483 言葉

前にも書いたと思うが、政治家の言葉は言葉として正真正銘その意味は正しくなければならない。
政治家でなくてもそれは同じだが、特に政治家はという意味である。
「平和を守ります」といったら必ず「平和」というものを守らなければならない。
「平和を守ります」といって戦争をしていたら意味がまるきり違う。
平和=平和であるべきものが平和=戦争ではないということだ。
九条に戦争はしないと書いてあるのに、勝手に戦争はできると読み方を変えるのは言葉を軽く見ている。
というかまるきり言葉というものを裏切っている。
ジョージ・オーウェルの小説の中の政治家の言葉も全く同じだった。
意味が意味をなさなくて反対の意味に読み替えなければならないという風刺をしていた。
現代の我が国の最低責任者の物言いも同じじゃないか。
俺の税金を使って外国を飛び回り、解釈改憲をして平和を守るのだといっているが、それがまさにオーウェルの小説並の大嘘な物言いである。
おいおいそれは違うだろうと言われた方も言い返せばいいものを同調しているとは情けない。
それこそ見識を疑われるというものだ。
今回豪州では勝手にEPAなるものでTPPの前哨戦とも言うべき関税撤廃に向けた関税を安くすることを約束してみたり、全くもって分別ないことをする。
酪農家はみんな怒っているぞ。
これからてめえ一人で豪州牛肉を買い込んでメタボになって階段から落ちて死ねといいたくなる。
いずれにしても言葉をないがしろにするものは言葉によって破滅するだろうということは言っておきたい。
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Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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