131023 家畜的盲従

友人に教えてもらった伊丹万作の詩に感銘を受けた。
戦争ではだますやつがいればだまされるやつもいると。
だますやつはもちろん悪いがだまされるやつだって悪いんではないかと。
批判力、思考力、自己の信念もなくただ単に言われるままの自分が悪いのだと。
それを家畜的な盲従だといっている。
家畜的盲従!
もう一つ、教えてもらった辺見庸さんの講演の言葉にも刃物を背中に押しつけられた感がした。
辺見さんが言うには「現在は戦時」であると。
そして日本は今ファシズムの中にあると。
さらに日本は「あらかじめファシズムの国」なのではないか。
と。
辺見庸さんの本は割と読んできた方であると思っているが、さすがの分析である。
ファシズムの中にあってプロパガンダに流され家畜的盲従に陥ることは世界を俯瞰的に眺めればよく分かる。
しかし、自らがその渦中にある場合は多分盲従になるだろうという予測はできる。
何で東京が暴言じじいを選び、大阪がハシズムを選ぶのか。
そして大衆が熊を選ぶのか。(注:熊=ベア)
万作さんの言う批判力、思考力、確固たる信念というものが欠如しているのではないかと忸怩たる思いがする。
ここを突破しなければならないんだろうな。
すべての悪の根源は小選挙区制にあると思うが、その前に小選挙区制であろうと無かろうと、このことを突破することが最良の道であるのじゃないか。
と、思う。
と、えらそうなことを書いてしまったが。
昔、「バック・ツー・ザ・フューチャー」という映画があったが、その中で、過去のある一部分を故意に動かしただけで未来が暗黒の時代になっていくという事を発明家のダグ?がいっていたが、今まさに故意に歴史をある方向に持っていこうとしている転換期になっているのじゃないか。
空恐ろしいことである。
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
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