388 長崎ぶらぶら節

今日もなかにし礼の小説「長崎ぶらぶら節」を読んだ。
長崎丸山の芸者愛八(あいはち又はあげはち)の一生を描く。
物語のなかばぐらいから出てくる古賀十二郎(こがじゅうじろう)と一緒に長崎の埋もれた歌謡を採取することを巡る話で最終段階で「ぶらぶら節」が出てくる。
二人は実在の人物である。
古賀十二郎は在野の学者、研究者でもとは豪商の息子で資産家であったが、研究のためと称して湯水のごとく金を使い、全財産をはたいてしまう。
家の中は本だらけ、子どもは9人で極貧の中でも研究する。
長崎学という研究をうちたてる。
大部の著作も残すなどかなりの成果をなすが、中央の大学などとは一線を画す。
一応大学(東京外語の前身)を出て英語の教師もするが辞めてしまって、研究一筋。
フィールドワークをしながら地道な研究をする。
古賀は英語のみならず10カ国語にも堪能だったらしく、在野の研究者としては並はずれた資質を持った人だったみたいである。
在野の研究者といえば和歌山の天才、南方熊楠(みなかたくまぐす)もそうである。
粘菌の研究で有名であるが、彼もまた言語の天才で20カ国語ぐらい分かったらしい。
愛八は1級の芸者であったが、気っぷが良くて手に入れた金はすぐ使ってしまい貧乏暮らし。
ぶらぶら節が西条八十の目にとまりレコーディングまでして大金を得ても知り合いの病気治療に使ってしまう。
最後まで金とは縁のない生活で死んだときは、家財道具などはなく電気も水道も止められていたという。
愛八のその生活ぶりは生い立ちにもあるのだが、明治大正期の一般庶民の生活ぶりと比べても底辺だった。
古賀十二郎の研究に懸ける情熱はすさまじいものがあるが、近々の研究者のコピペなどということからはほど遠い血の出るような地道なものだった。
愛八の生き方、古賀十二郎の生き方に学ぶ一冊だった。
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
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