131010 涙に涙する

経済同友会の重鎮だった品川正治さんがこの夏に亡くなられた。
「世界」誌上に「戦後歴程」という題で自分史を連載中で楽しみに読んでいた。
完結はしなかったが発表分は一冊にまとめられた。
九条の会に積極的に参加され自らも講演を400回もされたと言うことだ。
11月号で小森陽一さんが追悼文を書いている。
その中で、品川さんが語られたことが紹介されているのだが、読んでいて思わず涙が出た。
中国の戦線に送られまさしく銃弾の中をかいくぐられているのだが、幸いにも生き延びられ復員する時のことが書かれている。
以下引用。「私」というのは小森さんのこと。
「そして1946年4月に上海から復員船に乗って、日本に帰ってきたとき、しばらく船内にとどめおかれた際に、4月17日に公表された日本国憲法草案の全文が新聞に掲載され、指揮官の命令で、はじめから終わりまで大声で音読させられた体験を語られたのだ。第九条を読み終わったときに復員兵全員が泣いたという、あまりに劇的な日本国憲法第九条との出会い方に、私は相槌を打つことさえ忘れていた。」

また品川さんの子どもが生まれたとき、産まれたばかりの赤ん坊の耳もとで憲法九条を唱えつづけたという。
「憲法九条が子守歌がわりだったよ、と言う言葉に胸うたれる響きがあった。」

また品川正治さんの講演の始まりはこうであったと。
「戦争を起こすのも人間。それに対して、それを許さない、と戦争を止める努力をすることができるのも人間。おまえはどちら側に立つのか。それが自分の戦後の座標軸です。」
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