554 つながり

昨日の続きを書こうと思うがはや記憶がなくなりかけている。
というか無くなってしまったに近い。
それほど記憶力が無くなった。
そのためにこのブログを書いているのだが、まったく危ういものだ。
つながりということで討議をしていたが、2つほど印象に残ったことを書こう。
一つは、近頃の子どもに対して大人が声をかけづらくなったということがでた。
悪いことをしていても注意したりしかることが出来ないという。
それは前からいわれていたが、今でもやはりそうらしい。
あいさつもなかなか出来ないし、そもそも知らない相手に声をかけることもこの頃じゃ変なおじさんに見られてできない。
それに比べると我が地の様子はまだ古き良き時代の田舎が残っていて誰にでも声をかけられる。
とそれはさておき、ならば子どもに対して臆することなく声をかけられるようにするにはどうするかということだが。
大人が結びつくしかないだろう。
学校だったらPTAの親の方が積極的に仲良くなる努力をするということ。
モンスターもいるがそういう人も含めてつながり努力をするということだ。
授業参観はでているが学級懇談会になると少なくなってしまう状態を抜け出すことだ。
それには、学級内か学年内で親のサークル活動をしたり、バーベキュー、飲み会、スポーツ大会、親子海水浴、スキーなど得意な人が前にでて一緒に行動することによりつながりが出来てくるのではないか。
というようなことがでた。
もう一つは上のものが下のものに伝える活動をしていくことによりつながりを作れるのではないかということがでた。
我が公民館でもそういう活動を進めようと考えていたときだったので我が意を得たりではないが同感の意を深くした。
例えば、昔の生活の様子、自然や歴史の話、戦争の時の話、昔の遊びのことなど。
特に戦争の話は実体験に基づいて話が出来る人は時間が経つに連れて少なくなっていく。
もう限界に近いのじゃないか。
実際に自分はそういう人を発掘中であるが90才前後の人で話が出来る人は10人もいないのではないか。
5人もいたらいい方でそれ以下になるのじゃないかと思う我が田舎である。
人口が人口だからそんな数なのだが、とにかく一人当たると自分は出来ないがあの人ならと教えてくださるのでそれに期待したい。
昔の遊びだったら話の出来る人は結構いそうな気がするが、まずは「戦争」を語れる人の発掘である。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
welcome
検索フォーム
リンク