1637 腰砕け外交

夜、ふと見たら「某国営」で「沖縄と核」と言う番組をやっていたので途中から見る。
1960年代、まだ返還がされていなかった頃、核兵器が持ち込まれていた。
という番組だった。
何と1300発、まさに核の島沖縄であった。
今なお続くアメリカの最前線線基地である。
「国営」にしてはスクープだと思った。
一端沖縄に持ち込んだその核兵器を返還のときに持ち帰ったのだが、いわゆる非核3原則にある、「持ち込まない」を破って「持ち込む」ことを認めた核密約のことも最後に少しやった。
核を持ち込んだときに核と分からないように持ち込んだが沖縄の人達は核であると分かっていた。
持ち込むとき、その持ち込む兵器を一応文書で示してから持ち込んでいたが、オキナワンは、核だから駄目だと言って反対運動をする。
日本政府にもなんとかせいと言うが外務省は何とかするどころか外務大臣は持ち込むときは、何を持ち込むか明言しないでくれと要求した。
米はそれに難色を示したが、日本側がそんな腰砕けなことを言うなんて言語道断である。
当時の琉球政府の要人だった人も怒りにふるえるといっていた。
ジミントウ政府はもうそんなときから腰砕け外交をしていたのだ。
後でばれるが佐藤首相も核密約したのだ。
アメリカ追随で腰砕け、国民には嘘を付く。
そのなれの果てが今の亜米ジミンである。

「亜米ジミン 何を言っても ウソである」
「表面は 丁寧真摯の 紳士づら」
「紳士づら 裏に回って ベロを出す」
「密約も ばれて栄光 地に落ちる」
「国民を 守らず米に 追随す」0910
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
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