473 戦後

何だか居ても立ってもいられない気持ちが高ぶっていく。
今日の新聞で「『戦後』のあとには」という論説文が光った。
もはや戦後ではないという言葉が1956年に出たそうだが、経済成長を取り戻しただけのことでそういっただけだが「戦後」は戦後のままでずっと行ってほしいというものだった。
戦後経済は取り戻したが平和になった。
平和といっても戦争のない平和という意味だが。
だからその「戦後」は大事にしなければならない。
戦後レジームからの脱却なんてほざくお馬鹿もいるが、つまりは平和からの脱却ということだ。
許すわけには行かない。
もはや戦後ではなくてもうすぐ戦前になるのはいやだ。
お友達が街宣をした。
もう3回目だが、手応えが違ってきているという。
署名はないですかといったり、自衛隊に息子がいっている人が無茶苦茶心配であると訴えられたりしているそうだ。
でも中には、流血も仕方がないという若い人もいたりしたそうだが、週刊誌ネタに踊らされているとしか思えない。
先の記事を書いた社会部長は以下の俳句で結んでいる。
「蝉しぐれ もはや戦前 かもしれぬ」摂津幸彦
言い得て妙だが、そんなことにはなってほしくないという意味が込められているのは当然だろう。
もときた道には行きたくない。
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
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生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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