343 ハンナ・アーレント 6

映画「ハンナ・アーレント」を見ての文を書いてきたのだが、実物ハンナについては映画以上のことは知らない。
あの中に出てきた友人や夫やハイデガーなどについてはもっとよく知り得て鑑賞するともっと深まっただろうと思う。
あるいは彼女の書いた本や記事、あるいは彼女について書かれた本なども読んだ上で映画を見るとかなり違った感想になったかもしれない。
そういう意味では、この映画を撮った監督の思惑や主張などもまだまだ見切れていないのだろう。
この映画ではヤスパースのことは出てこなかったが、ハンナとヤスパースの関係もハイデガーとの関係と同じくらい彼女にとってはあるいは彼女を見る上では見過ごしてはならない関係らしい。
アイヒマンのことも、彼女が主張するように単なる悪の凡庸さを体現しただけの人物だったかどうかも見てみる必要がある。
哲学は考える学問であるが、ただ考えるといっても現実や社会状況をよく知るということもあるし広く深い思索が必要だ。
倫理、宗教、道徳などとも絡んでくるのだろう。
私にはとてもなれるものではないし哲学書を読みとる力もない。
しかし、やはり考えるという行為は大切だし、ただ単に見るのでなくしっかり見るということは考える基礎のこととして心に命じておきたい。
以上で「ハンナ・アーレント」は終わりにする。
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Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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