはアドーニスと莢豆との間を通り無限の消滅に急ぐ。故に一般に東方より来りし博士達に倚りかゝりて如何に滑かなる没食子が戯れるかを見よ!
 集合的な意味に於て非常に殆ど紫なるさうして非常に正当なる延期!ヴェラスケスと猟鳥とその他すべてのもの。
 魚狗の囀る有効なる時期に遙に向方にアクロポリスを眺めつつ幼少の足を延してその爪を新鮮にせしは一個の胡桃の中でなく一個の漂布者の頭の上である。
 間断なく祝福せよ楓の樹にのぼらんとする水牛を!
口蓋をたたいて我を呼ぶ者あれば我はひそかに去らんとする。けれども又しても口中へ金貨を投ずるものあり。我はどならんとすれども我の声はあまりにアンヂエリコの訪れにすぎない。跪きたれども永遠はあまりにかまびすし。
 色彩りたる破風よりクルブシを出すものあれば呼びて彼の名称を問ふ。彼はやはりシシリイの料理人であった。
 堤防を下らんとする時我が頸を吹くものがある。それは我が従僕なりき。汝すみやかに家に帰りて汝の妻を愛せよ!」    ・・・・(続く)

ネットで見てコピペをしようと思ったが、この詩はなかった。
フクシマ大学の先生がこの「馥郁タル火夫」について論文を書いていらっしゃる。
その中に全文が出ているがpdfのためコピペがきかない。
ので、こうなったらと思って書き写すことにしたのである。
これで約半分である。
残りは、また書き写す。
書き写していると心の中に色々なことが浮かんでくる。
見たこともない言葉や漢字もある。
そしてやはりこの詩から受ける印象、イメージ、おもしろみなどである。
「没食子」とは見たこともない言葉。
「もっしょくし」と読む。
ならの葉っぱなどにハチが卵を産み付けてそれが丸い形をして乾燥するとその中にタンニンが出来てそれをインクの材料にする、とある。
猟鳥とは狩りで狩られる鳥のこと。
魚狗とはカワセミ。
跪くは「ひざまづく」。
ダビデ、アドーニス、ヴェラスケス、アクロポリス、アンヂエリコ、シシリイなどのカタカナ語はギリシアやローマ(イタリア)を思わせる。
そして東方よりきたる博士達といえば、キリストの生誕、あるいはキリスト教を思わせる。
全体的になんのことやら、これが詩かいなと思うが、詩なのである。
超現実詩、シュールレアリスムの詩。
つまりシュールな詩。
お互いに遠い関係にある言葉がくっついて独特な感じを出す。
その言葉には元の意味というか、昔ある場面で使われていたものなどが潜んでいたりして、それが分かるとあれからとったのかと思いそれがちょっと自尊心?をくすぐり面白いのである。
いわゆる本歌取りというやつ。
どれもこれもほんとに面白いフレーズのつながりである。
「汝の妻を愛せよ」などはほっこりさせられる。

575が思い浮かばない 0211
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