557 不戦決議

今日は九条の会で愛知の僧侶である石川勇吉さんの講演を聞いた。
真宗大谷派の僧侶である石川さんは自らの宗派が行った戦時下における戦争協力に対し、戦後になって自らの犯した過ちを認め、深く反省懺悔の気持ちを表すための不戦決議を行ったことを述べられた。
「いのち」の大切さ、かけがえのなさを教える宗教者にとって、それを踏みにじってきたのが戦争という行為。
「一殺多生」(いっさつたしょう)という言葉の元、多くの若者を戦場に送った。
一人を殺せば多くのものが生きられるということだ。
それに荷担したという自戒の念を込めて不戦決議がなされたのだ。
勿論、ほんの一部ではあるが非戦や反戦をといた宗教者もいた。
垂井の竹中彰元(たけなかしょうげん)はその一人である。
この決議は1995年に出されている。
1995年という年は戦後50年経っているが、遅いと見るかそれでいいと見るか。
50年という節目で見たとき、そのときの状況が何となく危ないと見たのではないかと思う。
少なからず戦争の足音がすると。
やはりそうだったかもしれない。
戦争は一気にはやって来ない。
知らず知らずのうちにそうなるのだ。
茶色の朝みたいに。
真宗大谷派は、その時々の政治的重大事に意見書を出したり決議を行っている。
日本国憲法「改正」反対決議も出しているし、秘密保護法、集団的自衛権容認の時にも反対決議を出している。
不戦決議というのはむしろ政治家自らが決議するべきものだ。
それに反して、J党は2014年の運動方針の中で靖国参拝に対してどういう気持ちで臨むかということに対して、それまでの「不戦の誓い」や「平和国家」という言葉を削除した。
ヤスクニははさておき「不戦」も「平和」もかなぐり捨てるというまさに反動的な暴挙を行ったのである。
ヤスクニといえば今日の石川さんの話で、中国に行ったとき、ある地名に○○神社とあったのでそこへ行くと、そういう地名ではなく近くの人に尋ねるとあれは「ヤスクニ神社」といったという。
他の場所でも日本の神社があったところはみんな「ヤスクニ神社」と呼んでいるということだった。
上層部では「ヤスクニ」といえばいつも目の敵的にいうのに対して、庶民は「ヤスクニ」という呼び方を平気でいっているという。
このギャップは何か。
また京劇の劇場が昔の大谷派の別院をそのまま使っているということもあるし、小学校の体育館として使っていたということもあるという。
日本の戦時に残した遺産を破壊せずにそのまま利用しているとことだ。
今日は宗教者の立場から、集団的自衛権容認の閣議決定の撤回を求めるという宗教者の思いを、戦争責任を明らかにすることの大切さを自らの宗派の行動を通して語ってもらった。
感想らしい感想になっていないし、中途半端だがこの辺で。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
welcome
検索フォーム
リンク