140103 声

森の人というのはつまり森そのもののことである。
今日も森に行く。
シーンとした森の音。
二つのシーンという音が互いに交感している。
シーンという無音の音。
そしてシーンという有音の音。
それは死者の呼び声。
小さな小さな声でかすれた音を発しているのだ。
嘆きの声なのだろうか。
怒りの声なのだろうか。
声と声が絡まって交感し増幅しやがて無音の音となる。
死の時間、死の歴史の中で音が結実し森となるのだ。
逆に言えば生の時間、生の歴史の森なのだ。
あるいは生の時間、死の時間の交感の場としての森である。

道ばたでたぬきの死骸を見た。
暗がりの中でヘッドライトの照射を受けて目がくらんだに違いない。
キミもまた森より出でて暗闇の奥に光を見たため召されたのだ。
光に召され闇に召されて天空へ消えていった命。
森はまたその命を無音の音に変換した。

いま梢を吹き渡る風の音。
いま枝先や葉先から落ちるしずくの音。
その現実の音に森は落ち着きを取り戻す。
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プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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