380 命と労働

花粉のピークらしい。
目がずるむけるほどかゆい。
早く杉去れ3月4月。
今日は籾をふやかした。
いよいよ田んぼの始まりである。
新しい命を育てるのだ。
そしてその命で命が繋がっていく。
寿とは命のこと、繋がる命は無量寿という。
阿弥陀というのは命のこと、すなわち無量寿だと今夜親鸞の学習会で聞いてきた。
命とは自分一人の命でなくて過去に繋がる命であり、未来に繋がる命であり、自分はその命の中に生きているのだ。と。
一粒の種が100個以上の実となり私の命の中に入って私の命を永らえる。
命を戴いて命が永らえていく。
それはまさしく有り難いことだ。
一粒の籾によって永らえる命。
命を懸けて(懸命に)育ててやろうと思った。
労働は命を守り命を作り出す行為だ。
懸命に無駄なくやっていこう。
と久々に宗教的観点から命と労働を考えてみた。
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Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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