503 狂気

分からないのであまり書きたくないのだが、佐世保の事件。
生い立ちや家庭の事情もあるし、やはり環境がどうであったかが気になる。
本人の心の闇にどれだけ迫れるか。
迫った上で本人をどれだけ救えるか、まっとうな精神状態を持続し得るかが問われてくるだろう。
ここからは私見。
「殺してみたかった」が一種の狂気であるならば、それはおそらく一般的に誰でもが持っている狂気である。
だけどそれは普通は実践しうるものではない。
実践をとどめているものは何か。
理性である。
あるいはまっとうなと言っていい他者感覚であろう。
他者感覚にも弱い強いがあるならば、究極的にデッドエンドの所で発揮されるこれだけは駄目であるという究極的他者感覚であり、また究極的理性とでも言えようか。
そこがやすやすと壊されたのは何ゆえか。
そこが解明されなければならないと考えるのである。
いわば一線を越える、じゃなくて越えさせたものは何だったのか、である。
そこまで行き着くプロセスと要因であろうか。
いずれにしても人間の持つ狂気の恐ろしさを見せつけた事件である。
最大の狂気は戦争であるが、集団的自衛権を認めたり武器輸出3原則を緩めたりするような行為もまた狂気のなせる技だと言えよう。
今の政権は狂気集団である。
狂気は凶器でもある。
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Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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