140121 自発的隷従論5

西谷氏は現在の日本に照射してボエシ論を展開しているのだが、昨今の某自民党の中を見てもそれはよく分かる。
一者の繰り出す自己中的空事愚策にほいほいと付き従い服従し隷従ししかも持ち上げている。
そしてハメリカの思惑に憑かれたように耳目をそばだて、あっちが風邪ひきゃこっちも風邪引いて、失望したといわれてもいつまでもおもてなしを繰り返し下僕に成り下がって、それでも自主独立だなんて騒いで恥ずかしくもなく威張っている。
それをよしとしてきたニッポン。
このバカな奴らとハメリカの2重の隷従を強いられているのじゃないか。
そのへんのところを西谷はボエシの論から照射し顕現させている。
約半世紀にわたる安保のもとでの某自民党の独占的統治は、ハメリカとの同盟関係といいながら実は従属関係であり、同調、追従を重ねてきた。
まさにこびりついたように離れない服従の心で来たわけである。
2009年からの政権交代があっても、同盟の危機だの、奴らが怒っているだのと騒ぎ立て、せっかくの政権交代も元の木阿弥になってしまった。
核の傘の下に入り、平和利用という言葉に騙され原発をいくつも作り、ハメリカの強大さに魅了され、憧れ、従い、見習って何でもハメリカ風をよしとするようになり、その風潮は二世代、三世代にわたって引き継がれて今になっている。
これがボエシのいう生まれつきの隷従状態、習慣化による自発的隷従というわけである。
ジョン・ダワーのいう「敗北を抱きしめて」じゃないけれど、「従属を抱きしめて」状態なのである。
ボエシは言う「・・・だが、圧制者のまわりにいるのは、こびへつらい、気を引こうとする連中である。
この者たちは圧制者の言いつけを守るばかりでなく、彼の望むとおりにものを考えなければならないし、さらには、彼を満足させるために、その意向をあらかじめくみとらなければならない。
連中は、圧制者に服従するだけで十分ではなく、彼に気に入られなければならない・・・」
この「圧制者」をベアとかハメリカと置き換えてみるとおかしいくらいぴったり来る。
ハメリカは今はやや傾きかけているが、いままで世界の頂点に立つ「一者」だった。
そしてその「一者」の支配秩序をニッポンに浸透させ、他に類のない「親ハメリカ国家」に仕立て上げたのが支配エリート(官僚、政治屋、経済ボス)の「自発的隷従」なのである。
こうしてボエシの暴露して見せた支配秩序のメカニズムは驚くほど正確にニッポンの統治構造を照らし出している。

西谷はほかにキリスト教信仰にも自発的隷従の観念を論じているが割愛。
あるいは「言葉・言語」にも論を進めているが割愛。
最後に西谷は、ボエシのこの論文は、圧政に苦しむ人々の「目覚ましの鐘」となりつづけたが、それにとどまらず、この真理は人間の生存の一般条件にまで読む者の考えを波及させ、権力関係の源泉にまで届く潜在的な射程を秘めている。・・・と言っている。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
welcome
検索フォーム
リンク