449 山頭火

また山頭火であるが、山頭火で知っている句といえば、
「分け入っても 分け入っても 青い山」
「うしろすがたの しぐれていくか」
の2句しかない。
ネットで山頭火のことを見ていたら、つくったのはなんと15700句!とある。
書くもの書くものみんな句になったのじゃないかと思うくらいだ。
小林一茶が生涯20000句というがそれに次ぐくらいだろうか。
誰が何句つくったのかは興味の外だったがそんなに沢山作れるものだろうか。
芭蕉は1000句ほどという。
数のことはさておき、「捨てきれない荷物」という句について昨日書いた。
この句の隠れた意味合いと上の二つの句の意味合いもよく似ているのじゃないか。
人生のしがらみにまみれて苦労や苦悩、心配事が雪だるまのように増えていく。
「分け入っても 分け入っても」にはそのしがらみの中からなんとか脱出しようとかき分けかき分けして進もうとしても依然としてそこには青い山たるしがらみが山となっているというような。
また、「うしろすがた」はしがらみを背負った人間の陰のようなものが背中に感じられる。そしてそのしがらみを持ったわたしがまたしがらみの中にさびしくも進まざるを得ない。そんな感じが「しぐれていくか」には感じられる。
どこまで行ってもしがらみの山。
そういうしがらみを受け入れざるを得ないという諦観、嘆息の句じゃないかと思うのだ。
でも若干その諦観には、まあいいや、仕方がないけど少しぐらいは前向きにいこうという明るさも感じられる。
やっぱりそのくらいじゃないとやってられねえやという気持ちもある。
のだろう。
山頭火のことはよく知らないが、家族を捨てて放浪したとある。
その彼の気持ちが句の中に自然に湧き出たのだろう。
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
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