409 女性は太陽

今日はつかの間の休みで兼ねてからの予定のお寺の研修会に行って来た。
親鸞の生涯を学ぶ4回目で、岐阜の別院まで行って来た。
2時間ほどの講話であった。
その中で印象に残ったことを二つ。
親鸞は生涯にいくつか改名をしているがその中の一つ善信というのは、これまで名前だといわれてきたがそれは違うといわれた。
すなわち○○房○○というときの房の名前であってその下につく名前ではないという。
善信房親鸞という使い方である。
名前を変えると当然その名前を使うものであるが、親鸞は年をとっても時おり善信といっていたそうである。
二つ目は妻帯について。
親鸞は最初に妻帯をした僧であると言われているが、実はその前から妻帯の僧はいたという。
しかし表向きは非妻帯であって、出家の身のものは妻帯を禁じられていた。
出家の反対は在家であるが、出家の身のものは在家と違って修行者であるから、死んだときの往生の仕方が一段上というか在家のものより差がついていた。
いわばお偉い方であって一般のものとは差別があったということである。
それに対して、親鸞は出家のものが妻帯しても往生の仕方は同等であるはずだ、
だから自ら妻帯者となってそれを証明するというのだ。
そのころの史料にはある有名な僧が妻帯者であるということを、公然の秘密であるが誰でもそれが嘘であることを知っているというようなことが書いてある。
肉食妻帯をしないことは修行僧の暗黙の了解事項であったが、親鸞はこの禁忌を破ったのである。
妻帯・女犯がなぜ禁忌だったのか。
女にはけがれがあるからと考えられていたからか。
あるいは本能の一部である性行為をしないことを修行の一つとしたためか。
あるいは性欲そのものがけがれと見なされたのか。
女性の権利は日本では1945年になってやっと認められたが、いまだに女人禁制とか女性は土俵に上がれないとかの風習がある(今でも上がれない?)が、われわれの意識の底に女性蔑視の心が潜んでいないか。
とバスの中で女性に対する意識とか女性の権利について考えていた。
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
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生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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