378 ケンジントン牧歌



写真は375で取り上げた西脇順三郎の詩。
見にくいかも知れないが、2行ごとに脚韻が踏んであるのが分かる。
西脇順三郎全集は、合計3回出ているが、自分の持っている2回目に出されたのにはこの原詩は掲載されていない。
多分見落としはしていないと思うが。
しかし、それを訳したのは掲載されている。
訳者は西脇に造詣の深い新倉俊一氏である。
その訳された詩を見ると、それほどシュールな感じはやはりしない。
するとすれば「なんと俺は巨大なシトロンの森だ」なんてところか。
しかし全体を貫く詩の雰囲気は西脇のその後の詩と似ていると感じる。
言葉の結びつきを、遠いものを近くに、近いものを遠くにという方法がシュールさを出すと彼は言っているが、まさしくそういう方法がこの詩でも用いられている。
日本語で感じるそのシュールさと英語で感じるシュールさはやはり感じ方が違う。
ネイティブに近い感受性(いわゆるぺらぺら、バイリンガル程度に理解できる)があるならばたとえ英語であってもそのシュールさは感じられるだろう。
いかんせんそこまで行かないものとしては英語でシュールを味わうことは難しかった。s-DSCF8692.jpg
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
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