494 劣化

感性というのはどこから来るか。
というか、どのようにして生まれるのか。
それは、外部の一種の圧力により痛いのか熱いのか、そしてずんと心に響くものであるか、気持ち悪いものであるか。
その響き具合が感性となって現れるのではないか。
と勝手に考える。
理性はどうなのか。
それは判断基準であろうか。
外部の圧力により感じる善か悪か、正か邪かという判断の基準である。
それを決めるのは想像力と感性であろうか。
想像力が大きい。
想像力がないと理性は働かない。
自分が前線に立ち、銃弾や爆弾が飛び交う所にいるという想像力、そのときの気持ちが想像できるかどうか。
また自分が銃を持ち銃弾を発射するという想像をするということ。
自分はそんなところに行かないという想像力拒否ではない。
政治家はすべて前線に立ったとする想像をしてみるということが必要だ。
こんなことは言うまでもないことだが、現段階の政治家には言ってやらないと分からないのではないか。
と思うのである。
想像力イマジネーションについては何度も言ってきているが、この際、想像力検定を政治家にやらせるというのはどうだろう。
などと思う。
イラクで人質になった青年がみすみす殺された時は、政治家のイマジネーションの劣化を感じた。
命は地球よりも重いと言った政治家も昔はいたが今はどうか。
今の内閣は理性劣化内閣イマジネーション劣化内閣である。
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Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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