341 ハンナ・アーレント4

卒論でアウシュヴィッツに少し関わって以来、この人類がなした最悪、最大の悲劇のことを気にかけてきた。
ハンナ・アーレントのことはあのジョージ・スタイナーもどこかで述べているに違いないが自分としては失念というか知らないままできた。
スタイナーがよく言うには、昼間はユダヤ人をガス室へ送る仕事を淡々としてきた人間が夕べにはバッハやモーツアルトを聴き家族と団らんしていた。
ガス室へ送るという行為以外はまさに普通の人間だった。
ということだった。
全体主義の中で突出した行為をする(たとえばユダヤ人を解放する)と言うことは、自分もまた死に至るという恐怖があるかもしれない。
だとすれば突出した行為はしない。
しないし率先してすることにより自己保身をする。
どっちに転んでも自己保身のため全体には逆らわないというのがフツーの人間だろう。
モラルの死である。
ヒューマニズムの死である。
だとしたら全体主義に至る前によく考えるべきだった、となるが、そこが歴史の流れの怖いところで人々は、考えることをやめさせられていくようになっていたのだろう。
ハンナの言うように、そこで人々が考える力を復活していたのならああはならなかったか。
歴史にもしもは禁句だが、だからこそそこから学ぶべきものがあるのであり、それを見つけなければならないのが後世の仕事である。
ハンナに学ぶとすればやはり人間は考えることが必要であり、全体の中に埋もれるのでなく、破滅に至るような反人間性に対峙していくための想像力を保ち続けることが大事であるということだろう。
と思う。続く
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
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